要旨

ドイツの大連立,東西分断懸念
(画像=PIXTA)
  • ドイツ社会民主党(SPD)が21日、臨時党大会でキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立に向けた本協議入りを決めた。賛成票は投票総数の56%と期待を下回った。SPDは、CDU・CSUとの本協議の結果を全党員による投票にかける方針であり、新政権の発足は早くても3月下旬となる見通しだ。

  • 土壇場で覆り、再選挙となるリスクも消えていない。SPDは党勢回復とAfDの議会における影響力拡大を阻止すべきという判断から下野の方針を固めていたが、「ジャマイカ連立」協議の決裂で方向転換せざるを得なくなった。

  • SPD内の大連立反対派は、高所得者への増税や公的医療保険と民間医療保険の一本化などSPDの看板政策が反映されない予備協議の結果に不満を抱く。SPDのシュルツ党首が意欲を示すEU改革では、CDU・CSUが譲歩したが、内容は抽象的である上に、そもそも、ドイツ国内の有権者の関心が高くない。

  • 市場は大連立への動きを好感、EU改革の面でも、19年に英国のEU離脱とEUの体制の刷新を控えているだけに、盟主ドイツの政治空白の早期解消が望まれている。

  • しかし、昨年9月の連邦議会選挙の結果で示されたのは大連立への批判だった。3度目の大連立はドイツ国内の政治不信、東西の分断を深めるおそれがある。

ドイツの大連立,東西分断懸念
(画像=ニッセイ基礎研究所)

大連立は本協議に前進。政権発足は早くても3月下旬

ドイツの社会民主党(SPD)は21日にドイツ西部のボンで開催した臨時党大会で、メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立に向けた本協議入りを決めた。党員代表と党役員による投票の結果、賛成362票、反対279票、棄権1票。賛成票は投票総数の56%と期待を下回った。SPD内では、青年部(Jusos)が大連立に強く反発、旧東ドイツのテューリンゲン州、 ザクセン=アンハルト州や、ベルリンの地方支部も投票に先立ち、反対の方針を表明していた。

昨年9月の連邦議会選挙から、自由民主党(FDP)、緑の党とのいわゆる「ジャマイカ連立」の協議がFPDの撤退で決裂したこともあり、すでに4カ月が経過している(図表1)。しかし、新政権発足は早くても3月下旬と見られる。22日に始まる本協議には、2~3週間を要すると見られる。その後、SPDは、協議の結果を45万人に及ぶ全党員の党員投票にかける。そのプロセスにおよそ1カ月を要する。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

大連立はSPDにとり消去法的選肢。党員投票で覆るリスクも消えていない

SPDの党員投票が反対多数となり、大連立が覆り、再選挙となるリスクも消えていない。

3度目の大連立はSPDにとって消去法的選択肢だ。SPDは、そもそも、昨年9月の連邦議会選挙の結果を受けて、早々に大連立への参加を見送る方針を表明していた。昨年11月の「ジャマイカ連立」協議の決裂後、政権協議に至るプロセスでも慎重な姿勢をとってきた。

理由は2つある。まず、党勢回復のために下野すべきという判断だ。根底には、連邦議会選挙での大敗は、3期12年にわたるメルケル政権の任期中、第1期、第3期の大連立で、中道左派政党としての存在感が希薄化したことにあるという認識がある。

もう1つは、得票率でCSU、SPDに次ぐ第3位となった新興のポピュリスト政党・ドイツのための選択肢(AfD)が、野党第一党として連邦議会で主要なポストを占め、影響力を拡大することを阻止すべきという判断だ。

しかし、「ジャマイカ連立」協議の決裂で、大連立でなければ再選挙という事態に追い込まれ、方向転換せざるを得なくなった。世論調査での各政党の支持率は昨年9月の連邦議会選挙時と大きく変わっていない(表紙図表参照)。再選挙でも票が割れて、政治空白がさらに長引くだけに終わりかねない。17年の連邦議会選挙での得票率が戦後最低の20.5%に落ち込んだSPDには、早期の再選挙には更なる得票率の低下というリスクが伴う。

予備協議の結果にもSPD内の不満は強いが、白紙化の可能性は高くはない

SPD内の大連立反対派は、SPDの看板政策が反映されていない予備協議の結果(注1)にも不満を抱く。

CDU・CSUは、増税凍結の方針を堅持、難民や難民家族の呼び寄せに関する譲歩も限定的に留めた(注2)。SPDが主張した高所得者への増税や公的医療保険と民間医療保険の一本化は盛り込まれなかった。

他方、EU改革の領域では、CDU・CSUが譲歩した。SPDのシュルツ党首は前欧州議会議長。フランスのマクロン大統領との共同歩調による統合深化への意欲は強く、昨年12月の党大会では2025年の欧州合衆国の実現に意欲を示した。合意文書では、EU加盟国の賛同を得られる見込みがない欧州合衆国への言及はないが、「EUの中期予算にユーロ圏の経済安定化、社会的収斂、構造改革を促進するための枠を設定することを支持する」、「ドイツのEU予算への拠出を増やす」、「欧州安定メカニズム(ESM)を欧州議会によりコントロールされ、EU法に基づく欧州通貨基金(EMF)に改編する」など、これまでのメルケル政権のスタンスに比べると、踏み込んだ方針が示された。

しかし、EU改革は、社会保障、安全保障、インフラ投資、環境政策といった項目に比べて、具体的な数値目標や年限などは明記されず抽象的だ。そもそも、ドイツ国内の有権者にとって必ずしも優先度の高い課題ではないという根本的な問題もある。

予備協議終了後の世論調査でも(注3)、CDU・CSUの支持者は過半が「良い」と評価しているが、SPDの支持者は予備協議の結果について「悪い」と答えた割合が46%と「良い」の41%を上回る。全体でも「良い」は38%で「悪い」が41%で上回る。

SPDの臨時党大会では、医療保険改革や、派遣社員の雇い止め、難民家族の呼び寄せなどに関する修正を求める意見が出された。大連立反対派は、党員投票に向けて反対運動を継続する方針を表明している。

大連立発足の成否を決めるSPDの党員投票は、僅差にせよ賛成多数の可能性が高い。SPDの支持者は、予備協議の結果には必ずしも満足していないが、大連立について「良い」が57%と過半を超えている。今回の臨時党大会で大連立が承認されたのと同じく、党員投票でも再選挙は回避すべきという判断が働くだろう。


(注1)Ergebnisse der Sondierungsgesprache von CDU, CSU und SPD Finale Fassung 12.01.2018
(注2)難民受け入れについてCSUは年間20万人と主張していたが、合意文書では年間18万人から22万人とし、難民家族の呼び寄せも、月1000人という上限を設定した。
(注3)Forschungsgruppe Wahlen, , “ZDF Politbarometer January 2018” による。以下も特に明記しない場合は同様
(https://www.zdf.de/politik/politbarometer/180119-sonntagsfrage-spd-auf-rekordtief-100.html)

市場は大連立への歩みを歓迎。しかし、大連立は政治不信を更に深めかねない

ドイツの連邦議会選挙後の外国為替市場では、大連立への歩みが進めば、ユーロ高に振れる(図表2)。この間の、ユーロ相場の基調は、ドイツの政治よりも、ユーロ圏全体の経済指標の強さと、それに伴うECBの緩和縮小観測の高まりが決めている。大連立への動きを為替市場が好感していることは間違いないだろう。

ドイツの大連立,東西分断懸念
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確かに、政治空白の解消、早期の再選挙が回避されること自体は望ましい。

EU改革の面でも、19年に英国のEU離脱とEUの体制の刷新を控えているだけに、盟主ドイツの政治空白の早期解消が望まれている(注4)。

しかし、大連立は、ドイツ国内の政治不信を更に深めるリスクもある。9月の連邦議会選挙で、二大政党が共に得票率と議席を大きく減らすことになったのは(表紙図表参照)、有権者の大連立への不満が蓄積していたからだ。3度目の大連立は二大政党離れに拍車をかけるおそれがある。世論調査でも大連立を「良い」とする割合は、45%で「悪い」の36%を上回るものの、過半数を超える支持を得てはいない。


(注4)19年は、5月に欧州議会選挙が実施される見通しであり、秋には、ECBのドラギ総裁、欧州委員会のユンケル委員長、トゥスクEU首脳議会議長(通称EU大統領)が一斉に任期を終える。19年の欧州議会選挙は、英国離脱に対応した議席配分(現在751の定数に対して英国は73議席)も変更される

東西の分断を深めるおそれも

17年の連邦議会選挙では、二大政党への批判票の受け皿となったのがAfDだった。特に、旧東ドイツの5つの州(メクレングルク=フォアポンメルン州、ブランデンブルク州、ザクセン=アンハルト州、ザクセン州、テューリンゲン州)では、中道右派のCDUよりも右に位置するAfDの得票率が軒並み20%前後に達し、最も高いザクセン州では27%と全国平均(12.6%)を大きく上回った。かつて東西を隔てる壁があったベルリンとこれらの5州では、中道左派のSPDの左に位置する左翼党の得票率も高いため、CDUとSPDの得票率を合わせても50%に届いていない(図表3)。

メルケル政権は、経済・雇用面では成果を収めてきたし、足もとの経済環境も本来は政権に追い風のはずだ。ドイツの地域毎の労働者一人当たり所得を見ると(図表4)、東西の所得格差がなお残存していることがわかるが、方向としては是正されている。旧東ドイツの州でもブランデンブルク州やザクセン=アンハルト州などに所得水準が旧西ドイツ地域と同じレベルに達している地域もある。それでも、旧東ドイツ地域における二大政党離れとAfDあるいは左翼党への支持の広がりが示すように、ドイツの政治の分断は深まっている。

広くEUを見渡しても、景気の回復と共にユーロ圏内の南北の分断が緩和しつつある一方で、価値観を巡る東西の分断が表面化している。昨年12月には欧州委員会が、司法制度改革を進めるポーランドをEUの基本的価値観違反国に議決権の一時停止などの制裁を課す「7条手続き」(注5)の発動を加盟国に求める新たな動きがあった。

ドイツの連邦議会選挙は、EU圏内の東西の分断線がドイツにあることが浮き彫りにした。旧東ドイツの5つの州とベルリンの意向に沿わない3度目の大連立は、ドイツ国内の政治不信ばかりでなく、東西の分断を一層深めるおそれがある。


(注5)EUの基本的条約第2条が規定する、人の尊厳、自由、民主主義、平等、法の支配、人権の尊重というEUの基本的価値観への違反が認められる国への制裁に関するEU条約第7条の手続き。制裁措置に進むには、首脳会議の全会一致が必要なため、ハンガリーが拒否権を行使し、発動には至らないと見られている。

ドイツの大連立,東西分断懸念
(画像=ニッセイ基礎研究所)
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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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