定年後も年金を受給しながら会社員等で働き続けられれば「給与+年金」で収入的には安心感がある。加えて、原則、国民年金は60歳までだが、厚生年金は70歳まで加入できる。継続加入して保険料を払えば将来の年金額を増やすことも可能だ。

FPとしてご相談を受けていても、最近は、ほとんどの人が60歳以降も継続雇用を選んでいるという印象が強い。

60歳以降、8割以上が継続雇用を選択している

年金
(画像=PIXTA)

その背景として、65歳までの安定した雇用を確保するための「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」において、企業が「定年制の廃止」「定年の引上げ」「継続雇用制度の導入」のいずれかの措置(以下、「高年齢者雇用確保措置」)を講じることを義務付けられた点が大きいだろう。

厚生労働省が公表した平成29年「高年齢者の雇用状況」(6月1日現在)によると、高齢者雇用確保措置の実施済み企業の割合は、99.7%(対前年比0.2%+)とほぼ100%。対象が31人以上規模の全企業とはいえ、平成21年の95.6%と比較すると10年足らずで4%以上高くなっている。その内訳としては、やはり「継続雇用制度の導入」(80.3%)が最も高い。「定年の引上げ」(17.1%)や「定年制の廃止」(2.6%)は、まだ少数派といったところのようだ。

一方、定年到達者等の動向については、過去1年間(平成28年6月1日~平成29年5月31日)における60歳を定年としている企業において、継続雇用された者は84.1%と、8割以上を占める。ただし、継続雇用を希望しない定年退職者も15.8%と、一定数存在している。

病気やケガの療養あるいは第二の人生を謳歌するためなど、そのままリタイアすることを選択したり、独立開業したりといった人もいるのだろう。なかには、あまりにも条件が悪いので、継続雇用しなかったという声もある。

「在職老齢年金」の仕組みに注意 収入が多いと年金がカットされる

働きながら年金を受け取る上では注意点もある。収入が多いと年金がカットされる可能性がある点だ。実際、60歳以降の多くのシニアがこの点を気にしている。この仕組みは「在職老齢年金」と呼ばれるもので、働きながら年金を受け取ることで、年金額の一部または全部が支給停止されるという仕組みとなっている。

60代前半(65歳未満)と60代後半では計算方法が異なる。覚えておきたい金額は「28万円」と「46万円」の2つ。在職老齢年金の支給停止基準額と呼ばれている。

【65歳未満】給与+年金が28万円を超えなければ年金はカットされない

まず、60代前半のケースから確認しよう。平均的な給与(月給にボーナスの12分の1の金額を加算したもの)と年金月額の合計金額が28万円を超えたら、超えた分の2分の1が年金の方から差し引かれる。

例えば、Aさんの平均的な給与が30万円、年金月額が12万円の場合で考えよう。合計金額42万円から28万円を超えた14万円の半分、7万円が年金月額12万円から差し引かれ、支給される年金額は5万円というわけだ。給与と年金の合計35万円が、全体の収入となる。

つまり、年金月額が月12万円なら、給与月額が16万円までは全額もらえるが、それを超えると徐々に減額され、38万円超で年金はゼロになる。

【65歳以降】給与+年金が46万円を超えなければ年金はカットされない

60歳台後半(65歳以上)の場合にはもう少し緩やかとなる。平均的な給与と年金月額の合計額が46万円を超えたら、超えた分の2分の1が年金の方から差し引かれる仕組み。したがって、前述のケースでいうと給与と年金の合計額は42万円、46万円を超えないため、年金は全額受け取ることができる。

在職老齢年金については、在職中に一律2割の年金がカットされていた頃もあるが、平成16年改正で廃止されている。

60代前半の金額「28万円」は、夫婦2人の標準的な年金が受給できる給料をもらっていた現役被保険者の平均月収を、60代後半の金額「46万円」は現役男子被保険者の平均月収をそれぞれ基準にしているそうだ。

くわえて「高年齢雇用継続給付」の仕組みにも注意 年金6%がカットされることも

このように在職老齢年金のしくみは複雑だ。しかし、年金減額はこれだけにとどまらない。

「高年齢雇用継続給付」の仕組みが関係する。これは、雇用保険の被保険者期間が5年以上ある60歳以上65歳未満の高齢者で、給与が一定割合未満に低下した状態で継続して働く場合に支給されるもの。雇用保険からの給付であり、これを受給していて、かつ在職老齢年金も受給している65歳未満の高齢者は、前述の本来の支給停止に加え、高年齢雇用継続給付との併給調整が入り、さらに年金が6%カットされてしまうのだ。

ありていに申し上げると、社会保険の知識のない方に、これらのしくみを説明し、正しく理解していただくのは至難の業。まずは、ざっくりと、「60歳以降も働き続けると、もらえる給付もあるけれども、年金が減ってしまう」くらいの知識は持っておくと良いだろう。あとは、自分の場合はどうなのか、社会保険事務所などで確認することをお勧めしたい。

在職老齢年金の減額等が適用されるのは一部の高収入の人

しかし、肝心なのは60歳以降も働くすべての人の年金がカットされてしまうわけではないということだ。

2013年度末の厚生労働省年金局調査 によると、年金の一部または全額が支給停止されている人の数は、60~64歳で約102万人、65歳以上で約26万人。同年度の厚生年金(第1号)の老齢年金受給権者数 は、60~64歳が約304万人(男子209.9万人、女子94.3万人)、65歳以上が約1,219万人(男子820.1万人、女子398.7万人)だから、対象となるのは、60歳台前半の30%程度、60歳台後半の2%程度といったところだろうか。

ただし、これはあくまでも受給権者数だから、実際の受給者数はもっと少なく、対象者も減るだろう。しかも、60歳台前半の年金(特別支給の老齢厚生年金)の支給開始年齢は65歳まで引き上げらており、男性の1961年4月(今年57歳)生まれ以降、64歳までの在職老齢年金の対象者はいなくなる。

この制度については、高齢者の労働意欲を阻害するとして、廃止も含めた見直しが検討されている。2018年7月に、内閣府が発表した60歳代の就業行動に関する分析結果においても、「在職老齢年金」がなかった場合、高齢者がフルタイムで働くことを選択する確率は2.1%上昇するという。

「パート主婦の年収は100万円までに抑えておけば税金がかからずオトク」といった配偶者控除の議論と同じく、たしかに、上限を設けてしまうと、いくらで働くのが良いのか‘損益分岐点’を見つけるのに躍起になってしまうかもしれない。

国としては、増え続ける高齢者が年金に頼らず、病気にならず、いつまでも元気で働いてくれれば、という考えなのだろうが、現実はもっとシビアで複雑だ。高齢者の多くが、働けるうちは働きたいと考える一方、個々の事情や環境によって、難しい人もいる。国には、多様なニーズに対応したきめ細やかな制度設計を切にお願いしたい。

黒田尚子
黒田尚子FPオフィス代表 CFP®資格、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CNJ認定乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。立命館大学卒業後、日本総合研究所に入社。1996年FP資格取得後、同社を退社し、1998年FPとして独立。新聞・雑誌・サイト等の執筆、講演、個人向けコンサルティング等を幅広く行う。2009年末に乳がん告知を受け、「がんとお金の本」(Bkc)を上梓。自らの体験から、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力。著書に「がんとわたしノート」(Bkc)、「がんとお金の真実」(セールス手帖社)、「50代からのお金のはなし」(プレジデント社)など。