「生前贈与」について調べる人が急増している。2015年の相続税改正により数千万円程度の資産規模においても相続税が課されるようになったためだ。税金対策として有効だと言われる生前贈与だが、きちんと知らなかったがためにかえってムダな税金を払う人も少なくない。

生前贈与と贈与の税金制度はきちんと認識している人は少ない

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(画像=PIXTA)

一般的に生前贈与というと「年間110万円までの贈与ならば税金がかからない」というイメージかもしれない。これは間違いではないが一面的だ。生前贈与とは、正しく言うと「あげる人が生きている間にもらう人に対して無償で財産を与える行為」となる。さらに税法上は、その生前贈与による財産について「暦年課税制度」「相続時精算課税」という2種類の課税制度が存在する。

「暦年課税制度」とは、1月1日から12月31日までの1年間で受け取った財産の価額に対して贈与税を課す方法だ。冒頭のイメージはこの暦年課税制度の内容を意味する。つまり、その年に受けた贈与価額から基礎控除110万円を差し引いた金額が贈与税の課税価格となるのだ。一旦贈与した財産は相続税の対象となることはないため、相続税の節税対策として注目を集めている。

一方、「相続時精算課税制度」という生前贈与に関する贈与税の制度もある。こちらは1年間にいくら贈与を受け取ったかではなく、財産をあげる人がもらう人に対し、生前に総額でいくら贈与したかがポイントとなる。こちらは生きている間に贈与した金額の合計が2,500万円までなら税金がかからない。ただし、財産をあげる側ともらう側に条件が付される他、相続税との精算が必要になる。

以上が生前贈与と税金制度の概要だが、節税対策として上手に活用するにはもっと適切な知識が必要となる。適切な知識がないと、以下に紹介するような誤解によって痛い目に遭いやすい。

誤解(1) 「毎年110万円以内で贈与すれば税金はゼロ」

この誤解はもっとも多いように感じる。年間110万円までの贈与であれば、これを何回繰り返しても贈与税も相続税もかからないと一般人は認識している。しかし、税法上は、「毎年110万円を数年間にわたって贈与する」行為を「連年贈与」とみなして贈与税の課税を考えるのだ。

連年贈与とは、毎年決まった額を一定期間にわたって贈与する行為をいう。このとき課税対象となるのは1年間に贈与される110万円ではない。一定期間に贈与された総額が贈与税の対象とされる。つまり、お金そのものではなく「一定期間にわたってお金を受け取る権利」を贈与されたとみなされるのだ。結果、たとえば10年間にわたって毎年100万円を贈与した場合、税務署からは「1年ごとに100万円を非課税枠内で贈与した」ではなく「1,000万円を10年に分割して贈与した」とみなされ、1,000万円についての贈与税を求められることになる。

これを防ぐには贈与契約書を作成し公正証書とするのがベストだが、中には次の②の誤解により、この手間を省く人もいる。

誤解(2) 「贈与税の申告書が毎年の贈与の証拠になる」

贈与についてのもう一つの誤解は「申告書が贈与の証明になる」というものだ。特に連年贈与については、契約書を作成する手間が惜しいのか、申告書で代わりになると考える人が多い。「連年贈与としてみなされるのは知っているので、あえて111万円を贈与して贈与税を申告した。贈与税の確定申告書が暦年課税贈与の証明だ」という人もいる。残念ながら、確定申告書は贈与契約書の代わりにはならない。なぜなら確定申告書は贈与の結果の発生物でしかないからだ。

贈与と贈与税はイコールではない。贈与という法律行為がまず存在し、その結果発生した財産の授受が要件を満たせば贈与税が課税される。贈与という行為は民法549条において次のように規定されている。

「贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手に与える意思を表示し、相手が受諾をすることによって、その効力を生ずる」。

つまり、あげる側が「あげます」と意思を示し、もらう側が「もらいます」と承諾することが贈与という法律行為の成立要件なのだ。贈与税の発生は、その贈与の行為の後の結果にすぎない。なおかつ、申告書は納税者側の誤解や恣意でどのようにも作成できる。そのため、申告・納税の事実を証するにすぎない。

「あげます」「もらいます」の贈与当事者の両方の意思表示をきちんと書面として残すなら贈与契約書を作成し、公正証書にしておくのが望ましい。手数料は、100万円以下なら5,000円、100万円超200万円以下なら7,000円というように贈与金額によって決まる。

なお、契約書だけ作成して実際の贈与がなければ、贈与とみなされず相続税の課税対象となる。きちんと預貯金を移動するなり、登記を変更するなりの証拠を残すこともお忘れなく。

【参考】 日本公証人連合会「法律行為に関する証書作成の基本手数料」

誤解(3) 「自分の預金を『贈与』のつもりで子ども名義に切り替えた」

名義だけを子どもや孫などに書き換える、いわゆる「名義預金」もまた問題になりやすい贈与形態だ。なぜかというと、「名義は変更されているものの、実際の預け入れや引き出し、用途については相変わらず親が管理しているまま」のものが多いからだ。「子どもの将来を考えて名義は変えてあるけど、浪費するかもしれないから存在すら教えていない」というのも珍しくない。これら名義預金は、受け取る側の使途や管理の自由がないため、実質的には贈与したことにはならない。そのため、後日発生した相続の際、相続財産として加算されることになる。

繰り返すが、贈与はあげる側ともらう側の双方の合意があり、かつ、実際にその贈与の事実が存在することが大事だ。贈与を行うなら名実ともに子どもに財産を移すようにしよう。

誤解(4) 「余命あと1年と分かり、相続財産に加算されないよう生前贈与を開始した」

財産の持ち主に重大な病気が発生し、慌てて贈与を行うケースもある。場合によっては、これがムダな手続きに終わってしまうことも。なぜかというと、相続開始時(=被相続人の死亡時)以前3年間において、被相続人から相続人に対して贈与された財産は、暦年課税制度の対象となるものであっても相続財産に加算されるからだ。一旦払った贈与税は控除対象とはなるものの、110万円未満であるかどうかに関係なく相続財産に加算されることになる。

「財産の持ち主はまだ元気だから」といって先延ばしにするのではなく、元気なうちにこそ生前贈与は計画的に行っておくべきだ。

なお代襲相続でない限り、孫への生前贈与は、財産の持ち主が亡くなる以前3年以内でも相続財産への加算対象とはならない。後述するが、孫への生前贈与は実は税金対策のポイントとなるのである。

誤解(5) 「非課税になると聞いて教育資金贈与制度で孫に200万円贈与した」

ここ数年、教育資金や結婚・育児資金の贈与税の非課税制度も生前贈与を活用した税金対策として注目を集めている。非課税限度額が大きい上、子や孫の生活の役に立つということから、銀行から勧められて活用する高齢世帯が急増しているのだ。ただ、場合によっては暦年課税制度を活用したほうがよいこともある。それは贈与金額が200万円や300万円など少額である場合だ。

贈与金額が200~300万円程度の場合、2回か3回にわけて贈与したとしてもあまり手間にならないし、一括で贈与したとしても贈与税率は10~15%と低率だ。もし200~300万程度の贈与額で非課税制度を活用すると、受け取った側は、たった200~300万円のために一度自分の財布から教育費などをねん出したり、領収書を保管したりと労力をかけなくてはならない。税金が多少かかったとしても、現金でもらって自由に使えるほうがラクと感じる現役世代もいるのだ。

贈与する金額が1,000万円や1,500万円ならば、税金面や事務負担面とのバランスから非課税制度の活用の意義が出てくる。教育資金などの贈与の非課税制度を活用するならば、税金だけに着目するのではなく、貰った側がどれだけの手間をかけられるのかといったことも加味して判断したい。

誤解(6) 「相続時精算課税制度を選択したので、その後長男に1万円を贈与しても申告は不要」

相続時精算課税制度は、将来値上がりする可能性のある財産を贈与する場合に節税対策になるとして注目を集めている。理由は、相続時の時価が高かったとしても贈与時の時価がそれより低ければ、最終的に相続時に精算した際、負担するのは低いほうの時価に対する税金になるからだ。加えて2,500万円という非課税枠もメリットが大きい。

反面、暦年課税制度と違い、「贈与者は60歳以上の祖父母または父母、受贈者は20歳以上の子又は孫に限る」といった厳格な制限がある。さらに、いったん相続時精算課税制度を選択した当事者間では二度と暦年課税は選択できない。ということは、「たとえ贈与する金額がたった1万円でも、相続時精算課税制度の対象となる」ということなのだ。

「お小遣いのつもりで1万円の贈与」でも、いったん相続時精算課税制度を選択したなら、贈与をした年分については必ず贈与税の申告をしなくてはならない。

誤解(7) 「孫もいるが、相続人候補は子なので子のみに生前贈与した」

「税金対策としての生前贈与」と聞くと、真っ先に思い浮かぶのが相続人候補である子だ。もっとも身近で、かつ一家を担う中心として日々苦労している子の姿を目の当たりにしているからこそ、子を対象に贈与をイメージするのは自然なことだろう。

ただし、子への生前贈与が必ずしも相続対策として有効かといえばそうでもない。理由は2つ。1つは先述した「相続開始時以前3年間の生前贈与が相続財産に加算される」ため、もう1つは二次相続、三次相続による資産の目減りと対策の手間のためだ。

少子高齢化となっている現在、財産の持ち主が70代~90代の高齢者、子が40~60代、孫が20~30代という世帯も少なくない。財産の持ち主が亡くなれば、まず子に財産が承継されて一時相続が発生する。ここで終われば「生前贈与が税金対策になったね」で締めくくれるが、この後、必ず子が被相続人となる二次相続が発生する。

そうすると、最初の被相続人から受け取った贈与財産を含めて再度税金対策を検討しなくてはならない。対策をしなかった場合には、二次相続で相続税が課されることになる。前の相続から10年以内の相続の場合には相次相続控除により一定額が相続税額から控除されるものの、税金だけでなく相続そのものの手間は生きている人間にとってかなりの負担となる。ならば、できるだけ税金も手間も減らしたい。そこでポイントとなるのが世代を飛び越した孫への生前贈与だ。

孫への生前贈与を上手に活用すれば、少なくとも次とその次の相続にかかる税金と手間を減らすことができる。また、まだ若い孫が将来子どもを持ったとしても、時間をかけて計画的に相続や税金の対策を練ることもできる。長い目で見れば、前の世代の財産と配慮が、後の世代の幸せを後押しすることになる。少子高齢化かつ長寿化している現代だからこそ、孫への生前贈与はぜひ有効活用しよう。

鈴木 まゆ子
税理士、ライター。東京税理士会王子支部所属。2000年、中央大学法学部法律学科卒業。12年税理士登録。外国人の日本国内での起業支援に従事。会計や税金、仮想通貨に関する話題についての記事執筆を行う。共著『海外資産の税金のキホン』(税務経理協会、信成国際税理士法人・著)。