要旨

①男女雇用者に対するアンケート調査を分析すると、ワーク・ライフ・バランス(以下「WLB」)にかかわる制度以外に職場環境のあり方がWLB に強い影響を与えていることが見出された。

②労働時間の長さと並び、一体感のある職場は、従業員のWLB に強く寄与する。そうした職場では、個人を活かしつつ、必要に応じて助け合いや相談をしながら仕事がなされるため、従業員の心身に過度の負荷がかからないものとみられる。

③ 業務を定型化し、仕事の内容を明瞭にすることは、必ずしも従業員のWLB の向上にはつながらない可能性がある。業務を定型化することよりも、働く者の一体感がある職場をつくることの方がWLB 向上になる。

1.職場に目を向ける

 ワーク・ライフ・バランス(以下「WLB」)とは、仕事、家庭生活、個人の生活など様々な活動を、自ら希望するバランスで実施できる状態のことである。2007年には政労使等の代表によって仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章及び行動指針は策定され、国は国民への意識啓発やWLB の普及活動を行ってきた。企業も次世代育成支援対策推進法にもとづく一般事業主行動計画を策定したほか、自主的な取り組みをすすめてきた。

 この間、WLB についてはさまざまな調査研究がなされ、多くの知見がえられてきた。主なものをあげると、まず従業員のニーズに合わせた育児休業や短時間勤務等の具体的な制度整備が必要である(佐藤・武石 2004、的場 2011)。また、WLB を達成するためには、何よりも日本人の長時間労働(小倉 2007)を見直す必要がある。職場においてWLB をすすめるためには、WLB を企業の人材戦略(佐藤 2008)と捉えて推進する必要があり、管理職の意識改革や個人の時間管理術も大切になる。WLB の状態を指標化して、科学的に取り組む方策も提案されている(学習院大学 2008)。個人の取り組みについてみると、WLB を実現するためには、ワーク・ライフ・スキル(前田 2010)を磨くことも大切である。このように、これまでの主な研究を俯瞰すると、当然のことであるが、WLB に直結するような短時間勤務等の制度の導入やその運用等について多く分析されてきている。

 だが、それ以外にも、ふだんの職場環境のようなものもWLB を向上させる鍵を握っている可能性がある。例えば、高村(2011)は、WLB 実現のための業務の改善等を実現する背景に上司と部下の良好なコミュニケーションが必要であることを指摘する。佐藤・武石(2010)は組織内全体のコミュニケーションが問題であるという。また、ストレスの研究によると、能力開発の機会、処遇の納得性、働きがいなどを総合した「職場環境の質」が高いことが、ストレスを軽減のために必要である(松田 2009)。職場ネットワークが緊密であることが、従業員のストレスを下げるという結果もえられている(松田 2003)。良好な職場環境を築くことは、企業が人事管理において日ごろから行っているものである。それがWLB にも寄与する可能性がある。

 以上をふまえて、本稿ではWLB を向上させる職場環境の条件を分析する。具体的な内容は後述するが、職場の特徴、職場のネットワーク、それから従来のWLB 研究で多く扱われてきたWLB の制度と週労働時間が、従業員のWLB 満足度等に与えている影響を分析することで、WLB 推進のために求められる職場環境のあり方を考察する。

2.データ

 使用するデータは、内閣府が公益財団法人日本生産性本部に委託して2010年10~11月に実施した「『ワーク』と『ライフ』の相互作用に関する調査」のデータである。筆者は、この調査を実施するための有識者によるアドバイザリーグループのメンバーであった。本稿の分析にあたり、内閣府仕事と生活の調和推進室から「『ワーク』と『ライフ』の相互作用に関する調査」の集計用データの提供を受けた。調査の詳細は内閣府(2011)において公表されており、そちらを参照されたい。

 本稿で使用したものは、本人と配偶者が20~59歳でかついずれかが有職者である夫婦を対象にした調査のサンプルである。対象者は楽天リサーチモニターの登録者より抽出した夫婦2,500組5,000名であり、郵送によって実施された。有効回収数(率)は男女計で3,973人(79.5%)である。以下では、このうち雇用者である2,373人について分析を行った。

3.就労環境

(1)職場と業務の様子

 まず、職場と業務の様子を尋ねた結果が図表1である。ここでは12項目の質問をしているが、内容は「職場の一体感・納得感」にかかわる項目と「定型的なグループワーク」にかかわる項目に括ることができる*1。

 「職場の一体感・納得感」にかかわる項目について当てはまる(「よく当てはまる」+「まずまず当てはまる」、以下同)割合をみると、7割以上が「必要な情報が共有されている」「職場の人間関係が良い」と答えている。ただし、「職場では、誰もが公平に扱われている」と回答した割合は約6割とやや低い。

 「定型的なグループワーク」にかかわる項目について当てはまる割合をみると、「一つ一つの仕事の内容が明確になっている」は75.9%にのぼる。以下、主なところでは「グループで仕事をする職場だ」(66.2%)、「仕事の進め方がマニュアル化されている」(51.7%)などとなっている。WLB 推進には育児休業や短時間勤務をする従業員の代替者がいることが必要といわれるが、「代わりに仕事をする人が確保されている」割合は約4割と低い。

 「職場の一体感・納得感」と「定型的なグループワーク」のそれぞれにかかわる項目の得点を足して、職場の一体感・納得感の程度をあらわす尺度と定型的なグループワークの程度をあらわす尺度を作成した*2。後章において、これらの尺度を用いて、職場と業務の様子がWLB に影響を与えるものであるか分析する。

職場の一体感とワーク・ライフ・バランス
(画像=第一生命経済研究所)

(2)職場のネットワーク

 職場のコミュニケーションや人間関係はWLB に影響するとみられている。職場のネットワークの様子が図表2である。上司と気軽に話をすることができる人は約半数(「非常に」+「かなり」、以下同)、同僚・部下と気軽に話をすることができる人は約7割である。上司よりも同僚・部下とのコミュニケーションがしやすい傾向がある。一方、困ったときに頼りになる人としては、上司と同僚・部下は4割台前半で同程度である。個人的な問題を相談した場合に話を聞く人については、上司と同僚・部下とも、さらに割合は少ない。

職場の一体感とワーク・ライフ・バランス
(画像=第一生命経済研究所)

(3)WLB 制度

 職場におけるWLB を支える制度の有無を尋ねた結果が図表3である。「制度がある」割合は「連続休暇」が33.6%で最も高く、以下「リフレッシュ休暇」(28.7%)、「ノー残業デー」(25.4%)、「フレックスタイム」(17.6%)となっている。これらの制度は、制度はないが実態として利用が認められているものも含めるとさらに割合は高くなり、連続休暇は約6割、ノー残業デーは約4割の職場で利用可能である。「在宅勤務、サテライトオフィス勤務」については、制度がある企業は少ない。

職場の一体感とワーク・ライフ・バランス
(画像=第一生命経済研究所)

 図表は省略するが、各制度の利用率(会社に制度がない者も含めた割合)をみると、利用したことがある(「何度も利用している」+「たまに利用 したことがある」、以下同)割合は、「連続休暇」は5割、「ノー残業デー」は約3割と高い。利用率については、図表3の項目以外に「子どもの看護休暇」「短時間勤務」「育児休業」「介護休業」についても尋ねている。女性の利用率をみると、「子どもの看護休暇」が10.3%、「短時間勤務」が14.7%、「育児休業」が14.6%である(図表省略)。男性では、これらの利用率は低い。

(4)週労働時間

 週労働時間はWLB と最も密接にかかわる。正社員として残業がない状態である週40時間を目安にすると4分の3の人はその範囲に収まっているが、50時間以上60時間未満は14.3%、60時間以上は7.5%いる(図表省略)。

 平均週労働時間は性別に大きな差があり、男性が46.9時間であるのに対して、女性は29.9時間である(図表省略)。同じく雇用形態別にみると、正規雇用者は46.4時間であるが、非正規雇用者は26.2時間と短い(図表省略)。

4.属性別にみた就労環境の特徴

 以上にあげた就労環境の変数を属性別にクロス集計した結果が図表4である。

 職場の一体感・納得感は、女性よりも男性が高く、非正規雇用者よりも正規雇用者の方が高い。定型的なグループワークは、その逆であり、女性や非正規雇用者で高い。

 職場ネットワークについては、図表2の6項目の得点を足し合わせて職場ネットワークの程度をあらわす尺度を作成した*3。これをみると、女性や若い年代の人で高い。

 WLB 制度については、図表3の各制度があるほど得点が高くなる尺度を作成した*4。これをみると、女性より男性、非正規雇用者より正規雇用者の方がWLB 制度が整っている。ただし、ここであげた制度には、先述のとおり育児休業等は含まれていない。

職場の一体感とワーク・ライフ・バランス
(画像=第一生命経済研究所)

5.WLB への効果

 最後に、以上にみた職場環境の特徴が、従業員のWLB に与える効果の有無を分析した結果が図表5である。WLB を捉える尺度は、①WLB 満足度(「満足している」4点から「満足していない」1点の4段階の尺度)、②ディストレス(「ひどく疲れた」など抑うつを測る18項目の項目の点数を合計した尺度)の2つである。WLB 満足度が高いほど、ディストレスが低いほど、その人のWLB はよいことになる。

職場の一体感とワーク・ライフ・バランス
(画像=第一生命経済研究所)

 最も関係が明瞭なのは、職場の一体感・納得感と週労働時間の効果である。職場の一体感・納得感が高いほど、WLB 満足度は高くなり、ディストレスは低くなっている。週労働時間は、長いほどWLB 満足度は低く、ディストレスは高い。WLB 向上のために、長時間労働の是正は必要である。そこまで強い関係ではないが、職場ネットワークがあるほど、またWLB 制度が整っているほど、WLB はよくなる。

 一方、定型的なグループワークについては、その高低とWLB の良さは関係しない。

 以上の2変量の分析の他に、説明変数を職場環境、統制変数を性、年代、就労形態とし、被説明変数に2つのWLB の尺度をそれぞれ用いた重回帰分析も実施したが、えられた知見は同様であった(図表省略)。

 以上をまとめると、職場環境としてWLB 実現のために大切なのは、特に職場の一体感・納得感と週労働時間であり、続いて職場ネットワークとWLB 制度といえる。

6.一体感のある職場環境づくりを

 従業員のWLB 向上のためには、それに直結するような短時間勤務等の制度の導入やその運用といった職場の取り組みは必要である。だが、本稿の分析結果によると、日ごろの職場のあり方など、一見するとWLB そのものを目的としていないようなことがらが、従業員のWLB の状態に強い影響を与えている。

 中でも、週労働時間の長さと並び、一体感のある職場は、従業員のWLB に強く寄与する。それは必要な情報は共有されており、職場内の人間関係が良好である職場である。職員は公平に扱われ、賃金・処遇には納得性があり、個人の能力を十分に発揮する機会がある。おそらく、こうした職場では、個人を活かしつつ、必要に応じて助け合いや相談をしながら仕事がなされるため、従業員の心身に過度の負荷がかからない。本調査を分析すると、実はこうした職場であるほど、週労働時間も短い(図表省略)。助け合いながら仕事をすることは、業務効率を高めているとみられる。無論、こうした特徴をもつ職場をつくることは、WLB のためのみでなく、企業等の本来業務の遂行のために必要なものである。一体感のある職場が企業等にさらに広がることを期待したい。

 そして、本稿のもう一つの知見は、定型的な業務は必ずしも従業員のWLB につながっていないというものである。巷間、育児休業や短時間勤務等を取りやすくするためには、それを利用する人の分を他の誰かが代替しやすいようにする必要があるという話がある。そのために、個人が行っている仕事の内容を「見える化」して、他の者が内容を把握し、それを代替できるようにすることが大切であるとされる。これは業務の定型化につながる。しかしながら、本稿の知見に照らせば、それは従業員のWLB の向上には必ずしも結びついてはいない。推察であるが、個人の仕事を見える化、定型化することは、逆に個人に機械となるような疎外感を覚えさせ、いつでも他の人に代えられるということで取り組むべき仕事の価値を下げてはいないだろうか。少なくとも、本稿の知見が示唆することは、業務を定型化することよりも、働く者の一体感がある職場をつくることの方がWLB 向上に寄与するということである。(提供:第一生命経済研究所

【注釈】
*1  12項目を因子分析(主因子法・バリマックス回転)すると、この2つの因子が抽出される。なお、本調査には「帰りにくい雰囲気がある」「休暇取得を言い出しにくい」「終業後も多くの人が残る」という項目もあるが、これらは職場環境というよりもWLB に近いため、ここでは省略している。
*2  各項目について「よく当てはまる 」(4点)から「 全く当てはまらない」(1点)と配点して、職場の一体感・納得感と定型的なグループワークに関するものをそれぞれ合計した。
*3  各項目について、「非常に」(4点)から「全くない」(1点)までの点数を与えて、その得点を合計した。
*4  各項目について、「制度がある」(3点)から「制度がなく、実態としても利用は認められていない」(1点)までの点数を与えて、その得点を合計した。

【参考文献】
・小倉一哉,2007,『エンドレス・ワーカーズ―働きすぎ日本人の実像』日本経済新聞出版社.
・学習院大学経済経営研究所,2008,『経営戦略としてのワーク・ライフ・バランス』第一法規.
・佐藤博樹,2008,「企業の人材戦略としてのワーク・ライフ・バランス支援:両立支援と均等促進の同時推進を」佐藤博樹・武石恵美子編『人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』勁草書房.
・佐藤博樹・武石恵美子,2004,『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』中央公論新社.
・佐藤博樹・武石恵美子,2010,『職場のワーク・ライフ・バランス』日本経済新聞出版社.
・高村静,2011,「働く人々のワーク・ライフ・バランスの現状と課題」佐藤博樹・武石恵美子編『ワーク・ライフ・バランスと働き方改革』勁草書房.
・内閣府,2011,『「ワーク」と「ライフ」の相互作用に関する調査報告書』.
・前田信彦,2010,『叢書・現代社会学②仕事と生活』ミネルヴァ書房.
・松田茂樹,2003,「仕事のストレスと職場のネットワーク―緊密な職場ネットワークの力」『Life Design Report』2003.5:4-15.
・松田茂樹,2009,「就労環境とストレスの関係」連合総合生活開発研究所編『生活時間の国際比較―日米仏韓のカップル調査』57-74.
・的場康子,2011,「育児のための短時間勤務制度の現状と課題」『Life Design Report』Autumn 2011.10:4-15.


研究開発室 主席研究員 松田 茂樹