Appleが「今後5年、米国で3500億ドル(約38.7兆円)を上回る経済貢献をする」計画を発表した。国外に保有している現金を還流させ、380億ドル(約4.2兆円)を自国で納税するほか、第2本社の設立、2万人の新規雇用、開発・教育支援の拡大・強化などを予定している。また法人税制改正のあかつきには、「世界中の従業員に各2500株の制限付株式を交付する」とブルームバーグが報じている。
トランプ政権による「レパトリ減税」に応じた結果との見方が強いが、クックCEOには確固たる勝算があるようだ。
この発表を受け、昨年12月には170ドルを切っていた株価が179ドル強まで(ナスダック2018年1月18日データ)値をあげた。
データセンター、開発支援ファンド、プログラマー育成などに投資
CNBCの2018年1月17日の報道によると 発表通り380億ドルが納税された場合、国外に保有している現金(2500億ドル)のほぼ全額を引きあげることになる。
ティム・クックCEOは声明文の中 で、「自社の成功は米国だからこそ成し遂げられた」とし、自国経済を支援することがAppleの義務である点をアピール。
300億ドルの投資のうち、100億ドルは国内のデータセンターに、50億ドルは製造メーカーによる開発支援を目的とするイノベーション・ファンド「アドバンスド・マニファクチャリング・ファンド」に投じられる。
40年にわたり続けてきた教育への支援も拡大し、特に「STEAM科目(科学・テクノロジー・エンジニアリング・芸術・数学)」への支援を強化する。
これはスキル不足の解消策として、未来の技術者や専門家を育成するための大規模なプログラムの一環だ。昨年160万件の新規雇用と50億ドルの収益を弾きだしたiOSアプリ開発分野だが、優秀な人材不足が慢性化している。学校教育向けの無料プログラミング技術カリキュラムなどを提供し、若者が将来的にソフトウェア開発で活躍する土台作りをする。
こうした多義にわたるポジティブな投資を行うことで、「今後5年で米国経済に3500億ドル以上貢献できる」とAppleは確信している。
Appleにとっては有意義な投資?
今回発表された大規模な投資は、トランプ政権がかかげる多国籍企業の「レパトリ減税(国外の余剰資金の本国還流を促すための減税)」に応じた結果と見るのが自然だろう。
「自国から受けた恩恵の還元」を前面に押しだしているが、国外に巨額の現金を保有しておく必要がなくなれば、自社株買いや増配に回すことも可能になる。第2本社設立に関しても、5万人を雇用するAmazon第2本社のような大規模なものではなく、あくまで消費者サポートに重点を置いた施設的な役割を果たすようだ。
Appleは現在、世界中の従業員の6割以上に値する8.4万人を国内で雇用している。比率に変化がないと仮定した場合、過去5年間で2万人以上を増員していることになる(ロイターより)。つまり、今後5年間に新たに2万人を雇用するという約束は、無謀どころか市場の需要に対応しているだけということになる。
いずれにせよAppleにとっては一切むだのない、非常に有意義な投資となることは間違いなさそうだ。
クックCEOの「政策」は政府より優秀?
クックCEOはなぜわざわざメディアを利用し、大々的な「発表」を行ったのか。真の狙いは、ホワイトハウスに暗黙のメッセージを送る点にあるのかも知れない。
発表後、著名投資家ジム・クレイマー氏が司会をつとめるテレビ番組「マッドマネー」の電話 インタビューを受けたクックCEOは、ここでも積極的な新規雇用や投資などで、「企業市民」の模範を示す必要性を誇示した。
しかしこれらの「ポジティブな変化」の一部が、あくまで法人税制改正にかかっていることを認めている。最終段階に入ったとされる法人税制改革の決定打として、Appleによる潜在的な経済効果を宣伝している―と受けとるのは深読みのし過ぎだろうか。
クレイマー氏はAppleの「自国貢献計画」を、「現代のマーシャル計画」に例えている。マーシャル計画とは第二次世界大戦後の西欧州復興を目指し米国が推進した復興援助計画で、米国の歴史に残る大成功を収めた対外政策とされている。米国はこの際、現在の価値で1400億ドル相当の援助を西欧州に供与した。指揮をとったジョージ・マーシャル国務長官が名前の由来だ。
クレイマー氏いわく「雇用創出や富の創出に対する見解で、Appleは政府よりもはるかに優れている」と絶賛。Appleが国外から引きあげるとされている現金の用途は、「ほかのだれでもなくクックCEO自身に決めてほしい」とコメントした。トランプ大統領を支持する、しないは関係なく「政策の一部は効果を成している」と付け加えた。
50億ドル以下のスタートアップ買収が加速する?
Appleが発表した投資計画以外にも、2500億ドルの用途として買収の可能性などが論じられている。
米国の投資銀行パイパー・ジャフレーのアナリスト、マイケル・オルソン氏も顧客宛てのメモの中で、Appleが小規模なテクノロジー・スタートアップを頻繁に買いあげ、それによって株主の配当が増えると予想している。
アーリーステージのスタートアップを中心に投資するラウプ・ベンチャーズ(Loup Ventures)のマネージング・パートナー、ジーン・マンスター氏も自身のブログで、Appleがスタートアップ買収に本腰を入れる反面、「50億ドル以上の取引は考えられない」と述べている。
英国のモバイルアプリ・スタートアップ、シャザム(Shazam/買収総額4億ドル)、カナダのヘッドセットメーカー、Vrvana(3000万ドル)など、Appleは昨年だけでも10件以上のスタートアップを買収している。アイトラッキング(指標追跡)技術を提供するドイツのセンソモトリック・インストルメンツなども買収しているが、金額は公表されていない。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)