先日、年金生活者のA子さん(66歳)から、これからの生活について相談したいと面談のお申込みがあった。
当初は、「今はまだ、夫(68歳)の夫も私も元気で健康上の問題もとくにないのですが、将来の医療費や介護などが心配ですし、加入している保険の保障額も65歳で減ってしまって・・・」などといったお悩みが中心だった。
それが、「お子さんは、もう独立されておられますか?」と子どもの話題に転じたとたん、A子さんの様子が一転。
「子どもは、40代の長女を筆頭に、30代の長男、20代の次男の3人がいるんですが、全員まだ実家で暮らしております。実は、子どものことも気にかかっていて・・・」と今まで以上の勢いで、話し始めたのである。
教育費に十分にお金をかけた高学歴の3人の子どもの今は…?
聞くと、3人のお子さんは揃って高学歴。超有名大学とは言わないが、全員が大学院まで出ているのだという。当然、かかった教育費は相当なものだったろう。しかも長女は音大出身。小さい頃からピアノのレッスンや発表会などにお金をかけ、海外に留学したこともあるという。
現在は、築30年の自宅の一部を改修し、音楽教室を開いているが、出張レッスンをこなしても月収35万円ほど。ここから国民年金や国民健康保険、税金なども支払わなければならない。諸経費を引いた手取りは25万円程度になり、当然ながらボーナスもなく、今後大きく増える見込みも薄い。
さらにお金がかかるのが、自己投資の費用だ。今でも自己研さんは欠かさず、研修などのため国内外に出かけることも少なくない、その費用は年間数十万円にのぼる。
一方、長男は堅実な公務員。それほど高収入ではないものの、安定した職場でA子さんも安心している。ただ、長女と同じく結婚相手がいる様子はまったくなく、当分実家を出ることはなさそうだ。
そして、末っ子の次男は、IT関連会社に就職して、一時は実家を離れて暮らしていたこともあったという。ところが、転職を繰り返し、最近また会社を辞めて、実家に戻ってきた。
大学卒業までの子どもの教育費は進学コースによって約3倍の開きが
「子どもの教育費は、1人につき1000万円がメド」とよくお話をするが、文部科学省の統計を基にしたデータによると、進学コースによって大きく変わってくる。例えば、最も割安コース(高校まで公立・大学は国立)は約766万円。その一方、最も割高コース(すべて私立)は2238万円で、約3倍の開きがあるのだ。
教育費の中で最も費用がかかるのが大学だろう。統計によれば、初年度に大学に納付する額の目安は、国立大学81万7800円、公立大学93万1235円、私立文系114万6819円、私立理系150万1,233円、私立医科歯科系で460万6,887円となっている。
さらに、A子さんのお子さんのように、大学院で修士課程に進むとなれば、国立の場合、2年間で約135万円、私立の場合、分野によって異なるが、約200~400万円が上乗せされる。 なお、音楽大学については、ある私立音大の場合、初年度約220万円で、4年間で総額820万円にものぼる。実は、音楽の道に進むなら、医者並みにお金がかかってしまうのだ。
親なら、「子どもの教育に費用対効果やそれに見合うアウトカムを求めるな」と、よく言われる。しかしながら、多額のお金をかけたにも関わらず、それなりの年齢になっても経済的自立が難しい子ども世代の現状を目の当たりにすると、「子どもの教育費に大きな金額をかけるのは良い選択なのだろうか」と痛感せざるを得ない。
子どもの教育費を掛けた分が、自分の老後に跳ね返る
A子さんは3人の子どもたちについてこう語っている。
「兄弟仲がよく、私たち親との関係も良好です。みな明るく、真面目で、申し分ない子どもたちだと思っています。でも、実家に生活費を入れてくれているのは長男だけ。次男はそれどころではないでしょうし、金銭的な援助を求められたことはないので、貯金を取り崩しているのだと思います」
「長女については、生活費を入れてくれるどころか、収入は、毎月すべて使ってしまっている様子。実家だから、食費も光熱費も家賃もかからないんですけどねえ。貯金も100万円ほどしかないと思います」
A子さんとしては、親として、できるだけのことはやったし、お金を掛けても子どもが希望する教育が受けられたことに後悔などはない。しかし、子どもたちの今の収入や貯金残高が少ないのでちゃんとやっていけるのか、とにかく不安だという。
A子さん夫婦の年金収入は二人あわせて約25万円。住宅ローンも完済し終わっているし、ぜいたくしなければ生活費は年金でまかなっていけるだろう。ただし、子どもたちの教育費にお金をかけた分、老後資金としては500万円ほどしかない。
こんな状態になっても、A子さんは「これは自分たちが病気で入院したり、要介護状態になったりして、お金が必要になったときのために残しておきたい大切なお金。子どもたちに援助してやりたくても、もう、その余裕がないんです」という。
いくつになっても親は親。何とも、ありがたいものである。とはいえ、「共倒れ」にならないよう、くれぐれもご注意を。
そして、30-50代のこれから子どもに教育費がかかる親なら、子どもに教育費をかけた分が自分の老後に跳ね返ってくること。つまり老後資金が減ることを肝に銘じておきたい。そのためにも慎重かつ早めの資金計画が欠かせない。
黒田尚子
黒田尚子FPオフィス代表 CFP®資格、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CNJ認定乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。立命館大学卒業後、日本総合研究所に入社。1996年FP資格取得後、同社を退社し、1998年FPとして独立。新聞・雑誌・サイト等の執筆、講演、個人向けコンサルティング等を幅広く行う。2009年末に乳がん告知を受け、「がんとお金の本」(Bkc)を上梓。自らの体験から、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力。著書に「がんとわたしノート」(Bkc)、「がんとお金の真実」(セールス手帖社)、「50代からのお金のはなし」(プレジデント社)など。