記憶力というと、「新規の情報を覚えること」、つまり暗記を連想する人が多いかもしれない。しかし、脳に関する著書を多数執筆する医師の築山節氏によれば、脳が司る記憶とはそれだけでなく、「経験の蓄積」も記憶と密接に結びついているという。40代にとって必要な記憶力の磨き方とは、またそのために脳を活性化する方法とは?

大人にとって本当に必要な記憶力とは

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(写真=photolibrary)

40代以降の方々はしばしば、「最近、物覚えが悪くなった」「昔は大量の情報でもすぐに覚えられたのに」という焦りを抱かれるようです。私も脳神経外科医として、「年齢と共に、記憶力は落ちるのでしょうか?」という質問を受けることがよくあります。

この「記憶力」を、「新規の情報を大量に頭に入れる能力」と解釈すると、多少はそういう傾向はあると言わざるを得ません。しかし、そのような記憶力は、今本当に重要なものなのでしょうか。学生の頃なら、数学の公式や歴史の年表を覚えるスキルが必要だったでしょう。しかし四十代ビジネスマンに、そうした記憶力が求められる場面はさほどありません。

重要視されるのはむしろ、同時並行的な業務をさばくスキルや、目的到達までの迅速性、難題を解決するタフネスと発想力、即時の適切な判断力、といったものであるはずです。

「それは記憶力とは無関係なのでは」と思われる方もいらっしゃるでしょう。ところがさにあらず、それらの能力は記憶と分かちがたく結びついているものです。適切な選択に最短で到達する力は、「本人の経験」という記憶の蓄積に立脚するものだからです。

たとえば、将棋の対局中に次なる一手を考えるとき、考え得る手は「十手」のみだと言われています。これはプロの棋士でも、アマチュアの愛好家でも同じなのですが、プロ棋士の十手は、アマチュアのそれとは大きく違います。これまでに経験したあらゆる成功と失敗の記憶からより抜かれた、最上の選択肢だからです。

これからの時代、記憶はこのように、選択の精度を高めるために使われるべきものだと私は考えています。そう考えると、年齢を重ねることはむしろ「強み」になりうるのです。

「丸暗記」は今後、存在意義を失う!?

そもそも、従来の「丸暗記」的な記憶法は、今後の時代にどれだけ役立つでしょうか。

現在、たいていの情報や知識はネット検索で即座に呼び出すことができます。分厚い辞書や何冊もの百科事典の情報を、スマートフォンにそっくり入れられる時代でもあります。

私が若かった頃、医学生は重い医学書を何冊も持ち歩いていたものですが、最近の学生は本をPDFにしてパソコンに入れるだけの軽装備。情報も同じく、人間の頭に覚え込ませるのではなく、必要なときに外から適宜呼び出せばいいのです。

たくさん覚えることのできる人が「賢い」と言われた時代は終わりつつあります。脳は、辛い丸暗記作業から解放されつつある、とも言えます。つまるところ「記憶」という概念の意味そのものが変化しているのです。

これまで丸暗記に使っていた脳の働きを、これからは別のことに活用すべきです。すなわち、先ほど述べた「経験の蓄積」という名の記憶を、具体的行動に結びつけることが大切です。

「記憶のパッケージ」を増やしていこう

そこで注目したいのが、「大脳と小脳」というキーワードです。P.51の図に示した通り、大脳は脳の大半を占める部分であり、五感から入ってきた情報を認識・判断する役割を果たします。対して小脳は、大脳の後部に位置する小さな器官で、運動機能を司っています。

この小脳は、繰り返し同じ行動をすることによって大脳の記憶をコピーし、保存する機能も備えています。その結果、大脳ならばその都度思考してから判断するところを、省略して「とっさに」動けるようになるのです。

たとえば我々は歩くときに、いちいち「どう身体を動かすか」を考えはしません。歩行は本来、筋肉や骨や関節の複雑な動きを伴う運動ですが、繰り返し歩くことで、人は「何も考えずに」スムーズに歩くことができます。このように、「うまくできるとき、何も考えていない」ことを「流暢性の原則」といいます。それは一連の動きの知識が、小脳にパッケージとして保存されているから可能となるのです。

運動に限らず、日常生活のあらゆるシーンで「こんなときはこうする」といった、何も考えずに流暢にできる行動が多々あるでしょう。こうしたパッケージを、一つでも多く小脳の中に保存することを目指したいところです。

身につけたいことを「まとめる」のがコツ

では、パッケージを作るには何が必要でしょうか。言うまでもなく、備えたいスキルを繰り返すことです。

「そもそも何を備えたいかがわからない」という人は、自分がこれまでどのような仕事をしてきて、何が得意かを振り返りましょう。比較的好きな業務や、人に頼られることなどがきっとあるはずです。

そうした物事を、文書やデータに「まとめる」ことがまずはお勧め。自分の得意分野や専門分野を、平易に説明できるようにしておくのです。

難しいことを易しく説明するのはなかなか難しいものです。その試行錯誤を繰り返す過程で自分自身の中でも理解が深まり、より精緻な記憶として定着させることができます。

加えて、実践も大切です。まとめたものを使って、誰かに実際に説明をしてみましょう。その場面に備えて、聞いてくれる人を何人か持っておくことも大事です。その相手はできるだけバラエティに富んだ顔ぶれにするのがコツ。性格や環境、その分野に関する予備知識の有無などによって、様々な意見や感想があることに気づけるからです。

同時に、人によって「伝わりやすい方法」が違うことにも気付かされるでしょう。文章で伝えるか、図で伝えるか、シンプルに伝えるか、懇切に詳細に伝えるか……。

さまざまなアウトプットを考案し、それを何度も実践することによって、さらに多角的に知識を見直すことができ、強みが倍加されていきます。知識のみならず、「コミュニケーション力」というスキルもまた、パッケージとして記憶できるでしょう。

脳の仕組みは「働きアリ」と同じ!?

以上のトレーニングをする際の注意は、「休み休み行なうこと」。頑張り続けるのではなく、休息を挟むことが重要です。

これまでは、人間が盛んに思考しているときは脳も活発に動いており、休息中は脳も休んでいる、と考えられてきました。

ところが、ワシントン大学のM・レイクル教授らの最新研究ではそれと相反する結果が出ています。何もせずボンヤリしているときの脳の活動量は、活発に活動しているときとそう変わらない量であることがわかったのです。

その間に脳が何をしているかと言うと、活動中の思考を整理し、次に何をすべきかを準備しているのだそうです。この働きを、「デフォルト・モード・ネットワーク」といいます。

難しい問題を解こうと長時間悪戦苦闘してもムダだったのに、一晩眠って起きたら突然解決策がひらめいていた――ということを一度は経験したことがあるでしょう。これもデフォルト・モード・ネットワークの働きの結果だと考えられます。

ですから、頭を使う作業は長時間続けず、疲れれば途中で切り上げること。そうすることで、肉体的・精神的には休みながらも、脳は自動的に思考を整理してくれるのです。

日々の働き方も、配分を考えることが大切。一日中、絶えず全力を注ぐのは禁物です。その配分を考える際に参考になるのが、「働きアリの法則」です。

アリの活動を観察すると、よく働くアリは二割、ほどほどに働いているのは六割、あとの二割のアリはまったく働いていないことがわかっています。そこで、一見役立たずな二割を取り除くと、残されたアリのうち、やはり二割が働かなくなるのだそうです。これはアリにとって、この人員配分がベストな状態だということを意味します。

人の脳も同じです。一日のうち真剣な仕事に割く時間は二割、雑な仕事には六割、そしてあとの二割は「デフォルト・モード・ネットワーク」に充てましょう。

「時計遺伝子」に従えば脳も活性化される!

脳を健康に保ち、最大限に活性化させるには、生活習慣にも気をつけましょう。

その際の最重要キーワードは「時計遺伝子」。時計遺伝子とは時間に関係する遺伝子で、身体を構成する六十兆個の細胞のほぼすべてに内蔵されています。

時計遺伝子は約25時間=およそ1日の長さで一巡する「概日リズム」を刻んで動きます。ホルモン分泌、血圧や体温調節などの生理活動も、このリズムに則って行なわれます。

そのサイクルに則り、毎日規則正しいリズムで生活することが大切です。起床と睡眠、食事のタイミングはできるかぎり一定にしたいところです。

ストレスの軽減もはかりましょう。疲労や痛み、暑さや寒さ、空腹感などのストレスは集中力を半減させます。怒りや苛立ちなどの感情も脳の活動を低下させる元です。怒っている人を観察すると、何度も同じ言葉ばかり繰り返して言っていることに気づくでしょう。これは思考が堂々巡りになっていることの表れです。正確に物事を把握できず、知識や記憶にもバイアスがかかります。感情にとらわれそうなときは作業をストップして場所を変えたり、現状を紙に書き出したりして、理性を取り戻す工夫をしましょう。

そうして環境を整えた上で、脳の活動の「ピーク」を意識しましょう。脳も時計遺伝子の働きによって、一定の波を描いて活動します。その中でもっとも脳が活性化する時間に、前述の「2割の思考力を使う仕事」をするのがコツです。

そのピークがいつ来るのか、どれくらい持続するのかは、人によって違います。自分がこれまでに、複雑な仕事をして多くの成果を得たのはどんな時間帯だったかを振り返ることで、ある程度つかむことができます。わからない場合は、簡単な日々の記録を数週間つけてみると、「早朝は頭が冴える」「午前中に調子が良くなる」などの特徴がつかめるはずです。

脳をコントロールしパフォーマンスを最大化するスキルこそ、ビジネスマンとしての最大の武器。これをパッケージ化された記憶として刻めば、さらに充実した仕事ができるでしょう。

築山節(つきやま・たかし)医師/河野臨床医学研究所付属北品川クリニック所長
1950年、愛知県生まれ。82年、日本大学大学院医学研究科修了。埼玉県立小児医療センター脳神経外科医長、財団法人河野臨床医学研究所付属第三北品川病院長、同財団理事長などを経て現職。92年、同病院内に「高次脳機能外来」を開設。ベストセラー『脳が冴える15の習慣』(NHK出版)、最新刊『「疲れない脳」のつくり方』(PHP研究所)など、著書多数。(取材・構成:林加愛)(『 The 21 online 』2017年7月号より)

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