目次
1.両立支援の転機 2.調査概要 3.両立支援の実施率 4.経営体力による差 5.使われない施策 6.両立支援の効果の検証 7.今後の両立支援の方向性
要旨
① 近年、両立支援の機運の高まりと好景気にともなう企業側の経営的ゆとりを背景に、企業における仕事と生活の両立支援の取り組みは進展した。しかし、リーマンショック後の不況により、企業には経営的体力がなくなり、両立支援の取り組みは転換期を迎えている。
② 2005~10年にかけて企業における実施率が特に高まった両立支援は、育児休業及び育児短時間勤務である。企業は育休及び育休明けの女性社員に対する施策を中心に拡充してきた。
③ 両立支援策の整備は経営的体力のある大企業を中心にすすんできており、企業規模間での両立支援の差は以前よりも拡大した。規模が小さな企業ほど、「経営的な負担が大きい」「両立支援を実施する余裕がない」「事務手続きの手間がかかる」と考えている。
④ 多様な両立支援のメニューが整備されたものの、あまり利用されていないものも少なくない。
⑤ 両立支援は、企業にとって人材の採用・定着に対する効果がある。しかし、両立支援が企業の業績を向上させることはない。
⑥ 今後は、企業の経営的体力に応じた持続可能な両立支援の展開が不可欠である。総花的にメニューを増やすのではなく、優先すべき両立支援に「選択と集中」を行う必要がある。また、両立支援推進の前提として、不断の生産性向上をすすめることが欠かせない。
キーワード:両立支援、ワーク・ライフ・バランス、生産性
1.両立支援の転機
(1)両立支援の進展
近年、企業における仕事と生活の両立支援の取り組みは進展してきた。育児休業や短時間勤務等をすすめる企業は増加した。この背景には次のことがらがあった。
第一に、法律等による後押しがあった。育児・介護休業法が1992年に施行され、その後に改正された。2003年に少子化社会対策基本法および次世代育成支援対策推進法が成立し、企業には従業員の仕事と子育ての両立を支える雇用環境を整備するための行動計画の策定が義務づけられた。また、国は両立支援についての積極的な啓発を行い、充実した取り組みを行う企業を表彰した。「くるみん」という次世代育成支援対策推進法に基づく認定マークを取得した企業は、2010年6月末時点で920社になった。
第二に、少子化による新卒者の減少に加え、団塊世代の大量退職を控えた企業が、人材確保のために女性社員の採用を推進した。各社は女性社員の活用のために、出産・育児に伴う離職者を減少させる必要があり、そのために各社は両立支援をすすめた。労働政策研究・研修機構(2007)の調査によると、企業が両立支援に取り組む理由は、「法で定められている」が85.0%で最も高いものの、次いで「企業の社会的責任を果たす」(72.0%)、「女性従業員の定着率を高める」(63.3%)、などがあげられている。
第三に、2002~07年は好景気であったことや年功序列賃金の見直しによる人件費の低下などで、企業に積極的な両立支援を実施するだけの体力があった。両立支援には直接・間接的に少なからぬコストがかかるため、企業にはそれに耐えうる体力が必要(松田 2007、2008a)だが、この間の好景気はそれを可能にした。
(2)企業を取り巻く環境の変化
しかし、2008年秋のリーマンショック後の深刻な不況により、状況は大きく変わった。世界的不況による消費と生産活動の低迷で、2008年度の実質経済成長率はマイナス3.7%、同2009年度はマイナス1.9%になった。わが国経済はいまだ本格的な回復基調に入っていない。急速な円高がすすみ、株価も低迷している。
こうした変化を受けて、企業の経営姿勢は変わった。藤原ほか(2009)によると、上場企業100社の2006~08年度の経営計画(旧計画)と09年度を初年度とする経営計画(新計画)を比べると、企業は守りの経営へ転換している。経営方針で「事業拡大」をあげた企業は、旧計画では80社弱であったが、新計画では20社弱に減少した。「人件費削減、設備・事業の縮小」と「経費等の削減」をあげた企業の割合は新計画で急増した。特に新計画では製造業の約半数が人員削減や賃金カットをあげている。実際に、多くの企業で人員削減や新卒採用の抑制が実施された。不況により経営的体力がなくなったことに加えて、企業内において人手不足から人手過剰になった。好景気を背景に積極的にすすめられてきた両立支援の取り組みは、転換期を迎えている。
社会全体においては、子育て支援や労働力確保のために両立支援の拡充が必要である状況に変わりはないが、企業の側にはこれまでのような両立支援の積極的拡充を行う余裕はない。現在の状況に合った両立支援のあり方が求められている。
(3)研究課題
本稿では2005年と2010年に実施した調査を分析することにより、企業における仕事と生活の両立支援について以下の点を明らかにする。第一は、近年における各種の両立支援の進展状況である。企業規模による両立支援の差も分析する。第二は、企業が実施する両立支援のメニューは増えたが、それが活用されているか否かという点である。第三は、本調査及び既存研究のレビューにより、これまで指摘されてきた両立支援の効果の有無である。中でも、両立支援が企業業績を向上させる効果の有無を検証する。以上をふまえて、従来すすめられてきた両立支援の特徴と問題点を解明し、今後の両立支援の方向性を提言する。
2.調査概要
使用するデータは、当研究所が行った企業調査「企業における仕事と子育ての両立支援に関するアンケート」と就労女性調査「勤め先の仕事と子育ての両立に関するアンケート」である。企業調査は、2005年9月と2010年9月に上場企業の人事部長を対象に実施した。2005年調査は、従業員数301人以上の全上場企業から無作為抽出した2,000社に調査票を郵送し、113社(5.7%)から回答をえた。2010年調査は、従業員数301人以上の全上場企業である2,100社に調査票を郵送し、109社(5.2%)から回答をえた。就労女性調査は、2010年9月に株式会社クロス・マーケティングに委託して、同社モニターである25~44歳の有配偶者で0~6歳の子どもをもつ女性正社員150人及び女性非正社員150人に対してインターネット調査を行った。
3.両立支援の実施率
(1)実施率の変化
企業調査における育児休業(以下「育休」)から働き方の見直しまでの5分野22項目の両立支援策の実施率が図表1である。2005年から2010年にかけて、多くの両立支援策の実施率は高まった。特に2010年調査において実施率が高いものは、「c)女性の育休取得率70%以上」(79.8%)、「d)短時間勤務制度」(75.2%)、「o)育休や時間外労働・深夜業制限の周知・情報提供・相談」(71.6%)、「r)ノー残業デーの導入等、所定外労働の削減措置」(71.6%)などである。一方、2010年調査においても実施率が低いものには、「i)事業所内託児施設」(3.7%)、「u)テレワークの導入」(3.7%)などがある。
次に、個々の施策を実施している場合は1点、未実施の場合は0点を与えて、分野ごとの得点を合計した。これを各分野(図表1参照)の項目数で割り、1項目あたりの「平均実施度」を算出したものが図表2である。平均実施度が大きく上昇したのは、育休及び育児短時間勤務(以下「育児短時間」)の分野である。両立支援策のうち、特に育休及び育休明けの女性社員に対する施策がすすめられてきたといえる。
(2)今後優先的に実施予定の施策
次に、2010年調査において企業が今後優先的に実施する施策を尋ねた結果が図表1の右列である*1。回答割合が高いのは、「s)年次有給休暇の取得を促進させるための措置」(42.2%)、「r)ノー残業デーの導入等、所定外労働の削減措置」(40.4%)である。これまでは育休及び育休明けの女性社員の両立支援に重点が置かれていたが、今後は幅広い社員にかかわる両立支援の実施意向が高いことが特徴である。
なお、これは育休や育児短時間の施策を既にある程度の水準まで行ったため、次はそれ以外の社員に対する施策を導入するということになったわけではなさそうである。なぜならば、育休や育児短時間の分野の得点が高い企業ほど、今後優先する施策として「s)年次有給休暇の取得を促進させるための措置」や「r)ノー残業デーの導入等、所定外労働の削減措置」をあげているわけではないからである(図表省略)。育休や育児短時間の実施にかかわらず、各社は幅広い社員にかかわる両立支援を優先させようとしている。
4.経営体力による差
(1)企業規模で開く両立支援の差
続いて、企業規模による両立支援の差を分析する。図表1の各項目を実施・達成している項目数を合計して、「両立支援度」という指標を作成した。項目数が多いほど、その企業の両立支援が充実していることになる。資本金別に、この両立支援度を集計した結果が図表3である。過去5年間に資本金の多い企業ほど両立支援度が高まり、資本金の規模別による両立支援度の差は拡大した。過去5年間に資本金が180億円以上の企業では図表1にあげた項目のうち6.6ポイント(7.3項目から13.9項目へ)の整備がすすんだ一方、20億円未満の企業では僅か2項目(4.6項目から6.6項目へ)の整備にとどまっている。
従業員数別に分析すると、過去5年間に2,500人以上の企業において両立支援度は6.9項目から13.9項目へと高まったが、500人未満の企業では4.9項目から6.4項目の変化にとどまる(図表省略)。
以上から、企業における両立支援策の整備はもっぱら大企業を中心にすすんできており、企業規模間での両立支援の差は以前よりも拡大したといえる。
(2)規模が小さいほど経営的に負担
このように企業規模によって両立支援に差が開くのは、経営体力の差のためである。資本金別に両立支援の負担感を尋ねると、規模が小さな企業ほど、「経営的な負担が大きい」「両立支援を実施する余裕がない」「事務手続きの手間がかかる」と回答する傾向がみられる(図表4)。具体的には、「経営的な負担が大きい」と答えた割合は、資本金が180億円以上では20.0%にとどまるが、20億円未満では60.0%にのぼる。経営体力の弱さが両立支援を導入することへの足かせになっている。
5.使われない施策
育児休業法を上回る育休制度を実施している企業が過半数を超えるなど、両立支援の整備がすすんだが、果たして企業が整備した制度は利用されているのだろうか。
2010年の企業調査を集計した結果、「あまり使われないメニューがある」という質問項目に対してあてはまる(「あてはまる」+「どちらかといえばあてはまる」)と回答した企業の割合は64.8%にのぼった。
また、個人調査で利用経験のある両立支援策を尋ねた結果が図表6である。「r)ノー残業デーの導入等、所定外労働の削減措置」と「s)年次有給休暇の取得を促進させるための措置」については個人調査で利用状況を尋ねていないため、勤め先にある割合を記載している。この2項目を除くと、最も利用割合が高い「q)育休後復帰のための業務内容や業務体制の見直し」においても23.3%に過ぎず、いずれも企業が整備している割合よりも大幅に低い。
分野別にみると、「育休」や「産・育休の情報提供と支援」は比較的利用されているが、「子育て支援」については特に利用が低調である。
なお、利用経験は就労形態によって異なり、非正社員の女性の場合、制度がない割合も高いことから利用経験はほとんどない(図表省略)。
6.両立支援の効果の検証
(1)理論的な想定
両立支援が企業にもたらす効果の有無を検証する。佐藤・武石(2008)、学習院大学経済経営研究所(2008)などをふまえると、理論的には主に次の3点が想定される*2。
第一は、主に女性の採用・定着に対する効果である。両立支援を実施することで、それに魅力を感じた新卒者の応募が増え、優秀な人材を確保することが容易になる。また、両立支援により、女性社員の出産・育児に伴う離職率が低下する。
第二に、両立支援により、従業員が家庭生活の事情にわずらわされることなく仕事に集中できるようになるなど、従業員のモチベーションを高める効果が想定される。
第三に、企業業績を向上される効果が想定されている。人材の採用・定着に対する効果、従業員のモチベーションに対する効果、及び両立支援を導入することで業務の無駄が減って効率的になることにより、企業業績が向上する効果が想定されている。
以下では、本調査の分析及び既存研究のレビューによって各効果の有無を検証する。
(2)企業が認識する効果
まず、企業が認識した効果を尋ねた結果が図表7である。両立支援の効果が「あらわれた」と回答した割合は、最も高い「b)社員の退職率が低下した」が36.4%である。残りの項目は、「(効果が)あらわれた」割合が低い。特に、「e)会社の生産性が向上した」は3.7%、「f)製品・商品の売上が増加した」は0.9%に過ぎない。
また、問題は、それらの効果の有無を把握する客観的なデータを、ほとんどの企業が持っていないことである。これでは、「(効果が)あらわれた」と考えていても、それが客観的に裏付けられていないことになる。
(3)人材の採用・定着に対する効果の有無
図表7から、企業が認識した両立支援の効果としては、約3社に1社が退職率の低下をあげていた。では、既存研究の知見はどのようであろうか。内閣府(2006)が企業の人事部門責任者に対して両立支援による長期的な経営的効果をたずねた結果によると、41.2%の企業が「女性従業員の定着率が向上した」と回答している。武石(2008)*3は、両立支援策が新卒採用・中途採用において質・量ともに必要な人材を確保できる効果をもたらすという分析している。松繁(2008)は、両立支援は20歳代前半で採用した大卒正社員の定着率に対しては大きな影響をもたらさないが、両立支援と有給休暇の取得促進は結婚や自己都合による女性従業員の退職を減少させているという。以上から、両立支援は、女性社員の採用や退職率の低下に効果があるといえる。
ただし、両立支援による女性社員の離職率低下は、女性従業員比率の上昇にはつながっていない。「従業員が両立支援策を利用すれば、当面企業としては代替要員の手当てなど一定のコストが発生するようになり、施策を利用する従業員の雇用はコスト増と見なされる可能性がある」(武石 2008:63)からである。両立支援によって女性従業員比率が低下することを指摘した既存研究もある(森田 2003、松繁 2007)。
(4)従業員のモチベーションに対する効果の有無
既存研究をみると、学習院大学経済経営研究所(2008)では両立支援と従業員のモチベーション(子どもや知り合いに就職を薦めたい会社である)や健康度の間に有意な相関があるとされる。天野(2008)によると、男性については人材開発戦略が意欲向上に重要で、両立支援を加味すればさらに効果が高まる。女性の意欲は人材開発に注力するのみでは向上せず、両立支援策を加味した方が向上するという。
ただし、図表7の結果で社員の士気が向上する「(効果が)あらわれた」という企業は16.0%に過ぎない。両立支援は従業員のモチベーション向上に一定程度資するとみられるが、企業がそれを把握できるほど明瞭なものではないようである。
(5)業績向上の効果の有無
両立支援と業績の関係についての既存研究は方法的に、①企業の両立支援と過去の業績との関係を分析する研究、②ある時点における企業の両立支援とその後の企業の業績の関係を分析する研究、の2つに大別される。
このうち、①には坂爪(2002)や『平成17年度厚生労働省委託調査両立支援と企業業績に関する研究会報告書』などがあり、両立支援をする企業の方が業績がよいという結果(例えば、両立支援度が低い企業の1人あたり経常利益は220万円であるのに対して、高い企業は380万円と、約1.7倍高いなど)がえられている。しかし、これらの分析方法は過去における業績がよい企業はその後に両立支援を多く行っているといっているため(松田 2008b)、両立支援が業績に与える影響はわからない。
検証に耐えうるのは②である。阿部・黒澤(2008)では、150社前後のサンプルを分析した結果、1991年度時点において両立支援を多く行っていた企業ほど、1995~2004年度における従業員1人当たりの売上高が高くなっていた。しかし、この分析においては、両立支援が肝心の従業員1人当たりの経常利益を高める効果はみられなかった。
以上をふまえると、既存研究において両立支援が企業業績を向上させるという客観的証拠はえられていない。それでは、本調査ではどのような結果がえられただろうか。
まず、2010年企業調査において、業績と相関すると考えられる「e)会社の生産性が向上した」や「f)製品・商品の売上が増加した」については、「(効果が)あらわれた」と答えた企業はほとんどない。
次に、2005年企業調査に回答した企業のうち、合併等により分析できなくなった企業を除いた85社のサンプルについて、その時点における企業の両立支援とその後の企業の業績の関係を分析した。業績のデータは会社四季報の数値である。図表3で作成した両立支援度の尺度を、「両立支援度高」「両立支援度中」「両立支援度低」のグループに約3分割した。この両立支援度別に、2005年3月期から2010年3月期の従業員1人あたりの経常利益を分析した結果が図表8である。両立支援をする企業ほど従業員1人あたりの経常利益が有意に高いという効果は確認できなかった。
参考までに全規模・全産業(除く金融保険業)の従業員1人あたりの経常利益をみると、2009年3月期以降は減少して、2010年3月期には約80万円になっている。本調査に回答した企業は、全規模・全産業よりも従業員1人あたりの経常利益が総じて高いが、全規模・全産業と同様に近年は業績が低迷した傾向がみられる。
この両立支援度と従業員1人あたりの売上高の関係もみたが、ここでも両立支援をする企業ほど従業員1人あたりの売上高が有意に高いという効果は確認できなかった(図表省略)。
また、2005~2010年の従業員1人あたり経常利益変化率または同売上高変化率を被説明変数、両立支援度を説明変数、資本金、業種を統制変数とした重回帰分析も行ったが、ここでも両立支援度が業績を向上させる効果は確認されなかった(図表省略)。
7.今後の両立支援の方向性
(1)持続可能な両立支援を
2000年代に両立支援の取り組みが広がった背景には、法的な後押しに加えて、世界的な好況により企業側に積極的に両立支援に取り組むことができるだけの経営的体力の存在があった。これまで行ってきた両立支援は、企業にとって人材の採用・定着に効果があった。企業が両立支援を行うためには、その直接的な経費のみならず、人材が定着することによる将来的な総人件費の上昇というかたちで、コスト負担も必要になる。それが可能であったのも、経営的体力があったからである。
ただし、既存研究で言われてきた両立支援を行うことが企業の生産性及び業績を高めるという効果については確認できなかった。
リーマンショック後の世界的な不況のため、わが国の企業の業績は依然として低迷している。こうした中、規模が小さい企業を中心に、「(両立支援を行うことの)経営的な負担が大きい」「両立支援を実施する余裕がない」「事務手続きの手間がかかる」と答えた企業は少なくない。両立支援が将来的な業績を向上させるという確証がない中、今後も従来のように経営的体力に依存した両立支援を拡充していくことは難しいであろう。企業の経営的体力に応じた持続可能な両立支援の展開が不可欠である。
(2)両立支援の「選択と集中」
まず、両立支援の「選択と集中」が求められる。これまで各企業はさまざまな両立支援のメニューを広げてきた。しかし、本調査の結果、3社に2社においてあまり使われていないものがあることが明らかになった。両立支援を行いつつ、導入・運用する負担を軽減するためには、総花的にメニューを整備するのではなく、自社にとって優先的に必要なものに絞って実施することが必要である。
本調査によると、企業は年次有給休暇の取得促進やノー残業デーの導入など幅広い社員にかかわる両立支援を今後優先して実施する意向が強い。改正育休法により育休や育児短時間の水準が上昇した今、次に優先的に実施する施策の候補は、育休や育児短時間を一層拡充することよりも、幅広い社員の両立にかかわる施策になるだろう。
(3)両立支援推進の前提としての生産性向上
また、持続可能な両立支援のためには、生産性向上が必要である。経営的体力が両立支援を行う制約となっているということは、逆にいえば、生産性が高まれば、企業にも両立支援を行う経営的ゆとりがうまれる。また、生産性が向上するということは、同じ業務を短い時間でできることになるため、不用な労働時間の縮減につながるなどこれ自体が両立支援にもなりうる。
なお、既存研究では両立支援を行うことが業務効率化と生産性向上につながるという指摘もあるが、本稿の検証の結果、そのような効果はみられなかった。確証できない効果を期待するよりも、生産性そのものを向上させることの方が王道である。
具体的には、生産・販売・管理・事務等において現在の業務をより短い時間で行うことができるように継続的にカイゼンし、企業業績の向上と不要な労働時間の削減を同時にすすめることである。考えてみれば、これは企業本来の業務のあり方ではないだろうか。これは現在の経営状況においても取り組み可能である。生産性向上をすすめ、それによって不要な労働時間を減らすとともに、そこでうまれた経営的ゆとりをもとに他に必要な両立支援を整備していくことが、今後の両立支援のあり方の方向性になりうるとみられる。(提供:第一生命経済研究所)
【謝辞】 本調査にご回答いただいた皆様に厚く御礼申し上げます。
【注釈】 1 今後優先的に実施する意向のものを3つまで回答した中にあげられた割合。 2 引用した本はワーク・ライフ・バランスについて書かれたものだが、趣旨は本稿で扱っている両立支援と同じである。 *3 本稿で引用した武石(2008)、松繁(2008)、天野(2008)、阿部・黒澤(2008)は、いずれも『平成17年度厚生労働省委託調査両立支援と企業業績に関する研究会報告書』のデータを分析した結果である。
【参考文献】 ・ 阿部正浩・黒澤昌子,2008,「企業業績への影響」佐藤博樹・武石恵美子『人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』勁草書房:119-133. ・ 学習院大学経済経営研究所,2008,『経営戦略としてのワーク・ライフ・バランス』第一法規. ・ 坂爪洋美,2002,「ファミリー・フレンドリー施策と組織のパフォーマンス」『日本労働研究雑誌』(503). ・ 佐藤博樹・武石恵美子,2008,『人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』勁草書房. ・ 内閣府,2006,『企業における子育て支援とその導入効果に関する調査研究報告書』. ・ ニッセイ基礎研究所,2008,『平成17年度厚生労働省委託調査両立支援と企業業績に関する研究会報告書』. ・ 藤原正雄・三好祐子・山中利晃・永幡崇・一上響,2009,「上場企業のキャッシュフローと今後の経営方針-リーマンショック後の経営環境の変化と企業の対応」『日銀レビュー』(2009-J-16):1-6. ・ 松繁寿和,2007 ,「企業内施策が女性従業員の就業に与える効果」『OSIPP Discussion Paper』(DP-2007-J-001). ・ 松繁寿和,2008,「女性大卒正社員の定着への影響」、佐藤博樹・武石恵美子『人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』勁草書房:71-87. ・ 松田茂樹,2007,「企業の次世代育成支援策の実施状況」『Life Design Report』(2007.1-2):16-23. ・ 松田茂樹,2008a,『何が育児を支えるのか』勁草書房. ・ 松田茂樹,2008b,「両立支援は企業の業績を向上させるのか?」『Life Design Report』(2008.1-2):24-26. ・ 森田陽子,2003,「育児休業法と女性労働」橘木俊詔・金子能宏編『企業福祉の制度改革』東洋経済新報社,87-108.
研究開発室 主任研究員 松田 茂樹