シンカー:外国人労働者の増加が賃金の抑制になっているとの見方があるようだ。確かに、ミクロでは、労働需要を一定として、労働供給が増加すれば、賃金は下落する。しかし、マクロでは、そのような結論に至るにはいくつかの条件を満たさなければならない。一つ目は、外国人労働者が日本人労働者の代替となっていることだ。二つ目は、外国人労働者が所得の多くを母国に移転していることだ。三つ目は、外国人労働者の貯蓄率が日本人労働者よりかなり高いことだ。これらの条件が満たされると、日本経済の総供給の増加に対して、総需要の増加は限定的で、賃金を抑制すると考えられる。実際のデータではこれらの条件は満たされず、外国人労働者の所得は国内消費となり、総需要を増加させ、労働の供給と需要の両者を作り出していることになる。外国人労働者の消費の乗数効果や、インバウンド消費などの波及効果を考えれば、総供給にたいして総需要を拡大させる効果の方が大きい可能性もある。外国人労働者の補完により、人手不足の環境の中、日本人労働者がより付加価値の高い職に移り、労働者全体の賃金水準の上昇につながっている可能性もある。そうなると、マクロで考えれば、外国人労働者の増加は、労働者全体の賃金を押し上げているとも考えられる。しっかりとしたマクロのロジックと実証ではなく、単純なミクロの考え方のみで、外国人労働者の増加が賃金抑制につながっているという見方が安易に流布されると、景気後退局面で外国人労働者に対する批判やポピュリズムにつながるリスクがあるので注意が必要だろう。
外国人労働者の増加が賃金の抑制になっているとの見方があるようだ。
確かに、外国人労働者は2012年からの5年間で59.6万人増加している。
ミクロでは、労働需要を一定として、労働供給が増加すれば、賃金は下落する。
しかし、マクロでは、そのような結論に至るにはいくつかの条件を満たさなければならない。
一つ目は、外国人労働者が日本人労働者の代替となっていることだ。
二つ目は、外国人労働者が所得の多くを母国に移転していることだ。
三つ目は、外国人労働者の貯蓄率が日本人労働者よりかなり高いことだ。
これらの条件が満たされると、日本経済の総供給の増加に対して、総需要の増加は限定的で、賃金を抑制すると考えられる。
実際のデータで確認する。
この5年間で失業率は4.5%程度から2.5%程度へ低下するほど人手不足が進み、その間に総賃金は21兆円程度も増加している。
この総賃金の増加分をすべて外国人労働者が獲得した場合、一人あたり3500万円程度となり非現実的で、日本人労働者が総賃金の増加のほとんどを獲得していることは明らかである。
外国人労働者は日本人労働者の代替ではなく、その不足を補っていると考えられる。
そして、国際経常収支の個人間移転の赤字は増加していないばかりか、この数年間で減少している。
外国人労働者が所得の多くを母国に移転していることはないようだ。
更に、この5年間で家計部門の貯蓄率に目立った上昇はみられず、外国人労働者の増加が大きな影響を与えたことは確認できない。
外国人労働者は学生や実習生が多く、日本での生活費をまかなうために働いている場合も多く、所得のほとんどが消費になっているとみられる。
これらの条件が成り立たなければ、外国人労働者の所得は国内消費となり、総需要を増加させ、労働の供給と需要の両者を作り出していることになる。
外国人労働者の消費の乗数効果や、インバウンド消費などの波及効果を考えれば、総供給にたいして総需要を拡大させる効果の方が大きい可能性もある。
外国人労働者の補完により、人手不足の環境の中、日本人労働者がより付加価値の高い職に移り、労働者全体の賃金水準の上昇につながっている可能性もある。
そうなると、マクロで考えれば、外国人労働者の増加は、労働者全体の賃金を押し上げているとも考えられる。
実際に、外国人労働者の増加とともに、失業率は低下が加速し、総賃金も一人当たりの賃金も下落から上昇に転じた後に強くなってきている。
これまで賃金上昇が弱かったのは、失業率がまだ3%を下回っていなかった中で、弱い企業活動と財政緊縮によりネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が消滅し、家計に回ってくる所得が抑制されていたことが原因であろう。
失業率が既に3%を下回り、設備投資などの企業活動の拡大と財政緩和でネットの資金需要は回復するとみられ、外国人労働者は増加を続ける中でも、労働者全体の賃金上昇には力強さが出てくるだろう。
しっかりとしたマクロのロジックと実証ではなく、単純なミクロの考え方のみで、外国人労働者の増加が賃金抑制につながっているという見方が安易に流布されると、景気後退局面で外国人労働者に対する批判やポピュリズムにつながるリスクがあるので注意が必要だろう。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司