シンカー:内閣府の中長期の経済財政に関する試算では、2025年に団塊世代がすべて75歳以上の後期高齢者となっても、大きい民間貯蓄を背景に国際経常収支は黒字で、そして社会保障基金も黒字であることが分かった。よく言われる財政の「2025年問題」は存在しないようだ。財政再建よりも、デフレ完全脱却とそれにともなう投資拡大で長期的な実質所得の拡大の裏づけとなる生産性を押し上げることにより切迫感があることが分かる。基礎的財政収支の黒字化目標を2020年度から2020年代後半に延長しても問題はないだろう。国内貯蓄が潤沢である間の金利上昇は、経済成長率がしっかりとしている証左であって、税収の増加もあり、財政ファイナンスの懸念要因でないことはマクロ経済学の常識である。それでも財政ファイナンスが懸念されるシナリオとなっているのであれば、金利上昇を国内貯蓄の実情を加味せずに過大評価し、逆に税収の増加を景気の実情を加味せず過小評価している可能性が高い。
2025年には団塊世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり、社会保障費と医療費が急増するため、それまでに財政再建を急がねばならないという切迫感がある。
内閣府の中長期の経済財政に関する試算の慎重なベースラインシナリオでは、2027年度においても一般政府の部門別収支はGDP対比2.2%の赤字で、基礎的財政収支(プライマリーバランス)も-1.3%の赤字が残るとされている。
確かに、後期高齢者が増加する中で財政赤字が残ることは、ミクロ経済学・会計学としては、ファイナンスの持続性に不安が生まれる。
しかし、マクロ経済学をしっかり学んだ人は、その時に、日本の民間貯蓄が不足して国際経常収支の赤字になっているのか、更に社会保障基金の取り崩しが急激に進行しているのかをチェックしようとするだろう。
試算をみると2018年度から2027年度までの国際経常収支(GDP対比)は、+4.0%・+4.5%・+4.4%・+4.5%・+4.7%・+4.7%・+4.5%・+4.2%・+3.9%・+3.4%と、巨額の黒字が残っている。
これは、民間貯蓄(GDP対比)が、2027年度においても+5.6%もあり、余剰であることが理由である。
マクロ経済学としては、高齢化などにより社会保障や医療の支出が増加すれば、それは国内の所得を生むことになる。
その支出の増加による所得の拡大が消費の拡大にもつながり、総供給に対する需要超過幅が大きくなってしまえば、家計貯蓄率の低下とインフレの高騰、そして海外からの供給に頼ることによる国際経常収支赤字に陥ることになる。
そのようなシナリオが前提であれば、経済活動を安定させるために社会保障の支出の削減や大きな増税などの財政再建が急務となる。
しかし、内閣府の試算では、ベースラインケースでも、民間貯蓄率は高く、国際経常収支の黒字は巨額であり、そのようなシナリオになっていない。
更に、試算をみると2018年度から2027年度までの社会保障基金の収支(GDP対比)も、+0.2%・+0.2%・+0.5%・+0.5%・+0.6%・+0.6%・+0.8%・+0.8%・+1.0%・+1.0%と黒字が継続することが示されている。
黒字幅が大きくなるのは、金利が上昇することが社会保障基金のリターンを大きくすることが理由で、金利上昇がネガティブなばかりではないことを示している。
国内貯蓄が潤沢である間の金利上昇は、経済成長率がしっかりとしている証左であって、税収の増加もあり、財政ファイナンスの懸念要因でないことはマクロ経済学の常識である。
それでも財政ファイナンスが懸念されるシナリオとなっているのであれば、金利上昇を国内貯蓄の実情を加味せずに過大評価し、逆に税収の増加を景気の実情を加味せず過小評価している可能性が高い。
試算はどう見ても、財政再建を急がねばならないという切迫した状況にはないようだ。
需要超過がそれほどでもなければ、社会保障の支出の削減や大きな増税などの早急な財政再建は必要なく、国の社会保障の支出の増加による需要の増加は経済成長率を押し上げることにもなる。
言い換えれば、民間貯蓄率が高すぎ、国際経常収支黒字が巨額すぎることは、国内需要がまだ弱いことを意味し、少しのショックでデフレに逆戻りしてしまうリスクが残っていることになる。
更に、高齢化が進行しているにもかかわらず、社会保障基金が黒字であることは、過剰貯蓄と需要不足の状況をより悪化させている可能性もある。
財政の「2025年問題」は存在しないようで、財政再建よりも、デフレ完全脱却とそれにともなう投資拡大で長期的な実質所得の拡大の裏づけとなる生産性を押し上げることにより切迫感があることが分かる。
ミクロとマクロでは見方が逆になる典型的なケースであるが、財政はマクロで見るべきだろう。
基礎的財政収支の黒字化目標を2020年度から2020年代後半に延長しても問題はないだろう。
表)内閣府の試算(ベースラインケース)による財政収支、民間貯蓄、国際経常収支、社会保障基金収支
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司