打ち合わせ・会議の内容を理解できないことがある聴覚障がい者は93%

 第一生命保険株式会社(社長 渡邉 光一郎)のシンクタンク、株式会社第一生命経済研究所(社長 長谷川 公敏)では、聴覚障がい者123 名、および聴覚障がい者と一緒に働く健聴者476 名に対し、職場でのコミュニケーションに関するアンケート調査を実施いたしました。

 そのうち、職場でのコミュニケーションに関する問題についての調査結果がこのほどまとまりましたのでご報告いたします。

≪調査結果のポイント≫

職場でのコミュニケーションに関する問題
● 「情報が他の人より遅れて伝わる」と感じる聴覚障がい者は88%。
● 打ち合わせや会議をする時に、話の内容を理解できないことがある聴覚障がい者は93%。
● 聴覚障がい者の72%は「健聴者同士が雑談している内容が気になる」、55%は「研修などの受講をあきらめる」ことがある。

職場でのコミュニケーションの難しさによって生じる問題
● コミュニケーションが困難なために「昇進や昇格」「仕事の能力を高めること」が難しいと思う聴覚障がい者は約8割。

仕事に関する意向
● もっと「仕事の能力を高めたい」「仕事上の人間関係を深めたい」「やりがいのある仕事をしたい」と思う聴覚障がい者は8割以上。

手話通訳者・要約筆記者の派遣頻度
● 打ち合わせや会議に手話通訳者・要約筆記者が派遣されることはほとんどない。

職場に対する評価
● 聴覚障がい者に対する「会社の支援体制は整っている」と思う割合は、聴覚障がい者本人、健聴者ともに半数未満。
● 自分の職場が聴覚障がい者にとって働きやすいと思う健聴者ほど、自分自身にとっても働きやすいと思っている。

☆本冊子は、当研究所から季刊発行している『ライフデザインレポート』Spring 2014.4などをもとに作成したものです。当該レポートは、下記のホームページにて全文公開しております。

≪調査の実施背景≫

 近年、企業で働く障がい者は増加しており、その就業環境を整えることの必要性は今後さらに高まると予想されます。障がい者のうち聴覚障がい者は、音声の情報の入手が難しいことなどから、職場におけるコミュニケーションにさまざまな支障が生じていることがこれまでにも指摘されてきました。

 そこで、聴覚障がい者と健聴者がともに働く上でのコミュニケーションに関する問題やその改善に向けた取り組みの状況を明らかにするため、企業等で働く聴覚障がい者と健聴者に対するアンケート調査(以下ではそれぞれを「聴覚障がい者調査」「健聴者調査」と表記)を実施しました。今回は、コミュニケーションに関する問題に主な焦点を当てます。

関連レポート

「聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題」2014.4
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/report/rp1404a.pdf
「聴覚障害者が働く職場におけるコミュニケーションの改善事例」2014.4
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/focus/fc1404.pdf
※上記のレポートでは「障害」の表記を用いていますが、本稿では「障がい」と表記します。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)
聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

職場でのコミュニケーションに関する問題①

「情報が他の人より遅れて伝わる」と感じる聴覚障がい者は88%。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 仕事の時のコミュニケーションに関する問題を情報の受発信という視点から分類し、それぞれどの程度あるか聴覚障がい者に尋ねました。

 図表1の通り、ある(「よくある」+「ときどきある」)と答えた割合が特に高いのは「情報が他の人より遅れて伝わる」(87.8%)「自分の意見を言うタイミングがつかめない」(81.3%)という情報の受信と発信の時間的ずれに関する問題です。後者の問題は、聴覚障がい者が会議などでリアルタイムに情報を受信できないために生じると考えられます。

 受発信する情報の内容のずれに関しては、「自分の出した情報が他の人に間違って伝わる」(44.7%)という発信の問題より、「情報が自分に間違って伝わる」(66.7%)という受信の問題のほうが聴覚障がい者にとってかなり大きいです。

 図表は省略しますが、健聴者調査において、健聴者間のコミュニケーションに関して同様の問題があるか尋ねた結果と比べると、「自分の出した情報が他の人に間違って伝わる」以外の項目の割合は聴覚障がい者調査のほうがかなり高いです。これらのコミュニケーションの問題は健聴者間においても少なからずありますが、聴覚障がい者と健聴者との間においてより大きいといえます。

職場でのコミュニケーションに関する問題②

打ち合わせや会議をする時に、話の内容を理解できないことがある聴覚障がい者は93%。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 聴覚障がい者に対し、図表2にあげるコミュニケーションを行う際に、聞こえない、または聞こえにくいために話の内容を十分理解できないことがどの程度あるか尋ねました。

 ある(「よくある」+「ときどきある」)と答えた割合は、「社内の二人以上の健聴者と打ち合わせや会議をする時」(93.4%)、「社内の二人以上の健聴者と雑談をする時」(87.4%)で特に高くなっています。聴覚障がい者にとって複数人での会話の理解は非常に難しいことがわかります。

 また、「社内の研修を受ける時」「社内の健聴者と一対一で仕事の話をする時」にも、それぞれ8割程度の聴覚障がい者が話の内容を十分理解できないことがあると答えています。



職場でのコミュニケーションに関する問題③

聴覚障がい者の72%は「健聴者同士が雑談している内容が気になる」、55%は「研修などの受講をあきらめる」ことがある。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 聴覚障がい者に対して、職場において「健聴者同士が雑談している内容が気になる」ことがあるか尋ねたところ、71.5%がある(「よくある」+「ときどきある」)と答えました(図表3)。健聴者が何げなく聞いている雑談の中には有用な情報が含まれることがありますが、聴覚障がい者は雑談に加わることが難しい上、雑談を自然に耳にすることも極めて困難または不可能であるために、その内容が気になると考えられます。なお、図表は省略しますが、健聴者に対して「他の健聴者同士が雑談している内容が気になる」ことがあるか尋ねたところ、ある(あった)と答えた割合は29.8%であり、聴覚障害者に比べるとかなり低い値でした。

 また、仕事の時に「研修などの受講をあきらめる」ことがあるか尋ねたところ、55.3%があると答えました。研修を受講しても情報を得ることが難しいと想定されるために受講しない・できないと思われます。



職場でのコミュニケーションの難しさによって生じる問題

コミュニケーションが困難なために「昇進や昇格」「仕事の能力を高めること」が難しいと思う聴覚障がい者は約8割。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 聴覚障がい者に対し、仕事の時のコミュニケーションが難しいために、どのような問題があると思うか尋ねました。

 図表4の通り、思う(「思う」+「ややそう思う」)と答えた割合は、「昇進や昇格が難しい」「仕事の能力を高めることが難しい」「仕事上の人間関係を深めることが難しい」では7割台、「やりがいのある仕事ができない」「責任のある仕事が与えられない」では6割台となっています。聴覚障がい者は、コミュニケーションが難しいことにより、さまざまな壁を感じていることがわかります。



仕事に対する意向

もっと「仕事の能力を高めたい」「仕事上の人間関係を深めたい」「やりがいのある仕事をしたい」と思う聴覚障がい者は8割以上。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 聴覚障がい者に対し、仕事に対する意向を尋ねました。

 図表5の通り、思う(「思う」+「ややそう思う」)と答えた割合は、「もっと仕事の能力を高めたい」(87.0%)が最も高く、「もっと仕事上の人間関係を深めたい」(82.1%)、「もっとやりがいのある仕事をしたい」(81.3%)も8割を超えています。

 また、情報受発信に関しては、仕事に関する会話や議論の時に「もっと情報を得たい」と思う割合が89.4%、「もっと意見を言いたい」と思う割合が74.8%でした。

 参考までに、健聴者調査において聴覚障がい者と現在一緒に働いている人に対して同じ質問をした結果(図表右側)と比べると、いずれも聴覚障がい者調査における割合のほうが高くなっています。聴覚障がい者における意向の高さがうかがえます。



手話通訳者・要約筆記者の派遣頻度

打ち合わせや会議に手話通訳者・要約筆記者が派遣されることはほとんどない。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションを円滑にするための方法のひとつとして、手話通訳者や要約筆記者の職場への派遣があります。そこで聴覚障がい者調査では、社内の二人以上の健聴者との打ち合わせや会議、および社内の研修の時に、それぞれ手話通訳者・要約筆記者が社外から来る(派遣される)ことがどの程度あるか尋ねました。

 図表6の通り、打ち合わせや会議に手話通訳者・要約筆記者が「全く来ない」割合はそれぞれ84.9%・96.2%、研修に要約筆記者が「全く来ない」割合は80.8%です。つまり、打ち合わせや会議への手話通訳者・要約筆記者の派遣や、研修への要約筆記者の派遣はほとんどありません。

 一方、研修に手話通訳者が「全く来ない」割合は48.7%と比較的低く、「ほぼいつも来る」と答えた人も26.9%います。ただし、そもそも研修を受講していない人や研修の受講をあきらめる人が多いことをふまえると、この結果は研修に手話通訳者が派遣される頻度が高いというよりは、派遣されるからこそ受講できる、裏を返せば派遣されなければ受講しにくいと解釈できます。



職場に対する評価①

聴覚障がい者に対する「会社の支援体制は整っている」と思う割合は聴覚障がい者本人、健聴者ともに半数未満。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 聴覚障がい者調査においては、現在の職場に対する意識を尋ねました。図表7の通り「聞こえない人・聞こえにくい人に対して健聴者の理解や配慮はある」「自分にとって今の職場は働きやすい」「今の職場で働き続けたい」と思う(「思う」+「ややそう思う」)割合はそれぞれ7割前後を占めます。それらに比べて「聞こえない人・聞こえにくい人に対する会社の支援体制は整っている」と思う割合は40.7%と低くなっています。

 同様に健聴者調査においては、現在(過去に聴覚障がい者と一緒に働いていた人に対してはその当時)の職場に対する意識を尋ねました。図表8の通り「聞こえない人・聞こえにくい人に対して健聴者の理解や配慮はある(あった)」と思う割合は76.7%とかなり高いですが、「聞こえない人・聞こえにくい人に対する会社の支援体制は整っている(整っていた)」と思う割合は48.1%と半数に達していません。

 聴覚障がい者・健聴者ともに、健聴者の理解や配慮より会社の支援に対して厳しく評価しているといえます。

職場に対する評価②

自分の職場が聴覚障がい者にとって働きやすいと思う健聴者ほど自分自身にとっても働きやすいと思っている。

聴覚障がい者と健聴者に聞いた 『聴覚障がい者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
(画像=第一生命経済研究所)

 前頁で紹介した健聴者調査の結果をもとに、聴覚障がい者にとっての働きやすさと健聴者にとっての働きやすさの関係を分析します。図表9は、現在(または聴覚障がい者と働いていた当時)の職場が「聞こえない人・聞こえにくい人にとって働きやすい(働きやすかった)」と思う程度別に、「自分にとって働きやすい(働きやすかった)」と思う程度を示したものです。

 これをみると、自分の職場が聴覚障がい者にとって働きやすいと思う人ほど、自身にとっても働きやすいと思う割合が高くなっています。聴覚障がい者にとって働きやすい職場は、健聴者にとっても働きやすい職場である可能性が高いといえます。

≪研究員のコメント≫

(1)働く聴覚障がい者からみたコミュニケーションに関する問題点

 今回は、聴覚障がい者と健聴者が一緒に働く上で生じるコミュニケーションに関する問題を、さまざまな視点から明らかにしました。

 情報の受発信という視点では、情報入手が他の人より遅れる、意見を言うタイミングがつかめないといった時間的なずれや、会話がかみ合わない、情報が間違って伝わるといった内容のずれを、多くの聴覚障がい者は感じています。

 コミュニケーションの形態という視点では、複数人での会議や雑談の理解が特に困難です。また聴覚障がい者の過半数が研修の受講をあきらめ、約7割が健聴者同士の雑談の内容が気になることがあると答えています。

 これらのコミュニケーションの難しさから派生する問題という視点では、能力向上や昇進・昇格に支障を感じている聴覚障がい者が特に多いです。職場での日々の会話、会議や研修などの機会を得られないことの積み重ねが、聴覚障がい者のスキルアップ、キャリアアップの壁につながっているといえます。

(2)問題改善の方向性

 上記の問題を改善するためには、雇用する側である企業等、雇用される側である健聴者および聴覚障がい者本人それぞれによる取り組みが必要です。

①聴覚障がい者の能力向上・活用のための環境整備
 雇用する側による聴覚障がい者に対する支援体制は、聴覚障がい者の働きやすさや勤続意向と関係していると考えられますが、雇用される側である聴覚障がい者・健聴者はともに支援体制に対して低く評価しています。

 雇用する側の大きな課題のひとつは、聴覚障がい者が健聴者と等しくスキルアップやキャリアアップの機会を得られ、同じスタートラインに立てる環境を整えることといえます。具体的には、聴覚障がい者が会議や研修などに参加できるよう、手話通訳者・要約筆記者の社外からの派遣や社内での配置を行うことなどがあげられます。

②コミュニケーションの問題に対する健聴者の認識・理解の促進
 また、聴覚障がい者が働き続けやすい職場づくりのためには、組織としての支援とともに、健聴者の理解も不可欠です。しかし健聴者は、聴覚障がい者のコミュニケーションに関する問題を十分には理解していません。まずはそういった問題を健聴者が認識できるよう促す必要があります。

 一方、聴覚障がい者と健聴者との間で生じているコミュニケーションの問題の中には、健聴者間でも生じている問題があります。その問題の改善が職場全体のコミュニケーションの改善につながるという認識をもつことも重要です。

 また、これらのことへの認識・理解を促すためには、聴覚障がい者自身や企業等が健聴者に対し、コミュニケーションに関する問題やその改善策について情報伝達するなどの働きかけを行うことも課題となっています。(提供:第一生命経済研究所
(研究開発室 上席主任研究員 水野映子)

㈱第一生命経済研究所 ライフデザイン研究本部
研究開発室 広報担当(津田・新井)
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