資金を調達したい企業体と投資家をつなぐ重要な役割を担う証券市場は、投資家保護や透明な価格形成、流動性など投資家にとって有利であるだけでなく、企業体や経済にとっても重要な社会インフラであり、日本経済の心臓といっても過言ではない。

本書は日本の証券市場のルーツである大坂米市場から現在の証券取引所に至るまでの歩みをカラーの写真付きで紹介する。証券市場の歴史や設立、発展に多大な貢献した人物を理解することを通じて、日本が世界でも有数の資本主義大国になった理由の一端を垣間見ることができる。本書は投資家もそうでない方にとっても楽しい読書体験となるだろう。

日本経済の心臓 証券市場誕生!
著者:日本取引所グループ
出版社:集英社
発売日:2017年12月15日

世界初の公設デリバティブ市場の誕生

米手形,デリバティブ
(画像=Webサイトより)

第一部は江戸期の証券取引を紹介している。豊臣秀吉が天下統一を果たし各藩の米の生産力が高まってくると、より高い価格でより多く売却したい動機から市場インフラが整っている大坂に大量の米が持ち込まれ大坂米市場は誕生した。米の売買取引を容易にするため米切手という引き渡しの証書が作られた後、この米切手が有価証券となって、裁定取引だけでなく将来いくらで買うといったデリバティブ取引に用いられるようになった。

市場が高度化していくなか、幕府将軍の徳川吉宗の時代に幕府公認の米切手転売市場として堂島米会所が設立され、世界初の公設デリバティブ市場が誕生した。

米切手は各藩の財政を支える国債のような働きをしたのだが、そうなると、やはり米切手のデフォルト(債務不履行)も起こる。中には、サブプライムローンの先駆けのような信用の低いものと高いものを混ぜた米切手を売ってデフォルトを起こしたトホホな藩もあったというが、これはある意味で当時の金融レベルの高さを証明しているのかもしれない。

当時の市場取引には「追証」やレバレッジの仕組みなど現代にも存在するものが多い。明治期の証券市場においても、「米が株式ってのに変わっただけだ」との声もあったようだ。日本の資本主義の発展に米切手転売市場は重要な役割を果たしたと言える。

株式取引所の設立、発展に貢献した偉人達

第二部は明治・大正期の株式取引所に焦点を当てる。明治維新により米切手転売市場は役目を終えるが、時代は新しい証券市場を必要としていた。株式取引所設立の立役者として、渋沢栄一、五代友厚、「天下の糸平」こと田中平八、「鉄道王」とも呼ばれた今村清之助の4人が挙げられている。

渋沢や五代の活躍は有名だが、田中平八と今村清之助の貢献を本書は特筆している。彼らは清廉潔白とは程遠い、強欲で冒険心の強い相場師なのだが、そんな彼らだからこそ公設の取引所を政府に作らせただけでなく、相場を熟知していることから実務的なルール整備に多大な貢献をしたのだ。そのようなクセの強い人材を活用した渋沢や明治政府も賞賛に値する。

話は変わるが、日本の成長戦略の1つである証券取引所と商品取引所を統合する総合取引所の議論をとんと聞かなくなった。日本は世界の証券取引所の潮流から未だ取り残されたままであり、政府には株式取引所設立に奔走した偉人達のような行動を期待したい。その際には、田中平八や今村清之助のような立場の人間の意見も取り入れる必要があるという歴史の教訓を活かすべきだろう。

証券市場の文化や人間模様の面白さ

三部構成の最後は昭和期の戦後・バブル期を取り上げ、GHQとの折衝やバブル期の株券売買立会場の喧噪の様子を描いている。

バブル期の人の手による取引風景には熱い活気を感じる。だが、活気に関しては先人達も当然負けていない。堂島米会所では取引時間が過ぎても取引に熱中する人がいれば、それを止めるのだが、その方法が荒っぽくて笑ってしまう。本書にある歌川広重「堂島米市の図」がその様子を活写していてさらに面白い。明治の東京株式取引所も火事場のような有様と表現されるほどだったという。

証券市場の歴史で見られる文化や風習、人物伝は興味深く面白い。本書はそれらを柔らかい語り口と多くの写真を用いて分かりやすく描いている。テクノロジーの進歩で人の手により作られた文化や風習が消えていく運命にあるが、それを後世に伝える意味でも本書は有益である。(書評ライター 池内雄一)