「おウチ見つかる、ホームズくん♪」というCMでお馴染みの不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」を運営している株式会社LIFULL。

同社は、※「公益“志”本主義」を旗印に、様々なステークホルダーへの利他を意識した、未来の経営モデルを先取的に実践する企業である。

ようやくわが国もコーポレートガバナンス・コードの導入により、企業は短期の利益追求よりも、投入資本をどのように価値に変え、中長期的に成長していくのかをステークホルダーにしっかり示す必要が出てきた。

井上高志社長は早くからこの問題の本質に気づき、すでに経営システムとして定着させている。これからの資本主義社会における日本企業の一つの範として参考にしていただけるのではないだろうか。

※原丈人氏が提唱した「公益資本主義」だが、LIFULLではこれを「公益志本主義」としている。

株式会社LIFULL,井上高志
(画像=Biglife21)
株式会社LIFULL,井上高志
(画像=Biglife21)

「会社は誰のためにあるか?」の探求

当社の創業のきっかけは、私が前職で住宅販売をやっていたときに遡ります。ある若い夫婦のお客様に物件をお薦めしたのですが、ローンの審査に通らないということがありました。落胆ぶりは相当なもので、何とかできないものかと思い、私が他社の物件を探してご紹介したのです。大変喜んでいただけたのですが、上司には叱られてしまいました。

その後、しばらくたって、お二人で成約の御礼を言いに来てくださったとき、ビジネスの本質的な喜びはこういったことにこそあるのではないか、と感じたのです。当時は言葉としては知らなかったのですが、「利他主義」という考え方が、自然に行動理念として自分の中にあったということなのだと思います。

とはいえ26歳でこの会社を創業した頃は、経営の見識は極めて不確かでした。「売上を上げ利益を出すこと」と同時にそれが「世のため人のためにもなること」として両立させるのは難しいのではないかと懐疑的ですらありました。これらは両立できないトレードオフの関係であり、A or Bという図式で考えていたのです。

悶々と悩んでいるとき、京セラの稲盛さんが書かれた著書の中で「利他の心」という言葉と出会いました。一代で数兆円の企業グループを創られた稲盛さんが「経営においてもっとも大事なものは利他の心だ」と言い切っている。

となると、これは一つの真理として間違いないと。この時、自社の利益追求と、世のためになること、を両立させるA and Bを絶対にやり遂げないといけないと腹落ちしました。

その後、10年以上たちますが原丈人さんにお会いしたとき、私が実践している利他主義に非常に近いものとして、彼が提唱している「公益資本主義」が非常にしっくりきました。当社では、今、その公益=多様なステークホルダーを利する考えを、「公益志本主義」として表しています。

一般的に資本主義といえば、いつの間にか米国流の考えがスタンダードとして日本に入ってきています。米国流だと、会社は誰のものなのか?という問いに対しては「株主」という答えになりますが、私はそこに大きな違和感を覚えます。

たとえば従業員3万人をレイオフして、株主によくやったと評価され、経営者は200億円を超える報酬をもらう。これでは、アンバランスでよくないと思うのです。

実際には会社はもっと幅広いステークホルダーのおかげで成り立っています。

一般消費者、お客様、従業員、地域社会など、会社を取り巻くステークホルダーに対して、全方面での利他の実践を行っていくというのが、基軸とすべき考え方ではないでしょうか。

公益志本主義とは何か

株式会社LIFULL,井上高志
(画像=Biglife21)

この点、私たちの公益志本主義とは、利他を全て同じ同心円でやっていこうというものです。

イメージで言うと、地球を輪切りにしたような図を思い浮かべてください。

中心部に利他主義があって、その外に100年先の未来を見据えた経営理念があって、その外に実践するためのガイドラインを守っており、さらにその外に「LIFULL HOME’S」などの事業、つまり事業で社会貢献活動を実行していくというものがあります。

また、一番外側には各種施策やプロジェクトが走っています。このように、中心となる利他の精神からはじまり行動レベルに具体的に落としこんで行きながら、その先に存在する株主、一般消費者、お客様、従業員、地域社会など、すべてのステークホルダーに対して利他を実践していくのです。

具体例を紹介すると、株主に対してはIR活動で当社の株主利益分配の考え方をしっかり説明します。配当性向は20%として掲げ、配当が連結利益に応じて都度変動する。予定よりもたくさん儲かったら山分け、計画未達だったら痛み分けという考え方ですね。

さらに、公益志本主義を実践した結果、利益は4等分にされています。4つに分けている中身でいうと、利益が出ると国に税金として納めるのがまず1つ。2つ目が、社員に対する賞与。3つ目が、株主に対する配当。4つ目が、会社の内部留保。

これらをどれかの比重を大きくとるのではなく、きちんとバランスよく配分していく方針をご理解いただくようにしています。

また、従業員に対してはどのように利他を行うのかというと、LIFULLグループで働くことが、自分のやりがいになり、自己実現に繋がっていくという道筋を用意することです。

そのために我々は社員の内発的動機を非常に重視しています。自分が世に対して何かを成し遂げたいというものが、この企業グループに入ることで挑戦する機会が得られ、叶えることができる。

これは体制を整備するのに、構想の時点から12年くらいかかりました。例えば、その中には、「Switch」という新規事業提案制度もあります。

自分のやりたい事を提案して、認められれば資本金を出してもらって、新事業の責任者や子会社の社長として実現するというものです。従業員のやりたいをとことん支援することで利他を実践します。

従業員の内発的動機がドライブしていく人材育成と経営者の輩出

株式会社LIFULL,井上高志
(画像=Biglife21)

さて、内発的動機と言っている意味をもう少し掘り下げていきましょう。

人間はやりたいことをやれている時が一番充実を感じるものだと仮定すると、やりたいことができていれば、時を忘れ没頭し、言われなくても自主的に考えて行動していくはずです。

この文脈上で捉えると、会社は内発的動機を存分に発揮できる環境をどう作るのかが重要になってきます。

そこで当社では人事制度を作る時に、利他のポリシーと各個人の心の内側の内発的動機がきちんとすり合うように設計しています。

人事からすれば、本人の希望のままに異動させることは結構面倒になるわけですが、本人がそうしたいのであれば、できる限り支援します。

例えば、営業からWeb担当や企画職にキャリアチェンジしたいという人がでてくれば、「大変だけど、チャレンジしてみるか」と言うようにしています。

キャリアチェンジするには新たな知識や技術の修得が必要となるので、「LIFULL大学」というコーポレート・ユニバーシティを設置していて、キャリアを補完し、さらに伸ばしていく支援策を講じています。

やはり、チャレンジする機会こそが重要で自分がやりたいと言った時に素直に手を挙げられる文化を当社としては大切にしています。後はチャレンジして失敗してもナイスチャレンジだったと賞賛されるようにもしています。

これによって、失敗を恐れずチャレンジする仕組みを、さらに企業文化に高め定着させていくことができています。

さて、この人事システムを経営の視点から見るとこうなります。従業員の内発的動機を重視するといっても、今日から新しい制度に切り替えて、いきなり変わるかというと変わらない。これは相当我慢が必要となります。

例えば、エース級で売上年間2億円を叩き出している社員が、直接売り上げを上げない企画に異動したいという話も当然ながら出てきます。会社からすれば営業を続けてほしいと、ふみとどめたくなります。

ところが、そこを騙し騙しやって3年たち5年たちすると、往々にしてその優秀な人材は辞めてしまうものです。外に出すくらいなら、社内でやりたいことをやらせたほうが良いはずです。

当社も最初の頃はマネジメント層は頭をかかえていました。私は「本人がやりたいというようにやらせないとだめだろう」と腹を括って言い続けてきて、だんだん現場でもそういうものだなと腹落ちしてきたようです。マネージャーは優秀な部下がいつ他部門に異動しても良いようにと、次の世代、その次の世代と常に育て続けなければならない。

本人がやりたいことができて、満足している職場を作る。つまらない仕事をしていてモチベーションダウンしたら社員が散っていく。上司は「俺たちLIFULLグループでいちばん花形部隊だよね」と言えるし、部下は「この部署でいっしょにやれて最高です!」と言える組織を辛抱して作らせるのが経営層の仕事だと考えています。

ところで、やりたいことをやる内発的動機をさらに突き詰めると、自分がやりたい事業の最終責任者つまり、経営者になってその事業をやり切ることに至ります。

すわなち会社から見れば、従業員の内発的動機を支援しながら、経営者になる人材を育成し、当社の事業拡大に繋げていくことを狙っています。

実は、この4月の社名変更時にロゴも変え、LIFULLグループのLの字を4つの鍵括弧のように配置し、真ん中にそれぞれのサービスのロゴマークを入れることができるような工夫をしています。今後100社の子会社を展開し、100人の経営者を育成していくことを目指しています。

また、なぜ、いきなり経営者なのかというと、社長とそれ以外の役員に求められる資質やセンスの次元が異なるからです。副社長をやっていた人が、急に社長ができるかというと、できませんよね。経営者として、毎日、毎日自分のプロフェッショナルではない領域まで全部カバーしなければならない状況で鍛えないとだめですね。それはやらせないと分からない。だったら、やらせようという育成方法です。

会社のあるべき姿を求めて、「LIFULL Group Vision Achievement Score」で子会社の経営評価

子会社がどんどん増えていく中、経営者の自発性を引き出しながらグループマネジメントを行うことを考えると、個別にコントロールしきれるものでもないし、コントロールすべきものでもありません。

そこで、「LIFULL Group Vision Achievement Score」というLIFULLおよびグループ会社を評価する仕組みをつくりました。

理想とする会社の姿を指標化し、経営者の自発的な努力により、どれだけ良い会社にすることができたかを定量的に評価するものです。このスコアリングシステムは2000点満点となっていますが、獲得点数によって約70段階に分かれている会社の格の中で自社のランキングが決まります。

そこで初めて経営者と役員の報酬の上限が確定するのです。もし経営者が自分たちの役員報酬を増やしたいと思えば良い会社をつくるしかありません。

スコアリングの特徴の一つとして、社会への貢献、未来への挑戦を評価するために研究開発費等のコストを差し引く前の利益を算出する「社中分配前利益」があります。

粗利よりももっと削れていったステークホルダー配布前で、金額とか成長率を見るのです。ROEだと利益に直結する部分しか見ない。だから配布前利益で評価していきます。

地球環境にもちゃんと配慮した投資をしているとか、一般の消費者とのエンゲージメントをしっかり作り、従業員の満足度を上げ、取引先に対しても良好な関係を作っているとか。それ以外にも、株主にも満足してもらえるように、インカムゲインもキャピタルゲインも両方とも取れるようにしているとかを見ていきます。

どうしても欧米流の基準でいうとROE経営になり、経営者は、それを目標にしてしまいがちです。しかし、日本の会社は研究開発をしっかりやりますし、長期で経営を見るのですね。東レさんやサントリーさんは、40年も50年もかけて研究開発を行うと思いますが、研究開発があるからこそ次の未来がある。そういうところに目を向けるのです。

また、配布前利益だけでなく、従業員の満足度調査もやっています。あとは我々が出すビジョンといっている経営理念がどれだけ浸透しているか。

グループ会社の経営者たちがどれだけビジョンを全社に浸透させられているかサーベイをとって評価に反映させます。

これらの総合得点で2000点満点となっているわけです。枠組みを公益志本主義をベースにして、良い会社はこうあるべきだという基準をつくる。これがあると経営者は方向感がぶれたりしないのです。

学生へのメッセージ

最近、学生と会話していると、「選択肢が多いのでどれを選び、どうしたらスイッチが入るのかわからない」という人が結構います。そんな質問を受けると必ず答えるのは、いっそのこと目隠しをしてダーツを投げて決めてみなと言っています。

何であれ決断をくだすことが重要で、そのうえで動き出してみることが肝心なのです。いろいろ脳内でシミュレーションしてもまずその通りにはなりません。迷っている時間がもったいない。とにかく駆け出すことです。まずは好きなこと、興味の持てることをどんどんやればいいと思います。

リンダ・グラットンなどの本で言われるとおり、これから人の平均寿命はますます伸び、120歳といった水準になっていくはずです。そうすると今まで20年弱勉強をして、世に出て40年、それで定年という人生の在り方が一変し、80年以上働く期間ができるわけです。

80年働くとすると、好きなことでないとやっていられませんよね。そして一つの仕事を延々と続けるという人も少数になるはずです。キャリアは3つ4つぐらい変わっていくと思います。15年ずつやっても5個ぐらいにはなる。

それぞれ好きなことをたくさんやり、その根底にあるのが世のため、人のためになっているとしたらこんなハッピーなことはありませんよね。

80年という時間軸で見ると、給料のいいところに入って、最もつぶれなさそうな大企業に入ったにしても、実際過去の人気ランキングに出ていた企業は20年もするとほぼランキングから消えているという盛者必衰を繰り返してきましたから、職業選択の際の優先順位も大きく変えていく必要があるでしょう。

私だったらやりたいことをやれるか否かを基準に選びます。

【プロフィール】

井上高志 (いのうえ・たかし)氏……代表取締役社長 。1968年11月23日生。神奈川県横浜市出身。青山学院大学経済学部卒。新卒入社した株式会社リクルートコスモス(現、株式会社コスモスイニシア)勤務時代に「不動産業界の仕組みを変えたい」との強い想いを抱き、1997年独立して株式会社ネクスト(現・LIFULL)を設立。インターネットを活用した不動産情報インフラの構築を目指し、不動産・住宅情報サイト『HOME’S(ホームズ)現:LIFULL HOME’S』を立ち上げ、掲載物件数No.1(※1)のサイトに育て上げる。

2011年からは、海外進出を開始。2014年には世界最大級のアグリゲーションサイトを運営するスペインのTrovit Search, S.Lを子会社化。現在は、国内・海外併せて14社のグループ会社を展開し、世界57カ国にサービス展開している。日本のみならず世界で情報インフラの構築を進め、国籍や言語に関わらずスムーズに住み替えができる仕組み創りを目指す。

座右の銘は、LIFULLの社是でもある「利他主義」。LIFULLの事業の他、個人でもベナン共和国の産業支援プロジェクトの展開、新経済連盟 理事、一般財団法人Next Wisdom Foundation 代表理事、一般社団法人デモクラティアン 代表理事を務める。※産経メディックス調査(2016.1.23)

〈主なメディア出演・掲載履歴(トップインタビューのみ)〉

2015年 6月 日経ビジネスオンライン 「社長が考える優秀な若手が意外に伸びない理由」
   10月 経済界
   12月 財界 「申年生まれの経営トップたち」

2016年 3月 週刊ダイヤモンド
  5月 日刊ゲンダイ「語り部の経営者たち」
     9月 日経Gooday 「私のカラダ資本論」
   10月 週刊現代 

2017年 1月 ラジオ日本「未来相談室」
     2月 プレジデント
     6月 ラジオNIKKE「I 菅下清廣のMarket World VISION」
    6月 Forbes JAPAN
     8月 経済界「経営者の肖像」
     9月 テレビ東京「モーニングサテライト リーダーの栞」

株式会社LIFULL
住所:〒102-0083 東京都千代田区麹町1-4-4
TEL:03-6774-1677
年商:連結: 299億20百万円(2017年3月期)
従業員数:1,140人(2017年3月現在)

(提供:Biglife21)

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