シンカー:保護主義の高まり、世界貿易の減速、および通商関係の悪化は金融市場に波及し、全ての資産クラスに影響を及ぼすだろう。関税引上げにより、紛争当事国の経済や両国にまたがり活動する企業が、より大きな損害を受ける可能性があるが、現段階では、世界経済に持続的に損害を与えるような「貿易戦争」は回避できそうだ。しかし、中国など当事者国は既に緩和的な政策で国内の景気後退を避けようと動き始め、また、マーケット参加者も先行き不透明感からリスクオフの動きを強めているようだ。しかし、貿易戦争が意識されるなか、堅調なマクロファンダメンタルスを理由に金融政策引き締めの動きも続いている。東南アジア、南米の新興国の一部では貿易摩擦激化による景気後退懸念、金利の上昇による資本流出の影響などによる通貨安を食い止めるための利上げに踏み切る必要性が増しているようだ。過度な金融政策の引き締めは景気後退を早めるリスクがあり、また、金利上昇で財政健全化が意識されると、財政政策は緊縮へ転じる可能性もあるだろう。金融・財政政策ともに緊縮に転じ、景気後退の兆候が強まると、ポピュリズム的な政策が支持されやすくなり、政治不安などのリスクが高まる可能性がでてくるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

最新のSGグローバル・レポートと要約

●アジア経済(7/2):インドネシア:利上げを再度実施したが、効果は疑問

インドネシア銀行(BI、中央銀行)は6月29日に、政策金利(7日物リバースレポ金利)を50BP引上げて5.25%にすると発表した。市場が見込んでいた利上げ幅は25BPで、弊社も含む一部エコノミストは6月28-29日の定例会合での政策金利変更は無いとみていた。この結果、約1カ月半で合計100BPの利上げが実施されたことになる。BIは政策金利の変更(引上げ)では、引続き他国の多くに先んじたいと考えている。1カ月以内で計75BPという政策金利の引上げにより、BIのペリー新総裁がタカ派的という評価は固まった。それよりも重要なことに、BIは金融政策スタンスを「中立」から「引締めバイアス」に変更、状況で正当化された場合に追加利上げを行う可能性を残した。だが、世界的にダイナミクスが変化して直接的な政策も不在の中で、こうした利上げが効果的になるかどうかは、まだ判らない。弊社も、インドネシアの利上げサイクルは6月29日の動きで終了したという見方に傾いてはいるが、依然としてそれが確実とはいえない。リスクオフを加速させインドネシア・ルピアの不安定化につながるようなグローバルイベントが、今後発生する可能性もあるからだ。

●東欧経済(6/29):チェコ:中央銀行が、小休止のあと利上げを再開

チェコ国立銀行(中央銀行、CNB)は28日から利上げを実施、景気が堅調であることを証明した。金融政策委員会は全会一致で利上げを決定したが、一方で現在のCNB景気予測は、利上げは年末年始まで無いと想定していた。CNBが小休止のあと再開した利上げサイクルは、2018年後半も続くと弊社は見込む。次回利上げ時期は11月の可能性が最も高いとみられる。

●南米経済(6/28):ブラジル:大統領選挙は本命不在、ルラ氏の支援が重要に

ブラジル総選挙(2018年10月7日に予定されている)まで、現時点で3カ月余りとなった。総選挙では、大統領、副大統領、国会議員、知事、地方議員を選出する。上院は81議席で構成され(26州から3名ずつ、連邦区からも3名が選出される)議員任期は8年間である。上院議員の3分の2が今回改選され、残り3分の1は次回改選となる。各州の投票は2名連記(同じ政党から選ぶ必要は無い)で行われ、相対的に多数の票を獲得した候補が当選する。下院は、513名の全議員が選出される(任期は4年)。議員は各州で比例代表制により選出される(各州の議員数は人口に応じて決まり、最小8名・最大70名)。大統領選挙の第1回投票で過半数を獲得する候補者が出なければ、2018年10月28日の決選投票に持ち込まれる。

ブラジル大統領選挙では、来週には各党で予備選が始まり、8月第1週までに候補者が指名される。8月中旬までには、選挙最高裁(TSE)が登録候補者を確定、またルラ前大統領の適格性にも最終判断を下す。労働者党(PT)が最後にはルラ氏を指名するのか、または他の候補者を自党の人材から選ぶのか、引続き注目が必要だ。

●英国経済(6/27):EU首脳会議:ブレグジットに関する進展は期待薄

今週の木・金曜日(28・29日)にEU首脳会議が開催される。これは英国で、ブレグジットを巡る交渉の重要な機会、または交渉妥結に向けた一里塚になるとして、各種報道や議会に取り上げられている。しかし、それは期待外れに終わる可能性が非常に高い。その主な理由は以下の2点である。まず、(英国を除くEU加盟27カ国からみると)2日間の会議で優先すべき議題となる、差し迫った問題がほかに多数ある。ブレグジット交渉の関連トピックには2時間しか割り当てられず、その後ユーロ圏での議論、最後の記者会見と続く。このため、時間を超過してブレグジットに関する議論が行われる可能性は非常に低い。2点目は、より基本的なことだが、3月に行われた前回EU首脳会議の後、ブレグジットに関しては事実上何も合意していない。

●中国経済(6/26):預金準備率を再引下げ、他にも緩和策追加の公算

PBOCは日曜日(24日)に、大半の銀行を対象に預金準備率(RRR:REQUIRED RESERVE RATIO)を50BP引下げると発表した。7月5日から実施となる。これは広く見込まれていた動きで7,000億元の流動性が解放される。政策当局の目的は、大銀行の「債務・株式スワップ」と、小規模銀行の中小企業向け貸出を刺激することだ。PBOCは自らのスタンスは中立的だと繰返したが、弊社はこの動きを、より緩和的な金融政策に向かう一歩だと考えている。そしてそれは、景気拡大の鈍化や貿易面での緊張の高まりを考えると、唯一の適切な策とみられる。

●英国経済(6/25):利上げ見送りもタカ派色が強まる、8月に利上げ実施の可能性がある

英国のイングランド銀行(BOE)の金融政策委員会(MPC)は昨日(21日)、政策金利を0.5%で据え置くと発表した。ただ票決結果は従来の7対2(政策金利の据置きに賛成7、反対2)から6対3に変わり、「様子見」が過半数を占める中で亀裂が広がっている。また議事録によると、第2四半期(Q2)のGDP成長率が0.4%になるという5月時点の予測を再確認すると同時に、出口戦略を見直し・更新した。これらは共にタカ派的なシグナルだ。弊社は全体的にみて、議事録では8月の次回会合で利上げを行う意向が示された、と考えている。

●米国経済(6/25):貿易戦争を回避するチャンスは残っている

弊社は関税を巡る直近の動向を「各国の立場が硬化したことや、トランプ米国大統領の動きにより、(交渉で相手から譲歩を得ようとして)下方リスクが高まっている」とみている。火遊びに似た感触が生まれている。関税引上げにより、紛争当事国の経済や両国にまたがり活動する企業が、より大きな損害を受ける可能性がある。ただし弊社は依然として、世界経済に持続的に損害を与えるような「貿易戦争」は回避できるという見方を変えていない。これまでに示された(関税を課すという)脅威が全て実現すれば、まず中国では、短期的にGDP成長率が1%近く、雇用も300-400万人押下げられる見込みだ。米国の実質GDP成長率への影響はそれより遥かに小さく、わずか0.1-0.2%に留まるとみられる。これも痛手ではあるがコントロール可能な範囲で、こうした(中国と米国が負う痛みの)相違が、米国がより強気に出ている一因である。弊社がそれよりも懸念するのは、そうしたショックによって、中国の改革に向けたポジティブな勢いが損なわれることだ。米国と中国の関係が「貿易戦争」になれば誰もが痛みを負う。世界のバリューチェーン(GVC:GLOBAL VALUE CHAINS)の中では、台湾、マレーシア、韓国、シンガポールへの影響が最も大きくなる(各国GDP成長率の1-2%ポイントが、中国の対米輸出に関係)。だが金額ベースでは、日本、ドイツ、米国自身の企業が、中国輸出の付加価値に最も大きく貢献している。貿易戦争では、中国で大消費市場へのアクセスや低コスト生産プラットフォームを求める多国籍企業が最大の犠牲者となる。企業は関税・非関税を問わず貿易規制で、企業は中国からの撤退を進める可能性があるほか、収益見通しが全体的に悪化する。米国に本拠を置き中国からの輸入に左右されるグローバル企業は、米国経済全体に比べ、ずっと大きな影響を受けるだろう。

●外国債券(7/2):イチかバチか?

貿易戦争のリスクは資産クラス全体のバリュエーションに影響を及ぼしているが、経済指標にはそのリスクがまだ目に見える形で顕在化していない。一方で、欧州のリスクは市場のセンチメントを圧迫しつつある。債券市場はまるで凍りついたかのようだ。ユーロ金利のペイヤー・スワップションとレシーバー・スワップションの売買高比率は、欧州中央銀行(ECB)の利上げ観測が極めてハト派的であるにもかかわらず、いまだ金利の方向に確信が持てない市場の現状を表している。

貿易戦争への懸念は、債券ポートフォリオにおいて物価連動債をオーバーウエートすることを正当化している。弊社は、先行き不透明感と流動性状況の悪さを踏まえ、年末に向けてイタリア国債への投資には慎重な姿勢で臨むことを推奨する一方、ユーロ圏の準中核国を対象としたロング・スプレッド・ポジションを選好する。最後に、ユーロ短期金利のリスクが上下に非対称であることは、低コストのベア・トレードに投資妙味があることを示し、条件付きタイプのキャリー・トレードが望ましいということを示唆している。

●外国債券(6/27):ジオポリティクスvsジオエコノミクス

ジオポリティクス(地政学)が再び世間の注目を浴びるようになってきた。ここ1週間で米中貿易戦争がエスカレートしているほか、6月22日の石油輸出国機構(OPEC)定例総会では原油供給量の目標水準が決まる見通しである。地政学的な問題は「ミニ・リスクオフ」の動きをもたらし、債券相場の弱気派を痛めつけるものだが、金融市場はジオポリティクスよりもジオエコノミクス(地理経済学)のほうを強く警戒しているはずだ。これまでのところ、市場への深刻な波及は新興国に限られており、先進国の株式市場や債券市場に影響は広がっていない。弊社はユーロ圏の債券市場への弱気な投資スタンスを堅持していく方針だが、リスクオフに誘発されたカウンタートレンド(逆張り)的な動きに対し、そのプロテクションとなり得るようなトレードを選択したい。地政学上の問題をめぐる騒動が収まった時こそ、安全な逃避先である債券市場から資金を引き出してキャリー・トレードに転向する絶好の機会かもしれない。

●クロス・アセット(7/2):SG Market Risk Outlook:通商上の緊張

グローバルサプライチェーンの複雑さと相互接続性を勘案すると、全面的な世界貿易戦争の正味の影響は時間が経たないと完全には判明しないと思われる。しかし、一つ明らかなこととして、保護主義の高まり、世界貿易の減速、および通商関係の悪化は金融市場に波及し、全ての資産クラスに影響を及ぼそう。従って、弊社は依然として早期に緊張が沈静化することを願ってはいるが、中国、EU、米国、日本、およびNAFTAを巻き込む世界貿易戦争は金融市場のシステム全体にとって目下の最大のリスクとなっている。

SG MARKET RISK OUTLOOKの第2号となる本稿は、これらの不確実要素を乗り切る手助けをし、弊社の主な判断(キー・コール)について明確さと確信を提供することを目的としている。そのため、経済、戦略的アロケーション、株式、金利、クレジット、為替、新興市場、およびコモディティを含む主要な資産クラスについて、弊社の判断の確信度(弊社の基本シナリオが実現する確率をどの程度とみているか)と定量化されたアップサイド/ダウンサイドシナリオを提示し、資産クラスごとに複数のアップサイド/ダウンサイドリスクについて論じている。

過去の翻訳レポートを弊社のリサーチサイト( https://insight.sgmarkets.com/#/page/japanese )に掲載しています。

また、原文の英語レポートもご覧いただけます。

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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司