要旨

① 首都圏に居住し、夫婦がともに民間企業の正社員である既婚男女800名を対象に、共働きを続けながら子育てをしやすくするための住み替えや、今後の住宅購入についての意向をたずねるアンケート調査を行った。

② 持家・賃貸にかかわらず、子どもがいる世帯の4割弱が、共働きを続けながら子育てをしやすくするために、自分や親の住み替えを検討した経験をもつ。こうした住み替えで重視される条件は、夫婦の労働時間や妻の親の居住地によって大きく異なっている。

③ 住宅の購入意向をもつ世帯は、持家に居住する世帯で30.2%、賃貸住宅に居住する世帯で78.3%を占める。持家世帯では子どもがいる世帯の方が、子どものいない世帯に比べて購入意向をもつ割合が高い。家族形成や子どもの成長は、こうした世帯の居住移動や住宅の二次取得を促すと考えられる。

④ 一方、現在賃貸住宅に居住し、住宅の購入意向をもたない世帯では、その理由として「家族やライフスタイルの変化に合わせて住み替えたいから」をあげる割合が41.9%を占める。賃貸住宅居住世帯におけるこのような住み替え志向は、世帯年収が高く、金融資産が多い層でとりわけ顕著にみられる。

1.はじめに

 経済情勢の見通しに依然として不透明感が漂うなか、人々にとって、「家族形成」や「居住選択」をめぐるライフデザインの重要性が増している。とりわけ家族形成の意向をもつ若い世代にとって、出産・子育てと夫婦共働きの両立を図れるような住まいや居住地の選択は、資産形成という側面に加えて、共働きの継続や生活基盤の確保といった側面を含めた、生活設計上の重要なテーマになりつつある。

 このようななか、当研究所では首都圏に居住し、夫婦がともに民間企業の正社員である既婚男女800名を対象に、共働きを続けながら子育てをしやすくするための住み替えや、今後の住宅購入の意向をたずねるアンケート調査を行った。調査の概要は図表1の通りである。調査は株式会社クロス・マーケティングに委託し、インターネットを用いて実施した。

 本稿ではこのうち、親と同居する人を除く、770名を分析対象としている。回答者の平均年齢は、持家に居住する世帯については夫が37.9歳、妻が36.3歳、賃貸住宅に居住する世帯については夫が36.2歳、妻が34.5歳であるが、両者の夫婦の年齢構成に統計的に有意な差はない。なお、別稿の北村(2010)では、本調査データに基づいて夫婦の通勤・労働時間と家族形成、および現居住地の選択理由との関連性を分析しているのであわせて参照されたい。

フルタイム共働世帯の両立戦略と住み替え
(画像=第一生命経済研究所)

2.子どもがいる世帯の両立戦略と住み替え

(1)子どもがいる世帯の両立戦略

 今回の調査では、地域の保育施設や勤務先の子育て支援制度の利用、住宅の購入や住み替え、転職や家事・育児の外部化等に関するさまざまな項目を提示し、共働きを続けながら子育てをしやすくするための手段として検討したことがあること(以下「両立戦略」)を複数回答でたずねた。ここでは、子どもがいる世帯の回答結果をみる。

 まず、いずれの項目も「検討したことはない」と答えた人は8.7%となっている(図表2)。子どもがいるフルタイム共働世帯の多くが、共働きを続けながら子育てをしやすくするために、多様な手段を検討した経験をもつことがわかる。

 一方、最も多くあげられた項目は、「保育所や小学生の学童保育施設を利用」(71.5%)であった。保育所や学童保育施設をはじめとする各種保育施設が利用できるかどうかは、フルタイム共働世帯が仕事と子育てを両立する上で、きわめて重要な条件であることがあらためてうかがえる。

 また、これに次いで多かったのは、「妻が勤務先の子育て支援制度を利用」(40.2%)であり、「家事を省力化できる家電製品を購入する」「民間の保育・家事サービスを利用する」(いずれも28.5%)がこれに続いた。なお、「夫が勤務先の子育

フルタイム共働世帯の両立戦略と住み替え
(画像=第一生命経済研究所)

て支援制度を利用」(8.0%)は妻の場合に比べ大幅に低い。女性が勤務先の子育て支援制度を利用することに比べて、男性が勤務先の子育て支援制度を利用することは困難であることが、このような差につながっていると考えられる。

(2)両立戦略としての住み替えの検討

1)36.5%が自分や親の住み替えを検討
 一方、先にみた項目に比べれば少ないものの、両立戦略として「子育てをしやすくするために住宅を購入する」(18.9%)「保育所や小学生の学童保育施設を利用しやすい地域に転居する」(14.2%)といった住宅の購入や住み替えにかかわる項目を検討したことがある人もそれぞれ1~2割程度みられる(図表2)。自分たちの世帯が、夫婦いずれかの職場や親の家の近く、あるいは保育施設が利用しやすい地域等に転居したり、親世帯に転居を促して近くに住んでもらうことのいずれかを検討したことがある割合は総じて36.5%に達し、全体でみれば保育施設の利用や妻の勤務先の子育て支援制度利用に次ぐ割合となる。子どもがいるフルタイムの共働世帯にとって、自分や親の住み替えは、共働きを続けながら子育てをしやすくするための主要な手段の1つとして検討されていることがわかる。

2)夫婦の労働時間、妻の親の居住地と住み替えの検討
 また、自分や親の住み替えを検討したことがあると答えた人の割合を、現在の居住形態や夫婦の労働時間、妻の親の居住地別に比較すると、図表3のようになる。両立戦略として住み替えを検討したことがある人の割合には、現在の居住形態による違いがみられない一方で、夫や妻の労働時間が長い世帯や、妻の親が首都圏内に居住していない世帯でやや高い傾向にある。サンプル数は限られるが、こうした条件が重複する夫の労働時間が10時間以上で妻の労働時間が8時間以上の世帯(n=52)では、50.0%がこうした住み替えを検討したと答えている(図表省略)。

フルタイム共働世帯の両立戦略と住み替え
(画像=第一生命経済研究所)

 北村(2010)でも示したように、これらの結果は、夫婦の労働時間が長いために家事・育児の時間をとりにくいことや、妻の親というインフォーマルなサポート資源に頼りにくい状況が、住み替えの検討経験につながっている可能性を示唆している。

(3)住み替え先の選択基準

 次に、子どもがいる世帯のうち、両立戦略として自分や親の住み替えを検討したことがあると答えた世帯が、どのような点を重視した住み替えを検討したのかに注目して詳細をみる。

 図表4は、図表2でみた住み替えに関する6項目の選択割合を、夫婦の労働時間、および妻の親の居住地別に比較したものである。丸数字はこれら6項目内での順位(上位3項目)を示しているが、これらの住み替えで特に重視されているのは、「妻の職場の近く」「保育施設等を利用しやすい地域」「妻の親の近く」という3つの側面であることがわかる。こうした傾向は現在の居住形態にかかわらず、共通しており、これら3つの側面に比べると「夫の職場の近く」や「夫の親の近く」への住み替えや「親に、近くに住んでもらう」ことは、検討された割合が低くなっている。以上の結果は、住み替えによって妻が職住近接をはかったり、妻の親というインフォーマル資源を頼ることが積極的に志向されている可能性を示唆している。一方で、共働きと子育ての両立を実践するにあたり、労働時間の調整のしやすさをめぐる男女差や家事・育児をめぐる家庭内での性別役割分業の偏りがあるために、妻が家事・育児の多くを担わざるを得ない状況があり、親というインフォーマル資源を頼らざるを得ない状況がある可能性(北村 2010)もうかがわせる。

 また、夫や妻の労働時間が長い世帯、あるいは妻の親が首都圏内に居住していない世帯では「保育施設等を利用しやすい地域」という点が最も重視されている。両立戦略としての住み替え先の選択基準は、夫婦の働き方や妻の親というインフォーマルなサポート資源の利用可能性によって大きく異なるが、「保育施設の利用のしやすさ」という側面は、とりわけ時間の制約が大きく、インフォーマルなサポート資源が脆弱な世帯にとって重要な基準になっていることがわかる。

フルタイム共働世帯の両立戦略と住み替え
(画像=第一生命経済研究所)

3.フルタイム共働世帯の住宅購入と住み替えに対する意識

(1)住宅の購入意向

 次に、現在子どもがいない世帯も含めて、回答者の住宅の購入意向をみる(図表5)。住宅の購入意向があると答えた割合(「5年以内に土地・戸建住宅を購入したい」「5年以内にマンションを購入したい」「いずれは、土地や住宅を購入したい」の合計、以下同)は、現在持家に居住する世帯では30.2%、賃貸住宅に居住する世帯では78.3%を占めている。5年以内という比較的短期的な購入意向に限ってみた場合にも、前者が16.0%、後者が51.0%となっており、賃貸住宅に居住する世帯では、過半が購入意向をもっていることがわかる。

 家族形態との関連をみると、持家世帯の場合、購入意向をもつ割合は、子どものいない世帯に比べて子どもがいる世帯で高い傾向にある(賃貸世帯では、家族形態にかかわらず、購入意向をもつ人が8割近くを占める)。家族形成や子どもの成長は、現在持家に居住する世帯の住宅の二次取得を促すと考えられる。また、このような持家世帯の住宅購入意向は、世帯年収や金融資産が多いほど高い(図表省略)。

(2)住宅購入の目的

 次に、住宅の購入意向をもつ人に、購入の目的についてたずねた結果をみる(図表6)。現在の居住形態にかかわらず、最も多くあげられたのは「広さや間取りなど、よりよい条件の住宅に住むため」という点であり、持家世帯の約7割、賃貸世帯の約6割がこの点をあげている。

 一方、2位以下は持家世帯と賃貸世帯で異なり、持家世帯では「家族やライフスタイルの変化に応じて住み替えるため」(36.3%)が第2位となっているのに対し、現在賃貸住宅に居住する世帯では「家賃がもったいないから」(53.2%)が第2位となっている。持家世帯の二次取得では、家族やライフスタイルの変化に伴う住み替え志向が、賃貸世帯の一次取得では家賃負担が住宅購入の大きな動機となっていると考えられる。なお、「仕事の継続や、仕事と子育ての両立をしやすくするため」という点をあげた人は、持家に居住し、子どもがいる世帯で23.1%を占めた(図表省略)。

フルタイム共働世帯の両立戦略と住み替え
(画像=第一生命経済研究所)
フルタイム共働世帯の両立戦略と住み替え
(画像=第一生命経済研究所)

(3)住宅の購入意向をもたない世帯の住み替えに対する意識

 最後に、先にたずねた今後の土地・住宅の購入意向について、「今のところ、土地・住宅の購入は考えていない」と答えた人が、住み替えに対してどのような意識をもっているかをみる。

 図表7のように、回答結果は持家世帯と賃貸世帯で大きく異なっている。前者で最大の理由としてあげられたのは「今の住まいに永住するつもりだから」(62.5%)であった。持家世帯の場合、理由はこの点に集中しており、第2位の「購入するための資金が用意できそうにないから」(19.9%)は、これを40ポイント以上も下回っている。

 一方、現在賃貸住宅に居住する世帯で「今の住まいに永住するつもりだから」をあげた人は3.5%に過ぎず、「家族やライフスタイルの変化に合わせて住み替えたいから」という理由が41.9%と最も多かった。なお、賃貸世帯の非購入理由は持家世帯に比べて分散する傾向にあり、「住宅ローンという大きな負担を負いたくないから」(27.9%)、「土地や住宅の資産価値がどうなるかわからないから」(20.9%)といった土地・住居の所有をめぐる経済的リスクにかかわる理由、「転勤があるかもしれないから」(19.8%)「将来、親から相続・贈与される土地・建物に住む予定があるから」(18.6%)といった理由をあげる人が持家世帯に比べて多かった。

 なお、現在、賃貸住宅に居住し、住宅の購入を考えていない理由として「家族やライフスタイルの変化に合わせて住み替えたいから」をあげた世帯の割合は、世帯年収が高く、金融資産が多い層で顕著にみられた(図表省略)。

フルタイム共働世帯の両立戦略と住み替え
(画像=第一生命経済研究所)

4.まとめ

 今回の調査から、首都圏に居住し、夫婦がともに民間企業の正社員として働きながら子育てをするフルタイム共働世帯の約4割が、両立戦略として自分や親の住み替えを検討した経験をもつことが明らかになった。この割合は持家・賃貸世帯とも同程度であり、住み替え先には「妻の職場の近く」「保育施設等を利用しやすい地域」「妻の親の近く」といった側面が重視されていた。なかでも夫や妻の労働時間が長い世帯や妻の親が首都圏内に居住していない世帯では、「保育施設等を利用しやすい地域」という条件がとりわけ重視されていた。つまり、保育施設等を利用しやすい居住環境の整備は、このような世帯のうち、時間の制約が大きく、育児のインフォーマルなサポート資源が脆弱な世帯の仕事と子育ての両立ニーズを支える上で最も重要な方向性であると考えられる。

 一方で、調査結果は、こうした住み替えの検討が選択的に志向されているとは限らず、その背景に労働時間の調整のしやすさをめぐる男女差や家事・育児をめぐる家庭内での性別役割分業の偏りがある可能性も示唆していた(北村 2010)。今後、これらの点が変化すれば、上記のような居住選択基準も変化する可能性がある。

 また、従来の生活設計モデルでは、結婚や出産などの家族形成や子どもの成長が持家購入の大きなタイミングとなってきたが、家族形態の多様化や経済情勢の変化等によって、そうしたモデルが必ずしも成り立たなくなってきている。現在、賃貸住宅に居住するフルタイム共働世帯の多くは依然持家志向が強い。一方で、従来基準からすれば、住居購入の経済的条件を備えながらも「家族やライフスタイルの変化に合わせた住み替え」を主な理由に住宅の購入意向をもたない一部世帯の動向は、もしかすると、家族やライフスタイルの変化―家族の拡大・成長ではなく、将来的な家族の縮小・個別化―を前提とした居住選択や資産形成を志向する、新たな動きの萌芽かもしれない。(提供:第一生命経済研究所

【参考文献】
・ 北村安樹子,2010,「家族形成と居住選択―首都圏に居住するフルタイム共働世帯の居住選択とその背景―」『Life Design Report(Summer 2010.7)』:16-27.

研究開発室 副主任研究員 北村 安樹子