この度の衆院選では与党が圧勝した。野党の乱立や政策の不十分さが有利に働いた面もあるだろうが、ますます進行する少子高齢化への危機感から、「教育無償化」など未来への投資も含めた社会保障改革の必要性を強く感じた国民が多かったのではないか。与党の公約では、2019年度予算にて5歳児からの無償化を始め、2020年度予算では3~5歳児に拡大するということだ。
ここで、子を育てながら働く母親として、大きな期待を寄せると同時に、強い不安も抱いている。
少子高齢化が進む中、高齢者への配分に偏りのある社会保障制度の現状から、将来世代への配分を増やすことには強く賛同する。また、子育て世帯の経済環境は厳しさを増している。現在の子育て世帯は景気低迷の中で就職期を迎えた世代が多く、賃金カーブの低下による世代間の経済格差に加えて、非正規雇用者の増加による同世代内の経済格差も抱える。一方で大学進学率の上昇に見られるように、教育熱はますます高まっており、家計の教育費負担は増えるばかりだ。子育て世帯が「教育無償化」に寄せる期待は大きい。
一方で「待機児童問題」はどこへ行ってしまったのかという不安がある。そもそも増税を確実に実現するためには、労働者の所得を増やすことで消費拡大につなげ、経済を活性化させる必要があるだろう。現在、出産や育児を理由に就労希望があるのに働けていない女性は約300万人存在する(図1)。これらの女性が働けるようになり、世帯の家計を支えることができれば、所得の増加や消費拡大につながりやすく、さらに人手不足の緩和にもなる。また、現在、子を持つ(あるいは増やす)ことをためらう要因の1つには経済問題もあるため、仕事と育児の両立環境の整備は少子化対策にもつながる。
「待機児童対策は消費増税とは関係なく前倒しで進める」との首相の発言もあるが、待機児童は2017年度末に解消される予定が、すでに2019年度末へと後ろ倒しになっている。待機児童解消に向けた財源確保に課題がある中で、新しく「教育無償化」という別の子供関連の政策が押し進められることになるが、これで本当に待機児童は解消されるのだろうか。
また、「教育無償化」は更なる子供の教育格差を生みかねないという不安もある。9月25日の経済財政諮問会議の有識者資料では「幼児教育の無償化に最優先で取り組むべき。一方、(中略)高等教育は低所得層への支援に限定すべき」とある。高等教育には所得制限を設けるようだが、幼児教育は全世帯対象として進められる方向だ。前述の通り、子育て世帯は世代内でも経済格差がある。以前に述べた通り、夫婦ともに高年収のパワーカップルの存在感が増す中、夫婦世帯間の経済格差は拡大傾向にある1。また、子供の教育費は世帯収入に比例し、収入によって顕著に異なる(図2)。高所得世帯が幼児教育無償化の恩恵を受けることで、これまでかかっていた保育料を習い事等へ振り向ける可能性もある。貧困世帯が増え、教育格差の拡大が指摘される中、本当に全ての世帯に無償化は必要なのか。
全世帯が無償化の対象というと、将来世代に目を向けた政策として非常に聞こえは良いだろう。しかし、財源不足の中で、本来、喫緊に対処すべき課題として進められていたはずの政策へ財源が振り向けられない可能性や、「人づくり革命」と言いつつ、教育格差を広げかねない可能性がある。
さらに、今後、幼児教育無償化の対象が0~2歳へと拡大されるとすれば、やはり「待機児童問題」が課題になる。待機児童となっている家庭の方が厳しい状況にあるにも関わらず、無償化の恩恵を受けるのは保育園を利用している家庭になるためだ。また、社会保障制度の一貫で実施するのであれば、子が乳幼児期は専業主婦志向が強いような世帯では恩恵を受けられないという不公平感も課題になる。
これから年末にかけて政府では、「教育無償化」をはじめとした消費増税の使途見直しについて、具体的な議論が進められるようだ。生活者の現状を見れば、待機児童の解消と教育無償化を両立し、教育無償化が更なる教育格差を生まないように制度設計すべきである。財源が限られる中で何を優先すべきか、生活者の現状を丁寧に捉え、かつ、将来の方向性を熟慮した上で議論を深める必要がある。
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(*1)久我尚子「
パワーカップル世帯の動向(1)~(3)
」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター、(2017/8~9)
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久我尚子(くが なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部
主任研究員
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