はじめに
今年3月までに各都道府県が策定した「地域医療構想」を読み解く第1回では、「病床削減による医療費適正化」「切れ目のない提供体制構築」という2つの目的が混在している点を指摘するとともに、国は前者を重視しがちであるのに対し、都道府県は後者を優先している点を指摘した。
第2回以降は「脱中央集権化」(decentralization)、「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race)、プライマリ・ケアという3つのキーワードを使いつつ、各都道府県が地域医療構想の推進に向けて、必要な考え方や対応策を検討したい。
第2回については、前半で民間中心の医療提供体制などを考察しつつ、地域医療構想の推進には合意形成が重要である点を論じるほか、人口動向や病床数の地域差を見るこことで、地域の課題を地域で解決する発想が求められる点を指摘する。その上で、後半では欧州諸国を中心に論じられている「脱中央集権化」(decentralization)という言葉を一つの手掛かりとして、地域の特性に応じた提供体制の構築に向けた各都道府県の対応として、(1)ケアの統合、(2)ヘルスケア領域を超えた部門間の連携、(3)住民を含めた幅広い関係者の参加―が重要になる点を強調する。
地域医療構想における合意形成の重要性
◆民間中心の提供体制
地域医療構想に基づいて議論しなければならないテーマは広範囲である。具体的には、急性期病床や慢性期病床の削減、回復期病床の充実、在宅医療等(*1)の整備、医療・介護連携などであり、関係者も多い。地域医療構想では、都道府県を中心とした関係者の合意形成を通じて、地域特性に応じた提供体制の構築が期待されている。
では、なぜ合意形成に力点が置かれなければならないのだろうか。第1に、日本の医療提供体制の特徴が挙げられる。日本の医療制度では国、自治体、保険者が保険料と税金で費用の約8割を調達しているが、サービス提供は民間中心であり、これは世界的に珍しいとされている。表1で示した開設者別の病院数を見ると、医療法人が全体の67.4%と最も多く、3.4%を占める個人と合わせると7割近い病院が民間によって運営されている。この状況で都道府県が単に構想を策定したり、将来像を予想したりするだけでは何の実効性を持たない。
このため、第1回で述べた通り、地域医療構想の推進に際して知事の権限が強化されたとはいえ、民間病院に対しては勧告や要請にとどまる。さらに、都道府県が病床過剰地域で病床の新設に上限を設定している現在の規制についても、医療計画の根拠法である医療法に基づく直接的な規制ではなく、健康保険法に基づいて保険医療機関の対象として認めないという間接的な方法を採用している(*2)。
こうした状況で医療提供体制に対し、都道府県が果たせる影響力は小さく、地域医療構想の推進には民間医療機関との連携・協力が欠かせない。
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(1)「在宅医療等」には介護施設や高齢者住宅での医療も含まれているが、本レポートでは在宅医療と表記している。
(2)財務省は財政制度等審議会(財務相の諮問機関)を通じて、民間病院に対しても同様の権限が必要と主張しており、2017年10月25日の会合では「都道府県知事の権限を実効的にしていくべき」とする資料を提出した。
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◆介護・福祉関係者との連携
第2に、在宅医療を含めた在宅ケアの充実には医療関係者だけで完結しない点である。図1は地域包括支援センターの業務に関係する関係者を列挙しているが、これだけでも相当な関係者が絡んでいる。分かりやすい事例は認知症ケアかもしれない。認知症ケアの場合、専門的な医療による初期診断や悪化防止だけでなく、患者の生活実態に沿って生活の質(QOL)を維持・向上させることが必要であり、介護職やリハビリ職などの支援も重要である。日常生活では住民同士の気付きや支え合いも求められる(*3)。このため、地域医療構想の推進には医療関係者だけでなく、住民を含めた幅広い関係者との連携・協力が必要となる。特に、地域医療構想の推進に際しては、連携・協力の場として関係者で構成される「地域医療構想調整会議」(以下、調整会議)が設置されており、ここでの合意形成プロセスが重要となる。
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(*3)なお、政府は日常生活圏域で医療・介護・生活支援などを一体的に提供する「地域包括ケア」 を推進しており、「あるべき姿としての切れ目のない提供体制」と共通点が多いが、この言葉は在宅医療や医療・介護連携、介護保険制度改革、保険外サービスなど多様な文脈で使われており、その意味は曖昧である。本レポートでは用語の混乱を避けるため、原則として「地域包括ケア」という単語を使わない。
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地域の課題を地域で解決する発想
◆人口減少や高齢化に関する違い
では、都道府県は調整会議でどのような議論を進めるべきだろうか。国は各地域で医療機関が担う役割を構想策定時点で明記した青森県の事例(4)を引き合いに出しつつ、2017年10~12月に「機能ごとに具体的な医療機関名を挙げ、機能分化連携もしくは転換についての決定」、2018年1~3月に「具体的な医療機関名や進捗評価の指標、次年度の基金の活用等を含むとりまとめを行う」という考え方を示しており、この考え方は今年6月に閣議決定された「骨太方針2017」に継承されている(5)。
ここで青森県の地域医療構想の内容を確認すると、青森市を含む青森地域では県立中央病院が高度医療や専門医療の提供、青森市民病院が救急医療の確保と回復期の充実を進めると定めた。
確かに病床再編や医師確保を図るため、都道府県主導で医療機関の役割分担を定めるのは一つの方策であるが、これが全ての都道府県に、しかも2年間で適用するのは必ずしも現実的とは思えない。
現実的とは思えない理由の第1に、各都道府県で高齢化や人口減少のスピードが異なるため、医療需要に地域差が発生する可能性がある点である。その一例として、図2は2010年を100とした場合の高齢者人口の推移見通しであり、かなりの差異が生じることが分かる。分かりやすい事例で言うと、2040年頃に一気に高齢化が進む首都圏と、人口減少局面に入る青森県では課題の現われ方と解決策は異なる。
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(4)厚生労働省幹部が青森県を最初に先進事例として取り上げたのは2016年6月の神田裕二厚生労働省医政局長の発言。同年7月6日『CB News』、同年7月1日『メディ・ウオッチ』。
(5)厚生労働省は2017年11月20日の会合で、都道府県に対して毎年度、病床再編について「具体的対応方針」をとりまとめるよう求めた。その中では2025年時点の役割と医療機能ごとの病床数について合意を得た全医療機関について、(1)2025年を見据えた地域で担うべき役割、(2)2025年に持つべき医療機能ごとの病床数―を明示する必要があるとしている。
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◆病床を巡る地域ごとの違い
現実的とは思えない理由の第2に、病床数が都道府県単位で大きく異なる点である。病床が「西高東低」の傾向であることは知られているが、人口1,000人当たりで見た病床数の差は図3の通りである。人口減少が進む高知県や佐賀県などの病床が多い反面、これから先に高齢化が進む首都圏の病床数は少ないことが分かる。地域医療構想に盛り込まれた病床のギャップを見ても、地域差が顕著である。例えば、341構想区域ごとに現状から2025年の必要病床数を差し引くと、261区域で余剰となり、三大都市圏に属する区域を中心に75区域が不足となった(*6)。つまり、区域単位で見ても、余剰または不足の状況が異なるのである。
さらに、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の各機能について余剰または不足するかを341区域ごとに整理すると、地域差が一層顕著になる。区域ごとに4つの各機能が余剰または不足するかどうかを分析(*7)したのが表2である。この方法だと最大で16通り(その他を入れると17通り)になる計算だが、実際には9通り(その他を入れると10通り)のパターンが出現し、全国的に不足するとされている回復期さえ余剰となる地域が見られた。地域の特性に応じて提供体制を構築する上では、こうした地域差に考慮する必要がある。
第3に、青森県の特殊事情を考慮する必要がある。青森県の場合、開設者別に見た医療機関のうち、25%を自治体病院が占めており、都道府県が議論を主導しやすい環境があった。青森県よりも公立病院の割合が小さい岐阜県や三重県、広島県、大分県も同様の手法を採用しており、関係者の意識など別の要因が働いた可能性があるが、青森県のような手法は決して一般的だったとは言えず、これを全国に「横展開」するのは無理がある。
こうした地域差を踏まえると、地域の現状や将来像、課題に差が大きく、具体的な進め方は関係者と協力・連携しつつ、都道府県が自ら考えていくしかないことになる。つまり、地域の課題は地域で解決する発想が求められる。
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(6)残りは±0の島根県隠岐区域、高度急性期を全県単位で比較した石川県4区域の計5区域。
(7)この方法では、病床が1つでも上回ると「余剰」、1つでも下回ると「不足」と整理するため、その規模感を把握できない欠点があるが、各地域で事情が異なる中、一定のルールで大まかな傾向を理解できるメリットもある。
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「脱中央集権化」の議論からの示唆
◆言葉の定義
ここで一つのヒントとなるのが脱中央集権化(decentralization)を巡る議論である。ヨーロッパの医療制度に関する資料を見ると、この言葉が頻繁に登場する。一例として、欧州各国のヘルスケア政策を紹介する「European Observatory on Health Systems and Policies」というウエブサイト(*8)では、医療制度のパフォーマンスを評価する際の指標として「脱中央主権化」が盛り込まれており、ランスティングと呼ばれる広域自治体(日本の都道府県に対応)に医療政策の権限を移譲したスウェーデンなどの取り組みが紹介されている。
しかし、脱中央集権化の定義は多岐にわたる。脱中央集権化という言葉は(1)同じ政府組織内で現場に責任を委ねるdeconcentration(分散化)、(2)異なる行政機関に責任を委ねるdevolution(移譲)、(3)民間向け規制を緩和するderegulation(規制撤廃)、④民間にサービス提供を委ねるprivatization(民営化)―に類型化されている(*9)。
さらに、権限、財源、説明責任などに分ける議論があるため、全てが日本に該当するとは限らない上、医療制度の設計には歴史的な経緯や国民の意識が絡むため、海外の事例をダイレクトに「輸入」しても上手くいくとは思えない。
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(8)ウエブサイトは以下の通り。
http://www.euro.who.int/en/about-us/partners/observatory
(9)脱中央集権化の定義はKrishna Regmi et al.(2014)“Decentralizing Health Services”Springer, Rondinelli A.Dennis et al.(1983)“Decentralization in Developing Countries”World Bank Staff Working Papers No.581などを参照。
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◆脱中央集権化のメリット
だが、脱中央集権化を巡る論議で期待されていることは地域医療構想の推進に役立つ側面がある。一例として、脱集権化の目的を「政府の機能をより住民に近付け、コミュニティレベルの参加を促進すること」とした上で、(1)合理的で統合されたヘルスケアサービスの提供が可能になる、(2)コミュニティの構成員が自らの健康管理に参加できるようになり、健康ニーズや地域の健康課題に対応した健康計画が可能になる、(3)政府や非政府組織、民間組織の活動が密接に統合できるようになる、(4)地域の行政課題に関する中央の統制が排除され、健康に関する事業の立案が可能になる、(5)地方自治体の活動について、ヘルスケアとは別の関係者とセクションを超えた協力が可能になる―といった点が挙げられている(*10)。
別の文献では脱中央集権化のメリットとして、(1)スタッフが住民と近い関係を持ち、地域の組織による支援調整に関わることを通じて、士気は上がる、(2)住民参加を担保した意思決定が住民の意識を高め、政治的な課題に対する知識や行動を拡大する手段になる、(3)政策決定プロセスに関する最適な資源分配をもたらす―などを挙げつつ、「住民と現場の専門職が加わることで、政策決定プロセスは新たな気付きを生み出したり、現場職員の意識を高めたりすることにつながり、説明責任と応答性が高まることを期待できる」と指摘している(*11)。
つまり、脱中央集権化を通じて、地域の特性に応じたコンパクトな制度を整備できるようになるため、そのメリットとしてケアの統合やヘルスケア領域以外の部門を超えた連携、住民など幅広い関係者の参加が可能になる点が挙がっている。
以下、(1)ケアの統合、(2)ヘルスケア領域を超えた部門間の連携、(3)住民を含めた幅広い関係者の参加―に議論を絞って、地域医療構想への応用を試みる。
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(10)Anne Mills(1990)”Health System Decentralization”World Bank,p28,142。
(11)Richard B. Saltman et al(2007)“Decentralization in Health Care Systems”pp66-67。
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地域医療構想への応用
◆ケアの統合
まず、(1)のケアの統合である。在宅ケアでは医療・介護連携を含めて、患者の生活を切れ目なく支える提供体制が必要であり、その論点や関係者は医療に限らない。地域医療構想の推進に際して、都道府県は医療部局と介護・福祉部局の連携を密にするのはもちろん、地元医師会や医療機関関係者との連携・協力が欠かせない。
冒頭で触れた通り、日本の提供体制は民間主体であり、都道府県に強制力はほとんどない。地域医療構想に定められた病床数についても、将来像を示しているとはいえ、これを絶対の数値目標と位置付けることはできない。むしろ、必要病床数は厚生労働省令に基づく一つの試算に過ぎないとの認識に立ち、合意形成に力点を置く方が望ましい。
さらに、切れ目のない提供体制の構築を図る上では医療関係者だけでなく、介護・福祉関係者との連携が重要になるほか、介護保険の財政運営や福祉行政を担う市町村との関係強化も課題である。つまり、都道府県が地域医療構想を策定しただけでは何の実効性も伴わない上、住民の生活にとっては医療だけで完結しても意味も持たないことを認識する必要がある。
◆ヘルスケア領域を超えた部門間の連携
次に、(2)のヘルスケア領域を超えた部門の連携である。その一例として、住宅行政を考えよう。住宅行政と医療・介護行政の連携を国レベルで強化しようとした場合、前者は国土交通省、後者は厚生労働省が所管しており、連携には限界がある(*12)。
しかし、地域医療構想で言う在宅医療には自宅での医療提供に加えて、介護施設や高齢者住宅も対象としており、病床削減が進んだ場合、高齢者住宅は一つの受け皿となる。もし都道府県や市町村が住宅行政とのリンクを想定しなければ、受け皿の選択肢が減ることになる。
さらに、地域特性も考慮する必要がある。訪問診療や訪問介護の場合、医療機関から自宅までの移動時間が長くなると、採算が悪化することになる。そこで人口密度が希薄な過疎地や山間地、冬場の移動が困難な豪雪地帯の場合、専門職が利用者の自宅と事業所を往来する都会型の在宅ケアは現実的と言えないため、高齢者住宅などの受け皿整備を考える必要が出て来る。
実際、北海道の地域医療構想は住まいに着目しており、国民健康保険病院の3階部分を改修してサービス付き高齢者向け住宅に転用した奈井江町などの取り組みを紹介しつつ、集住の選択肢を含めた居住環境を確保する重要性を強調した。こうした形で国の縦割りを超えて他分野と連携できるのは現場に近い自治体の強みである。
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(*12)それでも近年は連携の強化が図られており、面積など一定の要件を満たしつつ安否確認や生活相談などを提供する「サービス付き高齢者向け住宅」は国土交通省、厚生労働省の共管となっている。さらに、両省の情報共有や協議を図る場として、関係職員で構成する「福祉・住宅行政の連携強化のための連絡協議会」が2016年12月に設置されている。
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◆住民を含めた幅広い関係者の参加
最後に、(3)の住民を含めた幅広い関係者の参加である。医療政策での「住民」とは医療サービスを利用する患者、費用を負担する納税者、被保険者など様々な側面があるが、ここでは患者に限定して考えよう。
医療の場合、患者―医師の間では情報格差が大きく、患者はニーズの発生も予想できないため、(1)選択を求められていることや選択の余地があることが不明確、(2)決断を下すのは誰かあいまいにされている、(3)判断に関係する情報が医師によってコントロールされている―などの理由で、患者が治療方法を選ぶことが難しいとされてきた(*13)。
しかし、以前に比べると、患者―医師の情報格差は改善している。第1に、情報通信技術の発達を受けて、患者が様々な医療情報に触れる機会が増えた。第2に、公衆衛生の発達や栄養環境の改善、人口高齢化を受けた疾病構造の変化である。具体的には、感染症対策や急性期疾患に対するニーズが減った一方、生活習慣病など慢性疾患の患者が増加したことが挙げられる。この結果、急性期疾患の場合、患者が病気になった瞬間、治療方針を決定しにくいが、慢性疾患は完全な回復が難しく、患者は病気と向き合い、生活に照らし合わせて治療法を選択することが必要となり、個人にとって健康は単に「病気のない状態」ではなく、「各個人が自分のためにたてた目標に到達にいちばん適した状態」となった(*14)。言い換えると、「病気と折り合いを付けつつ、どう生きるか」が求められるため、治療を受けない選択も含め、患者が治療方針を自己決定できる余地は以前よりも大きくなっている。
こうした中で、患者と医師の関係性は変容を迫られる。医師などの専門職が治療方針やケアの内容を一方的に決定するのではなく、素人である患者の経験などをベースにしつつ、患者と専門職が生活やニーズに沿って治療方針やケアの内容を決定することが必要になる(15)。いわば素人である患者の経験や語りが重要性を帯びると言える(16)。
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(13)George J. Annas(1989)“The Rights of Patients”[上原鳴夫・赤津晴子訳(1992)『患者の権利』日本評論社]。さらに、医療社会学の領域では情報の非対称性が大きい点などに着目し、絶対的な権限を持つ医師が患者を統制する「専門家支配」や医療化、医原病の危険性が指摘されてきた。 Ivan Illich(1976)“Limits to medicine”[金子嗣郎訳(1979)『脱病院化社会』晶文社]を参照。
(14)Rene Dubos(1959)“Mirage of Health”[田多井吉之介(1977)『健康という幻想』紀伊國屋書店]pp208-210。
(15)このプロセスは「意思決定支援(shared decision making)」と呼ばれる。
(16)医療人類学の領域でも患者の訴えや語りが重視されている。Arthur Kleinman、江口重幸、皆藤章編監訳(2015)『ケアすることの意味』誠信書房、Arthur Kleinman(1988)“The Illness Narratives”[江口重幸・五木田紳・上野豪志訳(1996)『病の語り』誠信書房]を参照。
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地方分権改革との親和性
以上、「脱中央集権化」というキーワードに着目しつつ、地域医療構想への応用を考察したが、ここでの指摘は必ずしも目新しいわけではない。例えば、地方分権改革との親和性である。地域の課題を自ら解決するコンセプトについては権限や税源を自治体に移す地方分権改革でも論じられてきた。具体的には、1993年の国会決議を経て、国の事務を自治体に代行させる「機関委任事務」の廃止に加え、小泉純一郎政権期の三位一体改革では4兆円の補助金改革と3兆円規模の税源移譲が実現した。
しかし、医療・介護に関して自治体側は忌避してきた経緯がある。具体的には、三位一体改革で全国知事会など地方六団体が補助金改革案を作成した際、高齢化で負担が増えると目されていた医療・介護分野は避けられた。
その意味では、これまでとは全く異なる文脈、しかも地方側が望んでいなかった医療(及び介護)分野で地方分権改革の趣旨が問われるのは皮肉な結果と言えるかもしれない。
さらに、行政学の文脈で考えると、地方分権改革は都道府県という統治機構の権力を強化することにとどまらない。一般的に行政学では「地方自治」を「団体自治」と「住民自治」に区分しており、前者は「自治体の自律的領域(の拡充)」を目指す自治体に対する権限移譲であり、「国から自治体に多くの権限を移譲することによって自治体の仕事の範囲を広げ仕事量を増やすこと」「自治体による事務事業執行に対する国の統制を緩和すること」、後者は「住民が自治体の運営に日常的に参加し、住民の総意に基づいて自治体政策が形成・執行されるように仕組みを変革していくこと」とされている(*17)。
これを地域医療構想に当てはめると、地域の課題を地域で解決することを目指し、都道府県知事の裁量と責任を拡大した点は医療行政に関する都道府県の団体自治の強化と言えるが、団体自治と住民自治の考え方に沿うと、地域の提供体制について、住民を含めて幅広い意見が反映されるシステムにしなければ、団体自治は積極的な意味を持たないことになる。
確かに地域医療構想の推進では、最終的に民間医療機関の経営判断に関わる部分が大きくなるため、住民の意向だけで提供体制を左右できないのは事実だが、調整会議への住民代表の参加や住民向け説明会の開催、住民や現場の専門職を交えた小規模なワークショップの開催、調整会議の議事・資料公開などを通じて、きめ細かく住民の意見を聴取したり、情報共有したりする地道な取り組みが求められる。
先に触れた脱中央集権化のメリットに照らすと、移譲された権限や責任を活用しつつ、自治体が住民を含めた幅広い関係者の参加を進めなければ、自治体に移譲された権限や責任は「無用の長物」と化す。
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(*17) 西尾勝(2007)『地方分権改革』東京大学出版会pp241-253。
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おわりに~医療計画創設時点の論議から考える~
以上、地域の医療提供体制構築に向けた対応として、民間医療機関との合意形成が重要になる点を論じるとともに、欧州諸国で重視されている「脱中央集権化」という言葉をキーワードにしつつ、(1)ケアの統合、(2)ヘルスケア領域を超えた部門間の連携、(3)住民を含めた幅広い関係者の参加―が重要になる点を指摘した。
実は、こうした合意形成の重要性については、1985年度に医療計画制度が創設された当時でも論じられていた。主に行政担当者向けに出版された書籍では、「(筆者注:日本の医療制度は民間が大半を占めているため、医療計画は)関係者の合意した努力目標に近い性格をもつ。良い計画に近づけ、実行し、評価していくには、関係者の主体的な参加が必要条件となる」と指摘されている(18)。さらに、当時の日本医師会長の書籍でも「医療計画は都道府県の医師会が自主的に行政と協議のうえでつくっていくべき」との記述がある(19)。
日本の医療提供体制が民間主導である以上、この点は時代を超えても変わらない論点である。地域の合意形成に向けた都道府県の積極的な対応を期待したい。
第3回は「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race)をキーワードにして、地域医療構想の推進に関する都道府県のあるべきスタンスを考察したい。
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(18)郡司篤晃監修(1987)『保健医療計画ハンドブック』第一法規pp9-10。
(19)羽田春冤(1987)『現代の医療』ベクトル・コアpp72-73。
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三原岳(みはら たかし)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員
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