数千年にわたって人類が続けてきた農耕という作業を大きく変えたトラクター。その歴史は、まだ100年に満たない。トラクターは農業に革命をもたらし、人類の歴史を根底から変えた。いまやアメリカ・イギリス・ドイツ・日本といった先進国では、第1次産業に従事する人口比率は少ない。多くは、第3次産業の従事者だ。
『トラクターの世界史 - 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』 著者:藤原辰史 出版社:中公新書 発売日:2017年9月20日
トラクターの登場は農産業を大きく変える
第1次産業から第2次産業、そして第3次産業へと労働者が移行した理由はそれなりにあるが、その触媒としてトラクターが果たした役割は決して無視できない。
農業では、早くから牛や馬といった役畜の導入が始まっていた。イギリスで産業革命が起きるまで、いや起きた100年以上後になっても世界各国の主要産業は農業であり、農民が人口の大半を占めていた。
産業革命による工業化のインパクトは決して小さくないが、それでも国の産業比率を大転換させるまでには至らなかった。しかし、第2次産業革命により電気モーターや石油を動力とするエンジンが開発されるようになると、否が応でも農業も機械化の洗礼を受けざるを得なくなる。
トラクター登場以前、農業は人力と役畜によって支えられていた。だから農家はなによりも人手を必要とした。特に農作業は力の要る仕事だったため、男の領域でもあった。
トラクターの登場は、こうした農作業の常識を破壊し、そして農業という産業そのものを大きく変える。耕耘作業は牛や馬に依存していたため、その世話も農家にとって重要な仕事のひとつだった。牛や馬は生き物だから、手間暇かけて面倒を見なければ肝心の農作業は滞ってしまう。正月やお盆だろうと、台風や大雪といった悪天候で農作業ができない日でも世話をしなければならない。トラクターは機会であるがゆえの故障や不調などはあっても、農民を農作業に付随する世話から解放した。
本書では触れられていないが、トラクター登場以前の農家では農作業と同時に牛や馬といった役畜の面倒を見ていた手前、それと同時に乳牛や鶏を育てて、牛乳や鶏卵を副産物として得ていた。いわば、純粋な専業農家は存在せず、畜産業や酪農業との兼業農家が一般的だった。
トラクターの登場により、農家は役畜の面倒から解放されると同時に正真正銘の専業農家へと脱皮する。世界各国の政府は、トラクターの登場を機に農業の機械化を推進した。それは、農業を機械化することで農家を大規模化・集団化する目的があり、農家が大規模化・集団化することで食糧の生産性を飛躍的に高めることができたからだ。
また、機械化により農業は省力化が図られるようになり、人力に支えられた産業ではなくなった。人手が余るようになると、それら余剰人員が振り分けられたのは、国力のバロメーターでもあった工業分野だった。そして、工業が発展することで軍事兵器の開発も進んだ。
日本でも高度経済成長期の昭和36年に農業基本法が制定される。同法は“農業”の機械化、そしてそれに伴い農家の所得増大を謳っていたが、その裏には農業を効率化させることで余剰人員を第2次産業・第3次産業に振り分けたいという思惑があったことは言うまでもない。
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