中小の小売店におけるキャッシュレス化に向けた施策

海外と比較して日本のキャッシュレス化が進展していない主な理由として、事業者サイドに十分にキャッシュレス決済のインフラが整っていないためだと政府は考えているようである。その対策として、キャッシュレス決済を導入する事業者に補助金を供与し、中小の小売店には決済額に応じた時限的な税制優遇などを検討しているとの報道もある。

決済サービス事業者もキャッシュレス決済のコスト削減に繋がるような解決策を提供し始めている。特にQRコードを用いたモバイル決済は、これまでボトルネックだったキャッシュレス決済のコストの逓減策として期待が寄せられている。QRコード決済では端末の導入費用が他のキャッシュレス決済手段と比べて安価になるが、それに加えて、決済サービス事業者の中には決済手数料を数年間0%で提供することで決済ビジネスの拡大を企図しているところも出てきている。

金融機関においても加盟店向けのサービスの充実化が見られる。すでにいくつかの金融機関においてスマホ決済アプリや地域通貨のサービスを展開しているが、今後も、端末の導入費用無償での提供や資金繰り負担の大幅な軽減を企図したサービスの開始を予定しているところがある。

決済手段間の競争が高まることで、このようなキャッシュレス決済のコストを逓減し、資金効率も高まるような加盟店向けサービスが広く普及していけば、中小の小売店においても人件費削減や人手不足対策を意図したキャッシュレス化を進めるインセンティブが高まることになり、今まで以上に顧客対応に時間を充てることもできる。さらに、クレジットカード等にかかる支払手数料に対しても低下圧力がかかるかもしれない。

訪日外国人の消費喚起策としてのキャッシュレス決済対応

キャッシュレス決済を導入することで収益拡大を狙うのであれば、訪日外国人の消費喚起が中心になるだろう。各種アンケートを見ると、訪日外国人の多くが、海外発行クレジットカード対応のATMから現金を下ろす、日本円に両替するなど、現金を入手するまでにかかる手間を不便に感じているようである。また、訪日外国人の54%がクレジットカードを利用しており、訪日外国人の約7割が、「クレジットカード等が利用できる場所が今より多かったらもっと消費した」と回答している。よって、キャッシュレス決済のインフラを導入してない流通・小売業者はインバウンド需要に伴う収益機会を逃している可能性が高い。

特に中国においては、都市部ではスマホを用いたQRコード決済の普及率が100%近くになっている。中国の都市部では現金をほとんど使用されないため、他国からの観光客と比較して現金使用に対する抵抗意識が強いようである。中国人観光客の多い商業地や観光地を中心に、中国人向けのスマホアプリ用の決済端末を導入する店舗が増えており、実際に収益増に繋がった事例も出てきているようである。

日本においてキャッシュレス化は進展するか

人件費削減や人手不足の解消といったメリットを直接的に享受できる金融機関や大手の流通・小売業者を中心にキャッシュレス化を進展させていくものと予想している。政府によるポイント2%還元策は、中小の小売店だけではなく、大手流通・小売業者を巻き込んだ消費税還元セールも含めたポイント還元競争に発展する可能性もある。ただし、各事業者にとって長期的にメリットのある形で制度設計されなければ、一時的な導入に終わってしまい、特に中小の小売店は最終的に現金決済へ回帰してしまう恐れも十分にありうる。

一方で、消費者サイドは、各種アンケートを見ると、キャッシュレス決済を利用する理由として、キャッシュレス決済の利便性も重視はされているものの、ポイント還元策を第一の理由として挙げるケースが多い。よって、政府によるポイント2%還元策は消費者にとってキャッシュレス決済に移行するインセンティブを大きく高めると考えられる。

しかしながら、特に高齢者については、一般的にクレジットカードの審査に通りにくい、モバイル決済にはITリテラシーが求められるなど、ハードルが高い側面もある。日本が高齢化社会にあることを考慮すると、解決策として日本のキャッシュレス化にはデビットカード・アプリや電子マネーのような「前払い式」の決済手段の普及が求められるが、現金決済への対応についても一定程度必要な環境が継続するのではないか。この点については、キャッシュレス決済の普及に伴って、金融機関は預金者に対してデビットカードやモバイル決済への移行を進めて銀行ATMの削減に舵を切る可能性が高いが、その代替として、大手流通系の銀行やキャッシュアウトサービス(2)などがその役割を補完していくことが期待される。

------------------------------
(2)2017年4月の銀行法施行規則の改正に伴う規制緩和により、デビットカードを活用して小売店のレジ等で現金の受取が可能となった。

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

福本勇樹(ふくもと ゆうき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
日本のキャッシュレス化について考える
キャッシュレス先進国にみる金融インフラの効率化
世界はキャッシュレスに向う-日本の観光来客数を維持するために必要なことを考えよう