ムニューシン米財務長官の「弱いドルは国益」発言が金融市場の動揺を招き、ドル円が急落する場面が見られた。トランプ政権はもともと米国第一主義を掲げているが、今回の発言をきっかけに保護主義的な動きが世界的に強まるのではないかと警戒されている。

「弱いドルは国益」発言は米保護貿易主義の一貫

為替,ドル円
(画像=Thinkstock/GettyImages)

ムニューシン米財務長官は24日、世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)の記者会見で、米国の貿易にとって「ドル安は良いこと」と述べたことが波紋を呼んでいる。

日本の貿易にとって「円安は良いこと」であるのと同様に、主要先進国であれば自国通貨の下落により貿易収支の改善が期待でき、成長率を押し上げることができる。したがって、「秩序だってさえいれば」どの国でも本音は自国通貨を安くしたいのだろうが、それでも「本音を言わない(言えない)」のは通貨戦争を回避したいからだと筆者は常々考えている。この日、ウォール街の複数の市場関係者とも電話で取材したのであるが、やはり「ムニューシン発言」に違和感を覚える向きは少なくないようだ。

実際問題として、クリントン政権時代にルービン財務長官の「強いドルは国益」発言以降、本音はどうあれ米財務長官はこの立場を一貫して支持してきた。こうした経緯もあり、今回の「ムニューシン発言」に首をかしげる向きは多い。

もちろん、トランプ大統領はこれまで繰り返し「強いドル」が米企業の競争力を奪っているとし「ドルが安くなれば米国内での雇用が増える」とも述べている。トランプ氏の発言はブレも少なく、これまで「ドル安と低金利が望ましい」との考えでほぼ一貫していた。

トランプ政権は減税による景気の活性化や低金利による資金の調達、ドル安による輸出の拡大で高い成長率が達成できると考えており、「ムニューシン発言」はその流れに沿ったものと見ることも可能だ。

ただし、それでも「公式な場」で政府高官からの自国通貨安を促すような発言は非常識と考える向きは多い。だからこそ、今回のムニューシン発言は「爆弾発言」として金融市場にサプライズをもたらしたのだろう。

トランプ政権にとっての「2つの好ましい効果」

ドル安は貿易以外にも、財政収支の改善と金融引締め緩和というトランプ政権には「好ましい効果」をもたらす可能性がある。

トランプ政権は減税による税収減を高い成長による税収増で補い、最終的には財政収支の黒字転換を目論んでいる。ただし、これには高い「名目」成長率が不可欠となる。米政府は4%成長と野心的な目標を掲げているが、財政収支の改善には2%程度のインフレ率を加えた名目6%成長がひとつの目安となるだろう。

世界的なディスインフレ傾向にもれず、米国でもインフレは抑制された状態にある。ドル安は輸入物価の上昇を通じてインフレを押し上げる効果があると考えられているので、財政収支改善の支援材料となるはずだ。

また、FRB(米連邦準備理事会)が金融政策の正常化をスタートしており、緩やかなペースで利上げを実施している。ドル安には金融を緩和する傾向、すなわち利下げと同様な効果があると考えられているので、実際にドル安となればFRBの利上げによる金融の引締まりを緩和することも期待できそうだ。

ただし、インフレ見通しの上昇でFRBが利上げペースを速め、景気が失速する恐れもあるので、必ずしも好ましいことばかりとはいえない。

なぜ、米10年債利回り上昇でも円安にならなかった?

為替市場では「ムニューシン発言」でドル円は一時1ドル=108円台まで下落、大きく円高へと振れた。ここで注目したいのは、ドル安がインフレを押し上げるとの見方から米10年債利回りも上昇したが、ドル円が円安に向かわなかった点だ。

通常、米金利が上昇すると円安に、逆に低下すれば円高となる。ただし、これは実質金利の話であり、インフレ見通しが変わると結果も変わる。米10年債利回りとドル円は従来は同じ方向に動いていたが、最近は逆方向となっているのはこの影響もあると考えられている。

最近の米実質金利はおおむね横ばいの動きとなっており、名目金利の上昇はインフレ期待の上昇を伴っている。米実質金利に変化がない場合、ドル円は他の変動要因の影響を受けることになり、たとえば日銀が実質的なテーパリングに動いているとの警戒感が円高方向に作用した側面も考えられよう。

ドラギ総裁やラガルド専務理事が反撃

ところで、「ムニューシン発言」は欧州を中心に強い反発を招いている。ECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁は25日、ムニューシン長官の発言に対し「IMF(国際通貨基金)加盟国間の合意事項に反する」と非難している。IMFの合意事項とは、通貨の価値を決めるの各国政府ではなく「市場」という考え方だ。

ドラギ総裁は為替相場の変動要因として景気のような内的要因と当局者の発言のような外的要因があると指摘したうえで、最近のユーロ高は「ECBではない他の誰かの発言」、すなわちムニューシン長官の発言によるものだと批判している。

また、IMFのラガルド専務理事も25日、ムニューシン長官に発言の意図を説明するよう促すとともに、ドル相場は「市場が決めることだ」とクギを刺している。

これに対し、ムニューシン長官は25日、「(強いドルは国益としてきた)これまでの財務長官の見解とは若干異なる」と発言し、弱いドルは国益との立場に変化はないと念を押している。

こうした発言は、通貨戦争、貿易戦争という形で経済摩擦を引き起こす可能性を示唆している。もちろん、誰も望んではいないのだが、ウォール街の市場関係者からは「結果的に国際関係がぎくしゃくとしたものなり、景気に悪影響を与える恐れがある」と懸念する声も聞かれる。

トランプ大統領は25日、CNBCのインタビューでムニューシン長官の発言は「文脈から外れて引用された」と擁護したうえで、自らは「最終的には強いドルを望む」と取りつくろっている。どこまで本気の発言かは謎であり、通貨を巡る国際情勢がきな臭くなっていることだけは確かなようだ。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)