要旨
「都市農地農貸借の円滑化に関する法律案(以下、法案)」が、1月22日を招集日とする今通常国会に提出される予定である。この法案は昨年9月に農林水産省がまとめ、臨時国会に提出予定であった。しかし、解散総選挙により提出が見送られたことから、法案の成立を前提に関連税制が先に決定した経緯がある。ここでは、法案及び税制の内容を確認し、生産緑地の貸借を可能とする今後の都市農業と農地のある都市の暮らしを展望する。
生産緑地の貸借円滑化法案までの経過
法案第2条の定義において「都市農地」とは、「生産緑地地区の区域内の農地」とあることから、これが、生産緑地の貸借を円滑化するための法律であることが分かる。
生産緑地は生産緑地法に基づき、都市計画で地区が決定される。生産緑地法に示された責務規定や指定要件から、生産緑地地区は、農地としての生産緑地が周辺の生活環境と調和して存在し、かつ将来それを公園などの公共施設として活用した際にも、その効果が十分得られることを見通して指定すると読み取れる。そのため、買取申し出制度(*1)が設けられている。買い取られない生産緑地は、市街化区域にある以上宅地化することが前提になる。
しかしながら、人口減少、高齢化が進行する中、生産緑地地区制度が設けられた当時に比べ、市街化区域内農地への開発圧力は低下している。一方で、都市農業、都市農地を保全すべきとの都市住民の評価がかつてより高まっている。こうしたことを背景に、2015年、都市農業の安定的な継続、都市農業が持つ多様な機能の発揮を通じた良好な市街地形成を理念とする、「都市農業振興基本法」(以下、基本法)が成立した(*2)。
2016年には、基本法に基づき、都市農業振興に関する新たな施策の方向性を示した「都市農業振興基本計画」(以下、基本計画)が策定(*3)され、この考え方を受けて、都市緑地法の一部を改正する法律(生産緑地法一部改正含む)が昨年成立した。改正都市緑地法は、都市緑地政策の中に、都市農地を農地のままに位置づけた。これにより生産緑地は、いずれ公共施設や宅地にするものとの前提が、良好な都市環境の形成ために農地のまま極力保全することに転換したと言える。
このようにして、生産緑地地区の最初の指定から30年を迎え、多くの生産緑地が買取申し出可能になる(30年買取申し出)のを前に、特定生産緑地指定制度(4)など保全に向けた法制度改正がなされ、昨年末関連税制が決定した(5)。今回の法案は、都市緑地法等の一部を改正する法律とその関連税制も含めた、一連の都市農業政策、土地利用政策の中で生み出されたものである。
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(1)主たる従業者が死亡したときあるいは故障によって従事困難になったとき、又は生産緑地地区指定告示日から30年経過したときに、当該市区町村に対し時価で買い取るべき旨を申し出ることができる制度(生産緑地法第10条)。
(2)「都市農業振興基本法のあらまし」(2015年7月農林水産省、国土交通省)参考
(3)都市農業の振興に関する基本的な計画として、これからの都市農業の持続的な振興を図るための施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、基本法第9条に基づいて定めるもの
(4)生産緑地地区の決定(告示日)から30年経過の前に、特定生産緑地に指定することで、買取り申出次期を10年先送りする制度。
(*5)「生産緑地に関する税制改正の影響-平成30年度税制改正による都市農地の見通しと課題」基礎研レポート2018年01月17日参照。
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生産緑地の貸借を必要とする背景
法案を解説する前に、生産緑地の貸借円滑化が必要な理由と背景を整理したい。
◆生産緑地を貸借できない理由
(1) 農地法の賃借人保護規定
なぜ生産緑地は貸借が困難なのであろうか。まず、市街化区域で農地の貸借を行うための法律の適用は農地法に限られ、農地法では農地に関する権利の移転や設定を制限していることがある。農地の権利は、自ら農業経営を行い、農作業に従事する者(耕作者)が取得すべきとする考え方が基礎にあるからだ。そのため、農地の賃借権や使用貸借権を設定する場合、農業委員会の許可を必要とする(*6)。
また、賃借人は農地法によってその権利が手厚く保護されている。賃貸借期間満了までに賃貸人が賃借人に対し更新しない旨を伝えない場合、自動的に同一条件で更新(法定更新)となり(7)、賃貸借の解除、更新しない旨の通知は都道府県知事の許可を必要とする(8)といった規定が設けられている。こうした規定から、農地所有農家は農地を簡単には貸すことができない。
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(6)農地法第3条1項 農地を使用貸借権、使用収益権等の設定によって権利を移動させる場合、農業委員会の許可が必要。同第2項に、不許可要件を示しており、これに該当する場合は農業委員会は許可できないとしている。
(7)農地法第17条 賃貸借期間が設定されている場合、賃貸借期間満了の1~6ヶ月前までに通知しないと同内容で賃貸借が更新されたものとみなす。
(*8)農地法18条1項。同条2項には、都道府県による許可要件が示されており、要件に当てはまる場合でなければ許可してはいけない。
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(2) 特定農地貸付法における農地法の特例
これに対し、市民農園の開設に用いられる、「特定農地貸付けに関する農地法等の特例に関する法律」(特定農地貸付法)による貸付は、農地法の特例が適用され、貸付に伴う権利移動について農業委員会の許可が不要となる。特定農地貸付の承認を農業委員会が行うためである。また、法定更新といった賃借人の権利を保護する規定が適用されない。特定農地貸付は、営利を目的としないことを要件にしているため、耕作者の地位と経営の安定を保証する規定を適用することは適当でないからだ(*9)。これによって、農家が自治体等に農地を貸付けて市民農園を開設することが容易になっており、生産緑地での適用も可能だ。
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(*9)「特定農地貸付けに関する農地法等の特例に関する法律の施行について」農林水産事務次官依命通知最終改正平成21年12月15日
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(3) 相続税納税猶予制度
しかし、特定農地貸付を用いても、貸付けた農地は相続税納税猶予制度(10)が適用できない。市街化区域での相続税納税猶予制度は、被相続人が死亡の日まで農業を営んでいることを適用要件にしているためである。また、相続人も農業を営むことを求めているため、納税猶予の適用を受けている農地で、貸付を行うとその時点で猶予期間が確定し、猶予税額を納税しなければならない。(11)
生産緑地の相続税は近傍宅地と同等の評価がされるため、相続税の課税額は莫大になる。したがって、生産緑地で特定農地貸付による市民農園の開設は、農家にとってリスクが高いと考えられてきた。
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(10)農地の相続を受けた場合一定要件の下、相続税の納税を猶予する制度。都市営農農地(平成3年1月1日現在で3大都市圏の特定市の生産緑地)では納税猶予を受けた相続人が死亡した場合のみ納税免除となり、次に承継した相続人は新たに納税猶予の適用を受けられる。農地の売却、営農の廃止などの場合に猶予期間が確定し猶予税額に利子税を加えた額を納税しなければならない。
(11)農業従事者が身体障害となった場合などに、「営農困難時貸付け」という制度があり、これは相続税納税猶予制度の適用を受けられる。
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(4) 生産緑地法の規定
生産緑地法では、買取申し出できるのは、指定から30年経過した場合以外に、「主たる従事者が死亡、故障で農業継続できない場合」としている。生産緑地を貸付けた場合、農地所有農家が主たる従事者ではなくなる(借受人が主たる従事者になる)ため、農地所有農家が死亡、故障した場合であっても買取申し出できないとの解釈が成り立つ。
また、借受人の死亡や故障により農地所有者が買取申し出をしようとするときは、農地の貸借の解約が要件となっている(*12)。
買取申し出できなければ転用、売却することができず、相続税納税額を用意することができない。こうしたことを考慮すると、生産緑地の貸借は農家にとって不都合が多い。
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(*12)生産緑地法10条。買取り申出の際に、市区町村やあっせん先が買い取る旨の通知書の送付を条件として、生産緑地にかかる権利を消滅させる旨の書面を提出しなければならない。
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(5) 実態を反映した農家の意識
以上のように、生産緑地の貸借は制度上可能ではあるものの、実態上困難であった。このような実態を反映して、農林水産省が実施した農業者を対象にしたアンケート調査では、農地を貸すことをためらう理由として、「耕作権を主張され、帰ってこない不安がある」、「相続が起きた時に自由に処分できなくなる」、「相続税の納税猶予が打ち切りになるため」が上位を占めている。(図表1)
◆生産緑地の貸借円滑化が求められる背景
次になぜ生産緑地の貸借円滑化が必要かを整理したい。
(1) 農業従事者の高齢化と農業後継者の不足
まず農業従事者の高齢化と後継者の問題がある。生産緑地は宅地化農地に比べ減少率は低く、都市農地の維持に効果を上げてきたと言える。しかし、2006年以降一貫して減少し続けており、2010年以降は減少幅も大きくなっている。減少分の多くは、農業従事者の死亡や故障によって農業継続できなくなり転用したものと考えられる。(図表2)
高齢化について東京都でみると、生産緑地に限ったものではないが、2015年における70歳以上の基幹的農業従事者の比率は全体の約42%を占め、60歳代も含めると約66%となる。1990年に比べ16ポイントの増加である。(図表3)
農業従事者の高齢化とともに生産緑地も徐々に失われているのである。特定生産緑地指定制度が設けられたが、10年間営農継続できるか体調を不安視して、指定をためらうケースも考えられる。しかし、後継者がいれば農地を維持できる。
農業後継者について、東京都が2016年に、都内の生産緑地を有する農家を対象に実施したアンケート調査では、既に就農している、または就農予定の後継者が「いる」との回答は、全体の35%で、「いない」は38.7%と「いる」を上回る。「未定」は26.3%である。(図表3)
地域差はあると思うが、これらの結果を見ると、農業従事者の高齢化が進む中、30年買取り申出までに後継者が定まらない農家も相当数あると予想される。あるいは農業継続を希望していても、後継者がいなければ、その先10年営農が義務となる特定生産緑地の指定を躊躇する農家がいてもおかしくない。
平成3年1月1日現在の三大都市圏特定市(13)においては、生産緑地に相続税納税猶予制度を適用すると終身営農が義務付けられる。このため、営農困難になった時に後継者がいなければ、生産緑地を廃止し、売却して猶予税額を支払うことになる。こうした事情からあえて生産緑地に指定せず、いつでも売却可能な宅地化農地としている農家も多い。その場合の固定資産税は、賃貸住宅経営などの農外収入で賄う実態があると言われている(14)。
後継者がいれば、このような不安定な経営をしなくてもよいのだが、いない場合、生産緑地はいずれ相続のために売却し宅地になることが前提であった。貸借して農地を維持することができ、その場合も納税猶予が認められれば、安心して営農継続することができるようになる。仕方なく宅地化農地にしている場合も、生産緑地に追加指定して安定的に営農することが選択肢になってくるだろう。
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(13)都市営農農地等に限る(東京都の場合、羽村市、あきる野市の旧五日市町を除く)
(14)蔦屋栄一は「都市農業を守る -国土デザインと日本農業-」(光の家協会)で、こうした実態を指摘している。
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(2) 新規就農希望者の増加
一方で、新規就農希望者は増加している。東京都内での新規就農相談を担当している、東京都農業会議(15)の松澤龍人さんによると、近年は毎年100人以上の新規就農希望者と面接を行っているという(16)。
2009年に都内初の新規就農者が誕生して以降希望者が増え、2015年までの7年間に新規就農者は60人ほどとなっている(*17)。
ところが新規就農した場所は、いずれも市街化調整区域である。前述のとおり、生産緑地は事実上借りることが困難なためだ(*18)。農業者の高齢化が進行し、後継者不足の中、せっかく新規就農希望者という都市農業の担い手が増えていても、現状では生産緑地を活用することはできない。
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(15)一般社団法人東京都農業会議(東京都渋谷区)
(16)松澤龍人業務部長へのヒアリングより
(17)新規就農者の集まりである「東京NEO-FARMERS!」のメンバーは農業研修中を含めると60人ほど。「東京で農業がブーム」NewsSocra (2015年7月)の松澤氏のコメントより。
(18)宅地化農地は固定資産税が高額になるため新規就農者の営農は現実的ではない。
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(3) 市民農園の増加
近年の都市住民の農業への関心の高まりを背景に、都市部での市民農園の開設数が伸びている。農林水産省の調べによると、2016年における全国の都市的地域における市民農園数は3,370カ所あり、2005年の2,373カ所から1,000カ所近く増加している。(図表5)
2016年の開設主体別市民農園数は、「地方公共団体」2,260カ所、「農業者」1,108カ所、「農業協同組合」526カ所、「企業・NPO等」329カ所の順で多くなっている。2005年からの推移をみると、農業者と企業・NPOの伸びが大きい。(図表6)
このように市民農園に対するニーズは高いのであるが、前述のとおり、市民農園という公益的な目的であっても、生産緑地の貸し借りは難しいのが実態である。
(4) 農業体験農園の普及
生産緑地の貸借は困難という事情もあって普及してきたのが「農業体験農園」である。市民農園と同じく利用者ごとに区画があるものの、利用者は、農家の作付け計画、栽培指導によって農作業を行い、収穫した作物を購入する。あくまで農家が営農主体であるため、生産緑地であっても相続税納税猶予制度が適用できる。
農家の管理が行き届き、皆が同じ作物を栽培することから利用者同士コミュニケーションが生じやすいなど、区画貸しの市民農園にはない効果もあって、1996年に練馬区で最初に開設されて以降(*19)年々増加し、全国各地に広がっている。(図表7)
ただし、この場合も本質的に相続の問題が残る。営農が困難となり、そのときに農業後継者がいなければ、農業体験農園を維持していくことは難しい。
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(*19)東京都練馬区の農家が中心となって開発されたことから、「練馬方式」とも呼ばれている。
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(5) 農園サービスへの民間参入
近年特に都市住民の支持を集めているのが、民間企業のサービスを利用して開設する市民農園である。民間企業が農家の市民農園開設を支援し、農家から業務委託を受けて、開設後の集客や運営のサポート、利用者向けイベント開催等を行っている(*20)。
自治体などが開設する市民農園に比べると利用料金は高いものの、栽培に必要な道具などはすべて揃えてあり、現地のアドバイザーに指導もしてもらえる。こうしたサービスは農業体験農園と同様であるが、区画面積は標準的な農業体験農園よりも小さく、無理なく始められる点も最近の消費者ニーズを捉えているのだと思われる。
現状で生産緑地での開設事例もあるが、多くの場合農家が開設主体である。前述の理由からノウハウのある企業であっても生産緑地を貸すことは困難と考えられているためだ。
以上のように、農業従事者の高齢化が進み、後継者の見通しが立たない農家が多い一方で、都市農業に対する都市住民の関心はかつてないくらいの高まりをみせており、新たな担い手として期待される新規就農希望者も増えている。こうした中、生産緑地を農地として安定的に維持していくためには、後継者の問題も含め様々な事情で農業継続が困難な農家に対し、貸借という選択肢を選べるようにする必要がある。それによって、営農意欲の高い者、新規就農希望者、農園利用を希望する都市住民などを実質的な都市農業の担い手、支え手としていくことが求められているのである。
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(*20)株式会社マイファーム(京都市下京区)は、2008年に「体験農園マイファーム事業」を開始して以来全国に110カ所開設(会社案内パンフレットより https://myfarm.co.jp/company.html )。株式会社アグリメディア(東京都新宿区)は、2012年にサポート付き市民農園「シェア畑」サービスを開始して以来、全国に65カ所を開設(2017年9月現在 ウェブサイトより https://www.sharebatake.com/ )。
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生産緑地貸借の仕組み
法案は、2つの貸借の仕組みで構成されている。一つは、「自らの耕作の事業の用に供するための都市農地の貸借の円滑化(ここでは認定事業計画に基づく貸付とする)」、もう一つは、「特定都市農地貸付けの用に供するための都市農地の貸借の円滑化(特定都市農地貸付け)」である。前者は、生産緑地を借りる者が自ら農業経営することを目的に貸借する仕組みであり、後者は、市民農園など公益目的で生産緑地を貸借する仕組みである。
◆認定事業計画に基づく貸付け
(1) 事業計画の認定
農地を借りて事業を行おうとする者(都市農業者)は、「事業計画」を作成し、当該農地のある市区町村(*21)に提出する(図表8中の①)。事業計画には、申請者の氏名、農地の所在地、賃借権等の種類、期間、耕作の事業内容等を記載する。
事業計画の申請を受けた市区町村は、認定要件をすべて満たしている場合、農業委員会の決定を経て事業計画を認定する(②、③)。その上で、農地所有者は、事業計画の認定を受けた者(認定事業者)に対し、賃貸借または使用貸借による権利の設定を行う(④)。
この場合、農地法の特例が適用され、権利設定に農業委員会の許可が不要となり、法定更新等の規定が不適用となる。
事業計画を申請するのは、個人法人を問わない。ただし法人の場合、執行役員等のうちひとり以上が耕作の事業に常時従事することを認定の要件としている。
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(*21)本稿では、東京都特別区を含めて市区町村と表記する。
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(2) 利用状況の報告と勧告
認定事業者は、毎年市区町村に認定事業計画の対象となる生産緑地(認定都市農地)の利用状況を報告する義務が生じる。市区町村が事業計画どおり耕作していないと認める場合、認定事業者に対し必要な措置を講ずることを勧告する。勧告に従わない場合、農業委員会の決定を経て認定を取り消す。
◆特定都市農地貸付け
特定都市農地貸付けは、地方公共団体や農協以外の者が、生産緑地を市民農園として開設するために、所有者から生産緑地を直接借り受けることができるようにする仕組みである。
前述のとおり、既に特定農地貸付けによって、企業やNPO等農地を所有しない者が市民農園を開設する仕組みがある。しかしこの場合、市区町村等(*22)が農地所有者と農地の使用収益権を設定し、市区町村等から企業等に農地を貸す必要があった。所有者と企業等が直接生産緑地を貸借可能にすることで、生産緑地を活用した市民農園を開設しやすくした。
10アール未満の農地、営利を目的としない、貸付期間が5年を超えないことを要件とし、市区町村と「貸付協定」を締結していなければならない(図表9中の①)。貸付協定には、生産緑地を適切に利用していない場合に市区町村が協定を廃止すること、承認の取消や協定を廃止する場合に市区町村が講ずべき措置を定めておく必要がある。
特定都市農地貸付けによって市民農園を開設しようとする者は、この貸付協定と利用者に貸し付ける際の条件等を定めた「貸付規程」(②)を申請書と共に農業委員会に提出申請し(③)、承認を求める。農業委員会は、農地の位置や規模が適切か、利用者の募集選考方法が適正かなどの要件に該当する場合に承認する(④)。
こうした要件や承認の規定は特定農地貸付法を準用している。特定都市農地貸付けが承認されると、農地法の特例が適用され、権利設定に農業委員会の許可が不要となり、法定更新等の規定が不適用となる。
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(*22)地方公共団体又は農地利用集積円滑化団体(農業経営基盤強化促進法)又は農地中間管理機構(農地中間管理事業の推進に関する法律)
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◆相続税納税猶予制度の適用
以上の、認定事業計画に基づく貸付け、特定都市農地貸付けについて、平成30年度税制改正で、法案の成立を前提に相続税納税猶予制度の適用が認められるようになった(*23)。これによって生産緑地所有農家は相続の心配をせずに、農地を貸すことができる。
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(*23)贈与税の納税猶予制度も認められた。
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生産緑地の貸借が可能になることで期待できること
◆都市農地の減少を食い止める
生産緑地の貸借が可能になったことで、都市農業はどうなるだろうか。背景で説明したように、相続を心配しなくてもよくなることから、営農意欲のある農家は、買取り申出の契機を迎えても、生産緑地を継続するだろう。30年買取り申出で特定生産緑地指定を選択する農家も多いはずである。相続時の不安からあえて生産緑地に指定していない宅地化農地を追加指定(*24)するケースも出てくるものと考えられる。これ以上の生産緑地の減少を食い止めることが可能になるだろう。
む
◆営農意欲の高い農家と新規就農希望者による都市農業の振興
営農意欲の高い農家は、認定事業計画に基づく貸付けによって周辺の生産緑地を借りて生産規模を拡大し、より生産性の高い都市農業を営むことになるはずである。法人化して経営効率化をはかることも可能であろう。貸す側の農家も、普段から付き合いのある同業者にまずは貸すことを考えるはずである。最初に紹介したアンケート調査結果(図表1)で、貸すことをためらう理由に、「知らない相手には貸したくないため」が3割以上を占めているように、やはり貸借には信頼関係が重要になる。
生産緑地の貸借によって、意欲ある若い新規就農希望者を都市農業の担い手として受け入れることができる。これは都市農業の振興にとって非常に大きいことだと言える。新規就農希望者の中には、これまで生活してきた土地勘のある都市部で就農したいと考える者も少なくないだろう。規模が小さくても消費地に近いという最大の利点を生かして、農業経営にチャレンジすることは若い新規就農希望者にこそ期待できよう。新規就農者を得ることは、都市農業の担い手を得ることと同時に、地域の担い手を得ることである。都市農業の活性化と共に、地域の活力維持にも期待が持てよう。新規就農希望者と生産緑地所有者をマッチングさせる機能が重要になる。
◆企業による農園サービスの多様な展開
今後は、企業が農家から直接生産緑地を借りて、都市住民に農園サービスを提供する事業が増えるだろう。生産緑地法の一部改正によって、生産緑地地区内で農家レストランの設置が可能となったことから、独自のアイデア、ノウハウを投じて、都市住民の多様なニーズに応じたきめ細かいサービスの提供が期待できよう。週末の午前中に自分が収穫した野菜を使った料理を、農園併設のレストランで食べて昼下がりを過ごすといったことが、生活に身近な場所でできるようになる。
農村地域で農家体験をする旅行企画があるが、同様なことを都市部の生産緑地で提供することも可能ではないか。日本人の興味を引くかどうか不明だが、最近いわゆる有名な観光地でない場所でも外国人観光客を目にすることを思えば、インバウンドビジネスとして成立するかもしれない。
◆まちづくりとの連携
都市部での農福連携の推進にも貢献するはずだ。社会福祉法人やNPOなどが生産緑地を借りて、都市部で障がい者等の自立支援の場、就労機会を提供するようになるだろう。福祉ばかりでなく、農地というフィールド、機能を使って子育て支援、食育、環境学習など、地域に必要とされるプログラムを提供することもできよう。生産緑地が地域のまちづくりと結びつく。
特定都市農地貸付けを利用して、生産緑地を活用した市民農園が増加し、都市住民にとってより身近な場所で農作業を体験する機会が増えるであろう。農業体験農園型の市民農園が増えれば、地域コミュニティの醸成も期待できる。
都市住民こそ注目すべき
以上のように、生産緑地の貸借が可能になることで期待できることは、都市住民にとって有益なことが多いと思えないだろうか。そのような意味から、最後に改めて法案の目的を紹介したい。
法案第1条目的には、「この法律は、都市農地の貸借の円滑化のための措置を講ずることにより、都市農地の有効な活用を図り、もって都市農業の健全な発展に寄与するとともに、都市農業の有する機能の発揮を通じて都市住民の生活の向上に資することを目的とする」とある。
生産緑地の貸借が、都市農業の発展に寄与するだけでなく、都市住民の生活の向上に資するとしている点に注目したい。
都市農業振興基本法では、都市農業が農産物の供給以外にも多様な機能を果たしており、それら機能が将来にわたって適切かつ十分に発揮されるよう都市農地の有効な活用、適正な保全が行われなければならないとしている。
基本法に基づき策定された都市農業振興基本計画には、「今後、都市農地を保全し、都市農業の振興を図っていくためには、(中略)都市農地の賃貸借の活性化を図ることを検討していく必要がある」とし、市民農園とする場合も含めて「農地の貸借等を促進するための制度的な措置を講ずる必要がある」としている。(*25)
今回の法案を都市住民の立場からみると、都市農業が持つ多様な機能の発揮は、都市住民の生活に資するものであり、そのため生産緑地を保全・活用しなければならず、生産緑地の保全・活用には貸借の円滑化が必要であると解釈できる。
このように、生産緑地の貸借が進めば、都市住民にとってよい効果があるとしている点で、都市住民にこそ法案とその効果に注目してほしいのである。
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(*25)「第1 都市農業の振興に関する施策についての基本的な方針」における、「5.施策検討に当たっての留意点、」の、「(2)都市農業の振興及び土地利用計画に関する制度」中の記述。
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謝辞|本レポート執筆に当たり、一般社団法人 東京都農業会議の松澤龍人業務部長、株式会社農天気の小野 淳代表取締役に協力を賜った。深謝申し上げたい。
塩澤誠一郎(しおざわ せいいちろう)
ニッセイ基礎研究所 社会研究部 准主任研究員
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