まずは小さな対処法を知り、ときには「逃げる」選択も

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(写真=The 21 online/大室正志(医療法人社団同友会 産業医室 産業医))

なぜ今、メンタルヘルスという言葉がこんなにも注目されるようになったのか?メンタルダウンのリスクが誰にでもある以上、知っておくべきセルフチェックの方法とは?業界・規模もさまざまな約30の組織で産業医を務める大室氏にお話をうかがった。

なぜ、メンタルの問題は増加しているのか?

今、業界を問わずメンタルへルスの問題が増加しています。増加の背景にはいくつかの理由がありますが、一つめには「流動性の上昇」が挙げられます。

終身雇用の時代には「会社を辞める」選択肢がなかったため、八方ふさがりになりやすく、重度のうつ病を発症するようなケースが多くありました。こうした傾向は、地方の工場など非常にドメスティックな職場で今も見られますが、どちらかというと減りつつあります。

一方、現在クローズアップされているのはむしろ、流動性が高くなったことによる「やや軽めの症例」です。当然、放置すれば深刻な事態に進展します。流動性の高い企業では、年齢にかかわらず「入社一年目」の人が常に存在します。転校生がクラスに馴染みにくいのと同じで、心を病むのは圧倒的に一年目が多いのです。

人間にとって最も難しいのは、環境変化に対応すること。たとえそれが栄転や昇進であっても、環境変化にストレスを感じるのは動物の本能です。
外資系やベンチャー企業でとくに目立ちますが、最近は社会全体で流動性が上がっているため、誰にでもメンタルの問題が起こりうる時代になったというわけです。

「モバイル化」で週末も仕事モードに

メンタルヘルス問題が深刻化したもう一つの背景は、「仕事の複雑化とモバイル化」です。仕事自体が複雑化するのと並行してモバイル機器が発達し、これが明らかにストレスを増加させています。

かつて携帯電話などのモバイル機器は、上級社員が“決裁権とセット”で会社から与えられていました。決裁権とモバイル端末のセットで、彼らの仕事の効率は上がったでしょう。外出先でメールを受信し、「もうちょっとこうして」などと返事ができるのですから。

しかし、現代の部下は決裁権もないのにモバイルを持たされています。「あの件はどうなっている」と、週末でもお構いなしに追い立てられているのです。上司は「週末といっても、一度しかメールしていないよ」と思うかもしれません。しかし、その一回がいつ来るかわからない部下は、仕事モードの頭をシャットダウンできません。

PCと同じく人間の脳も、シャットダウンできずにいればどんどん負荷がかかります。負荷がかかれば動作が遅くなり、能率が下がるのは言うまでもありません。

また、仕事の複雑化にともなう上司と部下の関係変化も、マネジャーのメンタルを脅かしています。今の中間管理職は、プレイングマネジャーです。しかも、仕事のプロジェクト化が進み、事案ごとにチームのフォーメーションが変わるため、自分はマネジャーなのかプレイヤーなのか、アイデンティティが常に揺らいでいるのです。

そのため、マネジャーに徹するべき場面でつい、「自分のほうがうまくできる!」と、優位を示すべく部下に“マウンティング”してしまうことも。

こういうタイプは一見強そうに見えて、部下からのフィードバックで自分への批判を目にすると、ひどく傷つく傾向があります。

マウンティングの原因は不安です。本来ならマネジャーとしての自覚を持ち、部下に対抗するようなことは避けるべきですが、当の本人は不安を自覚できておらず、「部下のため」と思っていたりするのでやっかいです。

そのマウンティングを真に受けて病んでしまう部下も増えています。マウンティングや、それが行きすぎパワハラ化しているようなケースでも、声を上げられない部下は多いもの。「上司は自分の成長のためにああいう態度をとってくれているのだ」と自分に言い聞かせていても、ある日限界がきて突然会社に来られなくなったりもします。

今、職場では、年齢や立場にとらわれず実力を発揮しやすくなった一方で、役割が複数化・複雑化し、みなが不安定になっているのが現状です。

我慢は禁物! 負の感情を隠さない

体の弱い人が「明日から風邪をひかない体質になろう」としても、急には無理な話です。こういう場合、長期的には体質改善を目指しつつも、「風邪をひきそうだから、今日は早く寝よう」といった短期の対処をすることが肝要です。長期目標と短期の対処を混同してはいけません。

メンタルについても同様で、いきなり「ストレスに負けない心を作る」と構えず、まずは小さな対処法を覚えましょう。

ポイントは、理性と感情を分けて扱うこと。

「あの上司の命令、やらなきゃいけないのはわかるけれど、むかつく」「たしかに言っていることは正しいけれど、あの言い方はない」など、負の感情をきちんと認めるのです。

これを、「上司からの命令だからやるしかない」「自分がダメだからきつく言われて当然」と抑え込むから、つらくなるのです。

実は、残業を言い渡された部下のうち、「えー、今からですか?」と文句を言いながらやる人は比較的強い。「わかりました」と素直に従う人のほうが、辞めてしまいがちです。

日本人は、「大丈夫?」と聞かれれば「大丈夫です」と答える訓練しかしていません。とくに男性は弱みを見せるのが苦手で、察してくれることを期待しがち。しかし、ダイバーシティが進み、性別や国籍、文化の違う人と一緒に働く時代には、自分から「つらい」と言えなくてはなりません。

そのうえで、いざというときのために、「逃げる」というオプションを持ちましょう。背負うものがあっても、逃げるのです。

逃げてばかりでは成長できませんが、「最悪、逃げればいいか」と思えることが大事。今いるところにいたらつぶれると思ったら、休むなり転職なりを考えてほしいと思います。

こんな症状に要注意! 簡単セルフチェック・ポイント

メンタルが危険にさらされると、眠りが浅い、食欲がないなどの自律神経系の身体症状が出ます。これも重要なチェックポイントですが、こうした症状が出る前に気づいてほしいシグナルが2つあります。

1.仕事の能率が激しく落ちる
普段に比べて1~2割の能率低下なら「疲れているだけ」と見て問題ないでしょう。しかし、普段より4割以上も能率が落ちているのを感じたら、「もしかしたらおかしいかも」と思ってほしいのです。たとえば、1時間で終わるはずの書類作成に1.5時間もかかるようになったら、メンタル面の不調がないか考えてみてください。

2.好きなことでもやる気が出ない
仕事がどれだけつらくても、土日に趣味を楽しめるうちは大丈夫です。ところが、それすらも面倒な気分になったら黄色信号。このシグナルが出たら、産業医や上司に相談したほうがいいでしょう。

大室正志(おおむろ・まさし)医療法人社団同友会 産業医室 産業医
1978年生まれ。産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・エンド・ジョンソン㈱統括産業医を経て現職。メンタルヘルス対策、インフルエンザ対策、放射線管理など企業における健康リスク低減に従事。現在、日系大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など約30社の産業医業務に従事。(取材・構成:中村富美枝 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2017年7月号より)

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