シンカー:国民の将来への不安は、社会保障の支出の増加に対する財源としての増税が遅れていることではなく、その量と質ともに不足していることが原因であると考えられる。特に、名目GDP比ではなく実額を目安にする財政運営が、国民の将来への不安を増大させるほどに過度に社会保障の支出を抑制していると考えられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

社会保障費は人口動態に大きく左右されるため、景気動向に大きく左右されない恒常的な支出である。

社会保障費(GDP比率)は、65歳以上の人口比率でうまく推計できることがわかっている。

社会保障費=2.95+0.11 65歳以上人口比 -1.48 ダミー(年金国庫負担引き上げ前=1、年金国庫負担引き上げ後=0)、R2= 0.96

2009年4月に年金の国庫負担率が三分の一から二分の一に引き上げられたため、推計には上方への断層がみられる。

2018年度の社会保障費の推計値は6.2%程度(GDP比率)で、実際は5.9%程度と抑制されている。

高齢化により国の社会保障の支出が毎年1兆円程度増えると言われ、毎年の増加幅を抑制する必要があると指摘されることが多い。

しかし、社会保障の支出は、需要の増加を意味し、国内の所得を生む(すべてが海外で使われない限り)と考えられる。

または物価上昇も社会保障費を増加させる。

よって、社会保障の支出の管理は、所得と物価の動きを総合する名目GDPに対する比率でする必要がある。

GDP比率で考えれば、高齢化のペースと比較し社会保障費が抑制されすぎていることが確認でき、国民の将来への不安につながっている可能性がある。

社会保障の支出の増加と増税の関係は、社会保障の支出の増加による需要の増加が、マクロの需要超過にどれほどつながるのかという議論が必要になる。

支出の増加による需要超過が大きいのであれば、需要超過と過度なインフレを抑え、経済を安定させるために歳出の削減や大きな増税が必要になる。

需要超過がそれほどでもなければ、そのような手当ては必要にならず、国の社会保障の支出の増加は経済成長率を押し上げ、所得の増加により民間貯蓄の拡大にもつながることになる。

1兆円の支出の増加に対して1兆円の増税をするという会計的な単純すぎる議論より、高齢化でもしっかりとした成長ができる経済の仕組みとイノベーションを生む活力、そしてその成長により税収を増やす形をつくる議論の方が重要だと考えられる。

その形がしっかりしていれば、潜在成長率が上昇して需要超過になる水準も上昇するので、増税による国民の負担をより小さくすることができ、国内の所得の増加と社会保障の持続性の両立ができる。

消費税率引き上げを含む増税による国民の負担が社会保障の実際の支出の増加より前倒しで大きくなることは、過度な緊縮財政効果となってしまい、過剰貯蓄が総需要を破壊する力となり、デフレ完全脱却を阻害してしまうリスクとなる。

企業の意欲と活動が衰えると、イノベーションと資本ストックの積み上げが困難になり、高齢化に備えるためにもっとも重要な生産性の向上と所得の増加が困難になってしまう。

高齢化でもしっかりとした成長ができる経済の仕組みとイノベーションを生む活力のためには、企業活動を活性化させなければならず、企業心理を改善させるため、デフレを完全脱却することが、社会保障の問題としても最も重要であると考えられる。

所得の増加と社会保障の持続性の両立を中長期的に目指すのであれば、現在は増税ではなく所得の増加を政策として優先する必要があると考える。

より効果的な社会保障の支出のプログラムとシステムを構築することは増税の議論とはまったく関係なく重要であることはいうまでもない。

7月に改定された内閣府の中長期の経済財政に関する試算では、慎重なベースラインシナリオで、団塊世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり社会保障費と医療費が急増するといわれる2027年度でも、民間貯蓄はGDP対比+4.5%と大きく、国際経常収支の黒字が維持されていることが確認できる。

社会保障の支出の増加が、所得の増加につながり、民間貯蓄の高水準が維持されている姿が見える。

2018年9月の日経新聞の世論調査では、自民党総裁選で勝利した安倍首相に期待する政策としては、トップが「社会保障の充実」49%で、「景気回復」45%、「教育の充実」31%が続き、「財政再建」は28%にしかすぎなかった。

国民の将来への不安は、社会保障の支出の増加に対する財源としての増税が遅れていることではなく、その量と質ともに不足していることが原因であると考えられる。

特に、名目GDP比ではなく実額を目安にする財政運営が、国民の将来への不安を増大させるほどに過度に社会保障の支出を抑制していると考えられる。

市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ整備、防災対策、地方創生、そして貧富の格差の是正と貧困の世代連鎖の防止を目的とした社会保障を含む財政支出の増加で、国民の将来への不安を軽減するとともに、デフレ完全脱却への道筋を確かなものにする必要があるだろう。

図)社会保障費と高齢化比率による推計値

社会保障費と高齢化比率による推計値
(画像=財務省、内閣府、SG)

表)内閣府の試算による財政収支、民間貯蓄、国際経常収支、社会保障基金収支(ベースラインケース)

内閣府の試算による財政収支、民間貯蓄、国際経常収支、社会保障基金収支(ベースラインケース)
(画像=内閣府、SG 注:一般政府は社会保障基金も含む)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司