要旨
●2016年度の社会保障費用統計が公表された。給付費は116.9兆円と既往最高額の更新が続いたが、GDP比の上昇は僅かであるほか、雇用・賃金の増加にともなう社会保険料の増加は、給付費の増加に匹敵するレベルになっており、社会保障財政の悪化には歯止めがかかっている。
●2016年度までの機能別・社会保障給付費の内容において特筆すべき点は、①年金など「高齢」の伸びが縮減していること、②2016年度は高額薬の薬価引き下げなどで「保健医療」の増加が極めて小幅にとどまったこと、③子育て・共働き世帯のニーズに対応する形で、就学前教育・保育の給付や育児休業給付など「家族」の増加が近年大きくなっていること、④2016年度に実施された低年金者向け給付措置の影響で「生活保護その他」の増加が目立っていること、が挙げられる。
●2016年度の社会保障給付費について、増加寄与が大きいのは「生活保護その他」と「家族」。先を見据えても、2020年代にかけて人口動態面での給付費の増加圧力は和らぐとみられるほか、教育無償化や消費税10%時の低年金者給付措置などの実施が予定されている。「社会保障給付費が増えているのは、高齢化で医療・介護・年金が増えているから」、という説明がミスリーディングになる局面が出てきそうだ。
●社会保障財政の問題が真に深刻になるのは2030年代だ。団塊ジュニア世代が65歳以上の高齢者となることによって、年金受給者数の増加とその支え手である生産年齢人口の減少が同時に到来し、人口バランスが崩れるためだ。就労期間を長期化する「生涯現役社会」の実現のためのグランドデザインを描き、企業の雇用体系、硬直的な労働市場、社会保障制度などを段階的に手直しすることが求められている。
社会保障財政状況の悪化には歯止めがかかっている
8月末に国立社会保障人口問題研究所から2016年度の社会保障費用統計が公表された。この統計では、日本の社会保障制度における収入や給付の数値が仔細に把握できる。本稿では、日本の社会保障給付に起きている変化について、数字を踏まえながら解説していきたい。タイトルにも記したように、このところの社会保障は“増えている理由が変わってきている”。
まず、2016年度の社会保障の全体像をみていこう。社会保障給付費は116.9兆円と2015年度から+1.5兆円の増加、額面ベースでは既往最高額を更新した。経済規模(GDP)との対比でみると、2015年度21.61%→16年度21.68%と4年ぶりに上昇している。もっとも、その上昇幅は僅かであり、社会保障給付費のGDP比は2012年度の22.06%をピークに頭打ちしている(資料1)。資料2は社会保険料と社会保障給付費を比較したものだ。純粋な社会保障財源である社会保険料(主要な社会保障制度は社会保険料のほか、国や地方から支出される公費によって財源が賄われている)と給付費との差異は緩やかながら縮小する傾向にある。給付費の増加が緩やかになっていることに加え、雇用・賃金(雇用者報酬)の改善が続くもとで、社会保険料の課税ベースが拡大していることが背景にあろう。社会保障財政の状況悪化には足もと歯止めがかかっている。
2016 年度増加の主因は医療でも介護でも年金でもない
社会保障給付費の変動を機能別にみたものが資料3である。社会保障給付費(額面ベース)は年々増加しているが、その増加の中身をみるといくつかの特筆すべき点が挙げられる。
第一に、「高齢」の伸びが縮減している点だ。「高齢」に含まれるのは主に老齢年金の給付であるが、これは年金受給者数の伸びが緩やかになっていることが大きい。団塊世代が60 代に到達した2007年~2009 年にかけて「高齢」の伸びは+1兆円を上回っていたが、その一巡後の伸びは小さくなっており(老齢厚生年金(特別支給部分)の支給開始年齢が段階的に65 歳へと引き上げられていることも効いている)、直近16 年度は+0.3 兆円の増加に留まっている。
第二に、2016 年度の「保健医療」の伸びが従来対比で極めて小さくなっている点(+0.2 兆円)。2016 年度の医療費(概算ベース)は高額治療薬の薬価改定などの影響から14 年ぶりに減少した影響である。なお、医療費総額は減少している中で、給付費は増加になっているのは、自己負担割合の小さい被保険者(後期高齢者など)が増加した影響と考えられる。
第三に、「家族」の増加幅がこのところ大きくなっている点である。同項目は2014 年度に前年度から+0.4 兆円、15 年度に+1.0 兆円、16 年度に+0.4 兆円と着実に増加している。より仔細にみると (資料4)、児童福祉サービス(主に就学前教育、保育の給付)の増加が主な増加要因となっているほか、雇用保険の育児休業給付の増加も押し上げ要因となっている。子育て世帯の共働きが増えるとともに、それを支える保育サービスや育児休業の給付が年々増加している。
第四に、「生活保護その他」の2016年度の増加が大きくなっている点(+0.5兆円)。中身をみると(資料5)、「生活保護」の給付費は2014年度:3.10兆円、2015年度:3.11兆円、2016年度:3.12兆円とほぼ横ばいである(医療扶助の増加要因となる高齢化のなかで生活保護が横ばいに留まっているのは、雇用環境の改善によるものと考えられる)。従って、増加は「その他」の部分が原因ということになるが、ここには2016年度に実施された低年金者向け給付金措置(「年金生活者等支援臨時福祉給付金」。住民税非課税者など、低所得の高齢者および障害・遺族基礎年金受給者に一人当たり3万円を支給した。支給総額は4,000億円程度)が影響している(社会福祉としてカウントされている)。2014年度~17年度にかけては、消費税増税(5→8%)に伴う低所得者向け給付(簡素な給付措置、臨時福祉給付金)も併せて支給されており、同項目を押し上げる要因となっている。
「医療」「介護」「年金」が給付費増加の主役でなくなる局面が増えそう
このように、社会保障給付費の主軸を占める医療・介護・年金の伸びが緩やかになる傍らで、低所得者向け給付や家族給付の拡充が図られた結果、2016 年度の社会保障給付費は「生活保護その他」や「家族」の給付増が主因となって押し上げられている。2016 年度の社会保障給付費の増加は「医療・介護・年金」が主因ではないということだ。もちろん、ここには高額薬の薬価改定など特殊要因が効いていることは事実であるが、先々を見据えても人口自体の減少もあり、人口動態面での社会保障給付費の増加圧力は弱まっていくことが予想される(弊著Economic Trends「「2020 年代の社会保障費急増」は本当か?~人口要因はむしろ和らぐ~」(2018 年4 月19 日)をご参照ください)。一方、消費税率の引き上げが実施される2019 年度には、同時に教育無償化が実施されるほか、低所得の年金生活者を中心に最大6万円/年の給付金が支給する制度(年金生活者支援給付金)がスタートする見込みである。これは2016 年度と同様に「家族」や「生活保護その他」の増加に繋がる要因である。「医療・介護・年金が高齢化で増えているから、社会保障給付費は増えている」という説明が、ミスリーディングになる局面が今後出てきそうである。
2020 年代は高齢化和らぐボーナス期。正念場は2030 年代
筆者が過去にも何度かレポートにて述べているように(弊著Economic Trends「2040 年度の社会保障推計が描く世界~その深刻さは、給付費の増加のみにある訳ではない~」(2018 年5 月24 日)をご参照ください)、社会保障財政の問題が真に深刻になるのは、2030 年代である。団塊ジュニア世代が65 歳以上になることによって、年金受給者数の増加とその支え手である生産年齢人口の減少が同時に到来し、人口バランスが崩れるためである。
資料6は経済財政諮問会議で示された社会保障給付費の将来推計と社人研の将来推計人口を基に、生産年齢人口一人当たりの社会保障給付費をプロットしたものだ(2015 年度価格)。2040 年に掛けて一人当たりの社会保障給付費の増加ペースが速まることがわかる。そして、生産年齢人口の定義を15-64歳から15-74歳に変更すると、その増加ペースは相当に抑えられることがわかる。極端な前提であることは認めるが、仮に74歳まで全ての人が働く社会を実現することが出来れば、現役世代一人当たりの給付費は25~40年度にかけて殆ど増えないことになる。
もちろんこのためには、60歳~65歳を退職年齢としている様々な制度体系を組みなおさなければいけない。企業の雇用体系、労働者のキャリア構築、スキルアップのための職業教育機関の充実、硬直的な労働市場など、直すべき点は様々だ。一朝一夕になせる改革ではないことは明らかであり、「生涯現役社会」を実現するための中長期的なグランドデザインが求められている(この点については、Economic Trends「「生涯現役」を日本経済再生の切り札に~“3つの将来不安”の払拭に向けた新たな「一体改革」を」(2017年10月25日)で詳説しています)。安倍首相は3日の日本経済新聞インタビューで、雇用改革と社会保障改革を組み合わせることで、「生涯現役社会」の実現を目指すことを明言している。改革の進展を期待したい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 星野 卓也