定年間近になると、老後の生活をどうするか夫婦で話す機会が増えてくる。しかしながら、夫婦の老後に対する不安が異なるため、話し合いがスムーズにいかないことも。筆者が今まで遭遇した事例をもとに、夫と妻それぞれの不安がどう違うのか見ていこう。
夫の老後不安は「介護」と「相続」
夫が定年を迎える頃、チラホラ聞こえてくるのが同年代の病気や訃報だ。厚生労働省発表の「平成28年簡易生命表」によると、男性の平均寿命は80.98年、女性の平均寿命は 87.14 年。一方で健康上の問題がない状態で日常生活を送ることができるとされる健康寿命は、内閣府発表の「平成29年版高齢社会白書」によると平成25年時点の男性が71.19年、女性が74.21年となっている。
これは、定年後に健康で過ごせる時間が10年程度しかないことを指し示している。そのためか、夫からの相談は介護にかかる費用や万が一の相続が多くを占める。夫は当然のこと妻が介護をしてくれると信じているところがあるが、体力的な問題もあり介護サービスを利用することが一般的だといえよう。
介護サービスは要介護度別に利用できるサービスが決まっており、支給限度額の範囲内であれば自己負担はかかった介護サービス費の1割だ。ただし、支給限度額を超えた分や介護サービスの範囲外で利用したサービスに関しては全額自己負担となり、一定以上の所得者の場合は負担割合が2割となることに気を付けておきたい。
アドバイスとしてお伝えしているのは、できるだけ健康寿命を延ばす工夫をしようということだ。テニスサークルやジムなど運動にかかる費用は必要経費。病気の治療にかかる費用と比べれば、わずかな金額で済む。また、夫が1日中家にいることで妻が「主人在宅ストレス症候群」になることを防ぐためにも、夫が外で過ごす時間を持つことをお勧めしたい。
相続については、残された家族が困らない対策を考えたいとの相談が寄せられる。意外と忘れられているのが、親から引き継いだ土地の名義を変更していないケースだ。隣家との境界線がわからないという理由でやむなく放置しているようだが、できれば自分の代で対処することが望ましい。また、妻が先に旅立つことを考えている夫は多くない。その時が来て慌てないためにも、現役時代から家事を分担しておくことや会社以外のコミュニティに参加しておくことも考えておこう。
妻の老後不安は「家計の安定」 気がかりなのは夫の動向
妻からの相談で多いのは、老後も安定した家計管理ができるかどうかだ。気がかりなのは夫の動向。何千万円もする住宅ローンの残金を一括返済しようとしたり、退職記念に世界一周旅行を勝手に申し込んだりと老後の頼みの綱の退職金を余裕資金と勘違いしているケースが目立つ。
そのため、大きなお金を手にしたことで気が大きくなった夫への注意喚起をプロに任せたいと夫を連れて相談に来る妻もいる。あるとき、住宅購入を検討したいと相談依頼があったのだが、面談を目前に夫がマンション購入を強引に進めてしまった例があった。退職金と預金の合計4000万円を頭金にマンション購入を決めてしまったのだ。
夫は老後の暮らしを考え利便性が良いところに引っ越したいとの想いであったが、妻は最期までお金の苦労をしたくないとの想いが強く、分相応の暮らしを望んでいた。契約後であったが妻の求めで生涯のお金の流れを把握するキャッシュフロー表を作成すると、80歳で預金が底をつくことがわかった。
このケースでは、幸いにも夫に嘱託採用の道があったので、しばらくの間働いてもらうことで妻の不安を解消することができた。しかしながら、定年後に年金収入しかない生活でも現役時代と同様の生活水準で過ごしてしまい、早々に退職金が底をついた状態の相談も生じている。
このように、定年を迎えるまで順調だった家計管理が、定年を境におぼつかなくなることが珍しくない。妻の望む家計の安定を図るには、定年後の家計について夫婦で計画を立てることができるかどうかがキモとなる。
夫に先立たれたあとの家計についても妻にとっては関心のある話だ。夫が会社員だった場合、老齢年金受給中の夫が亡くなると残された妻には遺族厚生年金が支給される。ただし、夫が受給資格期間10年以上25年未満で決定された老齢厚生年金を受けていた場合には、遺族厚生年金を受けとれないことに注意が必要だ。自営業の夫が亡くなった場合は、要件に合えば国民年金で支給される遺族基礎年金から寡婦年金や死亡一時金が受け取れる。
詳しくは、最寄りの年金事務所や年金相談センター、日本年金機構のホームページ「ねんきんネット」でも確認できる。できれば夫と一緒に確認しておくと、もらえる年金はいくらあるのか、老後の生活費はいくらかかるのかなどを試算し準備しておく必要性を感じてもらえるのではないだろうか。
老後に対する不安は多かれ少なかれ生じるもの。違いを理解し共通の意識を持つことが、円満な老後を過ごすためのコツだと言える。不安の芽を摘み、夫婦ふたりの人生を楽しんでほしいものだ。
辻本 ゆか(CFP)
おふたりさまの暮らしとお金プランナー
企業の会計や大手金融機関での営業など、お金に関する仕事に約30年従事。暮らしにまつわるお金について知識を得ることは、人生を豊かにすると知る。43歳で乳がんを発症した経験から、備えることの大切さを伝える活動を始める。結婚を機に奈良に転居し、現在は独立系のFP事務所を開業。セミナーを主としながら、子どものいないご夫婦(DINKS・事実婚)やシングルの方の相談業務、執筆も行っている。 FP Cafe登録パートナー