<出生率は西高東低に>
従来、わが国は東京をはじめとする大都市における合計特殊出生率(以下「出生率」)が低く、地方の出生率が高い構造であった。地方の高い出生率によって、大都市の低い出生率を補うことになり、その結果、これまでわが国は国全体の出生率をある程度の水準に維持することができた。
しかし、いまこの都市と地方の出生率の構造に変化があらわれている。図表1は1990年と2010年の都道府県別の出生率を図示したものである。1990年は、その前年の出生率が1.57になり、それまで最低であった1966年の丙午の年の1.58を初めて下回ったときである。これを契機にわが国は少子化を問題と認識して、対策を打ち始めた。この年の出生率は首都圏と近畿において低く、それ以外の地域で高かった。特に出生率が高かった県は、東北、北陸、中国、九州・沖縄など各地域に散らばっていた。
一方、2010年においては、首都圏と近畿の出生率が低いという点は変わらないが、それ以外の地域の出生率が相当低下している。地域別の出生率の違いもあらわれており、比較的出生率が高いのは九州・沖縄、中国・四国であり、逆に北海道、東北におけるその率は低いという「西高東低」の状況である。地方における出生力水準の低下は、わが国全体の出生率の回復を難しくしかねない。
<地域ごとに異なる子育て環境>
ある程度の地域的まとまりによって出生率が異なるのは、地域ごとに子育て環境が異なるためであると考えられる。このほど内閣府は「都市と地方における子育て環境に関する調査」(2011年)の結果を発表した。この調査では、次のような結果が出ている。まず、親からの子育て支援を多く受けている人ほど、住んでいる地域が子育てをしやすいと思っている。親からの子育て支援は、出生率が低い首都圏、近畿、北海道などで少なく、東北、北陸、中国・四国などで多い傾向がある(図表2)。
また、以下図表は省略するが、住んでいる地域に相談相手が多いほど、子育てしやすいと感じている。これも親からの子育て支援と同様で、首都圏、近畿、北海道などで少ない傾向がある。
さらに、子どもはかけがえのない大切な存在であるなど出産・子育てを重視するような規範意識は、首都圏等で弱く、九州・沖縄などの地方で強い。この規範意識が強い地域の人ほど、欲しい子どもの数 が多い。
このような地域ごとの子育て環境や意識の違いが、地域ごとの出生率の差の背景にあるとみられる。ただし、これだけでは、出生率の地域差が生じる要因を十分に説明することはまだできない。特に東北は、震災前から出生率が全国的にも低い地域になっていたが、親からの子育て支援や出産・子育ての規範意識は強い地域である。
<地方の経済・雇用対策が必要>
現在の出生率に地域差が生じるもう一つの要因は、地域の経済・雇用である。地域の雇用の状況をあらわす指標として完全失業率を取り上げて、これと合計特出生率の関係を分析した結果が図表3である。他県と大きく傾向が異なる沖縄を除外した上で回帰分析を行うと、完全失業率が高い地域ほど出生率が低いという有意な関係があることがわかる。この中で東北の多くの県の完全失業率は全国平均(5.1%) よりも高く、これがこの地域の出生率を引き下げる一因になっている。首都圏や近畿も出生率が低いが、それも雇用の悪化から引き起こされている部分がある。
わが国の経済活動の不振により、90年代以降、全国的に失業率が上昇した。従来、失業率は都市で高く、地方で低いものであり、97年時点では地方の各県には完全失業率が2%台のところも少なくなかった。しかし、現在では地方の完全失業率は都市並に高まった。すなわちこの間に、東北をはじめ地方の雇用の悪化が激しかったのである。完全失業率はあくまでも地域の雇用状況をあらわす指標のひとつである。その率が悪化した地域は、非正規雇用者の増加や正規雇用者の待遇の低下等も併せて起こっていることだろう。背景にあるのは、90年代以降の公共事業の削減や地方企業の活力の低下である。
わが国の2010年の出生率は1.39であり、いまだ人口置換水準である2.07を大きく下回る。少子化から脱出するためには、さらなる出生率の回復が必要である。そのためには、地方の出生率の回復が欠かせない。今後の少子化対策の大きな課題は、低迷する地方の出生率回復である。そのための方向性は、第一に、地方の経済・雇用対策の強化である。第二に、先述したように子育てにおける親族や地域の支えは地方においていまだ強いものであるが、そうした支えを引き続き残していくことが大切である。第三に、従来の少子化対策は保育所の待機児童の多い都市等を中心としたものであったが、今後は多子世帯に対する経済的支援など地方の状況に合った子育て支援を充実させることが課題である。(提供:第一生命経済研究所)
研究開発室 松田 茂樹