要旨
● 政府の景気基準日付によると、回復期の平均はほぼ3年。直近の第16循環は、2012年11月に底を打っているため、そこから3年というと2015年の12月となり、ちょうど昨年末の株価がピークアウトしたタイミングと重なる。その場合、景気後退がきっかけとなって、消費税率引き上げが再び先送りされる可能性がある。
● ただ、次の消費税率の引き上げには景気条項がついていないため、消費税率の引き上げが断行される可能性もある。しかしその場合、景気後退期に消費税率を引き上げ、後退期間を長引かせるという最悪の状況を作りかねない。
● 一方、1951年以降観察された景気循環の中で、過去に50ヶ月を超えた景気回復期が3回だけ記録されており、いずれも戦後の長期政権の上位にランクされる安定政権の下で達成されている。
● 背景には、長期政権であれば思い切った政策が実行しやすくなり、そうした期待により経済が活性化し、国民の支持も獲得しやすくなるという好循環が生まれることがある。現在の第二次安倍内閣が発足したのは、2012年12月26日であり、すでに発足してから3年以上経っているため長期政権と呼べる。
● 今年2016年の夏には参議院選挙が予定されている。もし、安倍総理が現状並みの支持率を維持しながら、経済に軸足をおいて政権運営を続け、参議院選挙を大過なく戦い抜くことができれば、消費税率の引き上げ時期が景気後退の時期と重なり、景気後退局面を長期化させてしまうという最悪の事態は避けられる可能性もある。
● 消費増税以外に考えられる国内のリスクは、安倍首相が憲法改正を優先してしまうことである。そもそもアベノミクスの最大の目的がデフレからの脱却である。選挙を経て、経済よりもそうした問題に優先的に取り組むとなると、経済政策が後手に回り、株価も下落と厳しい局面を迎えるリスクが高まる。
消費再増税前の景気腰折れの可能性
2014年12月、安部総理は2015年の10月に予定されていた消費税率10%への引き上げ時期を、1年半延期することを発表した。これにより10%への引き上げ時期は、2017年4月となった。安倍総理が引き上げ時期を延期することが可能だったのは、まだ民主党政権だった時に決まった消費税引き上げ法案に景気条項がついていたからである。
景気条項というのは、消費税率の引き上げにあたり、景気の状況により、引き上げ時期の延期や停止といった適切な措置を講じることを求めたもので、安部総理はこの条項に従って引き上げ時期の延期を決めたのである。
しかし、2017年4月へと延期された消費税率の引き上げには景気条項がついていない。そのため、引き上げ判断のタイミングで余程のことが起きていない限り、2017年4月には消費税は10%に確実に引き上げられることになっている。
問題は、この消費税率の引き上げ判断の時期まで景気回復が続いているかどうか、という点である。消費税率引き上げによって、2014年度のように景気の腰を折ってしまうような結果にならないか?誰しもが心配するところである。
もちろん、今の段階では消費税率引き上げ判断時期の景気がどうなっているかは誰にもわからない。但し、過去の経験則に照らし合わせて考えてみることはできる。
景気はいい時期と、悪い時期が循環して現れる。この景気の循環を、内閣府は1951年6月以降、景気のピーク(山)と底(谷)として認定している。
このデータによると、景気の回復期は最長がいざなみ景気の時の73ヶ月で、最短は前回の第16循環で14ヶ月と非常に幅がある。試みに、回復期を平均すると、36.3ヶ月、つまりほぼ3年ということになる。直近の第16循環は、2012年11月に底を打っているため、そこから3年というと、2015年の12月となり、ちょうど昨年末の株価がピークアウトしたタイミングと重なる。その場合、景気後退がきっかけとなって、消費税率引き上げが再び先送りされる可能性もある。ただ、最短だった第1循環の4か月の他にも、前回第15循環の時も7ヶ月しか後退期は持たなかったため、2017年4月の消費税率の引き上げ判断のタイミングまで後退期が続かない可能性もない訳ではない。また、次の消費税率の引き上げには景気条項がついていないため、単に景気が後退しているだけでは、消費税率の引き上げは断行される可能性もある。しかしその場合、景気後退期に消費税率を引き上げ、後退期間を長引かせるという、最悪の状況を作りかねない。
次に予定されている消費税引き上げ率は8%から10%への2%だが、景気に対するマイナスの影響は大きく、消費増税による景気の腰折れは、あっては欲しくはないが、十分に考えられるリスクシナリオの一つである。
時の政権が影響する景気循環の長さ
一方、景気の循環はそんなに杓子定規に動くものではないとする見方もある。というのも、むしろ時の政権がどういう状態にあったかによって、景気回復時期の長短に大きく影響していることが過去の事例から明らかになっているためである。
1951年以降、観察された景気循環の中で、過去に50ヶ月を超えた景気回復期が3回だけ記録されている。一回目が、第6循環(1965年10月~1970年7月)の57ヶ月。二回目が、第11循環(1986年11月~1991年2月)の51ヶ月。そして、3回目が第14循環(2002年1月~2008年10月)の73ヶ月である。この3回の景気回復期は、いずれも戦後の長期政権の上位にランクされる安定政権の下で達成されている。
第6循環は、正に佐藤栄作元首相が政権の座にあった期間に景気回復期を迎えており、第11循環にも中曽根政権の後半に景気が上向き、後の政権にバトンタッチされている。また、第14循環は小泉政権の元で、景気回復が始まり在任中ずっと好景気を維持し続けた。
このように、政権が長期に安定すると、景気回復の期間が長く続く傾向があるのは、間違いのない事実である。背景には、長期政権であれば思い切った政策が実行しやすくなり、そのような政策を実行することで、経済が活性化し、国民の支持も獲得しやすくなるという好循環が生まれることがある。現在の第二次安倍内閣が発足したのは、2012年12月26日であり、すでに発足してから3年以上経っているため、長期政権と呼べる。
現安倍政権は2014年12月に衆議院の解散総選挙で、大勝利を果たした上、その後も比較的高い国民の支持率を維持し、昨秋には自民党総裁として再任されている。
また、今年2016年の夏には参議院選挙が予定されている。もし、安倍総理が現状並みの支持率を維持しながら、経済に軸足をおいて政権運営を続け、参議院選挙を大過なく戦い抜くことができれば、先に紹介した諸先輩方に並ぶ長期政権になる可能性が大きくなる。
その場合、景気回復の期間も平均の3年を超えた長期のものとなる可能性が高くなる。そうすれば、消費税率の引き上げ時期が、景気後退の時期と重なり、景気後退局面を長期化させてしまうという最悪の事態は避けられる可能性もある。
憲法改正にのめりこむリスク
消費増税以外に考えられる国内のリスクは、安倍首相が憲法改正を優先してしまうことである。今年2016年の夏には参議院選挙が予定されている。安倍政権は、発足当初からデフレからの脱却を政権の第一の目標に掲げているため、おそらく、安倍首相も参議院選挙までは経済に軸足を置かざるを得ない状況が続くのではないかと考えられる。
今年の参議院議員選は、既に衆議院を解散して衆参ダブル選挙になるのではないかとの観測が出ているが、もしそこで衆参両院で圧勝すると、いよいよもって、憲法改正に進んでいく可能性が出てくる。そうなると、経済政策が後手に回り、株価も下落という、起こっては欲しくないシナリオの懸念が高まる。
また、夏に参議院選挙を控えている安倍首相にしても、この段階までには何としても景気を浮揚させ、かつ物価が上昇気流に乗るように何らかの策を講じてくることが大いに考えられる。
では、現状の日本経済は、デフレ脱却にどこまで近づいてきているのか。データを確認すると、国際通貨基金(IMF)は、デフレを「少なくとも2年間継続的に物価が下落する状態」と定義している一方、デフレ脱却に関しては明確な定義を示していない。
そこで、日本政府は独自に、消費者物価、GDPデフレーター、需給ギャップ、単位労働コスト(ユニット・レーバー・コスト)の4つの指標全てが、前年比プラスになることをデフレ脱却の定義として置いている。
現状では、消費者物価とGDPデフレーターに関してはすでにプラスに転じているが、需給ギャップはまだ明確にマイナスのままとなっている。
微妙なのが単位労働コストで、これは日本の家計が受け取っている雇用者報酬を実質GDPで割ったものであり、現段階ではプラスだが、今後景気が良くなって実質GDPが増えれば、マイナスになってしまう可能性もあるため、まだ判断はしかねる状況である。実は、この指標は分母である実質GDPが下がる、つまり景気が悪くなっても指標自体はプラスになってしまうので、私の個人的な意見としては、デフレ脱却を判断する材料としてはあまりふさわしくないと考えている。
そもそも、安倍首相が掲げたアベノミクスの最大の目的がデフレからの脱却である。しかし、仮に参議院選挙で大勝利を収め、経済よりも憲法改正を優先的に取り組むとなってしまうと、いろいろと難しい局面を迎えることも想定しておく必要があるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣