要旨

● 所得から見た実質的な現在の日本の経済規模は、生産面や需要面から見た経済規模の変化に加え、実質GDPに反映されない交易条件(輸出品と輸入品の交換比率)の変化にも大きく左右されるため、「三面等価の原則」が働きにくいという特有の経済構造となっている。

● 実質的な日本の経済規模を見るには、交易条件の変化を加えたGDIで見るべきであり、GDPだけを見ていると、現在の日本経済を過小評価してしまう。一方、GNIは第1次所得収支も含むため、国民全体の所得状況を見る指標となる。しかし、第1次所得収支は海外で所得が生じた時点で計上されてしまい、海外で得た所得を日本国内に還流させなくてもGNIに含まれてしまう。純粋な日本国内の所得の増加を知るには、GNIよりもGDIで見る方が正確。

● GDIを増やすには、第一に国内生産を増やすことに加えて交易損失を減らすという視点が重要。国内生産を増やすためには、産業の六重苦(異常な円高、高すぎる法人税率、経済連携協定対応の遅れ、厳しい労働・環境規制、高いエネルギーコスト)を緩和することが不可欠。今後は、税制改正やTPPにとどまらない経済連携協定の推進による立地競争力の強化がカギ。

● 更に交易損失を減らす取り組みも重要。経済連携協定をテコに調達先の多様化などを推進することで化石燃料の価格を更に引き下げられれば、より一層交易損失の減少につながる。それを実現するためにも積極的な通商政策が必要。

● 人口が減少する中でも市場の拡大が期待される医療・介護や教育・保育、農林水産業などの分野での規制改革も必要。社会保障の効率化とともに待機児童や介護離職の解消、農地の集約と株式会社の農地取得自由化等の改革が進み、結果としてこれらの分野で需要喚起が実現すれば、農産品の輸出増加や女性の更なる労働参加も促されよう。

● わが国の経済成長の問題点は、GDPやGNIが成長しても、そのまま国内の総所得であるGDIの成長に結びつくとは限らないことにある。GDPやGNIよりもGDIの方が景気実感に近いことなどを勘案すれば、GDPと同じように経済成長率にGDI成長率を併用することも検討されてしかるべき。

(注)本稿は、週刊エコノミスト2月9日号への寄稿を基に作成。

はじめに

 2015年10~12月期の実質GDP2次速報では前期比年率▲1.1%となり、2四半期ぶりのマイナス成長となった。更に、民間在庫品増加(民間企業の売れ残った在庫の増加分)を除いた最終需要ベースで見ると、前期比年率▲0.9%と、マイナス幅は拡大し、少なくとも生産面から見た経済規模は悪化したとする見方もある。しかしGDPは、必ずしも現在の日本経済の実力を反映しているとは言えない。

 GDPとは、期間内に国内で生み出された付加価値の合計だ。「生産」「需要」「所得」という三つの側面のどこから見ても等しくなる「三面等価の原則」があり、通常は実質GDPに変化が生じれば、それと連動して実質所得にも変化が生じるはず。

 しかし、所得から見た実質的な現在の日本の経済規模は、生産面や需要面から見た経済規模の変化に加え、実質GDPに反映されない交易条件(輸出品と輸入品の交換比率)の変化にも大きく左右されるため、「三面等価の原則」が働きにくいという、特有の経済構造となっている。

交易条件の改善を反映しない実質GDP
(画像=第一生命経済研究所)

かい離するGDIとGNI

 輸出価格が輸入価格を上回ると、その国の交易条件は有利になるため所得(交易利得または損失)が増え、反対に不利になると所得は減る。14年10~12月期以降、原油をはじめとする資源価格の暴落により、日本の交易条件は大きく改善。GDPに交易利得(損失)を加えた、国内の実質的な所得を示す指標である実質国内総所得(GDI)を押し上げた。つまり、実質的な日本の経済規模を見るには、交易条件の変化を加えたGDIで見るべきであり、GDPだけを見ていると、現在の日本経済を過小評価してしまうことになる。

交易条件の改善を反映しない実質GDP
(画像=第一生命経済研究所)

 交易条件を含む経済指標として、GDIの他に国民総所得(GNI)がある。交易条件を加えて見るのであれば、GNIで見ることもできるのではとの意見もある。

 二つの指標の大きな違いは、GDIは国内に落ちる所得を表し、GNIは国民を対象としている点だ。また、グローバルな経済活動の動向を示す経常収支は、貿易収支やサービス収支、第1次所得収支、第2次所得収支に分けられるが、GDIには貿易・サービス収支のみ計上されているのに対し、GNIは海外への投資で得た配当などの第1次所得収支も含む。従って、GDIは国内の所得規模を測る指標である一方で、第1次所得収支も含んだGNIは、国民全体の所得状況を見る指標となる。

交易条件の改善を反映しない実質GDP
(画像=第一生命経済研究所)

 更に第1次所得収支は、「投資収益」と「雇用者報酬」に分けられ、現在、収支の99%以上を投資収益が占めている。これは海外の金融資産から生じる利子や配当の受け取りや、海外への支払いも含む、第1次所得収支や企業の海外展開を反映した投資収支の黒字が増大したためである。

 近年、第1次所得収支の拡大を受けてGDIとGNIの乖離(かいり)が目立っており、GNIがGDIに対して超過傾向にある。これは、日本人の海外での経済活動が活発化し、日本よりも海外の経済成長率が高いこともあって、日本が対外資産から得られる収入の方が、海外が対日投資から得る額よりも多いためである。

 少子高齢化が急速に進み、国内需要の減少が不可避な情勢では、国内の経済活動だけでは実質GDIの増加は困難とされている。それならば、企業が更に海外市場へ活路を見いだし、海外への投資で得た利益を日本国内に還流させるというグローバルな視点から、GNIを増やし、国民の所得を増やすべきという発想が生まれるだろう。

 しかし、第1次所得収支は海外で所得が生じた時点で計上されてしまい、海外で得た所得を日本国内に還流させなくてもGNIに含まれてしまう。純粋な日本国内の所得の増加を知るには、GNIよりもGDIで見る方が正確である。

交易条件の改善を反映しない実質GDP
(画像=第一生命経済研究所)

カギは産業の六重苦解消

 GDIを増やすには、第一に国内生産を増やすことに加えて交易損失を減らすという視点が重要である。国内生産を増やすためには、国内所得を生み出す源泉となる国内企業の雇用機会を増やす必要がある。そのためには、産業の六重苦(異常な円高、高すぎる法人税率、経済連携協定対応の遅れ、厳しい労働・環境規制、高いエネルギーコスト)を緩和することが不可欠だろう。

 異常な円高はすでに是正されているものの、近隣諸国並みの20%台半ばへの法人税率の引き下げは道半ば、経済連携協定は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が基本合意に至ったばかり、労働規制は正社員の解雇ルールの明確化が先送りされている。今後は、税制改正やTPPにとどまらない経済連携協定の推進による立地競争力の強化がカギとなろう。

交易条件の改善を反映しない実質GDP
(画像=第一生命経済研究所)

 加えて、足元ではエネルギーコストは原油価格の下落により下がっているが、更に交易損失を減らす取り組みも重要だ。日本の発電の主要化石燃料となる天然ガスの輸入価格は、世界の天然ガス価格が下がる中でも、依然としてヨーロッパの価格よりもドル建てで2倍弱の高水準にある。経済連携協定をテコに調達先の多様化などを推進することで化石燃料の価格を更に引き下げられれば、より一層交易損失の減少につながる。それを実現するためにも積極的な通商政策が必要となろう。

 第二に、新分野での雇用の創出も重要。そのためには、人口が減少する中でも市場の拡大が期待される医療・介護や教育・保育、農林水産業などの分野での規制改革が必要だろう。社会保障の効率化とともに待機児童や介護離職の解消、農地の集約と株式会社の農地取得自由化などの改革が進み、結果としてこれらの分野で需要喚起が実現すれば、農産品の輸出増加や女性の更なる労働参加も促されよう。

 結局、わが国の経済成長の問題点は、GDPやGNIが成長しても、そのまま国内の総所得であるGDIの成長に結びつくとは限らないことにある。欧米の統計でも交易損失や第1次所得収支は存在するが、日本のように貿易や投資の構造に偏りがないため、GDPやGNIおよびGDIの成長率が日本ほど大きく乖離しない。日本ではこれらの指標が同時に公表されることや、GDPやGNIよりもGDIの方が景気実感に近いことなどを勘案すれば、GDPと同じように経済成長率にGDI成長率を併用することも検討されてしかるべきだろう。(提供:第一生命経済研究所

交易条件の改善を反映しない実質GDP
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣