<聴覚障害者はコミュニケーションの面での改善を特に必要としている>

 当研究所が2013年に実施した調査では、職場のコミュニケーションに関して聴覚障害者やともに働く人が直面しているさまざまな問題が浮き彫りとなった(水野 2014a)。では聴覚障害者は、職場のコミュニケーションの改善をどの程度必要と感じているのだろうか。

 厚生労働省は「障害者雇用実態調査」において、聴覚障害者を含む身体障害者に対し、職場において改善等が必要な事項があるかどうかを尋ねている。図表1の通り、改善等が必要な事項が「ある」と答えた聴覚障害者の割合は52.5%と過半数を占めており、身体障害者の中では最も高い。

 次に、「ある」と答えた人に対してどのような事項に改善等が必要か尋ねた結果をみると、身体障害者全体では「能力に応じた評価、昇進・昇格」が28.0%で1位にあがっている。ただし障害種別にみると、聴覚障害者では「職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置」が52.5%で圧倒的に高く、2位以下を大きく引き離している。職場のコミュニケーションの改善を必要としている聴覚障害者は、かなり多いといえる。

聴覚障害者に対する職場での支援のニーズと実態
(画像=第一生命経済研究所)

<聴覚障害者のコミュニケーションに対する企業の支援は進まず>

 では、聴覚障害者が働く職場のコミュニケーションの改善に向けて、企業はどのような支援をしているのだろうか。当研究所が2006年と2014年に実施した調査では、聴覚障害者を雇用していると回答した企業に対し、自社の聴覚障害者のコミュニケーションや情報入手を支援するために行っていることを質問した。その結果を図表2に示 す。

 2014年の調査においては、「特にない」と答えた企業の割合が46.2%を占めた。つまり、聴覚障害者のコミュニケーションや情報入手を支援するために何らかのことを行っている企業は半数程度に過ぎない。

 行っていることの中では「筆談用具の配布」(22.3%)が最も多い。これに次いで、社内放送の音声情報などを聴覚障害者に伝えるための「電子メールでの聴覚障害者向けの情報提供」(16.2%)、社内の研修や行事などへの「手話通訳の派遣」(14.6%)、 警報音などの代わりに光や文字で「視覚的に非常事態を知らせる設備の設置」(11.5%)、従業員が手話を学習するための「手話講座・サークルの設置・支援」(10.0%)がそれぞれ1割台となっている。

聴覚障害者に対する職場での支援のニーズと実態
(画像=第一生命経済研究所)

 2014年の結果を2006年の結果と比べると、「特にない」と答えた割合はほとんど変わっておらず、聴覚障害者のコミュニケーションや情報入手を支援するための取り組みを行っている企業は増えていないことがわかる。具体的にみると、「筆談用具の配布」「電子メールでの聴覚障害者向けの情報提供」など2006年よりポイントが増加した項目もあるが、あまり変化していない項目が多く、「手話通訳の派遣」「手話講座・サークルの設置・支援」のようにかなり減少した項目もある。調査を実施した2006年から2014年までの8年間に、コミュニケーションを円滑にするための用具や設備・システムなどのハード面の支援はやや進んだが、手話通訳者・要約筆記者の社外からの派遣や社内での配置といったソフト面の支援は進んでいないどころか、支援の内容によっては後退しているとも読み取れる。しかし、ソフト面の支援に対する聴覚障害者のニーズが低くなったとは考えにくい。

 例えば手話に関しては、職場の「会合に手話通訳者を呼んでほしい」、一緒に働く従業員に「手話を覚えてほしい」と思っている聴覚障害者は少なくない(水野 2014b)。また近年では、日本各地の自治体で手話言語条例が施行されるなど、手話の普及を目指す動きも活発化している。だが、前掲のデータを見る限り、手話でのコミュニケーションを必要とする人に対する企業の支援が広がったとはいえない状況にある。

 聴覚障害者とその周囲の人々がコミュニケーションを円滑に行い、力を十分に発揮できる職場環境づくりが求められる。(提供:第一生命経済研究所

〔引用文献〕
・水野映子,2014a,「聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題」『Life Design Report』(Spring 2014.4).
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/report/rp1404a.pdf
・水野映子,2014b,「聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性」『Life Design Report』(Summer 2014.7).
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/report/rp1407d.pdf
・水野映子,2015,「企業の障害者雇用に対する取り組み姿勢の現状と変化」『Life Design Report』(Spring 2015.4).
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/ldi/2015/rp1504d.pdf

第一生命経済研究所 ライフデザイン研究本部
研究開発室 水野 映子
(みずの えいこ 上席主任研究員)