食文化の多様化が進んでいる韓国で、なかでも日本食を提供する店の増加が著しい。韓国統計庁によると、2015年の日本食店の数は2006年と比べて65%増えている。

日本産アルコール飲料の増加が著しく、日本式居酒屋を中心に人気が広がっているアサヒビール(アサヒグループホールディングス) <2502> は、年間1000万箱(1箱24本)輸出のうち、韓国が240万箱と4分の1近くを占めている。

2000年代後半から日本酒ブームを背景に日本式の居酒屋が増加したが、1人世帯や2人世帯の増加で、1人用メニューが豊富な丼や日本式のうどん、ラーメンなど、日本の大衆食を提供する店が目立つようになってきている。

収益性が高い日本料理店

韓国経済,ワンコイン企業
(画像=Akaranan / Shutterstock.com、※写真はイメージです)

ソウルの繁華街の弘大は日本式ラーメンの激戦区となっている。芸術系大学の弘益大学のキャンバスに隣接し、アートギャラリーやクラブ、ライブハウスなど最新のトレンドを求めて連日訪れるソウルの若者をターゲットに、さまざまな業態の飲食店が集まっているエリアである。

京都の豚人(ぶたんちゅ)や東京国分寺のムタヒロなど、日本式ラーメンを提供する店が増加し、日本式の丼物を提供する弘大どんぶりも行列ができる盛況ぶりだ。

人口1人あたりの即席ラーメン消費量が世界1位の韓国は、乾麺を提供する店は以前から多かったが、生麺を提供する店はほとんどといってよいほどなく、生麺を提供する日本式ラーメンが目立つようになったのは、わずか5年ほどのことである。

JNTOが2010年に実施した訪日外客訪問地調査によると、訪日韓国人が最も満足した日本食のうちラーメンは28.4%で、寿司の43.8%に次ぐ2位だった(複数回答)。2014年のホットペッパーの調査でも29%で、とんかつとお好み焼きの31%に続いており、訪日韓国人の増加にともなって、日本の味を求める韓国人が増えていることが大きい。

2017年11月現在、豚人はソウルで4店舗、08年にチェーン展開を開始した日本式ラーメン・丼専門店の「HAKOYA」は41店舗を展開し、弘大どんぶりも複数店舗をチェーン展開している。

日本食ブームの理由として考えられるのが、食材が共通で客単価が高いことだ。

日本と韓国は近いこともあってか比較的気候も似ており、同じような食材が入手できる。日本料理店と韓国料理店は、地代や人件費といった運営費だけでなく食材の原価も似通っており、庶民料理として発達してきた韓国料理と比べて、高級料理として認知されている日本料理は客単価が高く、経営者はより大きい収益を得ることができる。韓国式ラーメンと日本式ラーメンの売価は2倍から3倍の開きがある。

ソウルなど都市圏では、1人や2人など少数世帯が増加し、1人で外食をする機会が増えたが、韓国料理店は複数での会食を前提としたメニューが多い。日本の大衆食はラーメンや丼など’一人飯’を前提としたメニューが豊富だ。訪日韓国人の増加で、味だけでなく内装も日本式を求める客が増え、日本の大衆食堂や居酒屋の雰囲気を出すため、日本式カウンター席を設置する店も少なくない。

日本食ブームは3回目?

韓国の日本食ブームは1980年代の日式レストラン、2000代後半以降の居酒屋、2012年以降の大衆食に分類できる。

1988年のソウル五輪を控えた韓国政府は、世界各国から訪れる外国人のためにグローバルスタンダードの商品やサービスを提供するホテルやデパートを招致した。

ロッテホテルなど日本から複数のホテルが進出し、日系ホテルはもちろん、新羅ホテルなどの韓国系ホテルも日本から料理人を招聘するなどで、日本料理を提供するレストランを開業。自国文化の保護のため日本の大衆文化の流入制限があった時期、日本料理をアレンジした日本風韓国料理の“日式料理”を提供してきた。

5つ星ホテルが日本料理店を展開したことで、日本食を提供する店は高級料理店としての地位を築く。現在も ‘日式’は公式な会食や接待などで利用する人が多い。

1996年、吉野家が韓国大手の斗山とライセンス契約を結んで出店したが、わずか2年で撤退している。牛丼は日本ではファストフードだが、当時の韓国で丼物は定食で、キムチや味噌などが別料金となるシステムは受け入れられず、高級料理として認知されていた日本の大衆料理は浸透しなかった。ロッテデパートも開業当時に牛丼を導入したが、ご飯や汁物はスプーンで食べる習慣がある韓国では、箸しか用意していない牛丼店は敬遠され、早々に閉店を余儀なくされている。

「イザカヤ」と「サケ」が韓国語として定着

2回目の日本食ブームは2000年代半ば以降の居酒屋・日本酒ブームだ。

1996年に合弁で設立した韓国月桂冠は、日式に代わる本格的な日本料理チェーン店「かつら」をバックアップ。日本の食材を専門に扱う輸入会社も誕生し、韓国人の資産家が出資して日本人が運営する居酒屋も誕生している。

2000年代後半になると、月桂冠などの大手に加えて地酒のニーズも高まり、日本式居酒屋は銘柄の多さを競うようになった。日本酒最大手の韓国月桂冠も2008年に合弁を解消して地酒の取り扱いを開始し、本格的な地酒ブームに突入する。全日本酒類(旧韓国月桂冠)の徐社長は、時代の流れで銘柄を増やすためには月桂冠との合弁を解消する以外になかったと話す。

財務省の貿易統計によると、2007年には1069キロリットル、4億6500万円だった日本酒の韓国向け輸出は、3年後の2010年には2590キロリットル、11億6500万円まで大幅に増加している。

2008年9月、居酒屋チェーンてっぺんがソウル弘大の1号店を皮切りに4店舗を展開し、2010年にはモンテローザも進出して、白木屋と笑笑をオープンさせた。韓国大手企業や資産家も日本各地の有名店を巡り、合弁やライセンス契約による出店が相次いだ。日本の味と日本酒を提供する飲食店は“IZAKAYA”と呼ばれ、日本酒は“SAKE”と呼ばれて市場が拡大。韓国式居酒屋は味や風味より酔うことを目的にする男性客が多く、新しい業態の“IZAKAYA”は若い女性の心をとらえた。

拡大を続けた日本式の居酒屋、日本酒ブームは、東日本大震災を機に一気に縮小する。福島原子力発電所の放射能漏れを受け、韓国政府は日本酒を含む日本からの食品の輸入に制限を設けた。輸入時に日本の政府機関による証明を義務付け、通関時にも放射能検査を実施するようになった。

調味料などの輸入食材は大幅に減少し、日本食は放射能に汚染されているという風評も広がって、日本料理店の売上は大幅に激減した。てっぺんやモンテローザは、2015年から2016年にかけて撤退。かっぱ寿司、スシローなど韓国事業を縮小している。

大衆食ブーム

2011年5月、一風堂が現地のAKグループとライセンス契約を締結して1号店をオープンさせ、翌2012年にはトリドールホールディングス <3397> も現地子会社を設立し、モスフードサービス <8153> は同2012年に合弁会社によるモスバーガーのチェーン展開を開始した。

2017年11月現在、トリドールは丸亀製麺を11店舗、モスバーガーコリアはハンバーガーショップを13店舗、2008年にハウス食品グループ本社 <2810> とカレーハウスCoCo壱番屋を運営する壱番屋 <7630> 、韓国の食品大手農心の3社が合弁で設立した韓国カレーハウスは、26店舗のCoCo壱番屋をチェーン展開している。

日本人個人が経営する店も多い。日本人が多く居住するソウル市龍山区東部二村洞の飲食店オーナーは、食品関連企業の駐在員として韓国に赴任した後、韓国の資産家と共同で本格的な居酒屋を開業。2011年に現在の場所に移り、日本の味を提供している。

明洞の居酒屋のオーナーは大学院の留学生として渡韓後、飲食店を開業した。OLをやめて語学留学で渡韓した女性も韓国語学校で学んだあと、ソウルでお好み焼きの店を開業し、2017年8月には譲渡や閉店した店等も含め7店舗目となる居酒屋をオープンさせている。

韓国の伝統文化を体験できることで有名な仁寺洞にも、日本人オーナーが日本の味を提供する居酒屋が並んでおり、弘大で人気のパン屋もオーナーは日本人だ。

失敗するチェーン店と成功する個人店

2013年5月に現地企業との合弁で居酒屋をオープンしたワタミ <7522> は、2号店を早々に閉店し、2017年現在1店舗にとどまっている。

モンテローザの撤退は、東日本大震災で日本の食材の入手に困難になったこともあるが、韓国の飲食店運営の難しさがある。

従業員を育てても長続きせず、料理を学んだ従業員は短期間で転職する。あるホテルが日本食レストランの料理スタッフを日本研修に送り出したが、帰国すると同時に研修の経歴を武器に、より条件の良い店に転職した。短い研修で学べることは限られるが、日本食ブームのなか日本食の料理人は不足し、日本や日系飲食店で学んだ料理人は高条件で迎えられた。

韓国では飲食店の接客スタッフを下に見る傾向があり、身内に居酒屋の接客スタッフがいるのは恥ずかしいという家族の反対で辞めていく従業員もいる。日本企業の直営店はアルバイトの賃金は勤務当初は低いが、経験を積むことで時給が上がり、正社員登用もあるが、韓国のアルバイトは時給が上がることは滅多になく、正社員登用は望めず、待遇への不満は接客態度に現れる。2000年代までは味や品質で店を選ぶことが多かった韓国の消費者は2010年頃から接客の良し悪しで利用する店を選ぶようになり、接客が悪い店から客足が遠のくようになる。

韓国で2007年から事業を開始したダスキン <4665> は2017年1月31日に現地企業との契約を解除し、韓国の飲食事業から撤退している。

盗用もある。韓国大手と業務提携をして核心技術を提供した途端に提携を解消された食品メーカーがある。韓国カレーハウスは、核心技術であるカレールーは日本から輸入している。現地で生産する方がコスト削減になるが、盗用を防ぐためだ。

現在、韓国で成功している日系飲食店は、日本企業の駐在員や日本人オーナーが店頭で運営に当たっている店が多い。チェーン展開により現地スタッフのみで運営し、日本人の目が届かなくなると、味がかわり、なかにはメニューが変わるFC店すらある。

日本食ブームが続くかどうかは意見が分かれる。日本食はあっさりしていて、ヘルシーという認識が広まっている反面、辛く濃厚な味を好む韓国の大衆にアピールするのは難しい。個人が経営する店は本場の味と雰囲気を求める客だけで成り立つが、どこまで日本式にして、どのように韓国人の口に合わせてバランスを取るか、日系飲食チェーン店がかかえる課題である。(佐々木和義、韓国在住CFP)