要旨

教育無償化
(画像=PIXTA)
  • 消費税率2%引き上げによる2兆円の税収増が「人づくり革命」に充てられる方向だ。その中で幼児教育の無償化の議論が進んでいる。3~5歳の完全無償化に政府は年間約8,000億円を出すとの報道もある。本稿では、改めて3~5歳の就園状況を確認し、教育無償化が政策として妥当なのかを考察する。また、幼稚園児の学校教育費と保育園児の保育料の家庭負担額 から、3~5歳の教育無償化にかかるコストを試算する。

  • 現在、3歳は9割程度、4・5歳はほぼ全員が幼稚園か保育園に通っている。教育無償化の目的は教育費負担の軽減に加えて、幼児教育の有用性への期待もあるが、既に多くの子供が何らかの教育を受けている中では無償化による需要喚起は期待しにくい。保育士不足で保育の「質」の問題なども生じる中、教育や保育の「質」向上に予算を充てるという考え方もあるのではないか。

  • 3~5歳の無償化コストを現在の利用者負担額から試算すると、幼稚園分は年間約3,600億円、保育園分は国の上限額基準で約1兆円、未就園児分も合わせると年間1兆4,600億円となる。保育料は各自治体が国の上限額以下で設定するため、仮に保育料が全体的に上限額の4割程度であれば政府試算と同程度になる。

  • 全国1,718区市町村の保育料把握は困難なため、国の上限額を基準に、年間約8,000億円でおさめることを考えると、例えば利用者の7割を無償化、全利用者を半額、月2.5万円程度を上限に上限額付き無償化などがあげられる。なお、今後、幼稚園児と比べて費用のかかる保育園児は増える見込みであり、無償化コストは増える前提で制度設計すべきだ。

  • 限られた予算を有効活用するためには優先度を付けた政策の実行が求められる。完全無償化が難しい場合、所得制限を設けて低所得世帯を配慮した制度設計となるのだろうが、既に所得に応じた負担額の減免措置はとられており、特に低所得世帯では新たな恩恵は得られにくい。

  • 未就学児世帯へ向けて優先すべきは待機児童問題の解消ではないか。政府は2020年度末までに32万人分の受け皿確保を掲げているが、就労希望があるにも関わらず働けていない既婚女性の人数を鑑みると、それでも足りないだろう。より緊急度が高く効果が見込まれる政策へ予算を投下するとともに、その効果測定も実施すべきだ。

はじめに~消費増税による2兆円の税収増で幼児教育無償化、3~5歳は完全無償化の方針

今、教育無償化に向けた議論が推し進められている。9月25日の経済財政諮問会議にて首相が言及したように、2019年10月予定の消費税率2%への引き上げで得られる5兆円の税収増のうち、おおよそ2兆円程度が教育無償化を含む「人づくり革命」に充てられる方向だ。

会議後の記者会見要旨によると、「人づくり革命」として、(1)所得が低い家庭の子供達の大学など高等教育無償化、(2)幼児教育の無償化(3~5歳は完全無償化、0~2歳は低所得世帯の無償化)、(3)待機児童解消の前倒し(2020年度末までに32万人分の受け皿整備)、(4)介護離職ゼロに向けた介護人材の確保、(5)リカレント教育の推進、(6)社会人の多様なニーズやIT人材教育等に応える大学などの高等教育改革が含まれる。

このうち「(2)幼児教育の無償化」に必要な公費は、詳細な政府公表資料は見当たらないようだが、各種報道によると(*1)、政府試算では3~5歳の完全無償化には年間約7,300億円、0~2歳の全員無償化には約4,400億円必要とのことだ。この試算は今年4月頃、与党で「こども保険」の構想が議論された際に内閣府が試算したもののようだ。

この試算は緻密な仮定に基づいているのだろうが、予算ありきとなることもあるだろう。また、未就学児の子を持つ女性の就業率は上昇傾向にあるため、今後、幼稚園と比べて費用のかかる保育園へ通う子供が増えることで、少子化が進行しているとはいえ、無償化にかかる予算の拡大が見込まれる。

本稿では、特に3~5歳の幼児教育の無償化について考える。あらためて母親の就業状況や現在の未就学児の就園状況を確認し、3~5歳向けの政策として教育無償化が妥当なのかを考えたい。また、家庭が実際に負担している幼稚園児にかかる学校教育費と保育園児にかかる保育料(*2)から、3~5歳の教育無償化にかかるコストを試算する。

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(1)幼児教育・保育の無償化、公費1.2兆円必要、こども保険で内閣府が試算。」(2017/04/25 日本経済新聞朝刊4面ほか)。ただし、11/9の同紙によれば、政府は3~5歳の無償化対応に約8千億円を出す予定とのこと。
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2)保育料については適切な統計データが存在しないため、国の定める利用者負担額の世帯所得別上限額を用いる。
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未就学児の居場所~3歳以上の9割超が就園する中、無償化より教育・保育の「質」向上が優先では

未就学児の子を持つ母親の就業率は上昇傾向にあり、2015年では最年長が6歳未満では49.7%、末子が0歳でも39.0%が働いている(図表1)。

 

教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

働く母親の増加に伴い保育園ニーズが強まることで、幼稚園の就園率は低下傾向にある(図表2)。2015年4月施行の「子ども・子育て支援新制度」にて、幼保一体型施設として認定こども園の普及が図られた影響もあり、2016年から幼稚園の就園率は半数を下回り、2017年では46.5%である。

教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

未就学児の居場所を各歳別に見ると(2014年の値であり最新値ではないが)、0~3歳では年齢とともに保育園児の割合が上昇する(図表3)。3歳からは幼稚園児が増えるため、3歳は9割程度、4・5歳では、ほぼ全員が就園している。

教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

なお、より新しい値としては、各歳別の値は公表されていないのだが、厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成29年4月1日)」が参考になる。ここでは、0歳児の保育園利用率は14.7%、1~2歳児は45.7%、3歳以上児は49.3%とあり、現在では、図表3の保育園児の割合が全体的に若干増えた状況となっている。

ところで、幼児教育の無償化の目的は、教育費負担の軽減に加え、幼児教育の有用性への期待がある(*3)。後者については、ノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学ヘックマン教授の研究が有名だ。将来の所得や学力の向上、生活保護受給率の低下等に投資効果が最も高いのは幼児教育とのことだ。

一方で図表3より、日本では3~5歳の9割以上が既に何らかの幼児教育を受けており、無償化による需要喚起は期待しにくい。幼児教育の有用性への期待も無償化の目的の1つであるならば、保育士不足で保育の「質」の問題なども生じる中では、教育や保育の「質」向上に予算を充てるという考え方もあるのではないか。

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(*3)内閣官房人生100年時代構想推進質「幼児教育、高等教育の無償化・負担軽減参考資料」(人生100年時代構想会議第二回)
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3~5歳の教育無償化にかかるコスト~幼稚園と保育園(上限額計算)で年間1兆4,600億円程度

次に、3~5歳の教育無償化コストを試算する。(1)幼稚園児と(2)保育園児の利用者負担額を求め、最後に未就園児分を加味する。

◆幼稚園児の教育費~年間3,644億円、給食費も含めれば4,076億円

幼稚園児の利用者負担額は、文部科学省「学校基本調査」や「子供の学習費調査」を用いて、学校区分別に在園者数に対して年間教育費(習い事等の学校外教育費は除く)の平均値を乗じたものを合算して得る。その結果、3~5歳の幼稚園児の利用者負担額は年間3,644億円、給食費も含めると4,076億円となる(図表5)。これらの値が3~5歳の幼稚園児の教育無償化にかかる年間コストとなる。

教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

なお、2015年4月施行の「子ども・子育て支援新制度」より、新制度へ移行した幼稚園では、利用者負担額は保育園の保育料と同様、世帯所得に応じた金額となる。利用者負担額は、国の定めた世帯所得別の上限額以下で各自治体が決定する(図表6)。ただし、現在でも世帯所得に応じて、幼稚園就園奨励費補助額が支払われており、実質的な利用者負担水準は従前と変わらない設計となっている。

教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆3~5歳の保育園児の保育費~上限額で試算すると保育標準時間の場合、年間約1兆円

保育園児の保育料は世帯所得に応じた負担額となっている。ここでは、国の定める世帯所得別の上限額を用いて試算する(4)(図表7)。総務省「平成24年就業構造基本調査」を用いて、3~5歳の子供のいる家庭の世帯所得分布を仮定し、各層の年間保育料を算出し合算したものを、保育園児の教育無償化にかかる年間コストとする。現在の3~5歳の保育園在園者数は合計約159万人(5)である。この在園者数を世帯所得階級毎に分け、(図表8)、各層の在園者数に対して利用者負担上限額の年額(図表7)を乗じたものを合算し、3~5歳の保育園児の年間保育費を得る。

その結果、国の定める上限額では3~5歳の保育園児の年間保育費は保育標準時間(フルタイム就労を想定した保育時間)で年間約1兆円、保育短時間(パートタイム就労を想定した保育時間)で約9,900億円となる。つまり、幼稚園児の3,644億円に、さらに未就園児童が1割弱存在することを考慮すると、3~5歳児の完全無償化にかかるコストは年間1兆4,600円程度となる。ただし、本稿の試算では上限額を用いているため、実際よりコストが大きく試算されている可能性が高い。

教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)
教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(4)国の上限値は認可保育所等のもの。認可外保育施設では保育料が高額になりがちだが、利用者は3~5歳保育園児の約5%。
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5)認可保育所等は厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成 29 年4月1日)」、認可外保育施設は「平成27年度認可外保育施設の現況取りまとめ」より。
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3~5歳の完全無償化にかかる政府予算について考える

◆本稿と政府試算の乖離~本稿は高め試算だが予算不足の印象も、今後コスト増前提の制度設計が必要

本稿試算(1兆4,600億円程度)と報道にある政府試算7,300億円(あるいは予算8,000億円)には乖離がある。本稿では保育料の上限額を用いているが、利用者負担額は国の上限値をもとに自治体が決定し上限額より低いことが多い上、上限額は3歳以上で同様だが、年齢が上がると保育料は下がることも多い。また、世帯所得分布は妻が年間200日以上就業の世帯をもとにしており高年収側の偏りがやや大きい可能性があること、多子世帯の減額(3人目は無料等)を考慮していないことから、保育料が高くなっている可能性がある。仮に、保育園の利用者負担額が上限額の4割程度であれば、政府試算(予算)と近い値になる。

ここで、全国1,718の全区市町村における階層別保育料と国基準の上限額との差等の詳細を把握することは困難だが、保育園在園者数の多い東京23区及び政令指定都市について、一部確認したところ(*6)、各自治体の保育料は国の上限額の4~6割程度におさえられている部分もあった。この傾向が全体的なものであれば、政府試算(予算)は現状から遠い値ではないようだ。

一方、幼稚園児の利用者負担額は実際の調査データであり、現実に近い値と言える。幼稚園は保育園と比べて費用が安く、現在の在園率は半数を下回るが、幼稚園にかかるコスト(3,644億円)だけで報道にある政府試算(あるいは予算)の半分程度を占めている。現在、待機児童で保育園に入れない子供もいる上、母親の就業率は上昇傾向にある。ますます未就学児の居場所は幼稚園から保育園へ移行する可能性が高い。保育園児の増加で無償化にかかるコストは増える前提で制度設計すべきだ。

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(*6)住民税所得割課税額301,000円以下の3歳(第一子)の東京23区と政令指定都市の保育料は上限額の4~6割程度。
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◆年間8,000億円でおさめるには~上限額試算では利用者7割無償化、全員半額、上限額付き無償化等

前述の通り、保育園の利用者負担が上限額の4割程度であれば、3~5歳の完全無償化は現実味を帯びる。ここでは参考までに、利用者負担額が上限額であると仮定し、年間8,000億円でおさめる場合を考えてみたい。利用者負担の程度が分かった場合、あるいは予算額が変わった場合も上限額で得た結果をもとにイメージしやすいだろう。

本稿の保育料上限額で得た試算結果に基づくとすれば、年間8,000億円におさめるには、例えば、利用者の7割程度を無償化対象とすれば可能である。幼稚園の利用者負担額3,644億円の7割は約2,500億円(*7)、また、図表9より、保育園利用世帯は年間世帯所得800万円未満までを対象とすれば世帯割合は67%、年間保育料累積額は約5,000億円である(A)。幼稚園分と保育園分を合計すると約7,500億円となり、1割弱の未就園児の存在を考慮すると、合計8,000億円程度になるだろう。しかし、一部の世帯は無償化、一部の世帯は現行通りでは不公平感が否めない。全利用者が恩恵を受けるようにするならば、例えば、全員の負担額を半額程度にすれば(B)、予算内におさめられる。あるいは上限額付きの無償化も考えられる。その場合、上限額は月2.5万円程度の計算となる。

教育無償化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(*7)幼稚園は現在同様、世帯所得によらず利用者負担が同等と仮定。また、本来は子供が幼稚園に通う家庭と保育園に通う家庭の世帯所得分布の違いも考慮すべきだが、ここでは大まかな仮定に基づいた案を述べている。なお、幼稚園家庭では世帯所得800万円未満はおおよそ8割弱を占める。
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おわりに~未就学児世帯に向けた政策で優先すべきは待機児童の解消、次に「質」向上が妥当では

本稿では、改めて母親の就業状況や現在の未就学児の就園状況を確認し、幼稚園や保育園の利用者負担額から3~5歳の教育無償化にかかるコストを試算した。未就学児の母親の就業率上昇で保育園ニーズが高まり、幼稚園就園率は半数を切って低下している。また、現在、3歳では9割程度、4・5歳では、ほぼ全員が幼稚園か保育園に通っている。教育無償化の目的は、教育費負担の軽減に加えて幼児教育の有用性への期待もある。後者については、既に多くの子供が何らかの教育を受けている中、無償化による需要喚起は期待しにくい。よって、保育士不足で保育の「質」の問題なども生じている中、無償化より教育や保育の「質」向上に予算を充てるという考え方もある。

また、3~5歳の教育無償化にかかるコストを現在の利用者負担額から試算すると、幼稚園分は年間約3,600億円(給食費も含めば約4,000億円)、保育園分は約1兆円(保育標準時間の場合)、未就園児分も合わせると3~5歳児の完全無償化にかかるコストは年間1兆4,600億円程度となる。

本稿の試算結果は保育料上限額を用いているため試算額が膨らんでいる。仮に現在の利用者負担が上限額の4割程度であれば、政府試算(予算)に収まるだろう。一方で待機児童問題や女性の就業率上昇により、今後、保育園児は増える見込みだ。予算ありきではなく生活者の現状を今一度丁寧に捉えるとともに、無償化にかかるコストは増える前提で制度設計すべきだ。

予算は無尽蔵にあるわけではない。限られた予算を有効活用するためには優先度を付けた政策の実行が求められる。無償化対象を3~5歳としたのは、ほぼ全員が就園しており、幅広い層が恩恵を受けられるためだ。しかし、繰り返しになるが、ほぼ全員が何らかの教育を受けているのなら、無償化ではなく「質」向上という視点もある。また、完全無償化が難しい場合、所得制限を設けて低所得世帯の配慮をした制度設計となるのだろうが、既に所得に応じた負担額の減免措置はとられており、特に低所得世帯では新たな恩恵は得られにくい。

また、忘れてはならないことは、未就学児世帯における喫緊の課題には待機児童の解消があることだ。待機児童は2017年度末に解消されるはずが後ろ倒しになっている。政府は2020年度末までに新たに32万人分の受け皿確保を掲げているが、おそらくそれでも足りないだろう。現在、就労希望があるにも関わらず働けていない既婚女性は25~34歳で45万人、25~44歳で64万人存在する(総務省「平成28年労働力調査」の二人以上世帯で世帯主の配偶者の女性)。

限られた財源を有効活用するためには、より緊急度が高く効果が見込まれる政策へ予算を投下するとともに、その効果測定も実施すべきだ。

久我尚子(くが なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

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