この度の地震により被災された皆さま、そのご家族・ご関係者の方々に対しまして心よりお見舞い申し上げます。また、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。
第一生命保険株式会社(社長 渡邉 光一郎)のシンクタンク、株式会社第一生命経済研究所(社長 長谷川 公敏)では、上場企業を対象に、標記についてのアンケート調査を実施いたしました。
この程、その調査結果がまとまりましたのでご報告いたします。
≪調査結果のポイント≫
2005~2010 年 両立支援策の実施率の変化 ● 各種の両立支援の実施率が高まる ● 今後は幅広い社員にかかわる両立支援を実施する意向
2005~2010 年 分野別にみた両立支援の平均実施度 ● 特に育休及び育休明けの女性社員に対する施策が実施されてきた
資本金、従業員数による両立支援の差 ● 両立支援策は大企業中心にすすみ、企業規模間での差は拡大
両立支援の負担感 ● 規模が小さい企業ほど「経営的な負担が大きい」「両立支援を実施する余裕がない」
両立支援の利用状況 ● 導入しても「あまり使われないメニューがある」
企業が認識する両立支援の効果 ● 両立支援は、人材を定着させるという効果がある ● 売り上げや生産性に直結すると考えている企業は少ない
業績向上の効果の有無 ● 両立支援が業績を向上させる効果は確認できない
両立支援と生産性向上に対する企業の考え ●約7割の企業が「生産性向上をすすめることで、労働時間を短縮し、社員のワーク・ライフ・バランスを改善させる」
企業が求める支援策 ● 「次世代育成支援が一定水準に達した企業への税制優遇」をあげた企業が62.4%
≪調査の実施背景≫
近年、わが国の企業における仕事と生活の両立支援の取り組みは進展してきました。特に企業が独自に両立支援の拡充を行う計画をつくることを求める次世代育成支援対策推進法が施行された2005 年以後、法定以上の育児休業や短時間勤務を導入する企業も大幅に増加しました。
2002~07 年の好景気により、この時期には企業に積極的な両立支援を実施するだけの体力もありました。しかし、2008 年秋のリーマンショック後の不況により、企業をとりまく環境は一変しました。需要の減少により、企業にとって人材確保よりも人員削減の方が課題になったりもしました。
社会的にみて、少子化対策や来る労働力不足への対処のために、依然として両立支援の拡充が必要である状況に変わりはありません。しかし、個別企業においては、これまでのような両立支援の積極的拡充を行う余裕はなくなってきているようです。現在の状況に合った両立支援のあり方が求められています。
当研究所では、2005 年9月に企業の両立支援の実態を把握する調査を実施しています。今回、同様の調査を2010 年9月に実施して、次の点を把握することを試みました。第一は、過去5年間における企業の両立支援の進展状況です。このとき、企業規模による両立支援の差も明らかにしました。第二に、企業が実施する両立支援のメニューは増えましたが、それが実際に活用されているか否かです。第三に、両立支援が企業にもたらす効果です。
本調査は2005 年と2010 年に実施されたものであるために東日本大震災の影響は含まれていませんが、過去5年間における企業の両立支援の変化方向、企業の経営的体力の弱まり、人材への需要動向など本調査の主要な視点は震災前後で大きく変わるものではないとみられます。
≪調査の実施概要≫
1.企業調査
企業調査は、2005 年9月と2010 年9月に上場企業の人事部長を対象に実施したものです。2005 年調査は、従業員数301 人以上の全上場企業から無作為抽出した2,000 社に調査票を郵送し、113 社から回答をえました。
2010 年調査は、同じく従業員数301 人以上の全上場企業である2,100 社に調査票を郵送し、109 社から回答をえました。
2.個人調査
個人調査は、2010 年9月に株式会社クロス・マーケティングに委託して、同社モニターである25~44 歳の有配偶で0~6歳の子どもをもつ女性正社員150 人及び女性非正社員150 人に対して、インターネット調査を行ったものです。回答者の年齢は、20 代が9.7%、30 代が76.6%、40 代が13.7%です。子ども数は平均1.7 人、末子年齢は平均2.8 歳です。
2005~2010 年 両立支援策の実施率の変化
各種の両立支援の実施率が高まる今後は幅広い社員にかかわる両立支援を実施する意向
育休から働き方の見直しまでの5分野22 項目の両立支援策の両立支援の実施率が図表2です。2005 年から2010 年にかけて、多くの両立支援策の実施率は高まっています。
2010 年調査において実施率が高いものは、「c)女性の育休取得率70%以上」(79.8%)、「d)短時間勤務制度」(75.2%)などです。
2010 年調査において尋ねた企業が今後優先的に実施する施策をみると、「s)年次有給休暇の取得を促進させるための措置」(42.2%)、「r)ノー残業デーの導入等、所定外労働の削減措置」(40.4%)の回答割合が高くなっています。これまでは育休及び育休明けの女性社員の両立支援に重点が置かれていましたが、今後は幅広い社員にかかわる両立支援を実施する意向になっています。
2005~2010 年 分野別にみた両立支援の平均実施度
特に育休及び育休明けの女性社員に対する施策が実施されてきた
分野別にみた両立支援の平均実施度が図表3です。これは図表2の各施策を実施している場合は1点、未実施の場合は0点を与えて、5つの分野ごとの得点を合計したものです。分野ごとに項目数が異なるため、その得点を各分野の項目数で割って、1項目あたりの平均実施度を計算しています。
これをみると、平均実施度が大きく上昇したのは、育休と育児短時間の分野であることがわかります。過去5年間において両立支援策のうち、特に育休及び育休明けの女性社員に対する施策がすすめられてきたといえます。
資本金、従業員数による両立支援の差
両立支援策は大企業中心にすすみ、企業規模間での差は拡大
図表2 の各項目を実施・達成している項目数を合計して、「両立支援度」という指標を作成しました。項目数が多いほど、その企業の両立支援が充実していることをあらわします。
資本金別に両立支援度を集計した結果が図表4です。過去5年間に資本金の多い企業ほど両立支援度が高まり、資本金の規模別による両立支援度の差は拡大しました。具体的には、資本金が180 億円以上の企業では6.6 項目(7.3 項目→13.9 項目)の整備がすすんだ一方、20 億円未満の企業では僅か2項目(4.6 項目→6.6 項目)の整備にとどまっています。
従業員数別にみても、2,500 人以上の企業で両立支援度の伸びが大きいものの、500 人未満の企業では両立支援度の伸びが小さくなっています(図表5)。
企業における両立支援策の整備はもっぱら大企業を中心にすすんできており、企業規模間での両立支援の差は以前よりも拡大したといえます。
両立支援の負担感
規模が小さい企業ほど「経営的な負担が大きい」「両立支援を実施する余裕がない」
資本金別に両立支援の負担感を尋ねると、規模が小さな企業ほど、「経営的な負担が大きい」「両立支援を実施する余裕がない」「事務手続きの手間がかかる」と答えた割合が高くなっています(図表6)。
従業員数別に両立支援の負担感を集計した結果が図7です。資本金別の集計と同様に規模が小さい企業において両立支援の負担感が高いという傾向がみられます。
資本金や従業員数が多いほど、その企業は経営的体力があることになります。この結果は、経営体力の弱さが両立支援を導入することへの足かせになっていることを示唆します。
両立支援の利用状況
導入しても「あまり使われないメニューがある」
2010 年の企業調査では、「あまり使われないメニューがある」という質問項目に対してあてはまる(「あてはまる」+「どちらかといえばあてはまる」)と回答した企業の割合は64.8%にのぼりました(図表8)。
女性正社員と女性非正社員の利用経験のある両立支援策が図表9です。いずれの施策も正社員で利用率が高くなっています。
しかし、女性正社員においても、利用率の高いものと低いものがあります。利用率が高いものは「q)育休後復帰のための業務内容や業務体制の見直し」や「a)育児休業法を上回る育休」などです。
企業が認識する両立支援の効果
両立支援は、人材を定着させるという効果がある売り上げや生産性に直結すると考えている企業は少ない
企業が認識した両立支援の効果が図表10 です。両立支援の効果が「あらわれた」と回答した割合は、最も高い「b)社員の退職率が低下した」が36.4%です。これまで企業が実施してきた両立支援は、人材を定着させるという効果があったといえます。
残りの項目は、「(効果が)あらわれた」割合が低くなっています。特に、「e)会社の生産性が向上した」は3.7%、「f)製品・商品の売上が増加した」は0.9%に過ぎません。両立支援が売り上げや生産性に直結したと考えている企業は少なくなっています。
そうした効果を把握する客観的なデータの有無を尋ねたところ、そうした客観的なデータを持っている企業はほとんどありませんでした。
業績向上の効果の有無
両立支援が業績を向上させる効果は確認できない
次に、2005 年企業調査のデータを用いて、その調査時点における企業の両立支援とその後の企業の業績の関係を分析しました。
使用したのは、2005 年企業調査に回答した企業のうち、合併等により分析できなくなった企業を除いた85 社のサンプルです。図表4で作成した両立支援度の尺度を、「両立支援度高」「両立支援度中」「両立支援度低」のグループに約3分割しました。この両立支援度別に、2005 年3月期から2010 年3月期の従業員1人あたりの経常利益を分析した結果が図表11 です。両立支援をする企業ほど従業員1人あたりの経常利益が有意に高いという効果は確認できませんでした。
参考までに全規模・全産業(除く金融保険業)の従業員1人あたりの経常利益をみると、2009 年3月期以降は減少して、2010 年3月期には約80 万円になっています。本調査に回答した企業は、全規模・全産業よりも従業員1人あたりの経常利益が総じて高くなっていますが、全規模・全産業と同様に近年は業績が低迷した傾向がみられます。
この両立支援度と従業員1人あたりの売上高の関係もみましたが、ここでも両立支援をする企業ほど従業員1人あたりの売上高が有意に高いという結果はみられませんでした。
図表10 と合わせて考えると、両立支援を実施することが、直ちに企業の業績に結びつくものではないようです。経営体力の弱い企業などで両立支援を行うことの負担感が強い背景には、両立支援を行うことが業績向上につながらないという理由もあるとみられます。
両立支援と生産性向上に対する企業の考え
約7割の企業が「生産性向上をすすめることで、労働時間を短縮し、社員のワーク・ライフ・バランスを改善させる」
両立支援と生産性向上に対する企業の考え方を尋ねた結果が図表12 です。ここでは、企業の両立支援と生産性向上の順序関係に対する認識を把握するために、「A生産性向上をすすめることで、労働時間を短縮し、社員のワーク・ライフ・バランスを改善させる」と「B社員の労働時間を短縮するなどしてワーク・ライフ・バランスを改善させ、それによって生産性を向上させる」という2つの意見をあげて、自社がいずれに近いかを回答してもらいました。
その結果、Aの意見に近い(「Aに近い」+「どちらかといえばAに近い」)と答えた割合が69.7%、Bの意見に近い(「Bに近い」+「どちらかといえばBに近い」)と答えた割合が30.3%で、多くの企業はまず生産性向上をすすめて、その結果として従業員のワーク・ライフ・バランスを改善させようと考えていることがわかりました。
資本金と従業員数別に回答傾向の明確な違いはみられませんでした(図表省略)。
企業が求める支援策
「次世代育成支援が一定水準に達した企業への税制優遇」をあげた企業が62.4%
両立支援をすすめるにあたって、企業が公的機関に求めることを尋ねた結果が図表13 です。2005 年に続き、2010 年においても、「次世代育成支援が一定水準に達した企業への税制優遇」をあげた企業が62.4%で最も多く、次いで「次世代育成支援に関する情報提供」(38.5%)などとなっています。先にみたように各種施策を実施するための経営的な負担が大きいと答えた企業は少なくないため、両立支援を行う企業への経済的支援を求める声が多く出されたと考えられます。国が行っている認定制度については、企業側の期待は高くはありませんでした。
≪研究員のコメント≫
(1)持続可能な両立支援を
2005~2010 年にかけて両立支援の取り組みが広がった背景には、法的な後押しに加えて、世界的な好況により企業側に積極的に両立支援に取り組むことができるだけの経営的体力の存在がありました。そして、これまで行ってきた両立支援は、企業にとって人材の採用・定着に効果がありました。
ただし、既存研究で言われてきた、両立支援を行うことが企業の生産性及び業績を高めるという効果は確認できませんでした。
わが国の企業の業績は依然として厳しいものです。こうした中、規模が小さい企業を中心に、「(両立支援を行うことの)経営的な負担が大きい」「両立支援を実施する余裕がない」と答えた企業は多くなっています。両立支援が将来的な業績を向上させるという確証はない中、今後も従来のように経営的体力に依存した両立支援を拡充していくことは難しいでしょう。企業には、経営的体力に応じた持続可能な両立支援の展開が求められています。東日本大震災後、総じて企業の体力は本調査時点よりも低下しており、今後この方向は強まる可能性が高いと考えられます。
(2)両立支援の「選択と集中」
そのためには、まず両立支援の「選択と集中」が必要です。これまで各社はさまざまな両立支援のメニューを広げてきました。しかし、3社に2社においてあまり使われていないものがあります。両立支援を行いつつ、導入・運用する負担を軽減するためには、総花的にメニューを整備するのではなく、自社にとって優先的に必要なものに絞って実施することが必要です。本調査結果をふまえると、育休や育児短時間の水準が上昇した今、次に優先的に実施する施策の候補は、育休や育児短時間を一層拡充することよりも、残業抑制や年次有給休暇の取得促進など幅広い社員の両立にかかわる施策になると考えられます。
今夏は節電のため、連続休暇やサマータイムなどを導入予定の企業もあります。視点を変えてみれば、これらも一部の社員でなく、幅広い社員の仕事と生活の両立に関わる取り組みといえます。
(3)両立支援推進の前提としての生産性向上
持続可能な両立支援のためには、生産性向上が不可欠です。経営的体力が両立支援を行う制約となっているということは、逆にいえば、生産性を高めれば、企業にも両立支援を行う経営的ゆとりはうまれます。震災が経済活動に与えた影響からも、企業が体力頼みの両立支援を続けることは難しいものです。約7割の企業が「生産性向上をすすめることで、労働時間を短縮し、社員のワーク・ライフ・バランスを改善させる」と回答していることからも、今後は地道な生産性向上をすすめて、それによって両立支援やワーク・ライフ・バランスを可能にしていくという方向性になると考えられます。(提供:第一生命経済研究所)
(研究開発室 主任研究員 松田茂樹)
㈱第一生命経済研究所 ライフデザイン研究本部 研究開発室 広報担当(安部・新井) TEL.03-5221-4771 FAX.03-3212-4470 【アドレス】http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi