筆者は、訪日外国人消費が経済成長に寄与した大きさから考えて、ここ数年間の規制緩和の中で最も成功した事例だとみている。海外からの追い風が大きかったとしても、政策歴な後押しを積極的に評価してよい。従来、中国人観光客の「爆買い」が、際立っていたが、今後は変わるかもしれない。東京五輪を一過性のブームに終わらせないために、規制緩和に先手を打ち、訪日外国人消費の裾野を広げていくことが重要だ。

ビジットャパンの成果

 急進する円高の影響が心配である。その影響は、製造業などの収益押し下げ圧力になるほか、物価面で消費者物価の低迷を長引かせることが警戒される。

 

最も成功した規制緩和、訪日観光政策
(画像=第一生命経済研究所)

 さらに、これまでのところ好調が続いているインバウンド消費にもマイナス効果を与える可能性がある。為替を通じた効果は、円高になれば日本の消費者が海外に旅行するときにプラス、円安になれば海外の旅行者が日本国内に消費をするときにプラスという理屈である。目下の円高は、海外からの訪日外国人の消費にもブレーキをかけるに違い ない。

 これまで実質GDPの変化でみると、訪日外国人消費(非居住者家計の国内での直接購入。インバウ ンド消費)は2015暦年で実質GDPが前年比0.5%増加したうちの40%(寄与度0.2%、実額で +1.0兆円)に相当した。また、アベノミクスの評価としても、過去3年間でみると、実質GDPの増加額10.6兆円のうち、訪日外国人消費の増加額は同期間で2.1兆円だった。これは20%に相当する。

 おそらく、アベノミクスの成長戦略メニューの中で最も実績が大きかったのが、この訪日外国人を増やすビジットジャパン事業であろう。比較のために公共事業(公的資本形成)が同じ過去3年間で増えた金額を示すと1.1兆円だった。つまり、訪日外国人の消費拡大はその2倍の効果をもたらしている計算になる。今のところ、四半期ごとの訪日外国人消費は、堅調さを保っているが、今後については環境の変化があるかもしれない(図表1)。

先行きは安泰でないからこそ先手を打つ

 為替動向が訪日外国人の消費に与えてみよう。中国人の観光客数と為替レート関係に注目すると、単月では必ずしも連動していないが、期間を広げると両者は微妙な関係がある(図表 2)。

最も成功した規制緩和、訪日観光政策
(画像=第一生命経済研究所)

 また、円高以外にも、中国は外貨の海外流出を嫌って、クレジットカードで支払える上限を年間10万元(約167万円)に制限する 措置を2016年1月から始めた。中国は、外貨準備の目減りに神経を尖らせており、日本で中国人観光客が買物をすることで人民元と交換される外貨の量を抑えたい意図もあるのだろう。ほかにも、高級時計や化粧品・酒類の関税率を大幅に引き上げているという。これまで中国人観光客の消費は、2015年8月の人民元の切り下げや上海株の下落のような市場環境の悪化、そして中国経済の減速感の強まりにも負けずに堅調さを維持してきたが 、時間が経過してくると、ボディブローのようにインバウド消費 の抑制に効いてくると考えられる。だかこそ、環境変化に対して先手を打つかたちで訪日外国人の消費に対して、前向きな規制緩和策を推進することが必要だと思える。

2011年は危機感をばねにした

 ところで、これまで訪日外国人観光を振興する政策はどういった経緯で進展してきたのであろうか。まず、嚆矢になったのは、国土交通省が2003年から旗を振ったビジットジャパンのキャンペーンである。2010年に海外からの旅行客を1,000万人にすることを目標にして、広報や受け入れ環境整備を推進した。

 一連の取り組みの中で特に効果があったとみられるのは、中国を中心にビザの条件緩和が行われたことがある。そうした対応は、何度も積み重ねられて影響力を広げた。例えば、個人観光ビザの発給は2009年に開始された。このときは、北京、上海、広州の3つの公館だけであったが、2010年には受付公館は中国全土に広がった。2011年は3年間有効な数次観光査証(マルチビザ)の発給を開始。同年には個人ビザの滞在期間を15日から30日に延長し、「一定の職業上の地位を有する」という条件を撤回撤廃した。これらの累次のビザ緩和によって、現在は、個人旅行の条件が「一定の経済力を有する者」という条件が最低年収10万元(約167万円)にまで下がり、90日以内に何度でも入出国が可能なマルチビザが認められている。中国からの観光客数は、わずか3年間の間3.8倍に急増して、2015年は約500万人と各国別で日本に来る訪日外国人が第一位になった(香港を除く中国本土)。

 ところで、訪日外国人の観光政策が常に成功してきた訳ではないことには留意が必要である。リーマショックが2008年に起こり、2011年の東日本大震災に伴う原発事故があって、訪外国人が極端に減料な局面もあった。特に震災直後の訪日外国人の減少は大きな衝撃だった。しかし、今になってみれば、観光政策はそうしたショックをばねにして規制緩和を切り開いたと思える。2013・2014年に亘りアジア各国へのマルチビザが広がって、ビザの条件緩和が近年の訪日外国人を急激に増やした。

 そのほかに、これまでに成果を上げた作用としてクルーズ船の就航も挙げられる。海外からのクルーズ船が日本へ次々に寄港するようになったという追い風もあるが、そこでは観光客の下船を促進するために出入国管理の間口を広げるなど措置が採られた。現在は、事前の船上審査やさらなる受入体制の拡充も進めているとう。今後、日本のクルーズ会社に対する規制緩和や海外のクルーズ船について経由地を制約しいることなどの条件を緩和していくことで、まだアジアからの裾野を広げることは十分に可能であろう。

中国だけではなく分散させる効果

 訪日外国人と言えば、中国人観光客というイメージが強いが、細かいデータを調べてみると、地域や消費産業などへの影響力は必ずしもそうではないことがわかる。例えば、筆者は、どこの都道府県が訪日外国人の消費によって経済的思惑が大きくなっているかを試算してみた(図表3)。すると、2015年は一位が沖縄県(観光消費が個人消費4.1%)、二位が東京都(3.2%)、三位が京都府(2.5%)、続いて大阪府、福岡県、北海道となっている。おもしろいのは、大阪府以外は中国人観光客が相対的に多くないことである(図表4)。

最も成功した規制緩和、訪日観光政策
(画像=第一生命経済研究所)

 この点は先入観を裏切る。沖縄は台湾からの観光客が特に多く、福岡は韓国が多い。2015年の変化に注目すると、福岡、沖縄はクルーズ船の寄港回数が前年よりも大きく増えている。空港戦略だけではなく、様々なチャネルを利用して観光客の利便性を増すような規制緩和をすることが成功の秘訣だ。

 また、都道府県別に、日本にやってくる国別のシェアはどこの国が多いのかを調べてみた(図表5、 6)。台湾からの観光客のウエイトが大きい地域は、東北、北陸、四国などである。これは地方空港にLCC(格安航空会社)を呼び込んだことの好影響であろう。韓国からの観光客が特に多いのは、九州地域である。鳥取と山口の韓国人の観光客は多い。こちら、クルーズ船が西日本を中心に寄港する効果が表れている。

最も成功した規制緩和、訪日観光政策
(画像=第一生命経済研究所)

 このデータからは、訪日外国人は中国人一辺倒ではないことを知ることができるだろう。データは、観光庁の資料を加工したものであり、ひとつの尺度に過ぎないと思うが、地域別の傾向を大づかみすることはできる。

 アジアからの観光客は、どうしても 1人当たりの消費額が大きい中国人観光客に焦点が当たりやすい。訪日外国人の月別人数のデータを確認しても、増えているのは中国だけでなく、韓国、台湾も同様に急増しているのが実情だ(図表7)。このように、中国人の旅行者が旺盛な消費をするというイメージだけに囚われず、韓国、台湾、香港とのチャネルを強化することで、インバウド消費を地域に引き込むことの成果をもっと大きくすることは可能であろう。

最も成功した規制緩和、訪日観光政策
(画像=第一生命経済研究所)

2020年に向けた変革の機会

 わが国は東京五輪を跳躍台にして経済発展ができるのであろうか。ひとつの心配は、東京近辺のインフラ整備だけに意識が向い、一時的な財政拡張に大きな期待感が集まることである。未来の日本経済はそうした原理では継続的に成長は望めない。

 むしろ、持続的な成長の展望については、今後のビジットジャパン事業の進展に負うところが大きいはずだ。ブラジルの事例をみていると、五輪の経済効果だけで成長できると過信してはいけないことに気付かされる。財政を悪化させて格下げを受けると、政策に対する信認が低下して、経済と通貨の悪循環に陥ってしまうこともある。

 今後、わが国の観光政策で必要なのは 訪日外国人側に立った利便性の向上である。細かい話ではあるが、ホテルのチェックイン・チェックアウトの時間がもっと普及されることや、観光・交通情報についてAR技術(拡張現実)、二次元コード(QRコード)による提供サービスを増やせば、もっとユーザーフレンドリーになれるだろう。すでに多くの人が掲示している追加的政策メニューの要望を列挙すると、次のようになる。

・マルチビザのさらなる拡充
・クルーズ船拡充のための体制整備
・法令順守を前提にした海外の旅行業者への門戸開放
・公共交通機関で利用できるカードの普及
・無料Wi-Fi接続スポットの拡充
・多言語ガイドラインの整備、アジア諸国の言語に対応した通訳ガイドの拡充・規制緩和

 これらの規制緩和や体制整備の中には、実際に実施してみると、様々な不都合が伴う内容があるかもしれないが、そうしたケースが生じた場合は柔軟に見直せばよい。むしろ、多くの業界で、これまで自分たちの慣習が常識だと思ってきたことを少しずつ変えることが、新しいビジネスチャンスの芽をつくる。こうした自己変革を2020年に向けて進めていくことが、東京五輪が終わった後でも、日本の経済成長が持続的拡大を続けていけるための基盤になるだろう。(提供:第一生命経済研究所

 

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生