<60歳以降の収入源の変化>

 高年齢者雇用安定法の改正や厚生年金の支給開始年齢の引き上げ等を背景に、会社員が収入をともなう仕事から離れる年齢の幅が広がり、60歳以降の働き方が多様化している。

 図表1は、わが国の60歳以上の男女の収入源を年齢階層別にみたものである。これをみると、「仕事による収入」をあげた人は、60~64歳で64.6%、65~69歳で39.9%、70~74歳で26.6%を占め、70歳代前半の約4分の1が何らかの形で「仕事による収入」を得ていることがわかる。

 この調査によると、わが国の60歳以上の男女で「子どもの援助」を収入源とする人の割合は一貫して減少してきたが、「仕事による収入」を得る人の割合は近年再び上昇している(図表省略)。

“リタイア移行期”と、高齢期の居場所
(画像=第一生命経済研究所)

<人生設計の再調整と夫婦の“リタイア移行期”>

 公的年金の減額や支給開始年齢のさらなる引き上げも見込まれるなか、これから高齢期を迎える世代の人生設計では、「仕事による収入」を含めて、60歳以降の収入源をどう確保するかがきわめて重要になる。なかでも、今年から65歳を迎え始める団塊の世代には、若い頃からこうした環境の変化を予測したり、変化に備えた人生設計を行ってきた人が少ないと思われる。換言すれば、これらの環境の変化に応じて、高齢期に向けた人生設計の再調整をすみやかに行う必要があるといえよう。

 例えば、夫が会社員である夫婦の人生設計を考える場合、夫が60歳を迎えて以降、夫婦が収入をともなう仕事から完全に離れる完全リタイアまでの期間が夫婦の“リタイア移行期”となる。夫の年齢がおおむね60~70歳代前半のこの時期に、夫婦がそれぞれ収入をともなう仕事を何歳くらいまで続けるか、どこでどのような働き方をするかなど、リタイア移行期の長さやその間の夫婦の役割分担とともに、夫婦の住む場所や働く場所をどうするかについて、できるだけ早く検討してみる必要がある。

<“リタイア移行期”と老後の居住デザイン>

 夫婦のリタイア移行期は、必然的に夫婦の老後の居住デザインにも深くかかわってくる。なぜなら団塊の世代以降は、その子ども世代で晩婚化が進み、雇用情勢が不安定化している。つまり、夫が60歳を迎えた時点で子どもが新たな家族を形成しているか否か、安定した雇用を得ているか否か、独立した居を構えているか否か、といった点で個人差が大きい。また、親の介護という問題もあるだろう。

 例えば、子どもが自立するまでや親が介護や見守りを必要とする期間は、夫婦が別居して子どもや親と同・近居するなど、家族の居住関係を再編する必要がある。場合によっては、自宅を処分して住宅ローンを清算したり、マンションや賃貸住宅に住み替えるなどして生活空間の縮小をはかる必要が出てくるかもしれない。このような視点でみれば、夫婦のリタイア移行期について考えてみることは、夫婦が“終の住処”をめぐる居住選択に向き合う上で、よい機会になる面もあるだろう。

<高齢夫婦のみ世帯の「地域の居場所」>

 ところで、当研究所が全国の60~74歳の夫婦のみ世帯の男女を対象に実施した調査によると、彼らが地域周辺でよく行く場所や気に入っている場所、思い入れのある場所として最も多くあげたのは「スーパーや百貨店などの商業施設」(52.3%)であった(図表2)。ちなみに、『商業空間』(「商業施設」または「商店街」)をあげた人は57.8%で、大都市居住者に限れば62.8%を占める(図表省略)。

 地域の商業空間は、高齢者にとって、買物のためによく行く、単なる消費の場ではない。地域によっては、住民同士の社交の場でもあり、気に入っている場所や思い入れのある場所として、心理的に重要な意味をもっていることがうかがえる。高齢者が気軽に足を運んだり、多くの時間を過ごすという意味においても、地域における高齢者の重要な居場所になっている可能性がある。

 なお、『緑地』(「公園」または「田んぼや畑、森、林などの緑地」)をあげた人は36.2%、『インフォーマル空間』(「家族・親族の家」または「友人・知人の家」)をあげた人は29.5%であった。彼らにとっては、このような場所もまた、地域の居場所として重要であることがうかがえる。

“リタイア移行期”と、高齢期の居場所
(画像=第一生命経済研究所)

<高齢夫婦のみ世帯の「自宅での居場所」>

 先の調査では、自宅のなかで、特に気に入っている場所や思い入れのある場所についてもたずねている。その結果、最も多くあげられたのは「居間・茶の間・リビング」であり、戸建かマンションかにかかわらず、持家居住者では半数前後を占めた(図表3)。

 ただし、2位以下は住居形態によって異なり、持家の戸建住宅に住む人では「庭」(40.0%)、持家のマンションや持家以外の住宅に住む人では「ベランダ・バルコニー」(26.1%、28.9%)がこれに続いた。「庭」や「ベランダ・バルコニー」は、いずれもプライベートな屋内空間と、外部につながる屋外空間の境界空間であり、自宅のこうした場所に愛着を感じている人が多い点が興味深い。

“リタイア移行期”と、高齢期の居場所
(画像=第一生命経済研究所)

<“リタイア移行期”と、高齢期の居場所>

 最後に、夫婦の“リタイア移行期”と、高齢期の居場所の関連性について、あらためて考えてみたい。先の図表2では、地域によく行く場所や、気に入っている場所、思い入れのある場所がないと答えた人が5.6%みられた。また、図表3では、自宅のなかに特に気に入っている場所や思い入れのある場所がないと答えた人が持家に住む人で1割前後、持家以外の住宅に住む人で4割弱を占めていた。

 これらの結果は、夫婦で暮らしていたり、住む家があっても、地域や自宅に気に入っている場所や思い入れのある場所をもたない人の存在を示している。また、地域や自宅に必ずしも居心地のよさを感じられなかったり、自宅以外にも居場所を増やしたいと感じている高齢者に、地域や社会がどのような形で居心地のよい空間を提供できるのか、という視点の重要性を浮かび上がらせる。

 近年、環境心理学の分野では、高齢者の生活環境を考える上で、物理的な空間としてだけでなく、意識の面でも自分の居場所だと感じられるような場所の重要性が指摘されている(羽生 2008)。夫婦の“リタイア移行期”は、経済面での人生設計においてだけでなく、完全リタイア後の高齢期や夫婦のいずれかが死亡して単独世帯になって以降の居場所をみつける準備期間としても重要である。(提供:第一生命経済研究所

参考文献:羽生和紀,2008,『環境心理学』,サイエンス社.


研究開発室 北村 安樹子