遺産相続をめぐる家族どうしのトラブルを防ぐためには、生前に遺言を作成しておくことが有効です。しかし、遺言を作成するには遺言の形式や相続に関する法律を知っておく必要があります。遺言の内容に不備があると、かえって家族どうしのトラブルを招くこともあります。
内容の不備がない遺言を作成するためには、専門家に依頼することが有効です。この記事では、信託銀行に遺言作成を依頼する「遺言信託」について、そのメリットとデメリットをご紹介します。
1.遺言信託とは
「遺言信託」には、「主に信託銀行が行う遺言の作成と執行に関するサービス」と「遺言による信託」の二つの意味があります。
この記事では「主に信託銀行が行う遺言の作成と執行に関するサービス」としての遺言信託についてご紹介します(遺言信託は都市銀行が行うこともありますが、この記事では信託銀行が行うものとして表記します)。
信託銀行の遺言信託のしくみは下の図のとおりです。手続きの流れを図の番号に沿って解説します。
(1)事前相談
まず、遺言を作成する人(遺言者)が信託銀行に相談します。遺言者は、前もって財産を誰にどのように継がせたいかを考えておきます。
(2)遺言書作成の補助
信託銀行は遺言者の希望をもとに、最適な遺産分割の方法と遺言書の文案を提案します。遺言者が合意すれば、公証人のもと「公正証書遺言」を作成します。公正証書遺言の作成には証人2名が必要ですが、信託銀行の職員が証人を引き受けることもあります。
(3)遺言書の保管
公正証書遺言を作成すると、原本、正本、謄本の3種類の書面ができます。原本は公証役場で保管され、正本を信託銀行が預かります。謄本は遺言者が持ち帰ります。
(4)異動・変更の定期的な照会
遺言書を作成してから遺言者が亡くなるまでの間、信託銀行から遺言の内容・財産・相続人など届出事項に変更がないかどうかの照会があります。遺言者は届出事項に変更があれば、速やかに信託銀行に届け出ます。
(5)相続開始の連絡
遺言者が亡くなれば、近親者などが信託銀行に連絡します。
(6)遺言の執行
信託銀行は遺言執行者として遺言書で定められた事項を実現するために手続きを行い、相続人・受遺者に遺産を分配します。信託銀行のサービス内容によっては、預かっていた公正証書遺言の正本を相続人に渡して業務を終了する場合があります。
2.遺言信託のメリット・デメリット
この章では信託銀行の遺言信託のメリットとデメリットをご紹介します。これらのメリット・デメリットをよく理解して、遺言信託が自身や家族に見合ったものかどうか検討することをおすすめします。
2-1.遺言信託のメリット
遺言信託のメリットには次のようなものがあります。
- 遺言書を作成するときにアドバイスが受けられる
- 遺言の執行を代行してもらえる
- 個人の専門家に比べて長期的なサポートが期待できる
遺言書を作成するには、遺言書の書き方だけでなく相続に関する専門知識も必要です。自分だけで遺言書を作成すると、形式の不備で無効になったり、内容の不備が原因で家族どうしのトラブルを招いたりすることもあります。
公正証書遺言は作成のときに公証人と証人が立ち合いますが、遺言内容のチェックを受けられるわけではありません。信託銀行では、遺言者の希望を実現するために遺言内容をどのようにすればよいかアドバイスが受けられます。
遺言の執行、つまり相続の手続きを代行してもらえる点も遺言信託のメリットです。預貯金の名義変更や不動産の相続登記、相続税の申告など、相続の手続きは多岐にわたります。これらの手続きには数多くの書類をそろえる必要があり、手続きを専門家に任せるメリットは大きいでしょう。
遺言信託と同様の業務は弁護士や司法書士など個人の専門家に依頼することもできますが、個人ゆえの問題点もあります。それは、遺言者が亡くなるよりも先に依頼した専門家が亡くなるケースがあることです。専門家が先に亡くなった場合は、新たに別の専門家を探して遺言の執行を依頼する必要があります。
信託銀行では、遺言書の保管や遺言の執行といった業務に組織として対応するため、担当者が変わることはあっても業務が途切れることはありません。
2-2.遺言信託のデメリット
遺言信託のデメリットとしては、次のような事項があげられます。
- 手数料が高額である
- 子の認知など財産に関するもの以外は引き受けられない
- 訴訟に発展しそうな場合は引き受けられない
遺言信託のデメリットの代表例は高額な手数料です。契約するときや遺言を執行するときなどに手数料が必要で、総額が200万円を超えることも珍しくありません。手数料については、次の項目「3.遺言信託の手数料」で詳しくお伝えします。
遺言でできることが財産・相続に関する事項に限られている点にも注意が必要です。信託銀行が遺言執行者としてできることは財産・相続に関する事項だけで、子の認知、未成年後見人の指定など、身分に関する事項はできません。
相続人どうしで訴訟など法的紛争が起きている場合や、起こることが予想される場合は、信託銀行は遺言執行者にはなれません。法的紛争の解決は別途弁護士に依頼する必要があります。
2-3.遺言信託の利用をおすすめできる人
ここまでお伝えした遺言信託のメリットとデメリットから、次のような人に信託銀行の遺言信託の利用をおすすめします。
- まとまった資産がある人
- 遺言の作成から執行までの手続きを1か所で済ませたい人
- 相続人が少なく争いになる可能性が低い人
3.遺言信託の手数料
遺言信託の手数料は次の業務が行われるつど必要で、総額が200万円を超えることもあります。
- 遺言信託を契約するとき
- 遺言書を保管している間
- 遺言書の内容を変更するとき
- 遺言者が死亡して遺言を執行するとき
手数料の金額は金融機関ごとに異なり、同じ金融機関でも手数料体系が異なる複数のコースを設定している場合があります。下記の表では目安として代表的な手数料の金額をご紹介しますが、契約にあたっては事前に各金融機関に確認してください。
遺言執行の手数料は遺産の額に応じて一定の料率をかけて計算しますが、遺産の額が多いほどその多い部分については料率が低くなります。また、契約した金融機関にある資産については、金額にかかわらず低い料率が適用されます。
遺言書の作成や遺言の執行の手続きにかかる実費は別途請求されます。遺言の執行で司法書士や税理士に依頼した場合の報酬も別途必要です。相続人が多い場合や遺産の数と種類が多い場合は、特別料金を請求されることもあります。
4.遺言信託でトラブルが起きることも
遺言信託は、遺産相続で家族がもめることがないように遺言書を作成して確実に執行するためのサービスです。ただし、遺言信託がもとで家族がもめるケースもあります。
4-1.遺言執行の手数料をめぐるトラブル
「3.遺言信託の手数料」でお伝えしたように、遺言信託ではさまざまな手数料がかかります。そのうち遺言執行の手数料については、相続人が支払うことになります。遺言を執行するということは、遺言者は死亡しているからです。
遺言執行の手数料は100万円を超えることもあり、その分相続する財産が少なくなります。手数料を誰がいくら負担するかをめぐってトラブルになることも考えられます。手数料の負担についても遺言で定めておくとよいでしょう。
4-2.遺言内容をめぐるトラブル
相続人が遺言内容を知らされていなかったことでトラブルに発展することもあります。
遺言内容は遺言者の希望をもとに専門家のアドバイスを受けて作成されますが、その内容に相続人の全員が納得するとは限りません。遺言書を作成するときには、残される家族と遺言内容についてよく話し合っておくことが重要です。
遺言を作成したあとで遺言内容を変更することはできますが、5万円程度の手数料がかかります。最初に遺言書を書くまでに家族との話し合いは済ませておくほうがよいでしょう。
5.類似したサービスとの違い
この章では参考のため、遺言信託のもう一つの意味である「遺言による信託」と、遺言信託と類似したサービスである「遺言代用信託」と「民事信託」をご紹介します。
5-1.遺言による信託
信託業者に財産を信託することを遺言で定めて、相続人や指定した人に長期にわたって安定的に財産を受け継がせることができます。相続人に判断能力がない場合や、浪費が心配な場合に有効な方法です。
遺言による信託については、次の記事も参照してください。
遺言と信託|チェスターNEWS|相続税申告専門の税理士事務所|税理士法人チェスター
5-2.遺言代用信託
遺言代用信託では、被相続人が生前に財産を信託銀行に信託し、信託銀行から相続人に財産が払い出されます。財産を受け取る人は信託契約で定めるため、遺言書を作成する必要はありません。
遺言代用信託も信託銀行で取り扱っていて遺言信託と混同されがちですが、これらは異なるサービスです。
遺言代用信託については、次の記事で詳しく説明しています。
遺言代用信託の4つのメリットと活用方法
5-3.民事信託
民事信託は被相続人の財産を管理する人を家族の中から選ぶことができる信託の形態で、「家族信託」と呼ばれることもあります。遺言では指定できない孫の代までの財産承継も指定できます。
信託銀行などに委託する場合に比べて費用がかからないことから、財産が多くない場合や家族内で財産管理を行いたい場合に利用されます。ただし、信託の形態としては新しいため、実務に精通している専門家が少ないのが現状です。
6.まとめ
ここまで、信託銀行が提供する遺言信託サービスについて詳しくお伝えしました。信託銀行の遺言信託を利用するのがふさわしい人としては、まとまった資産があって手続きを1か所で済ませたい人などがあげられます。
遺言信託を利用する場合は、契約内容とメリット、デメリットを理解したうえで契約することをおすすめします。また、遺言信託がトラブルを生まないように、契約内容や遺言の内容について家族とも話し合っておくとよいでしょう。
(提供:税理士が教える相続税の知識)