月に50ドル(約5500円)払えば毎日1本、アメリカ国内のサービスに提携している映画館で映画を鑑賞できる「Moviepass」が先日、月額9.95ドル(約1100円)という大幅値下げに踏み切った。

消費者はこの新価格を好意的に受け止めている一方、大手映画館チェーンのAMCは激しく反対の姿勢をみせている。

「Moviepass」の仕組み

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(画像=Moviepass Webサイトより)

「Moviepass」は米Netflixの創設者のひとりミッチ・ロウ氏が仕掛けた月額定額映画見放題サービスだ。

同社のWebサイトもしくはアプリで会員登録すると専用のデビットカードが送られて来る。映画を見るためには専用アプリを使うが、そのアプリは映画館から半径100ヤード以内でなければならない。予約したら30分以内に映画館で支払いを済ませて映画を楽しむことができるシステムになっている。

他にも、2D作品のみで3Dや4D、IMAXシアターは対象外。同じ映画を複数回見ることもできないといったルールがある。

利用者は月額9.95ドル支払うのみで、映画館への支払いはMoviepassが負担する。例えば、ある利用者が10回映画を見るとしたら、本来ならチケットに約100ドル支払わなければならないが、Moviepassの会員であれば残りの90ドルはMoviepassが負担するということになる。映画館側に損は発生しない。

ではAMCが拒否反応を示した理由とは

現在Moviepassと提携しているAMCはこの値下げに不快感とあらわにしただけでなく、法的手段に出ることも辞さないとの姿勢をみせている。映画館側に損はなく、むしろ客足が遠のいている中、客を呼び込むだけでなく売店の売り上げにも貢献しているのだから条件は悪くないにも関わらずだ。

AMCは、Moviepassの負担が大きくなることでサービス提供が持続不可能になることを懸念している。利用者が安く映画をみることに慣れてしまうと、サービスが中断されたときに不満が出ることが予想される。その不満が映画館側に向かえば価格設定の見直しを求められる可能性もある。

Netflixを代表とするオンライン動画サービスが定額でオンラインドラマや映画を見放題にしたことで大手レンタルビデオ店Blockbusterが次々と閉店に追い込まれたが、その二の舞になるかもしれないのだ。

また、影響は映画業界全体に広がる。これまで通りの興行収入が見込めなくなれば、映画製作の予算も必然的に下がるだろう。

ここ20年、ハリウッドではクオリティ向上と予算削減を両立させるために、合理性を追求すべく映画製作ワークフローが見直された。その結果、企画段階で作品の全体像を可視化することでクルー全体に共通認識を持たせるプリビジュアライゼーションと、撮影後の編集やVFX作業を最短で終わらせるべくポストビジュアライゼーションが導入された。

Moviepassが失敗した後でも人々が刺激を求めて常に映画館に足を運ぶ習慣が付いていれば、広告費を削減することでバランスをとることも考えられるが、その見込みはあまりにも不安定だ。

AMCが“独りよがり”とMoviepassに怒り心頭な理由は、映画館、映画業界、映画ファンにとっての明るい未来像が描けないからだろう。

「Moviepass」の目的と映画業界の期待

会員が映画を見れば見るほど損をするMoviepassの新料金設定を支えるために、同社は株式の過半数を情報技術サービス会社のヘリオス・アンド・マシソン・アナリティックス社に売却して資金を調達した。

そこまでして彼らは何をしたいのか。Moviepassは顧客数を増やし、アマゾンやグーグル、フェイスブック同様、映画鑑賞目的のデータを集めてマーケティング要素にするビジョンを描いているのだ。

今夏はユニバーサルがしかけるモンスター映画シリーズ第一弾として公開されたトム・クルーズ主演の『ザ・マミー 呪われた砂漠の女王』、リブート版『猿の惑星』シリーズ最終章『猿の惑星:聖戦記』、『スパイダーマン:ホームカミング』、『トランスフォーマー/最後の騎士王』、『ワンダーウーマン』といったビッグタイトルが公開されたが、興行成績は期待外れに終わった。

4DやIMAXを意識した大型タイトルをもってしても観客を魅了できないとなれば、映画業界はヒットを狙える、もっと確実な裏付けが欲しいと考えるのは自然だろう。Moviepassが将来的に集めるであろう利用者の映画鑑賞データは、年齢、性別、国籍、鑑賞地域、鑑賞頻度、生活パターン、好みのジャンルなどが考えられ、利用価値は計り知れない。映画産業全般にとって喉から手が出るほど魅力的に見えるに違いない。

Moviepassを買うべきか?

映画ファンにとって新しいMoviepassのサービスは魅力的だ。これまでのように50ドルなら最低でも5回は映画館に足を運ばなければ元を取れなかったため、購入を躊躇した人も多いだろう。

月額9.95ドルなら2回行くだけで得をする計算になる。2D映画限定であり、事前予約はできないという不便さがあったとしても消費者として買わない手はない。

ただ、Moviepassの目的がデータ集積であること、サービス停止が考えられること、AMCがプログラムを脱退すれば利用できる映画館が限定されることを念頭においたほうがいい。そして最も重要なことは、「映画ひと月定額10ドル」に慣れてしまわないことだろう。(中川真知子、フリーライター)