シカゴの調律師から、人間の細胞数まで「ざっくり」つかむ

フェルミ推定
(画像=The 21 online)

「一流企業の面接に使われる」などの理由で、「フェルミ推定」という言葉を知っている人も多いだろう。人気数学塾塾長を務める永野裕之氏は、その意味を「だいたいの値を知るための方法」とし、ビジネスマンにとっても不可欠な能力だと指摘する。フェルミ推定の意味と具体的方法を教わった。

一流企業の面接として使われる「フェルミ推定」

これからご紹介するフェルミ推定というのは、簡単に言ってしまえば「だいたいの値」を見積もる手法のことです。

「最適桁数(多くは1桁)」の数字を使ってさっと概算ができる能力はビジネスマンにとって非常に重要です。これができれば、周囲はあなたを「数字に強い人」だと評価してくれることでしょう。

「フェルミ推定」という言葉を聞いたことがある人は少なくないと思います。特に最近では Google やゴールドマン・サックスといった一流企業の就職試験の面接問題として、フェルミ推定の問題がよく出題されるため、注目を集めるようになりました。

実際多くの企業で、東京にはマンホールがいくつあるか?とか中国における紙おむつの市場規模はどれくらいであるか?とかボーイング747機にはゴルフボールがいくつ詰め込めるか?等といった問題が出されています。企業はこの種の問題を出題することによって、就職希望者の素早い判断力と現実世界の問題に対して「数字を作る能力」を測っているわけです。

しかし少なくとも私が学生だったおよそ20年前は「フェルミ推定」という言葉はありませんでした。「フェルミ推定」は、2004年に出版されたスティーヴン・ウェップ著『広い宇宙に地球人にしか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス』(青土社)の中で初めて使われたと言われています。

「だいたいの値」を見積もる達人だったフェルミ

フェルミ推定の名前の由来になったのは、「原子力の父」として知られるアメリカのノーベル賞物理学者エンリコ・フェルミ(1901-1954)です。

理論物理学者としても実験物理学者としても目覚ましい業績を残したフェルミは、「だいたいの値」を見積もる達人でもありました。初期の原爆実験の最中、衝撃波が通り過ぎる際、小さな紙切れを数枚落とし、爆風に舞う紙切れの軌道から爆風の強さを概算で弾き出したこともあったとか。

彼がシカゴ大学で行った講義の中で学生に出した「シカゴにはピアノ調律師が何人いるか?」という問題は大変有名です。

理系学生にとっては元々、必須の能力

私が学生だった頃、フェルミ推定という言葉はありませんでしたが、 理系学生にとっては、実験を行うに際し最初に「およそこれくらいの値になるだろう」という予測を立てる能力は必須でした。なぜならその予測に基づいて実験に必要な精度を考えるからです。

また予想した「だいたいの値」とケタ違いの値が結果としてられた場合には、「あり得ない=実験方法に不備があった」と判断できたり、あるいは仮説の段階では思いもつかなかった真実の発見につながったりしました。これが有益であることは言うまでもありません。

フェルミが物理学科の学生に対してシカゴのピアノ調律師の人数を問いかけたのは、物理の世界で生きていくのならこのような推定ができる能力は非常に重要である、というメッセージだったのでしょう。

匙を投げる前に「だいたい」を探る

勘違いしないように注意して頂きたいのですが、ここでの目的は正確な値(本当の人数)を出すことではありません。

シカゴのピアノ調律師の人数を正確に把握したいのならシカゴピアノ調律師協会(という組織があるかどうかは知りませんが…)的なところに問い合わせて確認すれば済むことです。

大切なのは、このような問題に対して「わかるわけがない」と匙(さじ)を投げるのではなく、少ない知識と推定量を使って論理的に「だいたいの値」が求められるかどうかです。