日本の製造業を根底から支える"ものづくり"は、その多くを中小企業が担ってきた。東京で言えば大田区や墨田区、大阪なら東大阪などに集積している家内制手工業的に営まれている町工場を思い浮かべるだろう。
町工場がつくってきたのは、大企業が生産している製品の一部品だったり、原料だったりする。卓抜した技術力と受け継がれてきた熟練の職人技で、町工場は大企業を支える役割を果たしてきた。そして、もうひとつ町工場が果たしてきたのは大企業の大量生産体制を下支えしたことだ。
つまり、本来なら大企業が負担する労働力、そしてそれに伴う賃金を、下請けという形で中小企業は調整弁の機能を担っていた。そのため、発注元である大企業の経営が行き詰ると、とたんに町工場も苦しくなる。
『日本の中小企業 - 少子高齢化時代の起業・経営・承継』
出版社:中公新書
著者:関 満博
発売日:2017/12/20
日本の産業界を支える中小企業は「過小過多」
大企業に経営を依存している町工場が多いのは、紛れもない事実だ。下請けとしての町工場から脱却し、自立した経営を目指そうとする中小企業・町工場も出てきているが、そうした成功例は少ない。
なぜか? それは日本の企業風土と産業構造に求められる。長らく、日本の製造業は「過小過多」と言われてきた。「過小」は「少」ではなく「小」だ。つまり、一人親方や家族だけで切り盛りしている町工場が日本国内には無数にある。
「過小過多」は、製造業だけの話ではない。飲食店や小売業にもあてはまる。そうした過小過多は政府の取り組みと、時代の流れによって解消されていく。現在、今の日本の風潮では、学校卒業後の最大目標が、なによりも企業に入社する"就職"になっている。
事業承継を阻む壁
就職活動を略した"就活"や、企業から送られてくる不採用通知を"お祈りメール"と形容する語句は、もはや一般的にも通用する。それほど、就職は世間の共通した認識になっている。
だが、学校を出てから家業を継ぐ、起業するといった進路を選ぶ新卒者はいない。日本における就職の実態は、就"職"ではない。就"企業"だ。企業に入ることこそが、日本では"就職"として扱われる。
昭和の一時期、満員電車に揺られて、上司に愛想笑いを振りまき、取引先に無茶難題を言われてもひたすら平身低頭する。そんな宮仕えのサラリーマンは、悲哀の対象でもあった。
ところが、今は逆だ。嫌なこともたくさんあるが、サラリーマンは安定した給料を得られるというメリットが大きい。会社から独立するなどという大きな夢を抱けば、「平穏な生活が続けられなくなる」「子供の養育費はどうするつもりだ」「会社を辞めるなら、離婚だ:etcと妻に泣きつかれる。
通称・嫁ブロックの発動により、起業は滞り、家業を継ごうとする若者は減る。もちろん、それを妻のせいにするわけにはいかない。妻が生活を心配するのは当然の話で、むしろ戦犯は起業を志したり家業を継いだりすることに何のメリットも感じさせなくなった社会にある。
中小企業は日本経済の土台
1986年、日本国内の製造事業所は約87万4000まで膨らんだ。これをピークに事業所数は減少。2016年は半減に近い45万4000にまで落ち込んだ。これは、政府が推し進めた「過小過多」を解消させる取り組みが実を結んだと見ることもできる。
しかし、日本の産業界は毎年のように開業者と廃業者を出しながらも、開業者が多い状態を保っていた。いまや産業構造が大きく変貌し、いまや廃業者の数が開業者を上回っている。
本書は、主に中小の製造業の現状分析と、著者が実際に訪ね歩いて目にしてきた現場リポートという2つの面から、日本経済・産業界の今後を模索していく。今、日本の産業界が直面している最大の課題は事業承継だ。
中小企業や町工場は、息子や娘婿といった親族に継がせるのが一般的だった。しかし、少子化を迎え、親族に継がせることも困難になってきた。また、町工場のような零細企業では、個人保証という壁にもブチあたる。
工場の操業資金や人件費、大型機械を購入する代金といったまとまった金を用意するには、銀行融資が欠かせない。いまだ日本の銀行は、融資を担保の有無で判断する。いわば、担保至上主義ともいえる慣行が根強い。そのため、事業承継者は自宅を担保に差し出すというリスクを伴う。安定したサラリーマン生活を送ることに慣れている人なら、そんなリスクが大きく、リターンの少ない事業を継承する気持ちにならない。
日本の産業界は、資金ひとつとっても事業承継が難しい一面がある。息子や娘は一流企業に勤めているから、個人保証を伴うリスクの大きい家業を継がせるのはしのびないとして、黒字でも廃業を選択する企業主もいる。本書では、そうした黒字倒産企業問題にも触れ、取引先に迷惑をかけられないとする中小企業主が、第三者に事業承継したケースも紹介している。
町工場は企業としての規模は決して大きくないが、前述したように大企業を技術面でも労働力といった面でも支えきた。中小企業が衰退すれば、それは大企業にも及ぶ。大企業が弱体化すれば、国家の存亡にも関わる。中小企業は日本経済の土台であり、今、それが揺らいでいるのだ。
起業や開業が停滞することに、政府もようやく焦りだした。最近では、ベンチャーキャピタルを立ち上げて新規開業を金銭面でサポートすることや創業支援の相談窓口を開設するようになっている。だが、取り組みは緒に就いたばかり。実を結ぶのは20〜30年の歳月が必要になるだろう。
そんな長い歳月を待つ体力は、日本の中小企業にはない。国内の工場は、すでに人件費削減を名目にして海外移転を始めている。また、研修という大義名分のもとに海外から留学生を呼び寄せて人手を補っているが現状だ。これでは、肝心の技術の継承ができない。"ものづくり"の国などと自画自賛していた日本だが、それは過去の栄光になりつつある。日本の中小企業は、直面する困難をどう乗り越えるのだろうか?
小川裕夫(おがわ ひろお)
フリーランスライター・カメラマン。1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者などを経てフリーランスに。2009年には、これまで内閣記者会にしか門戸が開かれていなかった総理大臣官邸で開催される内閣総理大臣会見に、史上初のフリーランスカメラマンとして出席。主に総務省・東京都・旧内務省・旧鉄道省が所管する分野を取材・執筆。