要旨

●趨勢的な雇用の非正規化の流れは現在も変わらず、非正規雇用比率は上昇を続けている。近年の人手不足度合いの強まりは、関連産業での正規雇用化や非正規雇用者の賃金上昇をもたらしているが、正規・非正規間の待遇の溝はなお深い状態にある。

●これまでも正社員登用促進に関する法整備、助成金などを通じて非正規雇用の正規転換の促進策が採られてきたが、非正規雇用者比率を低下させる効果はいまひとつみえていない。こうした中、政府は同一労働同一賃金をスローガンに掲げ、「非正規雇用を正規に転換」する政策に加え、「非正規雇用者の待遇そのものを改善させる」政策によって、非正規雇用者の労働環境改善を図ろうとしている。

●5月にも公表される「一億総活躍プラン」では、関連法の改正により正規と非正規の不合理な格差を防ぐガイドラインを作成すること、社員の技能の熟練度を給与に反映しやすくすることなどが盛り込まれる模様である。ただ、不合理な待遇格差を禁じる規定は既に法律に盛り込まれており、新たな条文追加によって同一労働同一賃金の実現性が高まるかどうかについては疑問が湧く。日本において同一労働同一賃金の導入が難しいのは、「正規・非正規の待遇格差是正」に加え、「職能給から職務給への転換」という給与体系に関する2つの改革ハードルを越えなければならないためである。

●それでも、同一労働同一賃金原則は「柔軟な働き方」を実現するためのインフラとなるものだ。正社員の給与体系のあり方と合わせた包括的な議論に昇華させ、官民が一体となった議論を通じてコンセンサスを形成していくことが求められよう。

非正規雇用者比率は上昇傾向

 政府は「同一労働同一賃金」の実現を掲げ、アベノミクスの一環として非正規雇用者の待遇改善を行う計画を立てている。5月中にも公表される「一億総活躍プラン」において、この具体的な目標や実現のための施策が公表される予定だ。本稿では、非正規雇用市場の近年の動向を整理した上で、同一労働同一賃金の意義について考えたい。

 まず、非正規雇用の現状を確認していこう。総務省の「労働力調査」を基にすると、雇用者数(役員を除く)に占める非正規雇用者の比率は2015 年時点で37.5%に上り、雇用者の約4割が非正規雇用者であることが確認できる。非正規雇用者の比率は2005 年時点で32.6%、2010 年時点では34.3%と趨勢的に上昇している。年代別に非正規雇用者の比率をみると、改正高年齢者雇用安定法の影響が生じたシニア層(55 歳以上)における非正規比率の上昇が大きいことを確認することができる(2006 年4月の高年齢者雇用安定法の改正によって定年の引き上げや継続雇用制度の導入等の高年齢者雇用の受け入れ態勢整備が、2013 年4月の同法改正によって、段階的に希望者全員を65 歳まで雇用することが企業に義務付けられた。60 歳の定年時を境に非正規雇用へ転換するケースが多く、シニア層の非正規雇用比率が高まる要因になっている)ほか、若年層(15~34 歳)、壮年層(35~54 歳)においても非正規比率は緩やかな上昇傾向にあることがわかる(資料1)。

 また、産業ごとにここ2年間の非正規比率の上昇幅をみたものが資料3である。近年人手不足の度合いが著しく高まった宿泊業・飲食サービス業や生活関連サービス・娯楽業、運輸業・郵便業などでは非正規比率が低下しており、人材確保のために正社員登用の拡大、待遇改善を図ったことが示唆されている。しかし、製造業や卸売小売業、医療・福祉業といった業種における非正規雇用の増加が、非正規比率全体の上昇に繋がっている。企業が非正規雇用を雇用拡大の中心に据える傾向自体に変化はみられていない。

 一方で、非正規雇用の労働市場においてプラスに捉えるべきこともある。非正規雇用の賃金がここ数年で上昇していることだ(資料2)。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」で非正規雇用者の賃金の伸び率を確認すると、2013 年:+1.1%、2014 年+1.9%、2015 年:+3.3%と伸び率を高めている。背景にあるのは、昨今の人手不足度合いの高まりであろう。非正規雇用者の賃金伸び率が正社員を上回る形で、正規・非正規間の賃金差は縮小する傾向にある。ただそれでも、パートタイム労働者にフルタイム労働者の7~8割の時間当たり賃金が支給されている欧州諸国と比較して、正規・非正規間の待遇の溝が深いという点は変わらない(労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較 2015」に基づく。例えば、フランスではパートタイム労働者にフルタイム労働者の89.1%、ドイツでは79.3%が支給されているのに対して、日本では56.8%に留まっている。本統計はフルタイム・パートタイム労働者間での賃金格差を示すものであり、日本のフルタイムの非正規労働者はフルタイム雇用としてカウントされる点に留意)。

非正規雇用問題を考える
(画像=第一生命経済研究所)
非正規雇用問題を考える
(画像=第一生命経済研究所)

実効力を欠いた過去の非正規雇用政策

 これまで政府は、主に非正規雇用者を正規雇用へ引き上げることを狙った施策を展開してきた。例えば、労働者派遣法、パート労働法、労働契約法における無期雇用転換に関する規定の設置が挙げられる。これらは、一定以上の勤続年数のある有期労働契約の無期労働契約への転換を企業に促すものだ(資料4)。また、2013 年以降設置されている「キャリアアップ助成金制度(雇用形態の転換を行った際に、1年度1事業所あたり15人まで下記の助成金を事業所に支給するもの。有期雇用から正社員への転換:60万円/人、有期雇用から無期雇用:30万円/人、無期雇用から正社員:30万円/人、有期雇用から多様な正社員(地域限定正社員など):40万円/人、無期雇用から多様な正社員:10万円/人、多様な正社員から正社員:20万円/人。)」は、有期雇用者を正社員にするなど待遇改善を行った企業に対して助成金を支給するものである。また、2014 年の成長戦略にも盛り込まれた「限定正社員」の枠組みは、正規と非正規の中間的性格を有する職種を設けることで、職種転換を促すことが狙いの一つであった。しかし、先の統計値をみても明らかな通り、これらの施策は非正規雇用化の大きな流れを変えるには至っておらず、正規雇用への転換が進んだとは評し難い状況にある。

 こうした中で、安倍首相は1月の施政方針演説において、 “同一労働同一賃金”の実現を目指すことを発表した。これまで非正規雇用政策は「非正規雇用者を正規雇用者に引き上げること」を主軸としてきたが、「非正規雇用者の待遇そのものを引き上げる」ことを目指そうとしている。報道によれば、5月中にも公表される「一億総活躍プラン」には、パートタイム労働者の賃金を欧州並みの7~8割まで引き上げること、正規雇用と非正規雇用の不合理な格差を防止するためのガイドラインを作ることなどが盛り込まれる見込みであるようだ。

非正規雇用問題を考える
(画像=第一生命経済研究所)
非正規雇用問題を考える
(画像=第一生命経済研究所)

正社員改革への踏み込みが必要

 今回の「一億総活躍プラン」で盛り込まれる法整備やガイドラインによって同一労働同一賃金原則を実現できるかどうかについては、不透明な部分が大きい。というのも、労働契約法、労働者派遣法、パートタイム労働法では、既に非正規労働者と正規労働者の理由のない待遇格差を禁じる規定が盛り込まれているからだ。ここに新たに条文を追加するとしても、どこまでが“不合理な格差”なのかを厳密に区分することや、業務の技能や熟練度を適切に把握してそれに応じた賃金を支給することは実務的な困難もあろう。法整備が実効性が伴うものになるのかどうかについては疑問が湧く。

 日本において、同一労働同一賃金原則の導入が難しいのは、「正規・非正規の待遇格差是正」に加えて「職能給(仕事の能力に応じた給与体系)から職務給(仕事の内容に応じた給与体系)への転換」という給与体系に関する2つのハードルを乗り越える必要があるためだ。それでも「同一労働同一賃金」は、「柔軟な働き方」を実現する上でのインフラとなる点で、日本経済の潜在力を高める上で意義がある政策である。短時間労働を選択したり、一度の離職で正規雇用での就職が難しくなり、不合理な形で待遇が悪化する傾向のある日本の労働市場は、「子育て・介護と勤労を両立する環境」としては適当ではなく、政府の目指す「一億総活躍」にも反するものであろう。正規・非正規の待遇格差是正は、こうした両立を後押しする意味もある。

 職能給が定着している日本において、完全な「同一労働同一賃金」を実現することは困難であろうが、少しでもその形に近づけることは意義があろう。同一労働同一賃金の議論においては、非正規雇用だけでなく、正規雇用の職能給的、年功序列的な賃金体系も問い直すことが求められていくだろう。そして、この政策は給与体系に関わるものであるために、企業側の理解が不可欠だ。官民が一体となった議論によって、コンセンサスを形成していくことが求められよう。(提供:第一生命経済研究所

非正規雇用問題を考える
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 副主任エコノミスト 星野 卓也