要旨
① 20~39歳の若年未婚者は、同年代の既婚者よりも平均収入が低く、非正規雇用者も多い。雇用・経済基盤が脆弱であることは、若年未婚者の結婚意向や出産意向を低くしている。若年未婚者の約2割が「結婚するつもりはない」と考えており、男性非正規雇用者ではその割合は約3割にのぼる。彼らは、持とうと考えている子どもの数も少ない。
② わが国の少子化の要因の7割は未婚化である。若年層の経済的苦境は未婚化をすすめており、現状のままでは出生率が本格的に回復することはない。
③ 少子化対策においては、産んでからの支援にも増して、若い世代が家族形成をできるようにするために経済的自立支援を厚くすることが欠かせない。
1.若年層の経済基盤と未婚化・少子化
本稿では、若年層の脆弱な経済基盤が未婚化・少子化の背景にあることを示し、少子化対策としても若年層の経済的自立支援の拡充が不可欠であることを提言する。
わが国の合計特殊出生率(以下「出生率」)は、1975年に2を割って以降低下し、90年には66年のひのえうまを下回る1.57ショックが起きた。その後も出生率は下がり、2008年は1.37である。75年以降の出生率低下の約7割は、未婚化が要因である(岩澤2002)。国勢調査によると、未婚率は05年時点では男性25~29歳が71.4%、男性30~34歳が47.1%、女性25~29歳が59.0%、女性30~34歳が32.0%で、上昇し続けている。
未婚化の要因には諸説あるが、過去20年間をみると根本的な問題は若年層の雇用・収入の悪化である。第一に、雇用が不安定で、賃金も低い非正規雇用者が増加した。
25~34歳の非正規雇用者の割合は、90年には11.7%であったが、2000年に15.8%、09年に25.5%になった(総務省統計局「労働力調査」各年)*1。第二に、20代後半の完全失業率は、90年時点で2.7%であったが、00年に6.2%、09年に7.1%へ上昇した(同上)。第三に、正規雇用者についても、加齢に伴う賃金上昇が抑制されたため、結婚生活や子育ての出費をまかなうことが容易ではなくなった。大卒男性の場合、22歳時点を100としたときの35歳時点の賃金水準は、90年の189から08年の178に低下した*2。
若年層の雇用・収入が悪化した背景には、第一に、わが国が工業のウエイトが高い社会からサービス産業のウエイトが高い社会へ移行したことがある。サービス産業は技能の習熟を必要としない部分が多いため、非正規雇用や低賃金労働が拡大した。加えて、経済のグローバル化やIT 化などにより、高度な技術を要する職が増える一方、データ入力や機械の保守等の単純労働が増加した(Reich 2000、山田 2009)。第二に、バブル崩壊後、企業の競争力が低下した。企業は人件費を削減したが、終身雇用制度により中高年の雇用を極力維持したために、若年層の正社員採用が抑制された(玄田2004)。また、企業は人件費の安い非正規雇用者を多く雇うようになった。第三に、労働市場のミスマッチである。高齢化の進行により医療・福祉等で労働力が不足し続けたが、それら需要の多い産業に若い労働力を移動させることができなかった。
現政権は、子ども手当や高校授業料無償化を実行し、少子化対策・子育て支援を前進させた。しかし、それら目玉施策の一方で、若年層の雇用問題と未婚化への対策は手薄である。未婚率の上昇が止まらなければ、出生率が本格的に回復することはない。
以下では、①若年未婚者の就労・収入の現状、②結婚・出産意向、③若年未婚者が求める雇用・少子化対策を分析した上で、必要な対策の方向性を提示する。
2.使用するデータ
本稿では、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)が、2009年10月に20~49歳のインターネット登録モニター10,054人に対して調査をした「平成21年度インターネット等による少子化施策の点検・評価のための利用者意向調査」(内閣府政策統括官 2010)*3の個票データを用いる。実査は株式会社日本リサーチセンターが行った。本稿では、所定の手続きにより内閣府の許可を得た上でデータを使用した。
本稿で分析したサンプルは、学生を除く、20~39歳の未婚者1,909人と既婚者4,267人である。男性は49.8%、女性は50.2%、20代は48.0%、30代は52.0%である。サンプルを39歳以下に限定した理由は、第一にバブル経済崩壊後に社会に出た者の状況を分析するためと、第二に現状において40歳以上の未婚者の割合はまだ低いためにその層を分析に含めることによる分析結果の偏りを避けたためである。
3.就労と収入
(1)就労形態
性・未既婚別にみた就労形態が図表1である。男性の場合、既婚者の88.1%が正規雇用者であるが、未婚者ではその割合が62.7%にとどまり、非正規雇用者が17.9%、自営等が9.1%、無職が10.3%と比較的多い。女性未婚者では、正規雇用者は45.3%と男性に比べて少なく、非正規雇用者は35.8%である。女性既婚者の場合、正規雇用者は14.2%と少ないが、夫の88.2%は正規雇用者である(図表省略)。
(2)年収と暮らし向き
性・未既婚別に本人年収をみると、男性未婚者は、男性既婚者よりも年収が低い(図表2)。300万円未満の割合は、男性既婚者が18.1%であるのに対して、男性未婚者は44.2%にのぼる。女性未婚者では、約7割が300万円未満である。
女性既婚者の本人年収も低いが、これは専業主婦が多いためである。多くの場合は夫が正規雇用者であるため、女性既婚者の夫婦年収は比較的高い。
男性未婚者を就労形態別にみると、正規雇用者は「300~500万円未満」が48.4%と多いのに対して、非正規雇用者は「100~300万円未満」が60.0%と多い。正規雇用者と非正規雇用者の年収の差は、女性未婚者でもみられる。正規雇用である男性未婚者と男性既婚者(非正規雇用者も含む)の本人年収を比較すると、前者の方が低い。
暮らし向きが苦しい(「苦しい」+「やや苦しい」)と答えた割合は、男女とも未婚の非正規雇用者で高い。男女既婚者では、夫婦年収が低くはないものの、生活は苦しいと答えた割合は5割前後にのぼる。これは、子育ての経済的負担のためとみられる。
4.結婚意向と子ども数
(1)結婚意向
若年未婚者の脆弱な経済基盤は、結婚意向にどのような影響を与えているだろうか。性・就労形態別の未婚者の結婚意向が図表3である。男女とも「結婚するつもりはない」と答えた者が約18%である。
性・本人年収別に結婚意向を分析した結果が図表4である。サンプル数が少ない700万円以上を除けば、男性で「結婚するつもりはない」と答えた割合は年収が低いほど高く、「100万円未満」では34.5%、「100~300万円未満」では22.8%である。女性でも、「結婚するつもりはない」と答えた割合は、「100万円未満」では27.4%と多い。
今回の不況に入る前に実施された国立社会保障・人口問題研究所(2007)の既存調査によると、質問文が若干異なるが、結婚するつもりはない者は、35歳未満の男性で約7%、同女性で約5%とされる。この調査よりも、本調査の方が結婚意向を持たない者の割合が大幅に高い。特に男性非正規雇用者は、3割弱が「結婚するつもりはない」、女性においても、正規雇用者よりも非正規雇用者の方が「結婚するつもりはない」と答えた者の割合が高い。質問文が若干異なるとはいえ、新たに実施した本調査で約2割の者が結婚するつもりはないと答え、かつ増加する非正規雇用者でその割合が高いことは、若年層の結婚意向が強固なものではなくなってきていることを示唆する。
(2)結婚生活の開始に必要な夫婦の年収
既存研究では、特に親と同居する未婚女性で、結婚後も生活水準を落としたくないという意識が、結婚を難しくしているともいわれる(山田 1999)。若年未婚者の結婚意向が低いのは、結婚後に高い生活水準を求め過ぎているからだろうか。
だが、結婚生活の開始に必要な夫婦の年収(税・社会保険料込み)を尋ねた結果をみると、未婚者が高い生活水準を求めていることはない(図表5)。未婚者が考える「必要な年収」は既婚者よりも控えめである。既婚者では必要な年収は400~600万円未満をあげた者が多いが、未婚者では300~500万円をあげた者が多い。
未婚者が結婚に至らないのは、結婚生活に必要な年収を過大に考えているためではないといえる。問題は、未婚者が控えめに考える結婚生活に必要な年収の水準にさえ、達していない者が多いことである。
(3)理想と予定の子ども数
自分の「理想の子ども数」と実際に持つ「予定の子ども数」を尋ねた結果が図表6である。未婚の男女とも、理想の子ども数は約2人である。
しかし、予定の子ども数をみると、男性未婚者は1.48人、女性未婚者は1.27人と少ない。特に非正規雇用の未婚者の予定の子ども数は少ない。
現在の未婚者は、結婚意向がない者が少なくないほか、持とうと考えている子どもの数も少ないといえる。
5.求める少子化・雇用対策
最後に、未婚者が求める少子化・雇用対策をみたい。未既婚別に求める少子化対策が図表7である。未婚者についてみると、「子育てへの経済的支援」をあげた割合が46.7%で最も高く、「保育サービスの充実」と「雇用の安定」が30%台で続く。既婚者に比べて未婚者では「子育てへの経済的支援」と「保育サービスの充実」をあげた割合が低く、「雇用の安定」をあげた割合が10ポイント以上高い。
別の問で未婚者自身が求める就労・経済的自立のための支援策をみると、「雇用機会の創出」をあげた割合が46.9%、「労働力不足の職場への就労支援」が32.4%などとなっている(図表省略)。
以上から、未婚者では、雇用機会の創出や雇用の安定を求める声が大きいといえる。
6.少子化対策としても経済的自立支援の拡充を
(1)揺らぐ出生率回復の展望
以上の分析から、若年未婚者の雇用・経済基盤は脆弱で、それが結婚意向や出産意向を低下させていることが確認された。20~39 歳の男女の約2割が「結婚するつもりはない」と考えており、中でも男性非正規雇用者においてはその割合が約3割である。少子化の要因の7割は未婚化だが、この結果は引き続き未婚化が少子化の強い要因としてあり続ける可能性を示す。
国は、前述の調査において未婚者の約9割はいずれ結婚するつもりと答えており、希望する子ども数が平均2人であることなどをもとに、「希望が全て実現するケースの合計特殊出生率は1.75」(内閣府 2009:23)という出生率回復のケースを想定している。だが、未婚者の2割が結婚するつもりがないとなると、希望する子ども数が平均2人のままであったとしても、出生率は最大で1.65 程度にしか回復しない*4。雇用の非正規化が進めば、国が想定する回復可能な出生率はさらに下がる。
出生率が回復しなければ、年金等の社会保障の基盤は揺らぎ、経済も活性化しない。雇用・経済基盤の悪化を背景とした若年層の未婚化は、深刻な少子化の継続というかたちで、社会全体に跳ね返ってくる。この結果を重く受け止めるべきである。
(2)少子化対策の重心を未婚者側にシフトさせよ
若者の雇用・経済基盤の悪化に対する対策は、第一義的には雇用対策の範疇である。しかし、それが結婚・出産と密接に結びついていること及び少子化に与える影響の大きさをふまえれば、それは雇用対策として完結するのみならず、少子化対策とも接合して対策を推進すべきである。国の「子ども・子育てビジョン」においても、政策の4本柱のうちの1つを若者支援とし、若者が「意欲を持って就業と自立に向かえるように」することを目標として掲げている。この方向性は、評価されよう。
ただし、若年世代の経済的自立を推進するための政策の「量」は十分ではない。国の09 年度予算のうち、若者向けの施策は経済的自立以外を足し合わせても約600 億円である(内閣府 2009)。これは、同年度の少子化対策の予算全体の4%弱に過ぎない。保育関係の国の予算3,800 億円と比べても、若者の経済的自立支援が弱いことがわかる。子ども手当と高校授業料無償化が実施された今年度は、若者の経済的自立支援にかける予算のシェアは昨年よりも低下したことだろう。少子化対策を本当に行うのであれば、産んでからの支援にも増して、若い世代が経済的に自立して家族形成ができるようにするための支援を厚くすることが不可欠だ。
(3)経済的な自立支援策
具体的には、第一に、新規雇用の創出とミスマッチの解消である。雇用を創出するためには、強い成長戦略が必要である。また、医療・福祉をはじめとする成長分野や人材が不足する企業に、若い労働力を移動させていくことである。そのためには、若年者就業支援センター等の若年層向けの職業紹介の充実が求められる。
第二に、若年層の職業訓練の強化である。従来、最終学校を出た若者は正社員として企業に就職し、OJT で仕事上のスキルを身につけてきた。しかし、激しい国際競争等で、企業には時間をかけて従業員を教育する余裕がなくなりつつある。また、増加しつつある非正規雇用者は、キャリアアップに必要なスキルを身につける機会が少ない。これでは、雇用のミスマッチ解消も個人のスキルアップや生活水準向上も難しい。
若年層の非正規雇用や失業に悩んでいるのはわが国だけではなく、欧州諸国も同じである。その欧州では、この不況への対応としては公的補助による雇用維持と職業訓練を行うとともに、経済回復後に備えた対応としては職業訓練の質と量を拡充させて将来の職業ニーズに対応するスキルアップを図ろうとしている(岩田 2010)。わが国においても、若年層の職業訓練の拡充が求められる。
第三に、幅広い業種で雇用のミスマッチを解消するには、雇用する側が、求職者が職業訓練や職業経験によって得た能力を客観的に把握できることが必要である。これに関連する施策として、厚生労働省は「ジョブ・カード」(個人の職業経歴や職業訓練歴等を証明する書類)を実施している。その取得者は09年11月末現在で約16万4千人だが、一層普及させることが必要だろう。
以上にあげた以外にも、若年層の経済的自立を支えるための施策はある。大切なことは、若年層支援のためには、それら施策の量的な拡充が必要であるということである。若年層が経済的に自立できるようにすることは、彼らを日本の産業や社会保障を支える力にすることでもある。未来への投資を怠ってはならない。(提供:第一生命経済研究所)
【注釈】 1 90年と2000年は2月現在、2008年は1~3月平均。 2 日本労働組合総連合会による「賃金構造基本統計調査」の分析結果。 3 筆者は、調査検討委員として、この調査に関わった。 4 ここでの仮定は次のとおり。(18~34歳の既婚者割合30% + 同未婚者の割合70%×結婚意向のある割合80%)× 2.0人(1夫婦あたりの子ども数)×0.96~0.97(離死別等の影響)≒ 1.65(想定される最大の合計特殊出生率)
【引用文献】 ・ 岩澤美帆,2002,「近年の期間TFR 変動における結婚行動および夫婦の出生行動の変化の寄与について」『人口問題研究』58(3):15-44. ・ 岩田克彦,2010,「改革が進む欧州各国の職業教育訓練と日本―日本においても職業教育訓練の総合的強化が急務」『日本労働研究雑誌』No.595:54-67. ・ 玄田有史,2004,『ジョブ・クリエイション』日本経済新聞社. ・ 国立社会保障・人口問題研究所,2007,『平成17年第13回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)第Ⅱ報告書-わが国独身層の結婚観と家族観』. ・ 内閣府,2009,『平成21年版少子化社会白書』. ・ 内閣府政策統括官,2010,『平成21年度インターネット等による少子化施策の点検・評価のための利用者意向調査報告書』. ・ 山田昌弘,1999,『パラサイト・シングルの時代』ちくま新書. ・ 山田昌弘,2009,『ワーキングプア時代―底抜けセーフティネットを再構築せよ』文藝春秋. ・ Reich, Robert B., 2000, The Future of Success, Knopf.(=清家篤訳,2002,『勝者の代償―ニューエコノミーの深淵と未来』東洋経済新報社)
研究開発室 主任研究員 松田 茂樹