ビットコインについては、その技術面について解説した書籍が今も続々と出版されている。アンドレアス・M・アントノプロスの『ビットコインとブロックチェーン:暗号通貨を支える技術』などもその一冊である。
だが本書は、そういった一連の著作とは趣を異にする。ニューヨーク・タイムズ紙記者ナサニエル・ポッパーの手になるこの本は、ビットコイン草創期とそれ以後の人びとの群像劇を活写したノンフィクションである。ビットコインの誕生とその背景について知りたければ、まず手にとるべき一冊であろう。
『デジタル・ゴールド――ビットコイン、その知られざる物語』
著者:ナサニエル・ポッパー、土方奈美訳
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2016年9月23日
ビットコインとリバタリアン
本書の登場人物たちは、当人にどれだけ自覚があるかはさておき、多かれ少なかれ、リバタリアン(ときに無政府主義者)の思想的・心情的な傾向を持つ。ビットコインの考案者で、サトシ・ナカモトという日本名を名乗る謎の人物をはじめ、ビットコインの開発・推進にたずさわった「はみだし者」のエンジニアや資産家たちの多くがリバタリアンである。
『神と国家の政治哲学』や『難破する精神』などの著作があるアメリカの政治学者マーク・リラは、リバタリアンに共通する価値観として、「個人の尊厳、自由の重視、公的権威への不信、寛容」を挙げている(ニューリパブリック誌、2014年6月17日)。
そうした価値観に照らせば、「技術の力で大衆の手に権力をもたらし、過大な禄(ろく)を食(は)む企業経営者や過干渉な役人を駆逐しうるビットコイン」が、反権力志向のリバタリアンから幅広い支持を得るのは当然と言えよう。