目次

1.調査研究の概要
2.聴覚障害者調査の結果 ~コミュニケーション方法に関する希望の伝達~
3.健聴者調査の結果 ~聴覚障害者の希望等の認知~
4.まとめ

要旨

①企業等で働く聴覚障害者、および聴覚障害者とともに働く健聴者に対して実施したアンケート調査の結果から、聴覚障害者のコミュニケーション方法に対する希望等が健聴者にどのように伝えられているか、また希望等の伝達に対して両者がどのような意識を持っているかに焦点を当てた。

②聴覚障害者は、職場の健聴者に対して「筆談してほしい」(74.8%)をはじめさまざまな希望を持っているが、その希望を健聴者に必ずしも伝えていない。また、聴覚障害者の93.5%は希望を「伝えることは大切である」としながら、半数以上は「伝え方が難しい」「伝えても理解してもらえない」「伝えることには遠慮がある」と思っている。ただし、希望を健聴者に伝えた聴覚障害者の78.4%は、コミュニケーションがしやすくなったと回答している。

③一方、健聴者のうち84.7%は一緒に働く聴覚障害者のコミュニケーション方法に関して「希望があれば遠慮なく言ってほしい」と思っている。しかし、「どのような希望があるのか言われないとわからない」(64.7%)、「こちらからは希望を聞きにくい」(45.8%)、「希望を聞く機会がない」(44.7%)と思っている健聴者もいる。

④職場でのコミュニケーションをより良くするためには、聴覚障害者・健聴者それぞれが希望を伝えること・聞くことに対して遠慮しすぎないことや伝える・聞く機会を設けること、聴覚障害者が効果的に希望を伝える工夫をすることなどが必要と考えられる。

キーワード:聴覚障害者、コミュニケーション、雇用

1.調査研究の概要

 聴覚障害者、および聴覚障害者と働く健聴者1に対するアンケート調査(以下「聴覚障害者調査」「健聴者調査」と表記)を図表1の通り実施した結果、両者のコミュニケーションが難しいことによって生じるさまざまな問題が明らかになった(水野2014)。その問題を改善するには、企業等(雇用する側)、聴覚障害のある従業員とともに働く健聴の従業員、および聴覚障害のある従業員本人(雇用される側)それぞれの関与が必要と考えられる2(図表2)。

 このうち、聴覚障害者に対する企業等の支援(A1)や健聴者の理解・配慮(B)については、これまで多く言及されている(例えば、水野 2007、2014)。一方、こうした支援や理解・配慮(A1、B)を促すために、聴覚障害者が企業等や周囲の健聴者に説明や情報提供、要望をすること(C)も必要とされている*3。また、聴覚障害者に対する健聴者の理解や配慮(B)を促すためには、聴覚障害者だけでなく企業等からも健聴者に対して情報伝達や啓発を行うこと(A2)が重要と思われる。

 しかし、聴覚障害者や企業等から健聴者への情報伝達(C、A2)がどう行われているか、またどう行われるべきかについては十分な議論がされていない。そこで本稿では、聴覚障害者から健聴者への情報伝達(C)に重点を置き、聴覚障害者自身に関する情報、特に聴覚障害者のコミュニケーション方法に関する希望が健聴者にどのように伝えられているか、また聴覚障害者・健聴者それぞれが希望を伝えること・知ることに対してどのような意識を持っているかを明らかにする。また、健聴者調査にもとづき、企業等から健聴者への情報伝達(A2)の現状も示す。それらにより、聴覚障害者が働く職場におけるコミュニケーションを改善するための健聴者への情報伝達のあり方を検討する。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

2.聴覚障害者調査の結果 ~コミュニケーション方法に関する希望の伝達~

(1)コミュニケーション方法に関する希望の伝達状況

1)伝達した希望の内容
 健聴者と仕事の話をする時や会合(打ち合わせ、会議、研修など)に参加する時に、健聴者にどのようなことをしてほしいか質問した。その結果、図表3の通り「筆談してほしい」(74.8%)をはじめ7項目ではそれぞれ過半数を占めた。

 次に、健聴者にしてほしいことの中で、してほしいと伝えたことを質問したところ、「筆談してほしい」(58.5%)と「口をはっきり動かしてほしい」(51.2%)以外の項目では半数に達しなかった。

 図表3の右には、それぞれのことをしてほしい人に占める、してほしいと伝えた人の割合(伝達率)を示す。伝達率が8割近いのは「筆談してほしい」(78.3%)と「口をはっきり動かしてほしい」(78.8%)である。一方、「手話を覚えて使ってほしい」(38.0%)と「会合に要約筆記者を呼んでほしい」(38.9%)の伝達率は4割に満たない。これらはしてほしいと思っていても伝えない、あるいは伝えにくい事項といえる。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

2)希望伝達の手段・相手
 健聴者に前述のいずれかのことをしてほしいと伝えた111人(「特にない」と答えた人・無回答の人以外)に対し、どのような手段で、誰に伝えたか質問した。希望を伝えた手段は、図表4の通り「口頭で個別に話した」(68.5%)が最も多く、次が「メールで伝えた」(44.1%)となっている。また希望を伝えた相手は、図表5の通り「上司」と「同僚」がそれぞれ8割を超える。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

3)希望伝達の結果
 希望を伝えた結果、コミュニケーションがしやすくなったか質問した。図表6の通り「しやすくなった」(21.6%)と「ややしやすくなった」(56.8%)を合わせると78.4%となる。希望を伝えた聴覚障害者の多くは、その効果を感じていることがわかる。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

4)希望伝達時の工夫、効果的な伝達方法
 希望を伝える時にどのような工夫をしたか、また、どのような伝え方が効果的だと思ったかを自由回答形式で質問した。その結果を、伝える手段・内容・タイミング・姿勢に分類して図表7に示す。

 手段については、口頭だけでなくメールで伝える、勉強会・会議の場で話す、などがあげられた。また、自分のみが伝えるのではなく、健聴者を通すことで理解されやすくなったとの意見もあった。内容については、具体的・簡潔に伝える、自分の希望を満たすことによって職場にもたらされるメリットを伝えることが重視されていた。タイミングについては、採用面接時や配属時、初対面の時など最初の段階で伝える、トラブル発生時に伝える、継続的に少しずつ伝えるといった回答があった。また、自分から健聴者に積極的に伝える姿勢も必要とされた。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

(2)コミュニケーション方法に関する希望を伝えることに対する意識

 聴覚障害者全員に対し、コミュニケーション方法に関する希望を健聴者に伝えることについてどう思うか質問した。図表8の通り「伝えることは大切である」と思う(「そう思う」+「ややそう思う」)人は93.5%と大半を占める。一方、「伝えなくても理解してほしい」と思う人も60.2%いる。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

 希望の伝達をめぐる問題としては「伝え方が難しい」(66.7%)が特に高く、「伝えても理解してもらえない」(58.5%)、「伝えることに遠慮がある」(53.7%)も半数を超える。コミュニケーション方法に関する希望を伝えることの重要性は十分認識している一方で、その難しさを感じている聴覚障害者が多いといえる。

3.健聴者調査の結果 ~聴覚障害者の希望等の認知~

(1)コミュニケーション方法に関する希望を聞くことに対する意識

 前述のように、聴覚障害者調査では、コミュニケーション方法に関する自身の希望を健聴者に伝えることに対する意識を尋ねた。一方、健聴者調査では、聴覚障害者のコミュニケーション方法に関する希望を聞くことなどについてどう思うか質問した。

 その結果を図表9でみると、思う(「そう思う」+「ややそう思う」)と答えた割合は「希望があれば遠慮なく言ってほしい」(84.7%)が最も高く、「どのような希望があるのか言われないとわからない」(64.7%)がこれに続く。また、「こちらからは希望を聞きにくい」(45.8%)、「希望を聞く機会がない」(44.7%)も半数近い。希望を聞く機会がなくこちらからは聞きづらいが、言われないとわからないという気持ちが、遠慮なく言ってほしいという気持ちにつながっていると考えられる。一方、「希望通りにすることは難しい」(31.5%)、「一人の希望を特別扱いすることはできない」(27.5%)、「希望の伝え方が一方的である」(23.7%)といった否定的な意見は比較的少ない。

 次に、これらの項目をさまざまな項目別に分析した結果の中から、特徴的な傾向がみられた「こちらからは希望を聞きにくい」と思う割合について図表10に示す。その割合は聴覚障害者と一緒に働いた期間が長い健聴者ほど高い。長くともに仕事をしていると希望を聞く機会を逸するのかもしれない。また、その人(一緒に働く聴覚障害者)を管理・指導する立場でない場合や、聴覚障害者が50歳以上の場合にもその割合は高い。自分より下の立場でない人や年配の人には希望を聞きにくいと思われる。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

(2)聴覚障害者のコミュニケーション方法に関する希望等の認知状況

 ここでは健聴者調査の結果から、一緒に働く聴覚障害者のコミュニケーション方法に関する希望に加え、その人の聞こえの状況や仕事に対する悩み・意欲、さらには聴覚障害者に関する一般的な知識について、健聴者がどのように知ったか、またどの程度知っており何を知りたいかについて述べる。

1)聴覚障害者の希望等を知った方法
 図表11に示す各項目について、誰かから話を聞いたり何かから情報を得たりしたことがあるか質問した。その結果、どの項目においても「特にない(なかった)」以外では「その人本人から聞いた」割合が最も高く、「一緒に働いている人から聞いた」が続いていた。つまり、一緒に働く聴覚障害者本人から直接的に聞くことが最も多く、次 に周囲の人から間接的に聞くことが多い。「人事担当者から聞いた」割合はいずれも1割に満たない。

 項目ごとにみると、その人(一緒に働く聴覚障害者)の「コミュニケーション方法に関する希望」「仕事の悩みや困りごと」「仕事に対する希望や意欲」については「その人本人から聞いた」が半数弱であり、「特にない(なかった)」は3分の1を超える。

 一方、「聞こえの程度や特性」においては、他の項目に比べて「特にない(なかった)」(16.8%)の割合が低い。聞こえの程度や特性について健聴者が情報を得る機会は比較的多いといえる。

 「聞こえない人・聞こえにくい人に関する一般的な知識」を「その人本人から聞いた」割合は31.9%、「一緒に働いている人から聞いた」割合は19.7%である。それ以外の方法はいずれも5.0%に満たない。つまり、聴覚障害者に関する一般的な知識も、一緒に働く聴覚障害者・健聴者以外から得ることは極めて少ない。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

2)聴覚障害者の希望等の認知度
 前述の事項について、それぞれどの程度知っている(知っていた)か質問した。図表12の通り、「ほとんど知らない(知らなかった)」と「あまり知らない(知らなかった)」を合わせた割合は、その人の「仕事の悩みや困りごと」(47.7%)、「聞こえない人・聞こえにくい人に関する一般的な知識」(42.6%)で比較的高い。

3)聴覚障害者の希望等の認知意向
 前述の事項について、もっと知りたい(知りたかった)か質問した。図表13の通り、知りたいと答えた割合は、その人の「コミュニケーションに関する希望」(33.6%)、「聞こえの程度や特性」(32.1%)がそれぞれ3割強である。この2点については、他の点に比べて知っている健聴者は多いが、もっと知りたい健聴者も多いといえる。

 図表14で回答者(健聴者)の立場別にみると、その人(一緒に働く聴覚障害者)を管理・指導する立場の健聴者はそれ以外の健聴者に比べ、「コミュニケーション方法に関する希望」「仕事の悩みや困りごと」「仕事に対する希望や意欲」をもっと知りたい割合が高い。一方、その人に管理・指導される立場の健聴者は、それ以外の健聴者に比べ「聞こえの程度や特性」を知りたい割合がかなり高い。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

 続いて、もっと知りたい(知りたかった)ことを自由回答形式で具体的に質問した。その結果のうち、前問で知りたい(知りたかった)と回答した割合が比較的高かった「聞こえの程度や特性」と「コミュニケーション方法に関する希望」に関連する回答を図表15に示す。

 これをみると、一緒に働いている聴覚障害者がどの程度聞こえているのか、聞こえやすい声の大きさや高さはどの程度かを知りたい、またそれを知った上で適切なコミュニケーション方法や仕事のやり方を知りたいという回答が多かった。また、情報が確実に伝わったかどうか、どのようなことが理解されていないかを知りたいという意見もあった。

聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性
(画像=第一生命経済研究所)

4.まとめ

(1)聴覚障害者の希望を伝える・聞くことの重要性

 今回の調査では、聴覚障害者の多くが、ともに働く健聴者にコミュニケーション方法に関する希望を伝えることは大切であり、伝えたことによりコミュニケーションがしやすくなったと評価した。また、8割以上の健聴者は、聴覚障害者に希望を遠慮なく言ってほしいとしている。聴覚障害者側は自身の希望を伝える大切さを実感し、健聴者側も伝えてほしがっていることがわかる。

 ただし、半数程度の聴覚障害者は健聴者へ希望を伝えることに遠慮があり、健聴者は自分から聴覚障害者に希望を聞きにくいと感じている。また、希望を伝える機会がないと思う聴覚障害者、聞く機会がないと思う健聴者もそれぞれ約45%いる。お互いが希望を伝えること・聞くことに対して遠慮しすぎないことや、伝える・聞く機会を設けることが、コミュニケーションを良くするためにまずは必要であろう。

(2)希望を伝えるための方法

 一方、半数以上の聴覚障害者は、希望の伝え方が難しい、伝えても理解してもらえないとも思っている。聴覚障害者は、自身の希望を健聴者に効果的に伝えるために、どのような工夫をすればよいのか。伝える手段と内容について回答結果から考察する。

 聴覚障害者調査の結果、希望を伝えるための手段として最も多く使われていたのは口頭だったが、メールなどを通じて文字で伝えるほうがよいという自由回答もあった。どのような伝達手段が適切かは場合によって異なるが、読み返せる形で残すことは有効な手段の一つと考えられる。

 一方、健聴者調査においては、聴覚障害者の聞こえの程度や特性を理解した上で、それに適したコミュニケーション方法を知りたいという自由回答があった。聴覚障害者は健聴者に対して、コミュニケーション方法に関して望むことを伝えるだけでなく、なぜそれを望むのか、それを実践することによって自身や職場全体のどのような問題が改善されると想定するのか、といった点についても具体的に伝えることが重要といえる。

 なお、雇用する側(企業等)が、雇用している聴覚障害者、あるいは聴覚障害者全般に関する情報を、健聴の従業員、特に配属先の上長などに伝えることも、場合によっては必要であろう。そういった情報は、現状では雇用する側から健聴の従業員にはほとんど伝えられていないことが調査で示されたが、どのような方法でどの程度伝えるのが適切かなどについては、今後も引き続き検討すべき課題である。(提供:第一生命経済研究所


【謝辞】
アンケート調査にご協力下さった方々に紙面を借りて心より御礼申し上げます。

【注釈】
*1  本稿では便宜上、身体障害者手帳を持たない難聴者も含めて「聴覚障害者」、それ以外の人を「健聴者」と表記する。

*2  本稿であげた三者以外に、職場外の個人や組織の関与も必要と考えられる。例えば岩山(2013)は「就労支援機関」「聴覚障害者関係団体」の役割について述べている。

*3  石原(2011)は、「セルフアドボカシー」すなわち「社会参加の制約に対処するために必要な具体的支援を障害者自身が理解し、雇用者など周囲の人々に対して効果的に情報を提供する個人の能力」の必要性を指摘している。

【参考文献】
・石原保志,2011,「聴覚障害児者のキャリア発達とセルフアドボカシー」『ろう教育科学』53(1).
・岩山誠,2013,「聴覚障害者の職場定着に向けた取り組みの包括的枠組みに関する考察」『地域政策科学研究』10:1-24.
・水野映子,2007,「聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション」『Life Design Report』(2007年11-12月号).
・水野映子,2014,「聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題」『Life Design Report』(Spring 2014.4).

上席主任研究員 水野 映子
(研究開発室 みずの えいこ)