ICT(情報通信技術)を活用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を「テレワーク」と呼び、近年、ワーク・ライフ・バランスの実現などのために有効であるとして、政府はその推進に取り組んでいる。

 総務省のホームページによれば、テレワークには、企業に勤務する雇用者が行う「雇用型」と、個人事業者・小規模事業者が行う「自営型」の大きく分けて2つの形態がある(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/18028_01.html )。「雇用型」には、自宅を就業場所とする「在宅勤務」と、サテライトオフィス、テレワークセンター、スポットオフィスなどを就業場所とする「施設利用型勤務」、さらに施設に依存せず、いつでもどこでも仕事が可能な状態な「モバイルワーク」がある。

 本稿では、テレワークの一形態である「在宅勤務」に焦点を当て、最近の動きと推進のための課題を考える。

<在宅勤務者はどのくらいいるか>

 政府は2010年に「新たな情報通信技術戦略」を策定し、その中で「2015年までに在宅型テレワーカーを700万人とする」というテレワークの推進目標を掲げている。この目標は、政府が2007年に策定、2010年に改定した「仕事と生活の調和推進のための行動指針」にも明記されている。

 しかし現状は、国土交通省によると、在宅型テレワーカー数(自宅でテレワークをしている人)は2010年で約320万人である。2008年は約330万人、2009年は約340万人であるので、2010年は前年や前々年よりも減っている。

<在宅勤務へのニーズ>

 しかしながらニーズはある。当研究所が正社員女性(小学生以下の子どもがいる母親)を対象にアンケート調査をした結果によると、勤務先に「在宅勤務・テレワーク」の制度がない人で、「制度があれば利用したい」という人の割合は39.3%であり、「制度があっても利用したくない」の21.1%を上回っている。ただし、「わからない」の割合も39.6%である(図表1)。職種などにより、在宅勤務・テレワークが無理な場合もあることから、答えにくい人もいるのかもしれない。

 また、1日の平均的な通勤時間別にみると、通勤時間が長い人の方が在宅勤務・テレワークの利用意向が高い傾向がある。通勤時間の省略(あるいは短縮)を期待して、在宅勤務・テレワークの利用を望んでいる人が多いことがわかる。

在宅勤務は普及するか
(画像=第一生命経済研究所)

<企業におけるテレワークの導入率は上昇傾向>

 他方、どのくらいの企業がテレワークを導入しているのか。

 企業ベースでのテレワークの導入割合をみると、テレワークの導入率は2005年では7.1%、2007年では10.8%、2009年には19.0%となり、最近発表された2010年のデータでは12.1%であった(図表2)。2009年は新型インフルエンザの流行により一時的に導入率が高まったと考えられるが、時系列でみると緩やかな上昇傾向ではある。

在宅勤務は普及するか
(画像=第一生命経済研究所)

 このようにテレワークの導入企業が徐々に増えつつあっても、前述のように在宅勤務者が減っているのは、勤務先に同制度が導入されていても利用しやすいものではないと思っている人も多いことを示していると思われる。

 実際、当研究所が実施したアンケート調査によれば、様々な両立支援制度がある中で、在宅勤務制度の「利用しやすい」への回答割合が最も低いということのみでなく、他の制度と異なり、「利用しやすくない」の回答割合の方が上回っている(図表3)。

 確かに、業務によっては在宅勤務になじまないものもあることから、勤務先に制度はあっても利用できないという人がいることも理解できる。

 このようなことから、在宅勤務の推進のためには、まずは企業の導入率を高めるとともに、利用のしやすさを確保することが必要である。例えば、各企業において、効率的な業務遂行のために在宅勤務がどのように寄与するのかという視点で、業務ごとに在宅勤務の利用の可否を分類するなどの業務の見直しを行うプロセスが重要となる。在宅勤務になじむ業務で、かつ生産性向上にも寄与するという社内コンセンサスがあることが、従業員にとっての利用のしやすさにつながると思われる。

在宅勤務は普及するか
(画像=第一生命経済研究所)

<テレワークの導入目的>

 以上、在宅勤務・テレワークの利用や導入状況をみてきたが、そもそも、企業のテレワークの導入目的はどのようなところにあるのか。ここで、企業のねらいをみてみると、総務省の調査によれば、2010年末では「定型的業務の効率性(生産性)の向上」(46.3%)、「勤務者の移動時間の短縮」(41.1%)、「非常時(地震、新型インフルエンザ等)の事業継続に備えて」(27.2%)という項目が上位に挙がっている。

 オフィス以外の場所で集中して仕事ができれば生産性の向上も期待できるというように、経営効率を目的としているという回答割合は時系列でみても一貫して高い。これに比べて、勤務者の移動時間の短縮や、非常時の備えとして導入したという割合は2010年調査では前年よりも低下している。前述のように2009年には新型インフルエンザが世界的に流行した。このとき厚生労働省は、感染予防策として企業に対し在宅勤務を勧めており、その影響により導入率が高まった可能性もある(厚生労働省「事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン(改定案)」)。しかしながら、これは一時的な対応であったようで、2010年にはこの項目への回答割合とともに導入率も低下している。

 ワーク・ライフ・バランスや非常時対応として導入しても、結局は、経営効率を目指して実施し、その効果が期待できなければ、継続的に運用することは難しいようだ。

在宅勤務は普及するか
(画像=第一生命経済研究所)

<テレワーク導入にあたっての課題>

 他方、テレワークを導入していない(導入予定もない)企業の導入しない理由をみると、「テレワークに適した仕事がない」(69.8%)が最も多いが、第2位は「情報漏洩が心配だから」(25.5%)である(図表5)。

 前述のように、確かに業務によってはテレワークになじまないものもあるが、テレワークでも効率的に業務が実施できるかどうかという視点で、細かく業務を見直してみることも無駄なことではないと思われる。また、情報セキュリティ面での不安が在宅勤務推進の壁となっているようであるが、後述のように、最近ではセキュリティ環境の構築のための技術革新が進んでおり、セキュリティ面でのハードルが低くなりつつある。

在宅勤務は普及するか
(画像=第一生命経済研究所)

<東日本大震災を機に注目される在宅勤務>

 このように、かつて新型インフルエンザへの対応で在宅勤務が注目されたとはいえ、なかなか企業が導入に踏み切れない状況が続いていた。しかし、東日本大震災を機に再び在宅勤務に対する関心が高まっている。

 震災直後、余震や交通機関の大幅な乱れ等により、社員が出社できなくなる事態に見舞われた企業も多かった。そのため、災害時でも業務を続けることができるように在宅勤務の導入を検討する企業が増えた。

 こうした動きを後押ししているのは、在宅勤務を支援するサービスや情報機器の登場である。例えば、「クラウドコンピューティング」を活用して、社員が自宅のパソコンで社内システムを使えるサービスが注目されている。併せて、自宅のパソコンにデータが残らないようにするなどセキュリティ強化への対応も進んでいる。情報漏洩を防ぐセキュリティ性能が向上した在宅勤務支援サービスの普及により、在宅勤務の導入障壁が低くなると思われる。

 さらに、今夏の電力不足に備え、節電対策が必要とされている。総務省は5月、在宅勤務導入によりオフィス電力削減効果が期待できるとする試算結果を公表した(総務省「テレワーク(在宅勤務)による電力消費量・コスト削減効果の試算について」2011年5月)。併せて同省は、在宅勤務の導入は災害時に企業等が事業を継続するための有効な手段でもあり、今後、多くの企業がBCP(業務継続計画)に在宅勤務を位置付けていくことが重要であるとしている。

 これまで政府は、ワーク・ライフ・バランスの実現のため、「働き方の多様化」が必要であるとして、その推進に努めてきた。しかしながら、情報セキュリティ面などで課題があるとして在宅勤務はなかなか進まなかった。こうした中、大震災により、事業継続のためにはリスク分散が必要であるとして、多くの企業が「働き方の多様化」に目を向けるようになった。IT企業による情報セキュリティ性能が強化された在宅支援サービスの進展もこの動きを後押ししている。さらに、この夏の電力不足に伴う節電対策としても在宅勤務の活用が注目されている。

 東日本大震災からの復興を目指している中、多くの企業は電力需要などの経営環境を考慮し「事業継続」のための現実的な働き方について検討を行っている。こうしたプロセスにおいて、「在宅勤務」も一つの有力な選択肢として注目される環境が整備されつつあるといえる。今後、行政等からの支援により、さらに情報セキュリティ面での不安解消が進めば、政府が掲げている「2015年には在宅型テレワーカーを700万人にする」という目標が、必ずしも実現不可能なものではないかもしれない。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 ライフデザイン研究本部
研究開発室 的場康子
(まとば やすこ 主任研究員)