2018年に日銀の新しい正副総裁人事が決まる。自民党は衆参両院で多くの議席を確保しており、安倍内閣の提示する人事案は問題なく可決する見通しだ。これは現行の日銀法の仕組み上、アベノミクスの金融政策がこれから5年間は継続する可能性が高いことを意味している。このように、金融政策の決定プロセスには政治の影響を大きく受ける。

著者は政治部と経済部での記者経験を持ち政治と政策の両方に精通しており、本書では経済理論だけで語られがちな金融政策について、役所と政治家、外国政府との関係を中心に1998年の日銀法改正からの20年間を当事者たちの証言を踏まえてリアルに描いている。本書は客観的な事実と取材での証言から伝わってくる当事者たちの心情の機微により、政治経済書でありながら歴史ドラマのような読み応えがある。金融政策の決定プロセスの現場を記した一級の資料である。

日銀と政治 暗闘の20年史
著者:鯨岡仁
出版社:朝日新聞出版
発売日:2017年10月20日

デフレに対して無力だった日銀理論

マクロ経済学では物価と雇用には強い相関関係(フィリップス曲線)があるため、2%程度の物価上昇が経済合理性の観点から好まれており、世界の中央銀行でインフレ目標を設定し金融政策を行っている。デフレはマイナス1%程度の小さな物価下落であっても、タイムラグを置いて失業率を上昇させ経済に大きな悪影響を与える。日本経済は長年そのデフレ地獄に苦しめられてきた。

著者が「本書の目的は、特定の政策を賞賛あるいは断罪したり、是非を問うたりすることではない」とあとがきで述べているが、年月を経た現在から当時の責任者たちの言動や行動、経済にもたらした結果を参照すると、「日銀理論」的な金融政策がデフレに対していかに無力で無益なものだったかを残酷なまでに明らかにしている。

デフレを定義することや前例のないこと(量的緩和やインフレ目標導入)をかたくなに拒むなど、役人たちが責任問題を回避する様子や慣例、縄張り意識といった国益に反するお役所仕事の様子もよく分かる。

政治家の金融政策軽視

「日銀理論」に対して、異を唱える一部の日銀審議委員や政治家は当時から存在し、「リフレ」的な金融政策を主張していたものの、日銀の独立性の前に跳ね返され続けた。だが、そもそも金融政策が雇用政策であることを理解している政治家は少なく、雇用を高める政策は財政政策という考え方が大勢だった。なお、金融緩和なしで財政政策のみを行うと、通貨高や金利上昇により効果を減殺するという理論があるが、日本経済はその理論の有効性を身をもって証明してきた。

金融政策軽視は日銀の正副総裁、審議委員人事のずさんさにも表れている。日銀、財務省による日銀総裁のたすき掛け人事を容認し、挙句の果てには「私は数字が得意ではない」という情熱も能力も疑わしい人物を説得し人材として送り込む始末だ。

その点では、アベノミクスの是非はさておき、民意を得た与党内閣が意中の人物を日銀に送り込む政治的行為は、金融政策を重視しているという観点で評価に値するのではないだろうか。もっとも、アベノミクス批判者は日銀の独立性を干犯するポピュリズムだと憤懣を持つかもしれないが。

これからの金融政策は財政政策が鍵

アベノミクスは日銀に「日銀理論」を放棄させ、黒田総裁、岩田副総裁のもと金融政策のレジーム転換に成功した。だが、物価目標の達成は何度も先送りされ金融政策だけでは手づまりな状態だ。日本経済は物価目標を達成し真に復活するのか、金融緩和の副作用により失われた20年や就職氷河期のような経済状況となるのかは現時点では分からない。

だが、本書には金融政策に関する数多くの教訓に溢れており、それらを生かすことができれば物価目標の達成は可能なのではないだろうか。例えば、海外の経済学者が推奨するヘリコプターマネーやシムズ理論の採用といった前例のないことにもリスクを考慮してチャレンジする。総括的な検証で消費税増税が個人消費を冷え込ませ物価を押し下げたことが明らかなのであれば、失敗を認めて消費税減税をするなどが考えられる。マクロ経済政策の決定者たちが悲劇を繰り返さない決意を持ち、できることは何でもやって物価目標の達成に取り組んでもらいたいと強く願う。(書評ライター 池内雄一)