覚えるべきものを見つけたら「脳内のシャッター」を切ろう

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(写真=The 21 onlineおちまさと(プロデューサー)/)

あらゆるアイデアや企画は、これまでに培ってきた「記憶」から生まれていると言うのは、人気プロデューサーのおちまさと氏。自分の周りや世の中で起こるさまざまな出来事をどのように記憶としてインプットし、アイデアとしてアウトプットしているのか。その秘訣をうかがった。

覚えておきたいことはビジュアルで記憶する

テレビ番組のプロデューサーとして数々のヒットを放ち、近年は公共施設のプロデュースや行政の分野にまで活動領域を広げているおちまさと氏。独創性に満ちたアイデア、無尽蔵にあふれる企画──その源こそが「記憶」だとおち氏は語る。

「アイデアは『記憶の複合体』だと僕は考えます。僕の企画はすべて記憶を素材としたもの。かつて見た、経験したあの風景とあの要素を組み合わせたら面白い、という着眼が、新たな発想を生んでいます。

そしてそれは、普通は人が覚えていないような事象であればあるほど、エッジが立った企画になります」

おち氏の中にあるそうした経験群は、「ビジュアル」の形で記憶されているという。

「写真のシャッターを切るように、これぞと思う出来事や情景を脳内に保存する習慣があります。そのビジュアルは静止画であることもあれば、音や動きを伴う『動画』になっていることもあります」

その特異なスキルを、おち氏は幼い頃から意識的に培ってきた。

「『企画』という言葉さえ知らなかった6~7歳頃から、そうした方面に妙な才能を感じていました。自分は、『面白いものを作る力』だけは誰にも負けないかも──幼心にそう思いました」

そして、それが「記憶する意志」と決定的に結びついたのは数年後。映画『ジョーズ』を観た、10歳のときのことだった。

「このとてつもない映画を作ったのはスピルバーグという28歳の人なのか、僕もこういうものを作る人間になりたい! と強烈に思い、それには『面白い』と感じたことを頭の中に記録することだ、と心に決めました」

当時のおち少年は、「大人は物事をどんどん忘れる」ということにも気づいていた。

「いじめに遭って死ぬほど悩んでいる子に、先生も親たちも『気にするな』とか『やり返せ』とか、ひどく呑気なことを言うんですよね。『大人は、自分が子供だった頃の生々しい感覚を忘れてしまうのだな』と痛感しました。

だから、覚えておきたいことは意識的に記憶しなきゃいけないし、そのときは出来事のみならずそれに伴う感情や心の機微も記憶しよう、と強く思いました。その思いとともに始めた記憶の蓄積が、今につながっています」

「初めての体験」は記憶に残りやすい

ビジュアルで記憶するなんてとても真似できない……と思う人もいるだろうが、大人になってからでも訓練次第でこのスキルは身につくはず、とおち氏。

「写真のように記憶するのは無理でも、『覚えておこう』と意識的に思うだけでもうっすらとは保存され、それが思わぬ形で意識に上がって発想につながることがあるはずです。まずは、覚えたいことを見つけたら『覚えよう』という意志を持つことが大事です。

そして覚える際は、細部に集中するのではなく、広く全体像として捉えることです。また、『良い感情』と結びつけるのも大切。楽しかった思い出などは記憶に残りやすいものです。今は、良くも悪くもスマホのカメラで手軽にイメージを細部まで残せる時代。頭の中に記憶するためにはより意識的に行なう必要があります」

とはいえ、幼少期に持っていた好奇心をすでに失った大人も多い。「覚えておこう」と思うような場面になかなか出合えないという人も多いのではないだろうか。

「その場合、『初めての体験』を作るのがお勧めです。初めて買ったCDや初めて観た映画、それからファーストキス……よく覚えているでしょう? 大人になってからでも、意識してみると日々、ちょっとした『初めてのこと』はあるものです。

とくに、子供と暮らしていると、小さな新しい発見はたくさんあります。些細なことでも構いません。実は人生は毎日『初めて』だらけだということを認識することが大切です。初めての出来事や初めて感じたことは記憶として残りやすいのです。そうやって意識的に行動を起こして記憶する習慣をつけていけば、記憶力も鍛えられるでしょう」

未来を予測して記憶するものを選ぶ

精密な記憶から生まれるおち氏のアイデアは、エンタテインメントにとどまらず、企業ブランディングや社会問題の解決にも及んでいる。

「最近では、保育園の会社のブランディングや園自体の総合プロデュースに携わっています。これまでの保育園のイメージを覆す外観や内装をはじめ、地域の方との交流の場や保育士の地位向上に向けてオリジナルウエアを考えたりと、近年の保育園が抱える問題も解決できるような工夫をしています。

これはまさに『記憶の複合』でできたものでもあります。園舎というハードの部分は海外で見たスタイリッシュな建物を参考にしつつ、ソフト面で日本の保育園の課題に踏み込んだり、あえて自然の中にネット環境や映像などを意識した『振り幅』のある保育園を作りました」

そして、このような新しいものを生み出すには、未来を予測することが何より大切と語る。

「先ほど『覚えておこう』と思ったものを積極的に記憶したほうがいいというお話をしましたが、人間の脳には許容量があって、すべてを記憶したいと思ってもできるものではありません。ではどのように覚えるものを選ぶのかというと、今の社会の状況を俯瞰して見て、未来を予測し、未来のために何が必要な情報なのか考えることです。そうすることで、『覚えるべきもの』『覚えなくてもいいもの』を選べるはずです」

その認識があれば、日々の行動も変わっていくだろうとおち氏は言う。

「たとえば、ビジネスマンが語学を学ぶ必要性。企業の英語公用語化を例に挙げるまでもなく、その重要性は明らかです。今後、移民もさらに増え、海外の在宅ワーカーとも雇用を奪い合うことになるかもしれません。それを踏まえて、今日、何をするか。流れを見れば未来がわかって、今すべきことも見えてくる。記憶は、その人の行動を変革していくものでもあるのです」

おちまさと(おち・まさと)プロデューサー
1965年、東京都生まれ。東京スカイツリーソラマチ室内遊園地の総合プロデュースをはじめ、IT、アパレル、外食、食品、不動産、保育園や子供関連など、ジャンルを越えた企業のCBO・顧問・ネット戦略のブランディングを務める。厚生労働省イクメンプロジェクト推進メンバー。著書多数。(取材・構成:林加愛 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2017年7月号より)

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