目次

1.調査研究の概要
2.回答者の特性と職場の状況
3.職場でのコミュニケーションの現状
4.職場でのコミュニケーションに関する問題点
5.職場における支援とそれに対する評価
6.まとめ

要旨

① 聴覚障害者および健聴者に対するアンケート調査を実施し、両者がともに働く職場におけるコミュニケーションの現状と問題点を把握・整理した。

② 聴覚障害者は仕事の時に「情報が他の人より遅れて伝わる」(87.8%)、「自分の意見を言うタイミングがつかめない」(81.3%)という問題を特に感じている。これらの問題は、健聴者が感じるコミュニケーションの問題よりかなり大きい。

③ 聴覚障害者が聞こえない・聞こえにくいために話の内容を十分理解できないことがある割合は、二人以上の健聴者との「打ち合わせや会議」(93.4%)、「雑談」(87.4%)という複数人での会話において特に高い。また、コミュニケーションが難しいために「昇進や昇格が難しい」(78.9%)、「仕事の能力を高めることが難しい」(77.2%)と思う聴覚障害者も多い。

④ 聴覚障害者が打ち合わせ・会議をする時に手話通訳者や要約筆記者が派遣される割合、および社内の研修を受ける時に要約筆記者が派遣される割合は非常に低い。

⑤ 聴覚障害者に対する会社の支援体制が整っていると思う割合は、聴覚障害者・健聴者の双方において低い。また聴覚障害者のうち、職場における健聴者の理解や配慮があると思わない人は、働きやすさや勤続意向に対する評価がかなり低い。雇用する側による支援やコミュニケーションの問題に対する健聴者の認識・理解などが重要と考えられる。

キーワード:コミュニケーション、情報、聾、難聴、雇用

1.調査研究の概要

 近年、企業で働く障害者数は増加している(厚生労働省 2013a)。2013年4月に障害者の法定雇用率*1が引き上げられたことなどを背景に、企業で雇用される障害者は今後さらに増え、障害者の働く環境を整えることの必要性が高まると予想される。

 また、2013年6月には障害者差別解消法が成立、障害者雇用促進法が改正され(ともに一部を除き2016年4月施行)、2014年1月には国連の障害者権利条約が日本で批准された。これにより、雇用の分野においても障害を理由とする差別が禁止され、障害者が働く上での支障を改善するための措置を講じること(合理的配慮の提供)が事業主に義務付けられることとなった。改善すべき対象には、施設や設備といったハード面のみならず、コミュニケーションや情報といったソフト面の支障も含まれる。

 障害者のうち聴覚障害者は音声の情報を得ることが難しく、人によっては話すことや文章の読み書きも不得手であることから、聴覚障害者の職場におけるコミュニケーションにはさまざまな支障が生じていることがこれまでに指摘されてきた。例えば、筆者が実施した聴覚障害者対象のインタビュー調査や企業対象のアンケート調査の自由回答では、職場での会話や会議などさまざまな場面において課題があることや、それが人間関係や仕事の範囲にも影響していることが示されている(水野 2007)。

 しかし、聴覚障害者が働く職場におけるコミュニケーションについて、従業員の側の定量的な調査はこれまであまり行われていない。そこで図表1の通り、企業等で働く聴覚障害者および健聴者*2に対するアンケート調査(以下ではそれぞれを「聴覚障害者調査」「健聴者調査」と表記)を実施した。これらの調査を通じて、聴覚障害者と健聴者がともに働く上でのコミュニケーションに関する問題と、その改善に向けた取り組みの状況を明らかにし、雇用する側である企業等、および雇用される側である健聴者・聴覚障害者それぞれの課題を検討する。まず本稿では、コミュニケーションに関する問題の定量的な把握・整理に主な焦点を当てる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 調査にあたっては、職場におけるコミュニケーションを次の視点で分類した。第1は、情報の受信と発信である。第2は、情報の受信・発信を組み合わせた4つの形態、すなわち一対一で受発信(やり取り)する『対話型』、質疑などを除き主に一人が複数人に発信する『講義型』、複数人で受発信し合う『議論型』、自身は会話に直接加わらないが他の人の会話を聞く(自然に耳に入る場合を含む)『傍聴型』である(図表2)。これらの分類にもとづき調査結果を整理する。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

2.回答者の特性と職場の状況

(1)聴覚障害者調査

 回答者の特性を図表3に示す。本調査の回答者は一般の聴覚障害者(厚生労働省2008a,2013b)に比べ、先天的に、または幼少期から障害があり、聴力が低いなど特徴があるとみられる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

(2)健聴者調査

 回答者、および回答者と一緒に働いたことがある(現在働いている、または以前働いていた)聴覚障害者の特性を図表4に示す。聴覚障害者調査の回答者に比べ、健聴者調査の回答者と一緒に働いたことがある聴覚障害者は、身体障害者手帳を持っていない人や中途失聴者の割合が高い。聴覚障害者調査と健聴者調査はこれらなどの点で違いはあるが、聴覚障害者からみたコミュニケーションの現状や問題点が健聴者と比べてどのような特徴をもつのかを推察するため、いくつかの設問では両調査の結果を比較する。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

3.職場でのコミュニケーションの現状

(1)コミュニケーションの手段

 聴覚障害者に対し、一緒に働く健聴者とコミュニケーションをする時に、図表5に示す手段をそれぞれどの程度使うか尋ねた。使う(「いつも使う」+「ときどき使う」)割合が8割を超えたのは、対面の手段では口話と呼ばれる「読話」「発話」、非対面の手段では「メール」である。

(2)コミュニケーションの頻度

 前述の分類にもとづいてさまざまな形態のコミュニケーションをあげ、それぞれの頻度を聴覚障害者に尋ねた。図表6の通り、『対話型』としてあげた「一対一で仕事の話をすること」、『議論型』としてあげた「雑談をすること」「打ち合わせや会議をすること」を週に1回以上(「1日1回以上」~「週に1回位」)行う割合は、それぞれ92.7%、69.9%、52.8%である。『講義型』としてあげた「研修を受けること」を月に1回以上行う人は8.1%のみであり、34.1%が「全くない」と答えている。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 参考までに、健聴者調査でコミュニケーション頻度を尋ねた結果(図表省略)をみると、回答者が社内の健聴者と一対一で仕事の話、二人以上の健聴者と雑談、打ち合わせや会議を週に1回以上行う割合はそれぞれ96.8%、87.6%、74.4%、社内の研修を月に1回以上受ける割合は51.3%であった。これらと比べると、聴覚障害者が研修を受ける頻度は極めて少なく、打ち合わせや会議、雑談の頻度も少ない。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

4.職場でのコミュニケーションに関する問題点

(1)コミュニケーションの視点別にみた問題点

1)情報の受発信別にみた問題点
 仕事の時のコミュニケーションに関する問題を情報の受発信という視点から分類し、それぞれどの程度あるか聴覚障害者に尋ねた。図表7の通り、ある(「よくある」+「ときどきある」)と答えた割合が特に高いのは「情報が他の人より遅れて伝わる」(87.8%)、「自分の意見を言うタイミングがつかめない」(81.3%)という情報の受信と発信の時間的ずれに関する問題である。後者の問題は、聴覚障害者が会議などでリアルタイムに情報を受信できないために生じると考えられる。発話や文章を書くことが難しいという従来から指摘されている情報発信の問題のほかに、情報受信が困難なことによる情報発信の問題も示されたことになる。受発信する情報の内容のずれに関しては、「自分の出した情報が他の人に間違って伝わる」(44.7%)という発信の問題より、「情報が自分に間違って伝わる」(66.7%)という受信の問題のほうが聴覚障害者にとってかなり大きい。

 聴覚障害者調査の結果と比較するため、健聴者調査においては健聴者間のコミュニケーションに関して同じ問題があるか尋ねた。その結果、ある(「よくある(あった)」+「ときどきある(あった)」)と答えた割合はそれぞれ3割強~4割強となった(図表8)。聴覚障害者と比べると「自分の出した情報が他の人に間違って伝わる」以外の項目の割合はかなり低い。これらのコミュニケーションの問題は健聴者間においても少なからずあるが、聴覚障害者と健聴者との間においてより大きいといえる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 健聴者に対しては、一緒に働いたことがある聴覚障害者(調査票では「その人」と表記)とのコミュニケーションに関する問 題についても尋ねた。その結果(図表9)を健聴者間の問題(前述の図表8)と比べると、「その人との会話がかみ合わない」割合(51.9%)は、他の健聴者との会話がかみ合わない割合(40.3%)より10ポイント以上高い。つまり、健聴者との会話より聴覚障害者との会話にずれを感じている。また、「自分の出した情報がその人に間違って伝わる」割合(50.8%)も、他の健聴者に間違って伝わる割合(40.8%)より10ポイント高い。一方、「その人の出した情報が自に間違って伝わる」割合(43.7%)は、健聴者からの情報が間違って伝わる割合(39.9%)とさほど差がない。聴覚障害者と同じく健聴者も、聴覚障害者が発信した情報を健聴者が受信する過程より、健聴者が発信した情報を聴覚障害者が受信する過程で、ずれが生じやすいと感じていることがわかる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 次に、聴覚障害者からみた問題(図表7)を振り返ると、「自分の意見を言うタイミングがつかめない」割合は81.3%を占めていた。一方、図表9に示す通り健聴者の44.1%は、一緒に働く聴覚障害者が他の人に比べて「意見を積極的に言わない」と思っている。聴覚障害者が意見を“言わない”のではなく“言えない”と感じていることに、気づいてない健聴者がいる可能性がある。

2)コミュニケーションの形態別にみた問題点
 聴覚障害者に対し、図表10にあげる形態のコミュニケーションを行う際に、聞こえないまたは聞こえにくいために話の内容を十分理解できないことがどの程度あるか尋ねた。あると答えた割合は、『議論 型』にあたる「打ち合わせや会議をする時」(93.4%)、「雑談をする時」(87.4%)で特に高い。以前実施した聴覚障害者へのインタビュー調査では、会議が特に困るという意見が多かった(水野 2007)が、そのことが本調査で検証された。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 なお健聴者調査においては、一緒に働いたことがある聴覚障害者が聞こえないまたは聞こえにくいために話の内容を十分理解できないことがどの程度あると思うか尋ねた。図表11の通り、ある(あった)と思う割合は、「一対一で仕事の話をする時」(62.6%)で最も高く、「打ち合わせや会議をする時」(59.9%)、「雑談をする時」(59.7%)が僅差で続いている。すなわち、『対話型』より『議論型』のコミュニケーションのほうが聴覚障害者にとって難しいという認識は、健聴者にはあまりない。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 次に聴覚障害者全員に対して、仕事の時に「研修などの受講をあきらめる」ことがあるか尋ねたところ、55.3%があると答えた(図表12)。研修を受講しても情報を得ることが難しいと想定されるために受講しない・できないと思われる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 また、職場において「健聴者同士が雑談している内容が気になる」ことがあるか尋ねたところ、71.5%の聴覚障害者があると答えた(図表13)。これに比べ、健聴者がある(あった)と答えた割合は29.8%とかなり低い。健聴者が何げなく聞いている雑談の中には有用な情報が含まれることがあるが、聴覚障害者は『議論型』の雑談が難しいことに加え、雑談を自然に耳にすること(『傍聴型』のコミュニケーション)も極めて困難または不可能であるために、その内容が気になると考えられる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

(2)コミュニケーションの難しさによって生じる問題点

 聴覚障害者に対し、仕事の時のコミュニケーションが難しいために、どのような問題があると思うか尋ねた。図表14の通り、思う(「思う」+「ややそう思う」)と答えた割合は、「昇進や昇格が難しい」「仕事の能力を高めることが難しい」「仕事上の人間関係を深めることが難しい」では7割台、他の2項目でも6割台となっている。仕事上のコミュニケーションの難しさにより、さまざまな壁を感じていることがわかる。

 次に、仕事に対する意向を聴覚障害者に尋ねた結果を述べる。図表15の通り「もっと仕事の能力を高めたい」と思う割合(87.0%)が最も高く、「もっと仕事上の人間関係を深めたい」(82.1%)、「もっとやりがいのある仕事をしたい」(81.3%)が続く。

 さらにそれぞれの意向がある(各項目に思うと答えた)人の問題認識(図表15右)をみると、「もっと昇進や昇格をしたい」と思う人で「昇進や昇格が難しい」と思う割合(89.7%)が特に高い。昇進・昇格の意向を持つ聴覚障害者はその難しさを強く感じているといえる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 参考までに、健聴者調査において、聴覚障害者と現在一緒に働いている人に対して同じ質問をした結果(図表省略)をみると、「もっと昇進や昇格をしたい」「もっと仕事の能力を高めたい」「もっと仕事上の人間関係を深めたい」「もっとやりがいのある仕事をしたい」「もっと責任のある仕事をしたい」と思う割合はそれぞれ55.6%、79.3%、66.8%、65.6%、58.9%であり、いずれの割合も聴覚障害者の割合より低かった。聴覚障害者における意向の高さがうかがえる。

5.職場における支援とそれに対する評価

(1)手話通訳者・要約筆記者の会合への派遣頻度

 聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションを円滑にするための方法のひとつとして、手話通訳者や要約筆記者(図表16の注1参照)の職場への派遣がある。そこで聴覚障害者調査では、社内の二人以上の健聴者との打ち合わせや会議、および社内の研修の時に、それぞれ手話通訳者・要約筆記者が社外から来る(派遣される)ことがどの程度あるか尋ねた。図表16の通り、打ち合わせや会議に手話通訳者・要約筆記者が「全く来ない」割合はそれぞれ84.9%・96.2%、研修に要約筆記者が「全く来ない」割合は80.8%であり非常に高い。つまり、打ち合わせや会議への手話通訳者・要約筆記者の派遣や、研修への要約筆記者の派遣はほとんどない。一方、研修に手話通訳者が「全く来ない」割合は48.7%と比較的低く、「ほぼいつも来る」と答えた人も26.9%いる。ただし、そもそも研修を受講していない人や研修の受講をあきらめる人が多いという前述の結果をふまえると、この結果は研修に手話通訳者が派遣される頻度が高いというよりは、派遣されるからこそ受講できる、裏を返せば派遣されなければ受講しにくいと解釈できる。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 手話通訳者より要約筆記者の派遣、研修より会議等への派遣のほうが少ない傾向は、筆者が過去に企業に対して実施した調査(水野 2007)においてもみられた。この傾向は変わっていないことが本調査の結果から示唆された。

(2)職場に対する評価

 聴覚障害者調査においては、現在の職場に対する意識を尋ねた。図表17の通り「健聴者の理解や配慮はある」「自分にとって今の職場は働きやすい」「今の職場で働き続けたい」と思う割合はそれぞれ7割前後を占めている。それらに比べて「会社の支援体制は整っている」と思う割合は40.7%と低い。

 同様に健聴者調査においては、現在(過去に聴覚障害者と一緒に働いていた人に対してはその当時)の職場に対する意識を尋ねた。図表18 の通り「健聴者の理解や配慮はある(あった)」と思う割合は76.7%とかなり高いが、「会社の支援体制は整っている(整っていた)」と思う割合は48.1%と半数に満たない。聴覚障害者・健聴者ともに、健聴者の理解や配慮より会社の支援に対して厳しく評価している。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

 次に、聴覚障害者調査における、会社の支援体制に対する評価別、および健聴者の理解や配慮に対する評価別に、働きやすさ・勤続意向を分析する。図表19の通り、聴覚障害者に対する「会社の支援体制は整っている」「健聴者の理解や配慮はある」と思う人のほうが、それぞれ「自分にとって今の職場は働きやすい」「今の職場で働き続けたい」と思う割合はかなり高い。ただし、会社の支援体制に対する評価より健聴者の理解や配慮に対する評価によるそれらの差のほうが大きい。会社の支援体制以上に健聴者の理解や配慮の有無が、聴覚障害者の働きやすさや勤続意向に影響を及ぼす可能性がある。

聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題
(画像=第一生命経済研究所)

6.まとめ

(1)働く聴覚障害者からみたコミュニケーションに関する問題点

 聴覚障害者調査では、さまざまな視点からコミュニケーションに関する問題を明らかにした。情報の受発信という視点では、情報入手が他の人より遅れる、意見を言うタイミングがつかめないといった時間的なずれや、会話がかみ合わない、情報が間違って伝わるといった内容のずれを聴覚障害者は感じている。情報受発信の時間的なずれは、即時性が求められる職場においては特に大きな支障になりうる。

 コミュニケーションの形態という視点では、『議論型』にあたる複数人での会議・雑談の理解が特に難しい。また『講義型』にあたる研修に関しては、過半数の聴覚障害者が受講をあきらめることがある。このことは、研修を受講しても十分な情報を得られる見込みがないために受講を断念する聴覚障害者が少なくないことを示している。

 これらのコミュニケーションの難しさから生じる問題という視点では、能力向上や昇進・昇格に支障を感じている聴覚障害者が特に多い。職場での日々の会話、会議や研修などへの参加機会の喪失の積み重ねが、聴覚障害者のスキルアップ、キャリアアップの壁につながっているといえる。

(2)問題改善の方向性

 上記の問題を改善するためには、雇用する側である企業等、雇用される側である健聴者および聴覚障害者本人それぞれによる取り組みが必要である。ここでは、主に企業等と健聴者にとっての課題を述べる。

1)聴覚障害者の能力向上・活用のための環境整備
 雇用する側の聴覚障害者に対する支援体制は、聴覚障害者の働きやすさや勤続意向と関係していることが示唆された。しかし支援体制に対する評価は、雇用される側である聴覚障害者・健聴者の双方において低かった。  (1)で述べた現状をふまえると、聴覚障害者が健聴者と等しくスキルアップやキャリアアップの機会を得られ、同じスタートラインに立てる環境を整えることが、雇用する側の大きな課題のひとつといえる。具体的には、聴覚障害者が会議や研修などに真の意味で「参加」できる(その場にいるだけでなく内容を理解し発言もできる)よう、手話通訳者・要約筆記者の社外からの派遣や社内での配置を行うことなどがあげられる。

2)コミュニケーションの問題に対する健聴者の認識・理解の促進
 職場の健聴者の理解は、企業等の支援体制以上に聴覚障害者の働きやすさや勤続意向と関係している可能性が高い。聴覚障害者が働き続けやすい職場づくりのためには、組織としての支援だけでなく、ともに働く健聴者の理解も不可欠である。

 だが健聴者は、聴覚障害者のコミュニケーションに関する問題を十分には理解していない。例えば、多くの聴覚障害者は複数人での会話における内容の理解や発言に困難を感じているが、そのことに健聴者は必ずしも気づいていない。まずはそういった問題を健聴者が認識できるよう促す必要がある。

 一方、聴覚障害者と健聴者との間で生じているコミュニケーションの問題の中には、健聴者間でも生じている問題がある。その問題の改善が職場全体のコミュニケーションの改善につながるという認識をもつことも重要である。

 これらのことへの認識・理解を促すためには、聴覚障害者自身や企業等が健聴者に対し、コミュニケーションに関する問題やその改善策について情報伝達するなどの働きかけを行うことも課題といえる。それに関しては、別稿で改めて述べる予定である。(提供:第一生命経済研究所
(研究開発室 上席主任研究員)

【謝辞】
アンケート調査にご協力下さった方々に紙面を借りて心より御礼申し上げます。

【注釈】
1 障害者雇用促進法にもとづき、事業主は法定雇用率(従業員50人以上の民間企業の場合2.0%)以上の割合で障害者を雇用することが義務づけられている。
2 調査票では「聴覚障害者」という言葉を用いず「聞こえない人、聞こえにくい人」などとしたが、本稿では便宜上、身体障害者手帳を持たない軽・中度難聴者も含めて「聴覚障害者」と表記し、それ以外の人(聞こえる人)を「健聴者」と表記する。

【参考文献】
・厚生労働省,2008a,『平成18年 身体障害児・者実態調査結果』.
・厚生労働省,2008b,「平成20年度 障害者雇用実態調査」.
・厚生労働省,2013a,『平成25年 障害者雇用状況の集計結果』.
・厚生労働省,2013b,『平成23年 生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)結果』.
・高齢・障害者雇用支援機構,2007,『重度障害者(聴覚障害者)の職域開発に関する研究調査Ⅲ』.
・全国手話通訳問題研究会,2010,『聴覚障害者の労働場面における情報保障のあり方の研究事業報告書』.
・全国要約筆記問題研究会,2008,『中途失聴・難聴者等聴覚障害者のコミュニケーションに関する現状把握調査・研究事業報告書』.
・水野映子,2007,「聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション」『Life Design Report』(2007年11-12月号).
・水野映子,2010,「聴覚障害・加齢等による難聴に対する理解」『Life Design Report』(Spring 2010.4).

研究開発室 水野 映子