経営者の高齢化が取り沙汰されている昨今、日本企業、とりわけ中小企業において事業承継が進んでいないことが問題視されています。国内の中小企業は、経営者一族による株式所有率が高く、自社株式を後継者へどのように移転させるかは極めて重要なテーマです。

政府は2008年5月に、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」を、さらに2009年度税制改正により「事業承継税制」を制定し、以後、何度も適用要件の緩和を繰り返しています。本稿では、2018年7月現在における事業承継税制の適用要件を中心に解説していきます。

「事業承継税制」適用によるメリット

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(写真=LeoWolfert/Shutterstock.com)

本税制の適用には「相続税」と「贈与税」の2種類があります。

・相続税

『現経営者の相続又は遺贈により、後継者が取得した自社株式の80%部分の相続税の納税が猶予及び免除されます(中小企業庁パンフレットより)』

例えば、自社株式の相続税額が1億円だった場合、本来1億円を納税しなければならないところを、適用を受けることにより2,000万円を納税し、残り8,000万円は納税が猶予および免除されます。ポイントは免除ではなく、「猶予および免除」となっているところです。こちらについては「納税猶予を受けるための主な要件」にて後述します。

・贈与税

『現経営者の相続又は遺贈により、後継者が取得した自社株式に対応する贈与税の納税が猶予及び免除されます(中小企業庁パンフレットより)』

相続税が80%を猶予および免除だったのに対し、贈与税は全額が猶予および免除されます。

例えば、自社株式の贈与税額が1億円だった場合、本来1億円を納税しなければならないところを、適用を受けることにより、1億円全額を猶予および免除とすることができます。

適用要件や注意点

事業承継は、上手に活用することで相続税は80%、贈与税は全額が猶予または免除されるため、一見とても魅力的な制度に見えます。ただし、その適用要件は極めて細かいため、注意が必要です。適用要件としては大きく分けて①「会社の要件」②「先代経営者の要件」③「後継者の要件」の3つがあります。

①会社の要件

(相続税、贈与税共通)

・中小企業者であること
・上場会社、風俗営業会社ではないこと
・従業員が1人以上であること
・資産保有型会社等に該当しないこと(総資産に占める非事業用資産の割合が70%以上の会社、総収入金額に占める非事業用資産の運用収入の割合が75%以上の会社)
・対象株式は発行済み株式総数の3分の2まで

②先代経営者の要件

(相続税、贈与税共通)

・会社の代表者であったこと
・相続開始の直前又は贈与の直前において、現経営者と現経営者の親族などで総議決権の過半数を保有しており、かつ、これらの者の中で筆頭株主であったこと

(贈与税)

・贈与時に代表者を退任していること

相続税、贈与税共通の要件が複雑ですが、中小企業の多くは同族経営であり、自社株式の全てを経営者一族が所有しているケースも多くあるのではないでしょうか。

③後継者の要件

(相続税、贈与税共通)

・相続開始時又は贈与時において、後継者と後継者の親族などで総議決権数の過半数を保有し、かつこれらの者の中で筆頭株主であること

(相続税)

・相続開始の直前において役員であり、相続開始から5ヵ月後に代表者であること

(贈与税)

・贈与時に20歳以上、贈与の直前において3年以上役員であり、かつ、代表者であること

ここでのポイントは、相続税、贈与税共通の要件です。株式を相続又は贈与後、後継者が過半数を保有し、筆頭株主であればよく、先代経営者の親族か否かは問いません。つまり、親族外の後継者も本税制の適用対象者となります。

●納税猶予を続けるための主な要件

上記適用要件をクリアすることにより本税制が適用可能となりますが、猶予を受けるにあたっては、主に申告期限後5年間にわたり下記要件を満たし続けなければいけません。

・後継者が会社の代表者であること
・雇用の8割以上を5年間平均で維持すること
・後継者が筆頭株主であること
・上場会社、風俗営業会社に該当しないこと
・猶予対象株式を継続保有していること
・資産管理会社に該当しないこと

後継者が代表者を辞めたり、対象株式を他の者に譲渡したりした場合は要件を満たさなくなるため、猶予税額の全額に、納税義務が発生します。また、5年経過後も猶予対象株式を譲渡した場合は、譲渡した割合分だけ納税義務が発生することや、資産管理会社に該当した場合は全額納税義務が発生するため、注意が必要です。

●納税猶予から免除となる場合

一定の条件を満たす場合、納税猶予税額が免除されます。ここでは主なものを例に挙げます。

・後継者が死亡した場合
・申告期限後、やむを得ない理由により、後継者が代表権を有しなくなった日以後に、後継者が「猶予継続贈与」を行った場合
・申告期限後5年経過後に、後継者が「猶予継続贈与」を行った場合
・申告期限後5年経過後に、会社が破産手続開始の決定又は特別清算開始の命令等を受けた場合

「猶予継続贈与」とは、納税猶予を受けている後継者(仮に2代目とする)が、株式を次の後継者(3代目)に贈与し、その後継者(3代目)が納税猶予を受ける場合における贈与をいいます。2代目の納税猶予税額のうち、次の後継者が納税猶予を受ける株式に対応する部分が免除されます。

税制改正による10年間の特例措置について

●特例措置とは

現行の事業承継税制の概要については以上となりますが、2018年度税制改正により、10年間の特例措置として抜本的な拡充が行われました。

拡充された主な内容としては以下の3点になります。

①対象株式の範囲について従来の3分の2を撤廃(全株式を対象)
②相続税の納税猶予の割合を80%から100%に変更(贈与税については従来通り100%)
③5年間平均8割の雇用維持要件を事実上撤廃

特例の適用を受けるには、認定経営革新等支援機関の指導及び助言を受けて「特例承認計画」を作成し、2023年3月31日までに都道府県に提出し、その確認を受けなければなりません。そのため、特例適用を考えているのであれば、特例の権利を得るためにも、期限内に特例承認計画を提出しなければなりません。

専門家との事前準備を

以上のように事業承継税制の適用要件は複雑なものになっています。そのため、これら要件を満たすためには、事前の対策が必要になります。例えば贈与税にかかる事業承継税制の適用を考えたとしましょう。その場合、現時点で役員でない後継者を役員へ就任させたり、また、他の株主から株式を買い集めたりしなければなりません。

事業承継税制を有効活用し、円滑な事業承継を実現させるためには早めの事前対策が必要です。その他にも注意すべき点が多くあるため、事業承継を考えるのであれば、税理士等の専門家にご相談されることをおすすめいたします。(提供:みらい経営者 ONLINE

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