介護保険制度は、高齢者の介護を家族のみが負担するのではなく、社会全体で支えるために2000年に創設された。その後10年余りが過ぎたが、介護の担い手としての家族の負担はあまり軽減されていないようである。さらに、今後ますます要介護者が増えることが見込まれており、介護問題は多くの人が直面する可能性の高いものとなる。
本稿では、正社員として働きながら、親の介護経験がある人を対象に2011年9月~10月に実施したアンケート調査結果から、その経済的、身体的、精神的な負担についての実態を紹介し、今後、誰もが直面する可能性の高い介護問題を乗り切るための課題について考える。
<介護経験後の意識の変化>
親の介護をする前と比べて、介護経験後は、日常の生活や意識面においてどのような変化があったのだろうか。
これについてたずねた結果をみると、全体では「地域の介護サービスのことを知るようになった」(86.2%)、「自分の自由な時間が減った」(82.1%)、「自分が介護が必要になったときのことも考えるようになった」(81.9%)が上位3位であり、8割以上の回答割合となっている(図表1)。親の介護に直面した人の多くは、地域に目を向けるようになり、また自分自身の介護のことにも思いをめぐらせるようになったということだ。
また、第4位は「精神的に疲れるようになった」(79.4%)、第5位は「身体的に疲れるようになった」(71.2%)である。「身体的疲れ」よりも「精神的疲れ」を訴える人の方が多いという回答結果は、介護の精神面での負担の大きさを表しており、その軽減のための支援の必要性を示していると思われる。
ところで、一口に介護経験者といっても、自分が主な担い手である人もいれば、自分以外の誰か、例えば、配偶者や自分の親(要介護者からみて配偶者)が主な介護の担い手である人もいる。介護に対する意識や負担感はそのかかわりの程度によって異なると思われる。そこで、介護の担い手別に回答割合をみると、自分が主な介護の担い手である人は、そうでない人よりも「睡眠時間が減った」「身体的に疲れるようになった」「仕事の時間が減った」「自分の自由な時間が減った」などの項目の割合が高い。働きながら介護をしている人は、自分の自由時間や睡眠時間、さらに仕事の時間を割いて介護に当たっており、身体的な疲労を強く意識していることがわかる。
<介護のためのリフォーム>
以上のような介護の身体的、精神的の負担感の他に、経済的な負担も大きい。次に、介護の経済的負担についてみてみよう。
まず、介護のためのリフォームがある。
介護保険制度利用者で、施設入所以外の在宅介護をしている人(501人)について、介護のためのリフォームの実施状況をみると、リフォームを実施したという人は70.7%、実施していないという人は29.3%であった(図表省略)。多くの人が介護のためのリフォームを実施しているようである。
リフォームを実施した人(354人)を対象に、介護保険による給付を含め、介護のためのリフォームに要した費用をたずねたところ、平均金額は約97万円であった(図表省略)。ただし、費用の分布をみると、「20万円まで」が56.5%で半数以上を占めており、「20万円を超える額から50万円まで」が18.1%、「50万円を超える額」が25.4%となっている。半数以上の人は20万までであるが、約4人に1人である「50万円を超える額」と回答した人が平均金額を引上げているとみられる。
介護のためのリフォームを実施したという人に、その内容をたずねた結果が図表2である。第1位は「①廊下やトイレなどに手すりを設置した」(79.7%)、第2位は「②住宅内の床の段差をなくすためにスロープを設置した」(28.2%)という結果である。これらを含め①から⑤までは介護保険が適用される。
リフォームの工事内容が一定の条件を満たしていれば、1つの家屋につき支給限度基準額の20万円までは費用の1割負担(自己負担額2万円)でリフォームを行うことができる。さらに、要介護度が3段階以上重くなったとき、または転居した場合は再度、この制度を利用することができる。支給方法は原則「償還払い」であり、利用者がいったん費用の全額を支払い、あとから申請すると9割分が利用者に給付される。前述のリフォーム費用の平均金額は、介護保険からの支給を受ける前の金額であり、利用者が一旦償還払いで支払った全額である。
<要介護度別にみた介護にかかる1か月の費用>
次は、介護にかかる1か月の費用についてである。
介護保険制度利用者の介護保険サービスにかかる1か月の費用(以下「介護保険サービス費用」)の平均金額は4万2,854円であった(図表省略)。この金額は、介護保険制度における居宅介護サービスや施設介護サービスの利用料の他、利用する時間帯や地域性、緊急性などによる加算、支給限度額を超えた場合の自己負担などを含むものである。これを要介護度別にみたものが図表3である。
介護保険サービス費用をみると、要介護度が高いほど金額も高い傾向がある。
介護にかかる1か月の費用には、介護保険サービス費用の他に、それ以外の費用もある。実質的に、多くの人は介護にかかる費用として、これらを合算した費用を負担している。本調査では、介護保険サービス費用以外の費用のうち、「移動のための交通費」、「配食サービス費用」、「おむつ代」、「医療費」、「家事代行など介護保険に含まれないサービス利用料」について1か月にかかるおよその金額を回答してもらった。その結果も図表3に示している。
「移動のための交通費」や「配食サービス費用」、「家事代行など介護保険に含まれないサービス利用料」は要介護度との関連性は低いようであるが、「おむつ代」や「医療費」は要介護度が高くなるにつれて費用が高くなる傾向がある。介護保険サービス費用も要介護度が高いほど費用も高くなることから、これらを合わせた金額でみても、要介護度が高いほど費用が高いということが実態のようである。
<要介護者の居住形態別にみた介護にかかる1か月の費用>
他方、介護にかかる費用を要介護者の居住形態別にみたものが図表4である。
要介護者が在宅の場合よりも、施設に入所している場合の方が費用が高い。
施設入所者の方が費用が高いのは、図表4に示したように介護保険サービス費用が高いためであるが、そのことは、施設入所者の方が要介護度が高いという実態とも関係している。図表5をみると、在宅の人は、どの要介護度の人もほぼ15%前後に分布しているが(要支援は1と2の合計)、施設入所者は、要介護4以上の人が約6割を占めている。このように本調査結果からも、要介護度の程度が、費用負担の重さと密接に関わっていることが確認できる。
<介護にかかる費用をまかなっている資金>
これまで介護にかかる費用をみてきたが、こうした費用を介護保険制度利用者はどのような資金でまかなっているのであろうか。この点をたずねた結果、「要介護者(もしくはその配偶者)の公的年金」が83.5%で第1位、次いで「回答者自身(もしくはその配偶者)の就労による収入」が36.3%となっている(図表6)
介護にかかる費用は要介護者自身の公的年金でまかなっているという人が多いものの、回答者自身の就労による収入でまかなっているという人も約4割である。就労し続けることで、親の介護費用を捻出する必要があるという人も少なくないことがわかる。
<仕事と介護との両立支援の拡充が課題>
以上、正社員として働きながら、親の介護経験がある人を対象に実施したアンケート調査から、介護の精神的、身体的、経済的負担をたずねた結果をみてきた。
自分が主な介護の担い手である人は、自分以外が主な介護の担い手である人よりも、自分の自由時間や睡眠時間、仕事の時間が減ったことや、身体的、精神的負担を訴えている人が多く、働きながら主な担い手となって介護をすることの大変さが浮き彫りになった。
また、介護の経済的負担も大きく、その費用を要介護者の公的年金でまかなっている人が8割以上を占めているものの、自分の就労による収入でまかなっているという人も少なくない。介護の経済的負担を考えると、働いていることが必要であろうが、働きながらの介護は精神的、身体的に大きな負担であるという人が多いことが示された。
今後、高齢化の進展とともに要介護者がますます増え、就労の有無、性別を問わず多くの人が介護に直面する可能性が高いことが見込まれる。このような中、働きながら介護をする人の負担の軽減を図り、介護と仕事との両立のための支援策を社会全体で考えることが必要と思われる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究本部 研究開発室 的場 康子 (まとば やすこ 主任研究員)