聴覚障害者と健聴者がともに働く職場では、両者のコミュニケーションが難しいことによりさまざまな問題が生じている。そこで、聴覚障害者、および聴覚障害者と一緒に働いたことがある健聴者を対象にアンケート調査(図表1)を実施し、まずはその問題を把握・整理した*1。本稿では、それぞれの調査の自由回答であげられた、コミュニケーションの改善事例を紹介する。

聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)

<聴覚障害者のコミュニケーションの改善策 ~聴覚障害者調査より~>

 聴覚障害者調査では、回答者(聴覚障害者)自身の工夫や努力、周りの人や会社のサポート・配慮によって職場のコミュニケーションが良くなった例を自由回答形式で尋ねた。回答結果(図表2)に示されたコミュニケーションの改善策は、主に次の2点である。

①コミュニケーション方法の工夫・配慮

 誤解や漏れのない確実なコミュニケーションを行うために、情報を文字にしたり、視覚的に示したりする方法がとられている*2。文字化・視覚化の手段としては、メモ用紙や紙の資料、筆談のための用具(「筆談器」「筆談ボード」)、ホワイトボード、メールやチャットなどの情報通信技術、プロジェクタなどが活用されている。

 また、周囲の健聴者が聴覚障害者から個別に、あるいは社内の勉強会・サークルなどで手話を学ぶことにより、コミュニケーションが円滑になるほか、「仲間が増え」「お互いの距離が縮まる」効果があることも示されている。

②聴覚障害者から健聴者への働きかけ

 聴覚障害者から健聴者に対して「聞こえない」「聞こえづらい」ことを説明し、配慮してほしい事項を伝えることも、コミュニケーションを改善するために重要であることが指摘されている。また、仕事に対する積極性や意欲を示し、信頼を獲得することによって、周囲の理解や協力を得やすくなったという回答もある。

聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)

<職場全体のコミュニケーション改善への波及効果 ~健聴者調査より~>

 聴覚障害者と一緒に働いたことがある健聴者に対しては、聴覚障害者がいることによって職場のコミュニケーションが良くなった例を自由回答形式で尋ねた。回答結果(図表3)は主に次の2点に分けられる。

①健聴者間のコミュニケーション方法も工夫するようになった

 「はっきり」「ゆっくり」「相手の目を見ながら」話すといった話し方そのものの配慮や、「意図が伝わったか」を確認する、「要点を押さえて」説明する、音声以外に「視覚手段」も使うなど情報を確実にわかりやすく伝える工夫を、健聴者間のコミュニケーションにおいても行うようになったという事例が多かった。また、会議の準備や進行の方法が良くなった(例えば「資料が事前に配られる」「議題をはっきり示す」)、話すことだけでなく「聞くこと」もきちんとできるようになったという回答もあった。

②職場の雰囲気が良くなった

 上記のようなコミュニケーション方法の改善により、職場の雰囲気が「穏やか」「和やか」になったり「活気」づいたりした、会話の機会が増えた、「協力」「団結」し合うようになり「意欲も向上」した、互いへの「配慮」「気遣い」ができるようになった、といった事例があげられた。

聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障害者が働く職場における コミュニケーションの改善事例
(画像=第一生命経済研究所)

<聴覚障害者と健聴者がともに働く職場におけるコミュニケーションの改善のために>

 以上の調査結果をまとめ、聴覚障害者・健聴者がともに働く職場におけるコミュニケーションの改善策を検討する。

①聴覚障害者・健聴者間のコミュニケーション方法の工夫と、それを促すための働きかけ

 聴覚障害者調査であげられた、職場のコミュニケーション改善のための工夫のうち、筆談やメールをはじめとする文字化や視覚化は、確実に情報を伝える上で効果的と思われる。また、聴覚障害者が手話を使う場合、その周囲の健聴者が手話を覚えることは、聴覚障害者とのコミュニケーションを円滑にするとともに、心理的距離を縮めるきっかけにもなると期待できる。

 加えて、そういった工夫や配慮、理解を促すための働きかけ、すなわち聴覚障害者から健聴者への情報伝達や積極性の提示などが重要であることも回答結果で示された。聴覚障害者が自身の聞こえの状況や配慮してほしい事項を健聴者に伝える方法などについては、アンケート調査でさらに詳しく尋ねている。その結果は追って報告する。

②職場全体のコミュニケーション改善につながることの認識

 健聴者調査では、聴覚障害者とのコミュニケーション方法の改善を図ったことによって、健聴者間のコミュニケーション方法も改善され、さらに職場の雰囲気も良くなったという事例があげられた。聴覚障害者と健聴者とのコミュニケーションに生じている問題は、健聴者間のコミュニケーションにおいても少なからず生じている場合がある*1ため、その問題を解消することは聴覚障害者・健聴者のどちらにも役立つと考えられる。例えば、誤解や行き違いを防ぐために情報を確実にわかりやすく伝えようとすることは、誰にとっても有用といえる。

 聴覚障害者と健聴者とのコミュニケーションを改善する取り組みが職場全体に良い影響を及ぼす可能性があることを、健聴者・聴覚障害者の双方が認識し、その取り組みを進めることが重要であろう。(提供:第一生命経済研究所
(みずの えいこ 上席主任研究員)

【注釈】
*1 アンケート調査の対象者の抽出条件、回答者の属性、およびコミュニケーションの問題に関する調査結果は以下に記載
水野映子「聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題」『Life Design Report』2014年4月号(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/report/rp1404a.pdf

*2 聴覚障害者の中には文章の読み書きを不得手とする人がいるが、今回のアンケート調査は自記入式であったため、文字によるコミュニケーションに対する抵抗感が比較的小さい聴覚障害者が多く回答した可能性はある

第一生命経済研究所 ライフデザイン研究本部
研究開発室 水野 映子