<日本の男女の平均的な「ライフサイクル」>

 平成24年版の厚生労働白書には、大正期の1920年(大正9年)、高度成長期の1961年(昭和36年)、直近の2009年(平成21年)という3つの時代における、日本の男女の平均的な「ライフサイクル」が掲載されている(図表1)。これをみると、結婚、子どもの誕生、子どもの結婚や初孫の誕生、夫の引退といったライフイベントを経験する平均的な年齢が、時代とともに大きく変化してきたことがわかる。

 例えば1920年に夫が25.0歳、妻が21.2歳であった結婚年齢は、1961年には27.3歳と24.5歳、2009年には30.4歳と28.6歳にそれぞれ上昇している。また、1920年に夫が61.1歳、妻が61.5歳であった平均寿命は、1961年には72.4歳と73.5歳、2009年には80.8歳と86.6歳にそれぞれ伸びている。これら3つの時代を比較して大正期から現在までの変化をみた場合、平均初婚年齢が上昇して出生する子どもの数が減少したこと、平均寿命が著しく伸びて夫が引退して以降の老後期間が格段に長くなってきていること、などがみてとれるだろう。

何を「標準」とするか
(画像=第一生命経済研究所)

<ライフコースの標準化とその揺らぎ>

 このように、日本の男女の平均的な「ライフサイクル」が時代とともに変化してきた一方で、社会の変化や価値観の多様化を背景に、人々が選ぶ人生の道筋といわれる「ライフコース」も多様化している。例えば、家族形成の面では、かつてに比べて生涯未婚の人(図表2)や子どもをもたない人が増えた。また、バブル崩壊後は、雇用環境や経済情勢も大きく変化しており、家族の支えや雇用の安定性を前提にした人生設計は、次第に困難になっている。

 これらの点について同白書では、日本では戦後の高度経済成長などにより、1960~70年代には「学校卒業後の一斉就職、終身雇用、就職後20代で結婚し、女性は専業主婦となり、結婚後数年間に2人の子どもを生み終えるといったライフコース」が標準化(定型化)したが、非婚・晩婚化や家族形成のあり方の変化、共稼ぎ世帯の増加、正規雇用の減少と非正規雇用の増加といった働き方の変化のなかで、現在そのパターンが揺らいでいると指摘している。確かに、先のようなライフコースを標準とみれば、現在の状況は、標準からの揺らぎということになるのかもしれない。

何を「標準」とするか
(画像=第一生命経済研究所)

<ライフコースの揺らぎと職業能力形成>

 バブル崩壊やリーマンショックなどを経て、社会経済情勢が大きく変わった現在、先のような戦後の「高度経済成長モデル」を標準とするライフコースやその人生設計に、変更や軌道修正を迫られている人も少なからずいると思われる。家族形成の面でいえば、若い世代が子どもをもたない人生を選んだり、結婚した夫婦が子どもの数を減らすことも、そうした環境の変化に対する対処行動の1つだろう。

 ライフコースや人生設計の揺らぎは、人々が仕事に直結する知識・技能を身につけようとする動きにもみることができる。内閣府の『生涯学習に関する世論調査』によれば、直近1年間に何らかの生涯学習を行った人のうち、「現在の仕事や将来の就職・転職などに役立てるため」を理由としてあげた人は25.6%で、7年前(17.0%)に比べて約1.5倍に増えた(図表3)。なお、こうした理由をあげた人はすべての年代で増加しており、もっとも高い20歳代では58.0%を占めるが、増加率に注目した場合、60歳代では約2倍、70歳代では3倍近くに達している。平均的なライフサイクルでは老後期間にあたるこれらの年齢層においても、第二の就活といわれるように、仕事や転職を意識した学習活動を行う人が増えている様子がうかがえる。

何を「標準」とするか
(画像=第一生命経済研究所)

<昭和標準からの転換>

 かつてに比べて老後期間が格段に長くなった現在、人生設計において戦後の「高度経済成長モデル」を標準とするライフコースを想定していても、現役時代に男性1人の収入で妻と子どもの生活を賄った上で、引退後に安定した老後生活を送ることはすでに難しくなっている。今後は夫婦であれば共働きの方が標準となり、長い人生のなかで、年齢や雇用形態にかかわらず、働く時期と学ぶ時期を組み合わせたり、働きながら学び続けることが求められる社会に移行していくだろう。将来的には仕事に関しても、1つの職場や雇用形態に捉われず、複線的な働き方をすることがあたり前になっていくかもしれない。

 家族の支えや雇用の安定性を前提とするライフコースは、いまや多くの人にとって現実的ではなくなってきている。昭和の価値観に捉われた人ほど、いま、人生設計やキャリアデザインにおいて何を標準と捉えるのかの視点を変えていく必要があるだろう。(提供:第一生命経済研究所

研究開発室 北村 安樹子